新天地にして桃源郷
あーあ、日曜日なのに学園登校とかうちのメイドマジ鬼畜…。
しかし、そんな様子は微塵も感じさせずにしずしずと学園に登校した。
そして、どこからともなくわたしが登校することを聞きつけてクロエとティナエールも現れた。
まあ、この2人は友達だから別にいいんだけど。
「本日は何をなさいますの?」
「そうね…何をしようかしら?」
色々提案はされたけど、正直料理はそんなに苦手じゃないし…。
…そうだなぁ、ヴィンセントはメイン攻略キャラの1人だから『才女』が好みのタイプ…。
礼儀作法、美容、勉強、運動、家事を全体的に上げなければならない。
まあ、必要な数値はレオハールより足らなくてもいいのだけれど…。
ヘンリエッタに足りないパラメータってなにかしら?
…くぬぅ、ステータスが見たい…。
でもステータスはエメリエラがいないと見れないのよね…。
ただ一つ分かることは…。
ヘンリエッタはどう考えても『才女』じゃない!
特に運動と家事は酷い成績だもの。
美容も微妙よね。
主にこの呪われた縦巻きロール!
これは絶対ゲームの呪いだわ!
礼儀作法と勉強は『記憶継承』でなんとかなってるけど…それ以外は全然ダメよ!
と、言うことは運動、家事を中心に美容も頑張る方向で…!
よし、そうと決まれば学園で運動ね!
運動の数値を上げるには剣技、弓技、乗馬などのスポーツ、ダンス!
ふふふ、なんだかヒロインになった気分だわ!
「へ、ヘンリエッタさま…なにをなさるかお決まりでないなら、クラブに参りませんか…?」
「クラブ?」
なにそれ?
内心拳を掲げて剣技か弓技にチャレンジしてみるつもり満々だったけど…ティナエールの言うクラブなんて、ゲームの中では聞かなかったわ。
なんだろう?
「まあ、それは名案ですわティナ」
「なんですの? その、クラブというのは」
部活かしら?
そんなのあるなら確かに入ってみたいかも。
部活なんて高校以来だわー。
ヘンリエッタはダンスもド下手だから、ダンスクラブがいいわ。
そこでダンスを鍛えるのよ!
ダンスのド下手な令嬢なんて、リエラフィース侯爵家云々以前の問題。
なのに、ヘンリエッタの専攻は『料理』と『商業』。
そりゃあね、商売について学ぶのも領主の娘だものわかるわよ?
でも貴族令嬢としてダンスをド下手なままにしておくわけにはいかないでしょうよ⁉︎
「うふふ、きっとヘンリエッタ様にも気に入っていただけますわ」
「まあ、焦らさないで教えて下さいな」
「み、見たほうが早いんですよ〜」
えー、何よそれ気になるー。
2人に連れられ、向かったのは『デザイン専攻』の教室の隣。
ここは自習室…?
「ここですわ」
クロエが扉をノックして、中から鍵が開くのを待つ。
え? なんで扉に鍵がかけられているの?
「まあ、お待ちしてましたわ」
「進捗状況はいかがですか?」
「5冊ほど仕上がっております」
「???」
中に居たのは数人のご令嬢たち。
みんな半笑いで、机に向かい狂ったようになにかを書き続けている。
…め、めちゃやばーい空気ー…。
「ヘンリエッタ様に以前お貸しした本はここで執筆されているのですわ」
「え? 前に借りた本…?」
なんの話?
う、やばい、ヘンリエッタなにかクロエに本借りてたの?
お、思い出せ思い出せ!
えーと…そういえば去年から何冊か恋愛小説を借りていたわね。
………………………………。
ん?
ヘンリエッタの記憶がおかしいのかしら?
恋愛小説の中身がかなり際どいBL風な内容なんだけど…?
そ、それも設定が極めて『フィリシティ・カラー』のキャラ…主に我々と同学年の方々によく似ていらっしゃる…。
え? え???
「まさか…」
「そのまさかですわっ!」
「さあ、人目に付きます。お入り下さい」
招かれて入った部屋の空気たるや!
私は漫画なんて描けないから、SNSで語られた風景を想像することしか出来ないけど…。
もし、SNSで大好きなBL同人作家様たちの語られていた光景がこれだとしたらとても生々しい!
「可能なら出版してしまいたいですわ…」
「無理よ、さすがに」
「そうよね…。でも! 広めたい!」
「分かりますわ…だってエディン様、もう存在そのものがいかがわしいんですものっ!」
「ヴィンセントさんももうあれは歩く猥褻物と言っても過言ではないのでは…」
「ライナス様にも当てハマりますわ…! あの筋肉はもう犯罪スレスレかと…」
「……………」
げ…………現場だ。
同人誌製作現場だ…間違いない。
クラブって…クラブって……こういうクラブーーー⁉︎
「はじめましてヘンリエッタ様。わたしはこのクラブを設立したアンミシェル・フーリエですわ」
「は、初めまして…」
「…あ、あのですね、ヘンリエッタさま…アンミシェルさまは4年前にこのクラブをアミューリアで秘密裏に立ち上げ、同志を募り、活動を続けるレジェンドなんです…!」
「よ、4年も前から…」
「ええ、実は4年前にも…というか、わたしの同級生に男性同士の同性愛者が居てね…彼らを見ていたら心が燃え滾るように熱くなって…! 気がついたら、彼らを題材に本を100冊も書いていたの」
…魂から腐った猛者だ。
よもやこんなところで魂が腐った猛者に出会うことになるなんて…。
いえ、むしろどの世界だろうと萌は存在すると考えるべきなの?
そうね、萌は国境を越えるものね…分かる…。
BL萌は世界の枠組みすら飛び越えるのよ…。
「そのお話詳しくお聞きしたいですわ」
「そう仰ると思いましたわ。ふふ、貴女からはわたしたちと同じ匂いを感じましたもの…」
「…と、いうことは…クロエ、ティナ…貴女たちもまさか…!」
「はい…ヘンリエッタ様…」
「う、嬉しいです……これでヘンリエッタさまになんの隠し事もなくなりました…! ティナはずっとこんな日を待っておりました…!」
「クロエ…ティナ…!」
同志よ!
ヒシッ!
抱き締め合い、友情と絆をより強く確かめ合った。
くぅ、こんな異世界で…諦めていた腐ったオタ友と巡り会えるなんて…!
おお神よ、女神ティターニアよ…!
心の底から貴女に感謝いたします〜!
「紳士の下半身クラブへようこそ、ヘンリエッタ嬢。わたしたちは貴女を心から歓迎しますわ」
「アンミシェル様…!」
クラブの名前ひっどいなー!
でも喜んで参加させていただきまーす!
…………監禁。
「………………………………」
うっ…ア、アンジュにバレたら百パー監禁になりそう。
というか、なる。
でも、この場から去るなんて…!
「ヘンリエッタ様?」
「あ、ああ…クロエ…わたくしも貴女たちと共にこの熱い想いを共有したいわ…! でも、もしアンジュにバレて、この想いをお父様やお母様に報告されでもしたら…!」
「まあ、ヘンリエッタ様…!」
「ヘンリエッタ様、その想い、よくわかりますわ」
「アンミシェル様…!」
わたしの肩にアンミシェル様の手が乗る。
4年も隠れて同人活動していたアンミシェル様になら、なにかバレない秘策があるのかしら?
是非聞きたい!
「ですから活動拠点はこの『デザイン専攻』自習室のみ! 作品の持ち出しは全員の許可を得た上で! そして、この部屋の鍵を持つのはわたしのみ!」
「な…」
北◯の拳ばりの謎ポーズで鍵を見せるアンミシェル様。
な、なかなか厳重な警備だけど…そもそもそれで先生たちにバレないものなの?
「今、教員の方々のことを心配されましたわね?」
「ひえ⁉︎」
心が読まれた⁉︎
こ、この人…伊達に隠れオタク慣れしていない…⁉︎
「心配ご無用…『デザイン専攻』の担当教員メアリー先生はとうの昔に“同志”に引き入れましたわ‼︎」
「な、なんという布教能力…! す、すごい…!」
「それでもまだ心配だというのなら、そのアンジュ様という方を我らが同志に引き摺り込めば良いのです!」
「なっ…⁉︎」
なんですって‼︎
そ、そんなことが…そんなことができるの⁉︎
もしアンジュに腐った資質がなければ冷たい目で見られてわたしの人生終わる!
む、無理…わたしにはアンジュを同志に引き入れる勇気はない!
「…で、ですが、わたくし自信がありませんわ…」
「ええ、わたしたちの道に才能のない方を引き摺り込むのは困難。しかし、女という生き物は皆、一つ共通の本能を持っています」
「…共通の、本能?」
「ええ…………それは…」
そ、それは…?
「お顔の綺麗な殿方が好き‼︎‼︎‼︎」
ンンンンン〜〜ッ!
間違いなーいっ‼︎
「そのアンジュ様という方にも必ず好みの殿方がいるはずですわ」
知ってる!
同じタイプが好みです!
「そこを、徹底的に攻めるのです」
「さすがアンミシェル様!」
「容赦ありませんわ!」
す、素敵〜!
アンミシェル様〜!
「超初心者の方にはこれです」
「こ、これは?」
「こちらは一般に出回っている恋愛小説『薔薇乙女騎士エリーゼ』という本ですの。中身はドロドロの同性愛をテーマにした男女…そして女女と男男の恋愛モノ…これでまずはほんのり刺激するところから始めましょう」
「こ、これをまずはアンジュに見せれば良いのですわね?」
でもごめん、先に私が読んでもいいかい?
めちゃくちゃ中身が気になるんですけどオォ‼︎
公式でそんなの出してええんのぉぉぉ⁉︎
「『薔薇乙女騎士エリーゼ』は演劇にもなっているくらい話題と人気を掻っ攫った作品なのですよ、ヘンリエッタさま…!」
あのティナがどもらずにすらすらと!
…き、気になる!
そんなこと言われたらますます気になる!
この世界にも2.5次元があるなんて!
…………いや、ある意味わたしからすると現在進行形で2.5次元だけど。
あれよね、この世界…『フィリシティ・カラー』の世界はもろ乙女ゲーの設定が多々あるものね!
一夫多妻どころか一妻多夫とか!
果ては我々のような腐向け層への優しさで同性結婚も!
まあ、一妻多夫はみこたそが逆ハーエンドをする為に『トゥー・ラブ』で初めて実装された設定みたいだけど。
ヘンリエッタの記憶によれば乙女ゲーム愛好家に優しい感じで逆ハーすら“一般的”って事になってた。
一妻多夫が“一般的”で、一夫多妻は王様くらいしか行わない。
ウェンディール王国の女神信仰により、女性は優遇されることが多く『女神祭』のように女性が主役のお祭りもある。
地位の高い女性……ヘンリエッタも一応それに該当するかな? …は、経済的に問題なければ何人男を囲い込んでもオーケー。
貴族の当主に男性が多いのは『面倒な仕事は男がやる』っていう考え方からのようだ。
もちろん女性が当主になったって別にいい。
しかし女は優雅に着飾り、遊んで暮らす。
男はあくせく働いて女性に貢ぐ。
身分の高い女性のところへ婿に行けるのは男性の玉の輿。
逆に身分の高い女性をお嫁に貰えるのは男冥利に尽きる光栄なこと。
…貴族の常識…なのだけど…異世界の庶民であるわたしからすると恐ろしい考え方ね…⁉︎
いや、多分地位の高い女性の古い考え方、なのかもだけど。
今の時代は共働きよ…⁉︎
…………。
というか!
それならなんでヘンリエッタにはデートのお誘い一つ舞い込んでこないの⁉︎
おおい、この世界の男ども⁉︎
「ヘンリエッタさま? 具合が悪いのですか…?」
「あ、い、いいえ。あまりにも心惹かれる内容で妄想…いえ、想像力が掻き立てられていたというか…」
「そうですわよね! 興味がおありならヘンリエッタ様も是非読んで下さいな。返却は遅くなっても構いませんわ」
「ありがとうございます、アンミシェル様!」
わーい!
素敵なものをお借りしてしまったわ〜!
はっ!
「…あ、で、でもそろそろ自習を行わないと…なにもせず手ぶらで帰るわけにはいきませんの」
絶対今日やった事とか聞かれる!
そして中身のない嘘なんてあの子には秒でバレる!
夜明けまで続いた尋問の恐怖が真新しい。
な、なにか、なにか中身の伴う自分磨きをして帰らないと…!
あの小娘の「監禁」は、マジだ…!
「ヘンリエッタ様…一体どうなさいましたの? 自習なんて…らしくございませんわよ?」
そうねクロエ。
以前のヘンリエッタなら目先の欲望に駆られて自習なんてすっぽかすでしょう!
でも、今のわたしは「自由」という人類の勝ち取った素晴らしい権利が脅かされているの!
本来なら男性にちやほやされてもおかしくないヘンリエッタのこの身分で、男性からお声がかからない理由は恐らく…一つ!
「クロエ、わたくし決めましたのよ…」
「は、はい?」
「……わたくしの最大の弱点を乗り越えなければならないの」
「⁉︎ ……ヘンリエッタ様…まさか…!」
「つ、ついに…⁉︎」
そう!
「ダンスを踊れるようになる! ですわ!」