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そんな馬鹿な




「うおっしゃああああ!」



拳を高々に掲げる。

ついに…ついにクリアした。

チャレンジ回数は50回を超えたところで数えるのを諦めたので、知らん。

『戦闘難易度・鬼』。

乙女ゲーム、『フィリシティ・カラー』完全版『フィリシティ・カラー 〜パーフェクト・ラブ〜』のレオハールルートでクリアすると現れる【真のラスボス】…武神ゴルゴダを倒す事で見られるトゥルーエンド!

その先に待つ、『トゥー・ラブ』と『パーフェクト・ラブ』の隠れキャラ…『オズワルド・クレース・ウェンディール』ルート!

これを見たくて…伝説とまで言われた隠れキャラ、オズワルド様を攻略したくて…わたしは…!


「うるせーぞ! 25にもなってこのオタク!」

「うるせーよ! 23にもなってこのニート!」


隣の壁が大きな音を立てる。

恐らく弟が壁を蹴りつけてきたのだろう。

それを即座に一喝する。

ゲーム端末を持ち直して、いざ…!

そう思った時だ。



ドゴーン!



雷でも落ちたのかと思うほどの轟音と衝撃。

一階の角部屋だったわたしの部屋に、車が突っ込んできたのだ。

寝転んだベッドが車に押され、壁ごと反対側へと押し付けられる。

骨がバキバキ、ベッドの破片がお腹へと突き刺さる激痛。

気が付けば…2つ下の弟が「姉ちゃん⁉︎」と部屋に入ってきていた。

弟が「しっかりしてよ姉ちゃん〜!」と叫んでいる。

車はまだ、わたしを壁とベッドを押しつけるようにして停まっていた。

体温が急速に下がっていくのを感じながら、わたしはーー。


「……ほ、本棚の…箱の、中…」

「姉ちゃん⁉︎ 今救急車呼んだから! だから…」

「……も、燃やして…」

「…! 任せろ姉ちゃん! だから、だから死なないで! 姉ちゃん! 姉ちゃーーーん!」



ああ、せっかく『戦闘難易度・鬼』をクリアしたのに…!

やっと、オズワルド様を攻略できると思ったのに!

こんなところで死んじゃうなんて…そんなの嫌…!

悔しさで涙が出る。

もちろん痛みもあったが、それはどんどん感じなくなった。

心にあるのは悔しさと…本棚の中の18禁同人誌…!

頼む、我が弟よ…わたしが死んだら…何も言わずに燃やしてくれぇぇえぇ!

そう、強く願いながらももう一つ後悔。

こんな事になるんなら…先週同窓会で再会した水守くんに新しい連絡先の交換頼めばよかった。

わたしに『フィリシティ・カラー』を教えてくれた水守くん。

ずっとずっと大好きで、半分ストーカーに足を突っ込みかけた。

優しいけど、馬鹿みたいに鈍い…わたしの初恋…。

いい歳なんだし、恥ずかしがらずに……なんで、わたし…………。




















「…………さま…、……リエッタさま! ………かり、…ださい…」



…なあに?

誰の声?



「ヘンリエッタ様!」

「う…」

「だめだ、完全に伸びてる…」

「ヴィンセント様、ヘンリエッタ様を運ぶのをお手伝いくださいませんか⁉︎」

「は、はい、分かりました」



…………ダメだ、体が動かない。

救急車に運ばれるのかな?

…わたし、助かった…?

そんな事を痺れる頭の片隅で考える。

でも結局、これ以上意識を保っていられなくて体の力を完全に抜いた。

次に気がついたのは、消毒液の匂いが漂う部屋のベッドの上。


…………ここは?



「………………」


窓から差し込むのは赤い夕陽。

上半身を起こすと、身体は難なく起き上がる。

思ったほどの怪我はなかったのね、よかった。

消毒液臭いし、病院かな?

辺りを見回してみると、窓の外には緑の芝生と大きな一本の樹。

カーテンで区切られたベッド。

でも、点滴などはない。

マットレスがクッション代わりになって…怪我も少なかったのかもしれないと自分の腕やお腹を確認してみた。


あれ?


「…………?」


なんだろう、この服。

ワンピース…?

病院の人が着替えさせてくれた…にしては滑らかで着心地のいい可愛らしい服すぎない?

というか、病院で着る感じの服ではない。

それに、自分の体とは思えないほどスリム。

……………潰されてダイエットに成功した…はずはない。

それに、胸も大きくなってる。

…………潰れた肉が胸に移動した…なんてそんな馬鹿な。


はらり。


肩から滑り落ちる金色の縦巻きロール。

なにこれ。

と、引っ張ると頭がクイ、と痛む。


「???????」


わたしの、髪?

いや、いや…茶髪のロングヘアではあったけど、金髪の縦巻きロールってそんなモンにした覚えはないわよ。

…なにかが、そう…なにかがおかしい。

自分の体ではないかのような、不思議な違和感。

ベッドから降りて、床にあったこれまた可愛い革靴を履く。

そして、ベッドを覆っていたカーテンを開いて周囲を見渡す。


「な、にこれ…」


石造りの壁に、シャンデリア?

他は保健室のような装いの部屋。

けれど、明らかに自分の知る保健室や病院とはかけ離れたものがある。

美しいアンティークのような燭台に、ラック。

薬品棚も木で作られた豪華な物。

いや、ちょっ…待っ…。

くらりと膝から力が抜けて、またベッドに座り込む。

頬に手を当てると、肌はすべすべ…。

思わず両手で堪能してしまう。

いやいや、いやいや。

わたしこんなにもちもちすべすべだった?

まるで十代じゃない。

病院って肌の治療もしてくれるの?

いやいや、いやいや…。

してくれたならありがたい限りだけど。


「……………………」


けど、不思議と馴染む。

どうして。

違和感は感じるのに、これが当たり前である感覚もある。

自分であり、自分ではない。

そんな感覚に首を振る。

一体自分の身になにが起きているの?

いや、なにも変わっていない、はず?

でも…。


その時、コンコン、と扉が鳴る。

この部屋の扉だ。

そういえば、こんなに楽で豪華な部屋にベッドは三つ。

人は自分以外いない。

どきりとして「はい」と返事をする。

お医者さんなら、この不思議な感覚がなんなのか教えてくれるかもしれない。

あと、この可愛いワンピースと金髪縦巻きロールとダイエット&豊胸、もち肌について詳しく聞きたい。

ワンピースとダイエット&豊胸、もち肌はお礼こそ言いたいが金髪縦巻きロールだけは理解に苦しむ。

25にもなって金髪縦巻きロールはないわ。

昭和のテニスアニメか。


「ヘンリエッタ様! 気が付かれましたか⁉︎」

「…ヘンリエッタさま…!」

「………え、あ…ええ…」


クロエとティナエール。

わたしの友人たちだ。

笑顔で2人を安心させると、2人は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべた。

2人とも笑えばとても可愛いのに、ティナはすぐに俯いてしまう。

婚約の話が流れてしまってからは特にそうだ。

…………あれ、どうして…こんなこと知って…?


「突然倒れられるので心配致しましたわ」

「ごめんなさい。…自分でもどうして倒れたのか思い出せないのよね…」

「うふふ、ヴィンセント様のあんなお姿を目にされては無理ありませんわ」

「ヴィンセント様の、あんな姿…?」


ヴィンセント?

……………ああ、ヴィンセント・セレナード…。

リース伯爵家の執事見習い…。

…あれ? それって『フィリシティ・カラー』の…?

ううん、それよりもあんな姿って…………あ。


「…………っ」


顔が熱くなる。

お、思い出した。

そうだ、わたし、気を失う前にヴィンセントの半裸姿に遭遇したのよ!

なんであんなところで上半身裸でいたの?

こ、こんな淑女の前で……非常識だわ!


「…鍛錬の最中だったそうですわ。ですが倒れたヘンリエッタ様をここまで運んで下さいましたのよ」

「ええ⁉︎ ヴィンセントがわたくしを⁉︎」

「はい」


クスクスと楽しげに笑うクロエ。

熱い顔を両手で挟む。

信じられない! ヴィンセントがわたしを運んでくれた⁉︎

ヴィンセントが、わたしを…わたしに、触れた⁉︎


「これはチャンスですわ、ヘンリエッタ様。今日の事を理由に、ヴィンセント様に町へ連れて行って頂くようにお願い致しましょう」

「⁉︎ そ、それってデートという事ではなくて⁉︎ そ、そんな…女のわたくしからそんなことを言うなんて!」

「大丈夫です! それに、ヴィンセント様にはそのくらい積極的でなくては!」

「で、でも…」


グイグイ迫るクロエにベッドの上に膝を曲げて座り込む。

…そうだ、わたしはヴィンセントが…そう、す、好きなのよ。

黒く艶のある髪、星の瞬く新月の夜のような瞳、柔らかい物腰、一度微笑めばどんな女も虜にする整った顔…すらりとした背丈、広い背中…。

どれを取っても完璧で、どんな事でもスマートにこなす。

リース伯爵家の使用人である彼に、侯爵家の令嬢である自分が恋をするなんて…。

誰がどう見ても…身分の違いすぎる…恋。

でもどうしても諦められなくて、何度も彼に自分の家の使用人になって欲しいとお願いしたの。

当然彼はリース家の執事になると言ってわたしは相手にもされなかった。

なのに諦めの悪いわたしは、自分の正直な想いを知って欲しくて手紙を書いたのよ。

…返事は、当たり前だけど来なかった。

ここで諦められれば良かったのに……。


「…が、がんばって下さい、ヘンリエッタさま…! き、きっとヘンリエッタさまなら…大丈夫です、よ…!」

「ティナまで…」


デ、デート…してくれるかしら…?

ドキドキと勝手に高鳴る胸に両手を重ね、想像する。

大きな手のひらを差し出すヴィンセントの姿…。

か、かっこいい…!

その手のひらに、自分の手を重ねて……ああ、ダメよ!


「…………し、してくれるかしら…デート…」

「してくださいますよ!」

「そ、そうですよ…」


ごくり。

喉を鳴らしてから覚悟を決める。

ほぼ1年、片思いが続いているのよ。

このデートで全てを決める。

ダメならきっぱり諦めて婚約者を探さないと…わたし、いえ、わたくしはヘンリエッタ・リエラフィース……セントラルの侯爵家令嬢!

跡取り娘として、我が家に恥じぬ殿方を婿に迎えなければならない。


…………ん?

…ヘンリエッタ・リエラフィース…わたし…が…?



「ヘンリエッタ様?」

「…あ、い、いいえ…なんでもないわ…。…ごめんなさい、2人とも…やはりまだ体調が優れないようなの。先に寮に戻るわ。先生に伝えておいていただける?」

「まあ、そうですわね。気が回らず申し訳ございません。…ゆっくりお休みください」

「…ヘンリエッタさま…」

「大丈夫よティナ、一晩ゆっくり寝れば明日にはいつものわたくしよ」

「…は、はい…」


クロエが持ってきておいてくれた荷物を持って、通い慣れた道をてくてく歩いて寮へと戻る。

三階の自分の部屋に入り、メイドのアンジュに休む旨を伝えて夕飯を断り…着替えてベッドに入った。

しかし、すぐにベッドから出て…………鏡の前に立つ。



「…………………こんな事って…」



そこに立っていたのは金髪縦巻きロールの美少女だ。

ぱっちり二重の緑色の瞳。

ほんのりピンクの唇。

ピンとした背筋。

出るところはしっかり出た、フランス人形のようなナイスバディの…。

これがわたし?

…そう、これは、わたくし…。


「………………………………」


それに、ヘンリエッタ・リエラフィースって…。

ヴィンセント・セレナード…って…。

わたしが長年ファンだった乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』シリーズのキャラクターじゃない…⁉︎

ヴィンセント・セレナード…………本名…オズワルド・クレース・ウェンディール。

『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』で明かされた、伝説の隠れキャラにして最強難易度のストーリーを持つ全、戦巫女プレイヤーの最終目的攻略キャラクター…。

…ま、待って、そんな馬鹿なことある?

じゃあここは…わたしが今いるこの世界…そして、生まれて16年間の記憶もある、このヘンリエッタは……わたしは…。

…瞳が揺れる。

目眩がした。

現実が受け止めきれず、俯いて、そして愕然とする。

死んだんだ、わたし。

そして、ヘンリエッタになって生まれ変わったんだ。

そんな馬鹿な…。

それに、ヘンリエッタって…………。



「…………よ、よりにもよって…当て馬出オチ令嬢かよ…」



膝から力が抜けて座り込む。

天井を見上げて…溜息のような声で呟いたその声はわたし以外の誰にも…届かない。

享年25歳。

そして、生まれて16年…。

大好きな『フィリシティ・カラー』の世界でヒロインでも、悪役令嬢でも悪役姫でもライバルキャラでもなんでもない……ただの当て馬出オチ令嬢に転生しました。






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