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3 民のうねり




「レオンハルト殿下ご存命の噂がこの土竜の国へ流に始めたのは、かれこれ三年ほど前からのことにございます」


 王から続く話を引き取ったハンネマンは、まずはそう言って、淡々と話を始めた。

 彼は終始、レオンに向かって王族への礼を失することのない態度を貫いている。


「以来、我々はそこにいるファルコのような者らを雇い、あなた様の行方をずっとお探し申し上げておりました。というのも、風竜国おくにの内情が、昨今、どうもきな臭い様相になってまいったからでございます」

「…………」

 クルトたちからは見えないことだが、レオンがぎゅっと眉間に皺をたてたらしかった。

 それを見たハンネマンは、強い光を放つ眼光はそのままに、「まあお聞き下さい」と話を続けた。

 王太子テオフィルスは、終始、沈黙してハンネマンの話すに任せている様子である。


 ハンネマンの話は、こうだった。

 ここ五、六年ばかりのことなのだが、どうもあの風竜国は、風の守護竜の魔力を強めている様子である。

 本来であれば安定していたはずの両国の国境は、ここ数年の間に何度もあちらの国の兵らによって侵され、じわじわと領土を削られるような場面が増えてきたのだ。


 あのフランツィスカとヴェルンハルトの婚儀によって和平の道を切り拓いたはずだった両国の関係は、二十数年前にヴェルンハルトの弟ゲルハルトが王位を簒奪して以降、悪化するばかりだった。そこへ持ってきて、この状況の変化である。

 土竜としては、この変化の起こった理由を知ると同時に、なんとか相手の力を削ぎ、奪われた土地そのほかの奪還もしたいという思いは強かった。


 しかし、話し合いの場を持とうと下手したでに出ては何度も持ちかけてみるのだが、かのゲルハルト公はまともに取り合ってもくれぬ。送る書簡ものらりくらりと、言を左右にして躱されるばかりで話にならない。

 噂によれば、国王ゲルハルトはさほどでもないのだが、その宰相であるムスタファという老人と彼の率いる貴族の一派が、頑強に和平への反対を唱えているらしいのだ。


 彼らにしてみれば、せっかく手に入れた土地と利権を、自分たちの懐にいれたままにしておきたいのは当然である。

 また、内政に手厚かった先王ヴェルンハルトの時代とは違い、なにより己が権益のことを第一に動くムスタファの一派の専横で、国内の民らはその圧政に苦しみ、疲弊と貧困に喘いでいるという話だった。


「レオンハルト殿下はこの件について、何かご存知のことはありませぬか」

「…………」


 ハンネマンから話を振られて、レオンは少し考えていたようだったが、やがて意を決したようにこう言った。


「残念ながら、長らく故郷くにを離れておりましたので、風竜国フリュスターンの内情については全く。ただ、かの国の魔力の増大については、心当たりが」

 途端、ハンネマンの目がぎらっと光った。

 王太子テオフィルスも目を上げる。

「……ほう? それは」


 目立たぬようにはしているが、それは部屋の隅で話を聞いているあのファルコも同様だったようである。

 彼は預っているレオンの両手剣を肩に掛けたまま腕組みをして、ずっと仁王立ちの姿勢でいるのだったが、その耳が彼らの話すことを逐一聞き漏らすまいとしているのは明白だった。

 ただの雇われの「なんでも屋」であるにしては、過分の待遇のようである。王族たちは先ほどからずっと、特に言及することもなく、彼がこの場に同席することを良しとしている。

 それはとりもなおさず、彼がこの王宮で、それなりの立場と信頼を得ている人物であることを物語っていた。「ただの雇われ」だなんだというあの言葉は、どうやらこの男一流の、照れ隠しのようなものに過ぎなかったようである。


 

「風竜国には、現在、『風竜の眷属』が顕現しております」

 レオンが声を低めてそう言った瞬間、部屋の空気がぴりっと張り詰めたようだった。

「な、……なんと……!」

 言葉を発したのはハンネマンだけだったが、寝台の上の国王バルトローメウスも王太子テオフィルスも、また部屋の隅にいるさすがのファルコも、一様に瞠目している様子だった。


「失礼ながら、レオン殿。それは確かなお話なのですか?」

 絶句してしまったハンネマンに代わり、そう訊ねたのはテオフィルスだった。

「はい。自分が八年前、確かにこの目で見た事実です」

 対するレオンの声は、ごく淡々として落ち着いたものである。

「さらに申し上げるならば、その時、ほぼ時を同じくして、かの火竜の国にも一人いちにん、『火竜の眷属』が顕現した、という事実があります。ほかならぬ火竜の王太子アレクシスこそ、その張本人――」

「な……」


 ハンネマンはもう、開いた口が塞がらないといった顔だった。

 レオンは場に居る男たちの顔をかわるがわるに見つめるようにしながら言葉を続ける。


「それがため、水竜の国、雷竜の国とも、かの火竜の国(ニーダーブレンネン)による侵攻を受け、国境線を押し込まれて今に至っております。噂によればこれまでも、その国境線を巡っての小競り合いがずっと続いているとのこと。そのことはもう、皆様、自分などよりもよくご存知のはず」

「む、……むむ」


 ハンネマンが顔色をなくして唸る。

 落ち着いた風情の王太子は、彼の父バルトローメウスと目だけで会話し、レオンに「どうぞ先を」と言うようにして頷いてくれた。


「つまり今、斯様かようにして西方に起こったと同様のことが、ここ東方にも起こりつつあるということかと。ただ、風竜国における異変が火竜国ほどあからさまでないのは、かの『風竜の眷属』が、火竜のような王太子ではなく、幸いにして凋落した貴族の女だったからではないかと愚考します」

「お、女……!?」


 その最後の単語に、レオン以外の四人が明らかに反応したようだった。

 ハンネマンが慌てて問いただす。


「お待ち下さい、レオンハルト殿下。その、『風竜の眷属』は、女性にょしょうなのでございますか……?」

「いかにも」

 レオンは静かに頷いた。

 ハンネマンはもはや、愕然として「信じられぬ」という顔だ。

「な、なに者なのです、それは一体――」


 レオンはひと呼吸おいてから、ゆっくりとその名を言った。


「名を、ミカエラと申します。もとは名のあるフリュスターン貴族の娘だったようですが、かのヴェルンハルト公追い落とし劇の結果、凋落した家の娘です。現在は、別の名で活動している可能性が高いでしょう。彼奴きやつが一体、かの国で何を企み、蠢いているものかは不明ですが――」

「むむ……」


 ハンネマンは、寝台上のバルトローメウス、そして王太子テオフィルスと、目顔で少し話をしたように見えた。

 そしてまた、ハンネマンが口を開いた。


「実は、レオンハルト殿下。ここ最近の、風竜国おくにの内情というのが、それとも関係があるのではないかと思われるのです。ここ数年、国王ゲルハルトとムスタファの一派に対して、かつてヴェルンハルト公の側について凋落した貴族らの勢力が力を盛り返し、手を携え、着々と地歩を固めているとの情報がありまして――」


 病床のバルトローメウス陛下も、臣下の言葉に静かに頷く様子である。

 次に控えめな様子で口を開いたのは、テオフィルスだった。


「宰相のムスタファという男は、相当のやり手ではあるようですが、いかんせん、人望のない御方のようですな。はじめのうちはよかったが、自分の味方でない貴族連中やら平民たちに、これまでも随分とつらい仕打ちを続けてこられたようです」


 この男は、ハンネマンより年齢は若いようだったが、声や物腰のほうはずっと落ち着いた安定感を持っている。

 レオンが彼に好感を覚えているらしいのが、ニーナの眼を通してこちらで見ているクルトにも分かるような感じがあった。


「彼らは民たちに対し、ヴェルンハルト公の御世とは比ぶるべくもない重税を課し、地方の農村の暮らしなど、それはひどいものであるのだとか。民らはみな喰うにも困り、赤子の口減らしや娘の身売り、果ては奴隷商人の横行。それがもはや、当たり前だと聞いております」

「…………」

「一方で、食い詰めた男らは夜盗や山賊、人攫いなどに身を落とし、それがまたより、国の治安の乱れを招いていると――」


 しごく制御された声音だったが、テオフィルスのその言いようには、いかにもその事態を憂慮する風情があった。

 この男も、いずれこの国の王たる立場になる者として、無辜むこの民の悲嘆を看過するに忍びないのだろう。控えめではありながら、その様子には、そんな彼の気持ちがありありと窺えた。


「…………」

 レオンが沈黙したまま唇を噛み締め、少し床に視線を落としたようだった。

 王太子は穏やかな瞳にわずかに気の毒げな色をうかべながら、話を続けている。

「一方で、ムスタファはおのが一族と味方の貴族らには重職を授け、多いに利権によって私腹を肥やしてきた……。その反感がどんどん溜まり、爆発するのも時間の問題というところだったはずです。そうしてそこへ、今回の風竜国の魔力増大です」

「…………」


 レオンは沈黙していたが、その胸内に不快な霧が広がってゆくのが、こちらでそれを感じているクルトにもすぐにわかった。


風竜国フリュスターンは、わが国のみならず、もうひとつの隣国、雷竜国ドンナーシュラークへも兵を進め、ある程度の領土を奪い返した。もっとも、なぜか雷竜国に対しては、あまり力が及ばなかったやには聞いておりますが」

「…………」


 レオンは沈黙して聞いているが、クルトとニーナにはぴんときていた。

 それはきっと、あのティルデ王妃が「祈願の儀式」に臨まれて、雷竜国への加護をお祈りしたからこそだろう。


「ともかくも、もとヴェルンハルト公の擁護派は、このところ、どういう手法でかは分かりませぬが、少しずつ勢力を取り戻しつつあるというのです。そしていずれは、奸悪ムスタファから、王権を取り戻すことを目論んでいるのだとか」

「…………」

「そこへ、このたびのあなた様のご存命の噂です。凋落させられた貴族たちと、虐げられてきた民衆らが、欣喜雀躍きんきじゃくやくとしてその情報に望みを掛けるなど、当然の理にございましょう。ここ二十年以上もの間、ずっと虐げられてきた民たちの怒りは大きい。これらが反応しあうようなことにでもなれば、お国は大変なことになりましょう。……おわかりですか? レオンハルト殿下」


 レオンがぎゅっと、その両の拳を握り締めたようだった。

 当然、彼にはその言葉の先は予見できたことだったろう。


「彼らは恐らく、()()()()本来の王座にお戻ししようとしている。故、ヴェルンハルト公の遺児にして、本来の風竜王であったはずの貴方様を、担ぎ出そうとしているのです……!」

「…………」


(ミカエラめ……!)


 突然、怒りに満ちたレオンの内面の声が聞こえてきて、クルトはびっくりした。


 そして、びっくりした拍子に、ぶつっと目の中に展開されていたバルトローメウス陛下の病室の様子が見えなくなってしまっていた。


 胸のところでくるくると、小さな竜が声を立てる。

 それはちょっと、困ったような声だった。


(そうだよな……ニーナさん)


 あのミカエラが望むことなんて、はっきり言って、知れている。

 それは、あの女に直接会って、一度は殺されそうになったクルトには十分に肌で分かることだった。


 彼女が策謀を巡らすのは、ただただ、レオンを手に入れるためだろう。

 レオンをただ、自分ひとりのものにしてしまいたいのだ。

 彼を風竜国の王座に就けて、きっと彼女は、その王妃の座にでも収まりたいのに違いない。

 だから風竜国内で様々に動き回り、もともとあった虐げられた貴族らの不満を煽り、レオン存命の噂を流して、彼を担ぎ出そうと画策している。


(それに……)


 彼女の計画のためには、明らかにニーナが邪魔だ。

 ニーナがレオンの側に居る限り、彼女の望みは成就しない。

 

(ってことは……)


 だから、火竜の王太子とも共謀して、彼にニーナを攫わせようとした。

 もしかしたら、ある程度の協力だってしたのかもしれない。

 なんにしても、あの二人に協力されてしまうと、ほとんど勝ち目などなさそうに思えるのが情けなかった。


(ああ、もう……! どうするんだよ〜、レオン……!)


 クルトは短い髪をぐしゃぐしゃとかき回して、胸元の小さな竜を抱きしめ、はあ、と溜め息をついてうなだれた。


『……レオンよ』


 と、また遠くからあのしわがれた優しい国王の声が聞こえて、クルトは慌ててまた目を閉じた。

 どうやら、国王バルトローメウスがその寝床から、孫であるレオンに語りかけ始めたようだった。




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