武神いつかボコる
「なぁんですのそのふざけきった理由はぁぁぁ!」
…………と、透明な壁の向こうでヘンリエッタがとても良家のご令嬢とは思えない阿修羅の如きお顔で叫ぶ。
気持ちはとてもよく分かる。
だって、武神族が守る『ティターニアの欠片』が人間族の国、ウェンディールに落ちていた理由が……。
「酔って落としたって…そ、そんな馬鹿な!」
『ほんとよねー。聞いた時、女神全員でバーサークをボコってやりたかったわ。でも残念ながらあたちたち殴る拳がないのよ』
それは本当にお気の毒様です…!
『でも一応言葉の暴力でボコっておいたわ』
…あ……ご、ご愁傷様です…武神…。
『……でもそのせいでバーサークが逆ギレしちゃったのよ。だったら人間を滅ぼして取り戻してやる! ってね』
「いやいやいやいや‼︎」
「なんか巻き込まれてるんですけどぉ⁉︎」
『勿論ざけんなテメェ、そんな理由で滅ぼして良いと思ってんのか死んで詫びろ! って言ってやったんだけど…』
め、女神も口悪いなぁ…!
アミューリアって知恵と慈愛の女神だよね?
…え、えげつない…。
『ゴルゴダやお姉さまたちが『戦争』の結果を待つように言ってきたのよ。だからあたちも引き下がるしかなかったの。でも、このままだとあたちたちのことを長く信仰し続けてくれる人間族が危ないのは変わらない。エメリエラの力で『記憶継承』を得て、確かに人間族は以前よりは強くなったわ。だからと言って本気の武神族が侵攻を始めれば…あたちたち人間族に信仰される女神族が協力しても勝てる見込みは……』
「っ……」
「お待ちになって。武神族は『戦争』の結果、どうであれば人間族を見逃してくださると?」
『勿論“いつも通り『最下位』だったら”…よ! それ以外なら間違いなく“ティターニアの欠片”の影響があると見なされるわ』
「そ、そんな無茶苦茶な!」
お、おかしい!
そんなのヘンリエッタじゃなくても「無茶苦茶な!」って言うわよ!
全人類が言うわ!
だって『酔って落っことして、ティターニアの欠片の女神の力で人間が優勝したらティターニアが人間に肩入れしてるから人間滅ぼそう』なんて!
『…ね、おかしいでしょう⁉︎ 悪いのはバーサークなのに! 納得いくはずないでしょう⁉︎』
「絶対! おかしい!」
「ええ! 納得などいくわけありませんわ!」
『…けど、だからと言って人間族が最下位なんてそれはそれでおかしいわよね? 人間だって頑張ってる。あたち、ずっと見てきたもの! お姉さまたちも武神連中とおんなじように「人間族最下位トーゼン」みたいな言い方しちゃって腹立つわ!』
「なにそれムカつくー! 横暴よ横暴!」
「ええ、そんな横暴はいくら神々だとて許せませんわ!」
『という訳であたちは異世界からあなたを連れてきたのよ! ティターニアの欠片の女神に種へ平等に慈愛を与えるようにして! そうすればお姉さまたちも文句ないはずよ!』
「うーーーーん! だからそれはそれで無理だってばーーっ!」
と、唐突な無茶振りー!
とは言えアミューリアの言いたい事は概ね理解出来ましたーっ。
……そうか、アミューリアは“人間族が信仰する”女神のうちの一人。
つまり、人間族の味方!
…でもさすがに勝っても負けても人間族ピンチって解せぬ。
その点は、アミューリアともヘンリエッタとも意見は一致している。
そりゃ大昔の人たちがよそ様の種族の領地に侵攻したのは悪い事だけど、今の人間族にそんなの関係ねぇ! よ。
でもそうなると、人間族は女神エメリエラの力抜きで戦争を勝たなきゃいけなくなるじゃない!
そんなの無理無理!
みこたその治癒の力なしで連日の戦いを乗り切るなんて、いくら攻略対象たちがイケメンでレオ様やクレイが人間離れしてても無理よ!
…あ、いや、そもそも代表が誰になるかは分かんないけど…。
……攻略対象の中でステータスが高いのはダントツでレオ様と亜人のクレイ。
オズワルド様ルートなら、ヴィンセントのステータスもレオ様並みに向上するけど、やはりあの2人ほどではない。
妖精やエルフ相手に戦略が高いキャラ1人は確実に必要。
戦略はギリ、レオ様やオズワルド様で補ってもいいけど、遠距離攻撃か魔法攻撃、サポート力の高いキャラ…例えばエディンかケリーかアルトんやルークたそ辺りが居ないと獣人戦で苦戦する!
とは言えエディンは人魚(女)の魅力魔法にやられ易いんだよね…。
だから、やっぱりアルトかな?
アルトは追加攻略キャラの中で貴族のあまり好まない弓矢のキャラ。
戦略も高いし、魔法攻撃も広範囲。問題は属性。
アルトはヴィンセント(オズワルド様)と同じ『水属性』なのよね。
人魚は全員『水属性』だから、ヴィンセントとアルトは同属性で不利!
だから属性を考えると、『水属性』に有利な『土属性』のケリーかなぁ?
でもケリー中衛だし…くぬぅ。
わたしはいつもレオ様、クレイ、ヴィンセントアルトで行くんだけど…がっつり物理で攻めるならレオ様とクレイは固定で、後の2人をライナスとハミュたんにする。
中衛で程よい距離を保ちつつ、ならケリーとエディンとアルトのうちの2人…。
後衛で戦略や魔法中心にするならスティーブンとラスティね。
うーん…。
うん、でも、これ全部みこたそが居る前提だから!
ゲームでのわたしの配置だから!
さ、参考にはならないと思うわよ!
「……突然押し黙って、どうしましたの?」
「あ、いや…。だ、だってアミューリアの話だとエメリエラの力を借りずに、人間の力だけで勝てって…そう言ってるようなものでしょう? そんな事……出来るのかな、って…」
エメリエラが居ない……ってそれイコール治癒と魔法がなしって事でしょ?
いや、無理無理!
魔法がなくても強いのはレオ様とクレイ。
でもクレイの闇魔法がないと、人魚(女)、エルフ、妖精の魔法攻撃モロじゃん!
クレイは闇魔法で魔法攻撃を無効化する壁役でもあるのよ!
それがないって…『難易度・犬』でも厳しいんじゃないの⁉︎
無印の『難易度・犬』ですら魔法攻撃で全滅しかかったのよ⁉︎
それだけ、魔法の力は絶対的なのに…。
こっちも魔法が使えないとか…それはもうその時点で『戦闘難易度・鬼』だってば!
『…その通りよ。…あたちたちのように人間族に信仰される女神の姉妹以外の、姉さまたちや武神たちはそれが当たり前だと思ってる』
「っ、そんなの酷いわ! おかしいよ、だって、人間は魔法も使えないし体も脆い…他の種族よりずっと弱いのに!」
「そうですわ! それなのにティターニアのお力をお借りしたら滅亡だなんて…あんまりですわ!」
くっ…!
こ、これが理由で100年後の『覚醒楽園エルドラ』に繋がるのか…!
そう考えると別な意味で負けられない戦いがそこにはある!
わたしは絶対帰りたいし!(ヒール様を…! 新ヴォイスのヒール様をプレイするまでは死ねない!)
『覚醒楽園エルドラ』に繋げるためにも負けられない!
…アレ? でも確か『覚醒楽園エルドラ』は『レオハールが王位に就かず、偽物のマリアンヌが女王になった世界』だったような?
まあいいわ!
エルドラは元の世界に戻って生き返ったら、やる‼︎
「でも、わたしが生きて元の世界に帰るにはやらなきゃいけないんですよね…」
『いえ。あなたが元の世界に生きて戻るにはそこのお嬢様との絆を深めてあたちに力を与えるのよ』
「…………」
「…………」
べ、別件…だと…⁉︎
「わ、わたくしと…⁉︎」
『そうよ。でも、あなたを元の世界に戻すかどうかはあなたたちの働きで決まるわ!』
「おっ、脅しですわよ!」
『だってそうでもしないと…』
「…………」
アミューリアは人間族の為…。
そしてティターニアの意思を受けてわたしをこの世界に連れてきたのよね…?
そう言ってたもんね?
…正直、なんとか出来る気がしない。
でも、でも…!
…………死にたくないし、大好きな『フィリシティ・カラー』の世界の為に何かしたい。
水守くんに気持ちが伝わらなくてイライラしていた時、何度もこの世界のキャラたちに助けてもらったもの。
何度も、励ましてもらったもの。
「…や、やります」
「⁉︎ ちょ、ちょっとエミさん⁉︎ 本気ですの‼︎」
「だって、このままじゃ貴女だって困るでしょ⁉︎」
「うっ! そ、それは…」
「…それに、わたしこの世界が好きだから。…正直出来る気はしないけど…わたしの知識が何かの役に立つなら、アミューリアの手伝いをしたい…。まだ死にたくないし、やりたい事があるし」
「…………」
ヘンリエッタはすごく困った顔をしている。
アミューリアの話を聞いて、人間が他の女神や武神族に相当蔑ろにされているのもなんかムカつく。
あとゴルゴダ以外…バーサークって武神が『覚醒楽園エルドラ』のラスボスと容易に想像出来る以上、今後の(『覚醒楽園エルドラ』攻略の)為にもどういう相手なのかを探るのは悪い事じゃないわよね。
とりあえずボコる運命にある宿敵だもの!
『分かってくれたのね!』
「え、えーと。でもそのお約束は出来ないというか! どうしたら良いかよく分かんないし!」
『それはこれから考えていけばいいのよ。あたちも手伝うわ! ゴルゴダとバーサークをボコる為に!』
「アミューリア!」
分かる!
その気持ちはとてもよく分かるわ!
色んな意味でゴルゴダと、今回の理由からバーサークはとりあえずボコらないと気が済まない!
もちろん、物理で!
「そ、そんな簡単に言いますけれど…武神や他の種族たちが信仰する女神たちを納得させる方法なんてありますの?」
「だから! それを今から考えるのよ。…それに、アミューリア、貴女はわたしをこの世界に連れてきたのはティターニアの意思だから、なんでしょう?」
『そうよ。でも、ティアイラスとプリシラは納得しても他の種族の女神でもあるナターシア姉さまやイシュタリア姉さまは分かってくれなかった!』
「この2人の女神を納得させる事が出来れば、形勢は変わるかもしれない。…だってわたしがこの世界に来たのがティターニアの意思なら…分かってくれるはずだもの」
『そうね…。でも、あの2人はエルフと人魚の信仰する女神…。この国にはいないのよ』
「アミューリアは、エルフや人魚たちの心へは入れないの?」
『信仰心のない者の心へは入れないのよ。あたちとティアイラス、プリシラはこの国…いえ、人間族の間で生まれた女神だから、この国の外への認知度はほぼないの』
そ、そうなのか。
その点、ナターシアとイシュタリアはウェンディールにも名を轟かせる。
そ、そう考えるとすごい女神たちなのね。
…そういえばレオ様もゲーム内でエメリエラの認知度が上がらないと、エメリエラの存在が不安定になるって『女神祭』のイベントで悩んでたな。
…ほんと、悩み多きイケメン王子よね〜…。
ではなく……待てよ? それなら…。
「アミューリア、それなら貴女とエメリエラを他の種族に女神として認知させたらいいって事じゃない? そうしたら他の種族の心にも入り込んでエメリエラの事をお姉さんたちに話せるんでしょ?」
「…というか、そもそもバーサークという武神を言葉でボコった現場にお姉様方もいらしたのでしょう? その場で説得したり、エメリエラ様を紹介してティターニア様のご意志を分からせたり出来ませんでしたの?」
あ、それは確かに!
どうしてその時に…!
『そうしてもいいのだけれど、次の集会は『大陸支配権争奪戦争』の最終日なのよ。あたちは500年前の集会でバーサークがティターニアの欠片を酔って落としたと知った。そして、同時に…ティターニアの欠片が人間の女と契約して女神化した事を知ったのよ。その場で他の武神や姉さまたちに「人間が優勝したらティターニアの欠片を悪用したと見なして滅ぼす」のを止めるよう頼んだわ。でも姉さまたちは聞いてくれなかった。だから500年かけて力を溜めて…貴女を召喚したの』
……ん、んん。
500年かけて力を溜めてわたしを……!
ま、ますます責任がのしかかる〜!
「っ、では戦争の結果がどうあれ、次の集会でエメリエラ様を紹介してくだされば問題は起こらないのでは……」
「そ、そうよ!」
『姉さまたちなら分かってくれるかもしれない。でも、バーサークはきっと認めないでしょうね…。ゴルゴダや、他の武神たちも! あいつらはプライドがアホみたいに高いの。自分たちのミスを人間のせいにするに決まってる。…そして、例え姉さまたちが人間族の味方をしてくれたとしても…武神族全員と戦うことになったらこの世界そのものが危ないわ! だってあたちたち女神族と武神族は…神なのよ⁉︎ …あたちたちが戦う事は、人間だけじゃない…エルフや妖精、人魚、獣人…彼らの住まう領域すら巻き込んでしまう……世界存続の危機にまで発展しかねない大変な事態…!』
た、た、たっ、大変だぁぁ〜〜⁉︎
「…………。そ、そんな大事に…? そ、そんな…!」
「…そ、そうなれば他の種族の人たちは…」
『そうね、どう出るか分からない。獣人族は武神信仰をしているから…獣人族は武神側に付くかもしれない』
「っ…」
『妖精はもっと未知数ね…。妖精は自分たちさえ良ければそれでいいから…。でも、強い側に付く傾向がある』
ま、ますますヤバーイ!
魔法の使える妖精に敵に回られるのは…!
「………ほ、本当に世界が二分化されて戦争になるかもしれない…と? そ、そんな事…」
『ティターニアが欠片を残したのは……万が一そうなった時の為だったのよ。でも、まさか欠片が原因でそれが現実化するなんて事になったら…』
「……一体どうしたら………あ?」
足元が……足元の水嵩が増し始めてる⁉︎
これは、まさか!
『! …どうやら朝が来てしまったみたいね…』
「……目が醒めるのですわね…」
「あ…ご、ごめんね」
「貴女のせいではありませんわ。…………。……また、今夜…ここで3人で考えましょう」
「ヘンリエッタ」
「……ヘンリと呼ぶことを許しますわ、エミ」
「…! ……うん、また今夜ね」
困ったような笑みのまま、手を振るヘンリ。
わたしがこの世界に呼ばれた理由は分かった。
けど…………。
ああ、なんというハードモード…。