表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

第1話(1):青い青い空の、向こうに約束

 世界は。

 終わりに向かっている。

 とてもとても緩慢に。

 ――だけど、確実に。


「なぜ」


 少女が呟いた。

 誰も居ない、寂れた駅のホーム。


 その最果てに立つのは一人。

 深い藍色の制服を着た、長い黒髪が綺麗な女の子。


 線路の先は見えない。

 電車が来る気配はない。


 行き止まりのようなその駅で、

 少女は終わりを待っていた。



 ノストラダムスを信じていた子供は、少なくないと思う。

 口で否定しながら心で肯定していた人や、TVの特番に怯えていた子。

 わたしも、そのなかの一人だった。


 小学校四年生のとき。

 恐怖の大王が何を示しているのか、延々と想像していた。

 隕石で地球がこなごなになっちゃうんだとも思ったし、

 宇宙人に侵略されて人間は奴隷になるのだと思った。

 それとも世界中が戦争を始めるのかと怖くなった。


 幼いなりにわたしは、世界が失われることを恐怖していた。

 結局のところまだ地球は、不健康ながらも無事でいる。





 夏の、まとわりつくような空気の中。

 ローファーに痛めつけられる足を、わたしは蛙乃の川へ向かわせる。

 蛙乃あのの川はコンクリートで周囲を固められた川だ。

 斜面に並ぶブロックの上にわたしたちはいつも集まっていた。


「あ、」


 もう来てる。

 蛙乃西高校の制服を着た男子。

 川を泳ぐ鴨を眺めてぼーっと缶ジュースに口をつけている。

 粒入りオレンジジュース。


 川橋(よう)


 遥君はわたしの友達。

 世界の終わりを知る仲間。

 とても無口な少年だ。


「遥君、世々璃(せせり)見た?」


 ガードレールを乗り越えて、斜面のコンクリートに足をつける。

 コンビニのビニール袋をがさがさ言わせて、夕暮れに赤く染まる遥君の隣に腰を下ろした。


 返事の代わりに遥君は首を横に振ってみせた。

 遥君は、ほんとに無口だ。

 口を開いても、普段、一日に一単語くらいしか喋らない。


「そっか。三日、だね」


 三日前、突然、友達が姿を消した。


 青葉(あおば)世々璃(せせり)


 わたしの親友。

 世界の終わりを教えてくれた人。


 三日前、といえば。

 七月二十六日。


 その日は、七年前、わたしが恐れたノストラダムスの予言の日だった。


 わたしがやっと十歳だった、あの頃のある朝。

 たまたまつけたテレビの朝のニュースでやっていた。

 七月二十六日に地球に隕石が大接近する、っていう報道。


 十歳のわたしにとって、ニュースがそんなことを言うのは、大きな驚きだった。

 天気予報のキャスターにこう言われたも同然だ。


『明日は隕石が降るでしょう。みなさん、心の準備をお忘れなく』


 日にちを知っちゃって、すごく怖くて、当日はずっと寝ていた。

 寝たまま死ぬなら怖くないかもしれない。

 でも、目覚めてみたら、世界はまだ、ちゃんとしていた。


「世々璃、どこ行ったんだろうね」


 わたしの言葉に、遥君は黙って川の水面を見つめるばかり。




 ――わたしが世々璃に出会ったのは中学に入ってから。


『世界が、終わりに向かっているの、知ってた?』


 下駄箱で靴を履いていた。

 こがね色に満ちた学校。

 世々璃はわたしを振り返る。

 とびきりの秘密を教えるように、微笑んだ。


「みらい」


 川を眺めてぼんやりしていると、遥君がわたしを呼んだ。

 佐崎(ささき)みらい。

 この夏、十七歳になった。


「行こう」


 幼馴染のその言葉が、わたしを導いた。


** **


 思うのだけど、七年前のあの日、実は世界は終わってしまったのかもしれない。

 わたしは眠っていたせいで、その境を目にすることはなかったけれど。

 そう思えば、いろいろとつじつまが合うんじゃないかな。

 終わり始めた世界について。


「あー」


 補習が終わった。

 期末テストの赤点のツケだ。

 眠い目をこすってロッカー室へ向かう。

 賢い遥君は補習とは縁が無い。補講にも興味ないみたい。

 扉の向こうの蒸した空気を肌に感じながら、靴を履き替えた。


「あ……」


 他の補習生徒で賑わう中。

 ふと世々璃のロッカーに鍵がかかってないことに気付く。


 世々璃がいなくなって、四日目。

 まだ帰ってきていない。

 何の連絡もない。


 昨日、世々璃の母親から電話がかかってきた。

 本当に何も知らないの、と問われ、わたしは答えなかった。


 何も、知らない。

 世々璃は何も言わずに消えてしまった。

 何の前触れも、なかった。

 ともすれば、多分、前触れなんていつでもあったんだ。


 世々璃は、終わりの世界へ行きたがっていたから。


「……」


 ロッカーに鍵はかかっていない。

 ちょっと申し訳なく思いながら、わたしはそこへ手を伸ばす。

 ぬるくなった金属が指先に触れる。

 迷いを振り切って開けると、その中には何の変哲もない上履きが、置き傘が、入っていた。


(なんにも、ない)


 少しだけ落胆して、ロッカーを閉める。

 その寸前、気付いた。

 慌ててもう一度ロッカーを開ける。

 戸の内側に事務用の封筒が貼り付けてあった。

 ロッカーとくっつくセロハンテープを丁寧にはがして、わたしはそれをカバンへしまった。

 代わりに携帯電話を取り出して、メールを打つ。


〈蛙乃の川に来て。〉


 送り先は、遥君のアドレスだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ