表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/175

8 結託




「アレクシス様は、まだあの王女に関心がおありですかしら」


 暗に言葉の裏にあの隣国の姫、アルベルティーナのことを仄めかされて、アレクシスはぴくりと片眉をはねあげた。


(それが何だと言うんだ、この女。)


 アレクシスは探るような目で、じっと相手の少女を見据えた。

 そんなこちらの表情を見ただけで、残念なことに、少女のほうでは多くのことを理解してしまったらしかった。その口角が、いかにも満足げに引き上げられたからだ。


「まあ、それはそれとして、なのですけれど。今は王太子殿下としてのお立場を得られたばかりで、何かとご心配も多くていらっしゃるのではありませんこと? できれば早く、何かの実績を上げたい……と、そのようにお考えなのでは?」

「…………」

 軽く心中を言い当てられて、正直、げんなりする。アレクシスはすっと目を細めて、小柄な少女の姿を眺めやった。


(……なるほどな。)


 「たかが女」と小馬鹿にするには、結構頭の回る少女ではあるようだ。

 この火竜の国では、たとえ身分のある女たちでも、あまり高い教育を受けさせるということは一般的ではない。

 そもそもこの国は歴史的に、「男の言う事にいちいち難癖をつけてみたり、賢しらに男の仕事にあれこれと口を出すような女は不要」との立場を貫いてきている。だからこそ、その口を封じるべく、この国では伝統的に女の教育にはほとんど力点を置いていないのだ。

 しかし、このミカエラは見たところ、もとは風竜国でそれなりの家の息女であったものらしい。そしてそこで、ある程度の教育を受けた者であるようだった。彼女の弁は女にしては十分に論理的かつ客観的なものだった。少なくとも火竜の女が、彼女のように話すのは難しいことだったに違いない。


 アレクシスはそのことに一種の驚きを覚えつつも、わが国のそんなあり方について考えさせられることにもなった。

 確かに女は、武力の点では到底男には敵わない。通常、体格も劣っている上、筋力も、体力もずっと貧弱でひ弱な生き物だ。

 しかし、きちんとした教育を受けさえすれば、こんな小便臭い小娘ですら、一国の王太子を相手にこんなことまで言えるぐらいにはなるわけだ。


(女に教育が不要……というのも、再考の必要あり、かもしれんな――)


 もしも貴族や王族の女らが、もっと賢い生き物であったなら。

 これまで奥の宮で展開されてきたような、いかにも下賎な泥仕合いの多くが、まあ無くなりはしないまでも、多少は程度の高いものに変貌してくれるのかもしれなかった。

 まあ、そうなったらなったでより複雑で頭の痛い問題が持ち上がる可能性もなきにしもあらずではあったが。


 アレクシスのそんな内面には気付かぬ様子で、ミカエラは気味の悪い微笑を浮かべた唇を動かしている。

「手始めに、何をなさりたいとお考えです? もちろん、それをお手伝いすることもやぶさかではございませんけれど。もし、それが……」

 そこで、ミカエラは一旦言葉を切って、こちらをその「竜の瞳」で値踏みするように少し見つめた。

「……それが?」

 アレクシスも腕を組んだまま、色違いのその瞳でもって、冷ややかにそれを見返しながらひと言、訊いた。

「それが、水竜国クヴェルレーゲンへの侵攻……ということなのでしたら、わたくし、大いに協力させて頂きたいと思っておりますわ。いかがでしょう、アレクシス様」

「…………」

 今度こそ、アレクシスの眉間に盛大に皺がよった。


(この、女――)


 まさにそれこそ、この時のアレクシスが心密かに考えていたことだった。

 

 アレクシスが「火竜の眷属」となった今、火竜神の力は増大している。魔法官らが火竜の結晶を使ってはなつ魔法攻撃の力が、今までならば三分の一だったところ、十全に発揮できる機会が訪れているのだ。

 今まで国境となってきた地域よりもさらに遠く、あの「蛇の尾」を手に入れるのに、これほどの好機はない。

 そしてもし、うまく領土を広げ、長年の懸案である「蛇の尾」さえも入手できたなら、「ほんの小僧よ」とこの新王太子を小馬鹿にしている臣下の爺いどもを納得させる大きな一手ともなろう。

 アレクシスとしてはその上で、奪った領土と得られた権益を分け与え、自分にくみする貴族どもを一家でも多く手に入れねばならない。たとえ人ならざる力を手に入れたとはいっても、国を動かしてゆくことは少年一人の手には余るからだ。


(そして……あの姫だ)


 アレクシスはすっと目を細め、脳裡にあの涼やかな細身の姫の姿をえがいた。


 あの姫が、欲しい。

 壊して、けがして、その体も心も滅茶苦茶にしてやりたい。


(いや、それとも――)


 もしかすると、自分が望んでいるのはもっと別のことなのか。

 それは、実際に本人を前にしてみなければ分からなかったが。


 ともかくも、欲しいのだ。

 あの姫が、どうしようもなく――



 水竜の国に侵攻し、「蛇の尾」を含む領土を奪い、その停戦に際して上手く行けば、領土の一部を返還する代わり、かの姫の身柄を求めることも叶うやもしれない。

 なにも、すべてを返す必要はないのだ。

 あの「人たらし」のミロスラフ王が、可愛い一人娘を人身御供にしたとしてもやむを得ずと判断する程度の、領土と権益とをちらつかせれば済むのだから。

 こちらとしても、「たかが女一匹のために政道を見誤る王」などと臣下に思われたのでは本末転倒である。


「…………」

 少しそうやって考えていたアレクシスの表情を、ミカエラのほうではじっと値踏みするように見つめていたが、やがて再び、満足そうに微笑んだようだった。美しい娘の微笑みには違いないはずなのだが、ただ不気味にしか思われないのは何故なのだろう。


「よろしゅうございますわ、王太子殿下。殿下が水竜に侵攻なさり、あの姫を要求なさるということでしたら、『風の魔女』たるわたくしは、大いに貴方様のお力となることでございましょう。どうぞ是非とも、あの鼻持ちならない女を入手なさってくださいませ」

 女はまことに、心から嬉しげにそう言い放った。

 その言いようからして明らかに、この女はあの姫に対して尋常ならざる恨みか何かを抱いているらしかった。


「そして、わたくしのレオンハルト殿下から、あの女を是非とも引き剥がしてやってくださいませ。それこそがわたくしの、唯一の望みなのでございます――」


(レオンハルト……?)


 アレクシスはその聞き慣れない名に引っかかって、相手をじろりと見返した。

「何者だ、そいつは」

 とはいえその名には、なんとなく聞き覚えがあるようだった。

「あら。殿下もご存知でいらっしゃるのではありませんか? あの雷竜国での『親睦の宴』の時にも、あの姫に無理やりかの国まで連れてこられていらっしゃいましたから」

「…………」

 そう言われ、脳裡で少しばかり、あの時の記憶を辿たどる。女がそれを助けるように言葉を足した。

「黒髪に、翠の瞳。背が高くて、とても精悍でいらして……」


(なんだ……?)


 女の竜の瞳が突然、夢見る少女のそれのように熱のこもったものに変わって、アレクシスは変な心持ちになった。

「そう、王妃ティルデ様に非常に面差しの似ている、素敵な少年武官がいましたでしょう……?」

「……!」

 途端、ぱっとその少年の面影が目の裏に閃いた。


(奴か……!)


 あの時、まさに一陣の風のように、水竜の姫をぎりぎりの土壇場で救いに現れた、黒髪の若い武官。

 自分よりも少し若いように見えたが、その剣勢はなかなかに素晴らしいものだった。

 しかし。


「……待て。すると、奴がティルデ王妃に似ているのは偶然ではないと? それはいったいどういう意味だ。それに貴様、先ほど奴を『殿下』と言ったか――?」

 「まさか」と思いながら眉間に皺をたててそう訊くと、女は「得たり」とばかりににいっと笑った。


「そうでございますわ、殿下。……かの御方は、風竜国フリュスターンの先代の王、ヴェルンハルト陛下の遺児。本来であれば現フリュスターン王となっておられたはずのお方。王太子、レオンハルト殿下なのです……!」

 高らかに胸を張って言い放った少女は、そのときばかりは晴れ晴れとした顔つきで、まさに眼前に王座にのぼる、かの少年を見ているかのような恍惚としたかおだった。

 それを多少、薄気味悪く思うのは、アレクシスの穿ちすぎというものだったのか。


(つまりこの女、その男に執着している、という訳か――)


 その「風竜国の王太子殿下」が、なぜいま水竜国の一士官として働いているのかは分からなかったが、どうやらかの姫とその少年とは、随分と近しい間柄になっているということらしい。だからこの女は、その二人の間をどうにかして裂きたいと、そういう話だということか。


(くだらん……)


 そう理解した途端、アレクシスは一気に話への興味を失った。そういう女の醜い嫉妬だの浅知恵による裏工作だのといったものほど、彼を不快にさせるものはない。それ以上女の話を聞くことがいろいろと面倒臭くなり、アレクシスは思わず半眼になった。

 とは言え、利用できるものは利用するに越したことはないだろう。だからアレクシスは、ごく事務的な声でこう言ったのだ。


「分かった。そういう事なら、せいぜいそなたのご協力を仰ぐとしよう。『レオンハルト殿下』については、速やかにそなたの手に入るよう、こちらもせいぜい協力させていただく。……それで良かろう? 『風竜の魔女』どの」


 少女はそれを聞いて、にんまりとさも満足げに笑い、こくりと頷いた。

 そうして、アレクシスは今後の計画等々について、こまかくその少女との話し合いを始めたのだった。




前話「7 接触」の一部分を少しだけ書き足しております。(2016.11.26 午前11時ごろ)

アレクシスの傷の治癒に関する顛末の説明です。

未読のかたは、よろしかったらそちらもご覧くださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ