お茶会への決意
「聞いたか?」
「聞いた聞いた、ローナ嬢がエディン様に振られたらしいって話だろう?」
「信じられないわよね、あれだけ毎日再婚約まで申し込んでいたのに……急に!」
「でもなんとなくエディン様らしいわ…」
「そ、そうね…」
「今度はローナ様のメイドに手を出されてるらしいわよ」
「メイド⁉︎ ローナ様の⁉︎」
「ここまでくるとさすがエディン様だわ…」
「きゃ〜〜っ、ど、ろ、ぬ、ま…!」
「さすがにローナ様がお可哀想ね…」
「ふふ、そうね」
……クスクス。……クスクス…。
なんてみっともないのかしら。
貴族ともあろうご子息、ご息女が噂話に興じている姿…。
本当にもうすぐ戦争があるって事の実感がないのね…。
それともゲーム補正的なものなのかしら?
ゲーム内…特にレオハールやミケーレのルートでの貴族たちの危機感のなさは一つの問題点として挙げられていた。
この人たち、マジで獣人や人魚が優勝した後どうする気なのかな。
ヘンリのお父さんやお母さんは、どう思ってるの?
今年の夏季休み、帰ったら直接聞いてみないとダメね。
「ヘンリエッタ様、お昼はどうされますか?」
「しょ、食堂に行かれるなら、ご一緒してもよろしいですか…?」
「そうですわね。そう致しますわ」
食堂は個室があるからクロエとティナエールの2人とじっくり例の件について語り合える。
例の件…カップリングの攻受について!
それにアンジュのいない学園の食堂じゃないと話し合えないしね!
「それより驚きましたわね、エディン様とローナ様の事。ヘンリエッタ様、お聞きになっておられます? 何日か前からエディン様がローナ様とご一緒に登下校されなくなったという話はありましたけれど」
「女遊びが再開されたとも、噂になり始めておりましたよね……」
「やはり婚約解消後ではローナ様のお気持ちも戻られなかったのかしら」
「そ、そんなの当たり前です…! あ、ありえないですがエディン様にあんな風に言い寄られたらティナだって…。そ、それなのに……ローナ様、お可哀想…」
ティナ…なんて優しいの!
ホントよね!
エディンってば…あんっな料理上手で頭も良くて可愛くて優しくて所作も完璧なローナからマーシャに乗り換えるなんてなに考えてるのよ!
そもそも早い。
早すぎる!
まだみこたそ召喚されてぬぇー!
…時間軸的にみこたそが召喚されるのは今年の『星降りの夜』…‼︎
ヒロインがマーシャだろうが、メグだろうが、ゲーム開始はみこたそが召喚されてからのはず!
…でもゲームとは違うところだらけ…。
一体なにが起きてるんだろう…?
わたしの影響…な、わけはないし…。
「さて、なにを食べますか?」
食堂の席に着くなりクロエが食堂働きのメイドさんから本日のオススメメニューを聞く。
ファミレスみたいにメニュー表がある訳じゃないのね…学園の食堂って…。
食べたい物を言うと出てくる仕組みなのか…め、面倒臭いだろうなぁ。
…けど、一つ謎が解けたわ。
前々からやたらと昼休みが長いなって思ってたけど、手の込んだ料理を作って出すからだったのか。
さすがお貴族様の昼休みは優雅なのね…。
思えば学園の食堂は面倒が多くていっつもアンジュの手作り弁当だったもん。
早く食べ終わって手持ち無沙汰になるから攻略キャラたちのストーカー…じゃなくて捜索してたり勉強してたりしたけど…。
あ、いや、それよりもご飯か…。
「オススメメニューでいいわよね、2人とも」
「はい、わたくしはヘンリエッタ様と同じで構いませんわ」
「ティ、ティナも…」
「かしこまりました」
…くっ、高級レストランのような緊張感…!
気心の知れた友人たちしかいない空間だというのに、こ、これは間が持たない。
さっさと本題に入ろう。
「ねえ、わたくし2人に聞きたいことがありますの」
「まあ、どうなさいましたの? 改められて…」
「とても重要な事ですのよ。……ズバリ…2人の推しは誰」
「お、おし?」
…………。
しまった、普通にこの世界にオタ用語が通用するはずもなかった!
「こ、こほん。つまりどの殿方と、どの殿方の絡みがお好きなのかしら…という事よ」
「まあ…」
きゃっ、と頬を染める2人。
良かった、さすがに通じたっぽい。
「わ、わたくしはやはりレオハール様ですわ。あの穏やかな性格と麗しい容姿、気品溢れる立ち居振る舞い…どれを取っても完璧で非の打ち所がない…」
「そ、それでお相手は?」
成る程クロエはレオ様推しか。
いや、全キャラのランキングでも不動の1位。
納得の推しだわ。
でも問題は相手よ。
そして受か攻か…。
わたしはレオ様受派なんだけど……た、頼むクロエ!
「ライナス様ですわ! エディン様は生理的に受け付けませんの、わたくし!」
予想がーーーい!
なかなかマイナーなところにいったわねー⁉︎
「…けれどライナス様はスティーブン様とお付き合いされておられるのですわよね…。はあ、わたくしの頭の中だけでもお幸せになって欲しいです!」
百点満点の腐女子回答!
…あ、ある意味公式と化しているライナスとスティーブンを素通りする辺り、クロエはマイナータイプなのね。
わたしもマイナーと言われるケリルク派だから気持ちは分かるわ。
カップリング被りしてないのはある意味救いかもしれないけど…語り合えない悲しさもあるわね。
「ティナは?」
「わた、わたくしは…ライナス様とエディン様、ヴィンセント様が一緒におられると…その…」
ガ、ガチ筋肉萌タイプ…⁉︎
タイプ的に…完全に武闘派系の3人を挙げてきた…!
ティ、ティナ…! あんたって子は…⁉︎
「ヘンリエッタ様はどうなのですか?」
「わ、わたくしは…エディン様とレオハール様かしら…」
あとケリルクとケリラスとケリハミュとケリアルとハミュアルとハミュルクと…。
……?
あれ? わたしケリー攻好きだな?
エディレオ以外二年生組とラスティ…歳下組ばっかりだな?
いや、ケリーは攻でしょ。
「まあ、ヴィンセント様は入りませんの?」
「ヴィンセントは…」
ヴィンセントを腐女子的な目線で見た事ってないのよね!
ノーマルならあるけど。
あと当て馬的な?
…当て馬出オチ令嬢が何言ってんだよって感じだけど。
ヴィンセントがよく絡む相手ってなると圧倒的にケリー。
でもわたしの中ではケリルク…。
他にヴィンセントと絡ませるならレオ様かしら?
お肌の曲がり角(※サークル名)でたまにヴィンセント×レオハールとかもあるしピ◯シブで検索もするけど…。
「うふふ、やっぱり好きな殿方はそういう目では見れませんわよね」
「…………」
顔が熱くて顔ごと逸らす。
そうね! その通りよ! そういう目では見れないわよ!
「でも実際問題、ヴィンセント様にお詫びをどう要求するか、ですわよね!」
お詫びの要求って⁉︎
クロエ言葉がおかしいわよ⁉︎
「そ、そうです…ヘンリエッタ様…ヴィンセントさんに、まだ、お詫びちゃんと、してもらってません…!」
「いや、いや…それはほら、もうローナ様にノートをお借りしましたし…」
「あんなものではすみませんわよ! ヘンリエッタ様は一週間も寝込まれておられましたのよ⁉︎」
いや、まあ、そうだけど…。
あれはヘンリに私が乗り移った(?)せいであってヴィンセントは多分無関係…。
「不要ですわ」
えーと、この場合…ヘンリなら…。
「使用人のヴィンセントに物を乞うなど、リエラフィース侯爵家のわたくしがすることではなーーー」
「それとこれとは別ですわ! このままではせっかくのチャンスが流れてしまいますのよ!」
……び、びしっとヘンリ風に決めたのに…⁉︎
クロエにびしっと言い返された!
「ヘンリエッタ様はヴィンセント様と両想いになりたくありませんの⁉︎」
うっ!
…………そ、そりゃあ、好きな人と両想いになるなんて…ずっと夢見てきた事よ。
水守くんは死ぬほど鈍いから通じないし通用しないし伝わらないし…要するに気付いてすらもらえないんだけど。
ヘンリにはそんな事になってほしくない。
きっとゲーム補正的なもので、ヴィンセントもヘンリの気持ちに気付かないんだと思うのよ。
この世に水守くんみたいなやつが2人もいるはずないもん。
それにヘンリのこれまでのアプローチの仕方もなかなかに酷い。
なんのツンデレなのか知らないが、上から目線で「うちの使用人におなり!」だもん。
こんなんじゃ伝わるわけがない。
手紙に素直な気持ちを認めて送ったものも、あの態度の後じゃあ…。
「わ、分かっていますわ。…この気持ちに決着を付けないと、前には進めません…」
そ、そうよ。
逃げ回るのは終わりにしないと。
初恋に浸って時間を無駄にするわけにはいかない。
よ、よーし!
「決めましたわ! お茶会でヴィンセントにデートを申し込みます! 断られたらすっぱりと諦めて婚約者探しを本格化させる! これですわ!」
「デートでしっかり気持ちをお伝えになりますのね!」
「え、ええ!」
やってやる!
やってやるわ!
「お茶会…?」
「あ…」
ティナが首を傾げる。
そうだ、2人のことも誘わないとと思っていたのよ。
「ええ、来月辺りにお茶会を主催してみようと思っていたの。2人も来てくれるでしょう?」
「そこにヴィンセント様を誘われるのですわね? まあ、でしたらわたくしたちは行くわけには参りませんわ。うふふ」
「は、はい…! 今度、またお誘いください…!」
「え、ええ?」
ちょ、ちょっとなんか2人とも勘違いしてる?
お茶会って別に…ヴィンセントと2人きりじゃないのに!
「あの…」
「失礼致します。本日のシェフのオススメ、新ジャガイモのスープと若鶏の香草焼きでございます」
うわあ、美味しそう!
目の前に置かれた芳しく美味しそうなお料理に色々ぶっ飛んだ。
完全に頭の中が目の前の料理に支配され、2人への訂正を綺麗さっぱり忘れたわたしは早速フォークとナイフを持つ。
また後で話せばいいわ、と…この時は思っていたのかもしれない。
…もちろん、完全すっ飛んでるんだけどね…。








