ティターニアの悪戯
ケリーと別れて南の閲覧席になんとか着席する。
怖かったけど、ケリーには本を取ってもらったから感謝ね。
ええと、まずは当初の目的通り『ティターニア』という題名の本を読んでみよう。
…………ティターニア。
この世界の名前である。
大昔、別の世界からやってきた妖精女王…『ティターニア』が世界を創造して創り上げた。
ティターニアは世界を創ると二つに分かれて世界を見守ることにした。
女神族と武神族である。
この二つは総じて天神族と呼ばれ、我々人間を始め、他の種族も管理している。
そして女神と武神は大地に降りるものと降りないものに分かれた。
大地に降りたものは先祖返りをして妖精となった者以外…女神はエルフ、武神は獣になった。
そして、エルフの中でも水場に降りたものは人魚。
獣の中で知恵を身につけた者は人間。
獣の姿を残した者を獣人とした。
「へ、へぇ…」
歴史は失われているって言われてるけど、こういう伝承みたいなものは残っているのね…。
つーか、これ世界創世記的なものでわたしの知りたいティターニアじゃないっぽいな…どうしよう。
まあ、あの棚が歴史的な本を集めた棚だったっぽいしな…。
けど、武神が獣人と人間の祖先ってわけなのね。
えー、それはそれでやだなー。
ゴルゴダの奴とは何百回と戦った…いわば永遠の宿敵!
レオハールのトゥルーエンドルートじゃなければ遭遇もしないけど、オズワルド様のルートを出現させるには避けて通れない敵だったんだもの!
あ、そうだ、どうせ神様のことが書いてあるならどこかにゴルゴダのことを手っ取り早く倒す方向とか書いてないかしら?
弱点とかー、苦手なものとかー、必勝法とかー…。
「え、あ!」
有名な女神族と武神族のリスト見っけ!
知恵と慈愛の女神アミューリア。
富と豊穣の女神ティアイラス。
災いと栄光の女神ナターシア。
戦いと勝利の女神イシュタリア。
沈黙と平穏の女神プリシラ。
ふむふむ、有名どころね。
それとその隣は武神族。
人間…というか、ウェンディールではあんまり信仰されてない。
信仰しているのは獣人族のみだったはず。
審判の武神ゴルゴダ。
力の武神タイタン。
拒絶の武神バーサーク。
防人の武神ダイダロス。
終末の武神サターン。
「…………」
本を置く。
ちょ、超怖…最後のやつヤバそう。
こんな奴いたんだ…知らなかった。
「…………、拒絶の武神バーサーク…」
こいつ、確か『覚醒楽園エルドラ』の冒頭で出ていたわね。
『覚醒楽園エルドラ』は100年後のウェンディールが舞台。
公式の説明だと、『レオハールが王にならなかった世界』の100年後、らしい。
一応1人だけ…赤髪の『セダル』だけプレイした……すぐ『フィリシティ・カラー』再熱しちゃったけど……『覚醒楽園エルドラ』の大筋のストーリーは覚えている。
レオハールが王位に付かなかった…というか、正式には偽物のマリアンヌが王位に就いた100年後。
ウェンディールは内戦でとんでもないことになっていた。
国は二つに割れ、ウェンディール王家の血は絶え、辛うじて『記憶継承』の力を有する元貴族たちが率いる東軍と圧倒的な兵力を誇る青髭の『ヒール』率いる西軍に別れて戦争状態。
ヒロインはそのどちらでもない異世界から魔宝石…エメリエラによって召喚される。
そして人間の争いを止めて欲しいと懇願されるのだ。
2代目のみこたそ誕生である。
というわけで巻き込まれることになった2代目みこたそは弱っちくなった『記憶継承』の元貴族、漆黒の『アルベルト』率いる東軍か平民たちが主体となった青髭の『ヒール』率いる西軍…どちらにも属さない亜人族の三つの勢力のどれかに属さなければならない。
赤髪の『セダル』は人と亜人族の混血児で獣人族並みの身体能力を持つ、見た目は普通の青年。
そう、わたしは赤髪の『セダル』目的で『覚醒楽園エルドラ』を買ったので亜人族所属にしたのよね、えへへ!
…えーと、それで…最初にエメリエラとセダルに言われたのは武神の1人、拒絶の武神バーサークが歴史に干渉したのが原因。
100年前の戦争で人が勝利したことを良しとしなかった拒絶の武神バーサークが、本格的に人間を滅ぼす事にして内戦を煽った…という話。
まあ、『フィリシティ・カラー』のスタッフさんのことだからセダルのルートだけじゃ真実にはたどり着かないんだろうけど。
「…………」
でも、拒絶の武神バーサークについてこの本に記述がある。
他の種族の領域を幾度も侵す人間族と獣人族を、快く思わない女神と武神は多かった。
中でも武神バーサークは人間族と獣人族を絶滅させようと提案していたという。
故に審判の武神ゴルゴダは、神々と、そして侵略に幾度となく晒された妖精やエルフ、大地も欲した人魚族、全てを納得させるために500年ごとの『大陸支配権争奪代理戦争』を提案し、開催するようになったと言われる。
尚、この伝承は北西部の一族に伝わるものである。
…………つまりホントかどーだかわからんと?
あ、でも他の地方の伝承もまとめて載ってるわ。
別な地方のものはバーサークとゴルゴダが戦い、バーサークを封印したがゴルゴダは力尽きた。
ゴルゴダを復活させる供物として500年ごとに『大陸支配権争奪代理戦争』を行い、大陸の支配権と、ゴルゴダへの感謝として戦いを奉じてきた……に、なってる。
ふーん、こういう解釈もあったのね。
まあ、レオハールのトゥルーエンドルートだとその両方。
ゴルゴダは最強の武神になるために、五つの種族と神々を納得させる名目の下『大陸派遣争奪代理戦争』を提案し、その戦いで散る命を“こっそり”喰らい、戦いを自分という神に捧げる『神事』として行ってきた。
だからレオ様が「人間族は他の種族と不可侵条約と和平条約を結び、二度と大陸派遣争奪代理戦争には参加しない」と言い出した時に怒り狂って襲ってくるのよ。
はぁ、レオ様かっこいー!
「…………うーん」
まあ、ゴルゴダはいいとして、バーサークのことは『パーフェクト』では語られてないのよねー。
『エルドラ』では序盤から出てたけど…セダルルートはアルベルトとヒールを両方ボコって拳の力で仲直りさせ、男同士の熱い友情の下仲直りさせる…かなり青春の力に頼ったエンディングだったもの。
まあ、お持ち帰りするか自分が残るか選べるようになったのは素晴らしいと思う。
お持ち帰りルートは一度別れて「必ず追いかける」って言われて…数ヶ月後メンタルやられたヒロインの目の前にボロボロのセダルが落っこちてくる…「約束したでしょ?」と笑う彼にはもう胸キュンが止まらなくて転げ回ったわよおおぉ!
しかもヴォイスが『空風マオト』よ⁉︎
殺す気かぁ⁉︎
大体、アルベルトが同じ『CROWN』の鳴海ケイトで、ヒールが星科新で今作の可愛い担当マルクスが岡山リントだなんて聞いてない!
エンドロール見て思わず叫んだっつーの!
天下無敵のアイドルユニット『CROWN』のメンバーを全員起用してくるとか、あのゲームガチで売りにきてる!
クッソクッソ、オズワルド様ルート終わったら絶対ヒールルートプレイしようと思ってたのに!
くそおおぉ、アラターーーー‼︎
仮◯ライ◯ーでデビューした時から好きだったのにー!
まさか『CROWN』の新メンバーだったなんてちくしょおおおお!
声聞いた時からおかしいなーと思ってたんだよバカァ! スキーーー!
「…………っ」
はっ! …ち、違う。
わたしはここに『ティターニアの悪戯』について調べにきたのよ。
あとダンス。
…この本には書いてなさそうだし、別な本を探してこよう。
…………くそう、アラタ…。
「うーんと……」
なんかないかなぁ、それっぽい本。
別な棚ならあるかしら?
「?」
ん? なに? これ。
『女神の悪戯』⁉︎
こ、これじゃない⁉︎ いや、きっとこれだわ!
慌てて手に取り、その場で表紙をめくる。
なになに?
…妖精とは悪戯好きな面を持つ種族。
ティターニア…この世界を創造したとされる女神は異界より現れた妖精の女王だったと言われている。
その創生の女神ティターニアより分かたれし女神と武神たちも、その質を引き継いでおり稀に五つの種族へ軽い悪戯を行う。
軽くはねぇなぁ⁉︎
…中でも女神アミューリアとティライアスは悪戯好きな女神と言われ、異世界から人を落としたりこの世界から異世界へ人を落としたりする。
最悪やんけ⁉︎
か、軽くない、本当それ軽くないから!
前言撤回しろ作者馬鹿野郎⁉︎
かく言う私も異世界から女神の悪戯でこの世界に来た異世界人である。
…⁉︎
慌てて作者名を確認した。
ラウエット・メーテリス。
…聞いたことのない家名…後で調べてみようかな。
…とはいえ、私はこの書の著者であるラウエット・メーテリス氏の肉体に入り込んだ者。
もし、私と同じ境遇の者が今後も現れたのならばこの書を参考に頑張ってほしい。
「ッッッ!」
本を閉じる。
こ、これだ。
ぎゅっと本を抱き締めて、自分の胸がドクドクとすごい速さで脈打つのを感じながら閲覧席に移動した。
同じページを開き、いざ続きを読…………。
「ヘンリエッタ様、こちらでしたか」
「クロエ」
ええええー!
このタイミングで〜〜⁉︎
「ダンスの本を見つけましたの。あちらの棚にたくさん…、…あら、何を読まれておられますの?」
「あ、れ、歴史書よ」
…ケリーに間違えて取ってもらった『王家誕生秘話』を見せる。
微笑むクロエは、しかしそれなりに本気で心配そうに「へ、ヘンリエッタ様、なにか悪いものでも食べたんですか…?」と聞いてきた。
ちょ、わたしが歴史書読むのそんなにおかしい⁉︎
「…そ、そんなにおかしいかしら? わたくしが歴史書を読むのは」
「いえ、ただ、過去など振り返っても良いことはないと良く仰っていたので…」
あ、ああ、それは…確かによく言っていたわね。
ヘンリエッタの記憶を呼び起こすと…でも、それは…。
「クロエ、それはティナを励ますためよ」
「!」
「ティナは笑えばとても可愛いのにいつも容姿を気にして内向的になってしまうじゃない? 婚約の話が流れてからというもの、余計。…前向きになって欲しかったのですわ」
…もう一人の友人、ティナエールは昨年末に婚約の話がいよいよ大詰めとなっていた。
だが、本来学園のダンスホールで行われる予定だった格好の婚約申し込みの場…『星降りの夜会』が潰れてしまい、その上婚約者候補の男性は別の女性を好きになってしまったと言い出してティナとの婚約話を白紙にしてしまったのだ。
女性が優遇されるこの世界において、男性から突きつけられる婚約白紙はとんでもない侮辱!
でも、ティナは優しいから親にそんなこと言えず、わたしの勘違いでした、と手紙を送って宥めたのだ。
彼女には兄がおり、そのお兄さんは婚約解消をしたローナに婚約の申し入れの準備を進めていたらしい。
だが、妹がそんな感じで振られたことで高望みをやめ、身分相応の女性を探し始めた。
自分の婚約話が流れたことで家にも迷惑をかけてしまったと余計に縮こまるようになってしまったのだ、あの子は。
「そうでしたのね…。申し訳ありません、勘違いしておりましたわ」
「いいのよ。…あの子にも早く良い殿方が見つかればいいのだけれど…」
「まあ、ヘンリエッタ様ったら。それはヘンリエッタ様も同じでございましょう」
「うっ」
まあ、それもそうですね。
ブーメランすぎてなんとも言えないわ。
…………けど、わたし…ううん、わたしとヘンリエッタは…。
「…でも、ヘンリエッタ様はヴィンセント様が良いのですわよね」
「…………クロエ」
「だから、ダンスを改善されると仰ったのでしょう? …もしかして、王家の歴史をお調べになっているのは“あの噂”を耳にされたからですの?」
「? あの噂…? どの噂のこと?」
王家の歴史とそれに纏わる噂?
ローナがレオ様と婚約するかも、的な噂のこと?
あ、そういえばそんな噂もあったなぁ。
もしそうなったらみこたそどうなっちゃうのかしら?
レオ様には悪役姫マリアンヌのせいで婚約者はいなかった。
攻略キャラの中で婚約者がいたのは、エディンだけ。
ヘンリエッタの記憶のある今のわたしからするとこれはかなり異常事態よねぇ…。
王族、そして公爵家、侯爵家、伯爵家の攻略対象に婚約者がいたのがエディンだけって…。
どう考えても野郎どもに問題がありすぎでしょ…‼︎
「…『王家には、レオハール様よりも正当な血筋の王子がいる』というお噂ですわ」
「…⁉︎」
…オズワルド様のことが噂になっている⁉︎
え、待っ、ど…どういう事⁉︎
「…………!」
まさか、変だ変だとは思ってたけどこの世界って、もしかしてオズワルド様ルートの世界なの?
うん、それにしたって違うところ多いから違うな!
……いや、けど、みこたそが召喚された直後、オズワルド様のルートならヴィンセントは即、オズワルドとして貴族たちに祭り上げられる。
なんでだっけ…ええと…『トゥー・ラブ』では、みこたそがエメリエラにヴィンセントが『王家の血筋』の者だと言われたのを口に出してしまうのよ。
それも王様やレオハールの前で。
レオ様は「え?」という感じで困惑するけど王様は慌ててお墓のことを調べ始め、間もなくヴィンセントが『オズワルド』だと発覚する。
そしてあっという間に『クレース』の名を与えられ、ヴィンセントは『オズワルド・クレース・ウェンディール』に変えられてしまう。
手のひらを返したように全てが逆転して困惑するヴィンセントは、最初みこたそに良い感情は持たずにどこか責めるような態度を見せるほど…。
「…やはりご存知でしたのね?」
「あ…え、ええと…」
「そうですわよね、いくらレオハール様が王太子様になられたからと言っても…血筋の問題がありますものね…」
それなー。
…王子レオハールは、王様が『死んでも良い代理戦争用の兵器』として下女に産ませた子供というバックグラウンドがあるのよね。
その為、正妃の娘である悪役姫マリアンヌの言いなりになっていた。
まあ、その悪役姫マリアンヌは取り替えられた偽物なんだけど…。
その辺りはレオハールルート参照!
…ヘンリエッタの記憶だと、レオ様が王太子に決まった後、マリアンヌ姫派の貴族は口々に不満と不安を漏らしていた。
理由は「血筋」だ。
王家の血筋は『記憶継承』の力に直結している。
中でも王家の正当な血筋の者として認められた者には名前と苗字の間に初代女王『クレース』の名前を与えられ、初代女王の恩恵が与えられるらしい。
王家の『記憶継承』の力が貴族たちよりも強く現れるのはその為。
…………へぇー、そうなんだ…初めて知った…。
ゲームの中ではそこまで詳しく教えてくれないし攻略本にもそんなの書いてなかったもん。
ありがとうヘンリエッタ! の、記憶!
あ、じゃ、じゃなくて!
「…まあ、クロエ…そのような事言うものではないわ」
「は、はい! そうですわよね、失礼致しました」
レオ様は正真正銘の王族よ!
クラスが違うから知らないのかもしれないけど、ゲームの中のレオ様はマリアンヌにそりゃあもう酷い目に遭わされていたんだから!
わたしの世界ならパワハラとモラハラで訴えて勝てるレベルよ!
そんな可哀想なレオ様を「血筋が心配」なんて理由でハブろうなんて世間様が許してもわたしが許さん!
……まあ、レオ様以外に王子がいるのはその通り……。
うーん…ここは…。
「それに、どんな噂があろうとも陛下が次期王に相応しいと定められたのはレオハール様です。“あの”マリアンヌ姫様を思えばむしろレオハール様が王太子になられたのは当然と言えるでしょう」
「それはそうですわね」
きっぱりと言い放つクロエ。
あの偽物が『星降りの夜会』を潰してくれたおかげでティナは婚約話が流れたと言っても過言ではないの。
この件を含めて、クロエだって「あのマリアンヌ姫に比べればむしろ当然!」だって思うはずよ!
「……あら? …でしたらヘンリエッタ様はなぜ歴史書など…?」
「………! …ええと、これは…」
ま、まずい…どう誤魔化したら…!
ええとー、ええとー…!
「じ、実は歴史的人物に浪漫を感じ想いを馳せていましたのよ…」
「は?」
「クロエ…貴女にはお話ししますわね。実は…」
「は、はい」
「西の都を開拓したロマーネ侯爵と、その開拓を拒みロマーネ侯爵と戦った蛮族の長との熱い戦いの末の友情を感じ取っていたの」
「………は、はい?」
「これを見て」
咄嗟だが、ケリーに取ってもらった『戦後〜王家誕生秘話〜』のもくじにある『ウエスト区開拓』のところを指差して遥かむかーし家庭教師に習った内容を思い出しながら…わたしは拳を握った。
頼む…この世界の腐女子にも通じてくれ…歴史的人物同士のオタク的妄想!
「ロマーネ侯爵と蛮族の戦いは和解となって終了した、とあるでしょう?」
「え、ええ、そうですわね」
「そう、和解。和解という事は、ロマーネ侯爵は蛮族の長と対話し、そしてその人望によって蛮族たちを治めたのよ。蛮族の長もまた人望に厚い人物だったはずよ。そんな相手を話し合いで惚れ込ませた……感じまして? クロエ! ロマーネ侯爵の人柄と、その人柄に惚れ込んだ蛮族の長の想いを!」
「………………ヘンリエッタ様…、ま、まさか…蛮族の長は…!」
「そう! そのまさかかもしれない! …そう思ったら歴史書も素晴らしいとは思いませんこと?」
「す、素晴らしいですわ…! わ、わたくしも歴史書を何冊か借りてみます!」
「ええ、そうなさるといいわ。ほほほ」
…………良かった、やはり萌は全世界(異世界含み)共通なのね!
…でも、ロマーネ侯爵の事はそういう意味で今度調べてみよう…!
語ってたらわたしまで色々考えてきちゃったっ!
個人的には蛮族長×ロマーネ侯爵かしらね…フフフフ。
「…………!」
ヤバい、本来の目的忘れるところだった。
だ、ダンスの本だってば!
…『女神の悪戯』は借りて帰ってゆっくり読もう。
アンジュもこの件に関しては邪魔しないと思うし、ね!