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 人事不省に陥った父の代わりに政務の殆どを行なうことになったアレクシスは、その後しばらく多忙だった。

 これまで顔は知っていたが共に仕事をしたことがあるわけではない宰相の老人やら軍務大臣やら、その他それぞれの権勢を競い合う貴族の諸侯らには、まずは舐められないことが第一だった。


 アレクシスは自分が「竜の眷属」となったことは極秘にしていたし、彼らにとってこの新王太子は、あの過酷な「火竜の刑」に処せられて奇跡の生還を果たした「火竜の子」だとはいえ、せいぜいが十八かそこいらのひよっ子の小僧だという認識しかないはずだった。

 要は彼らはまだ、アレクシスが自分たちの上に君臨させておいて()()()()器であるかどうかを斟酌しんしゃくしている段階だった。


 ちなみに彼らに対しては、生還を果たした段階で潰された目だのへし折られた四肢だのは地方にいた魔法官による治癒を施されたのだと説明してある。水竜国の魔法ほどではないけれども、火竜にも治癒の魔法は存在するのだ。

 それに、いくら半年経ったとはいえ、火箸で焼かれた目や切り裂かれた皮膚が綺麗に元通りになっているというのはあまりに不自然な話である。



 「火竜の眷属」としての能力がある以上、今のアレクシスは彼らに易々と暗殺されるような存在ではない。けれども、それでも人心の掌握は必須だった。

 臣下らにいう事を聞かせるために、その家族の命を盾に取るのもひとつの方法ではあるのだろうが、ただ力と恐怖で彼らを支配するというのも、いちいち面倒な話だからだ。

 何より、はなからそういう真似をしてしまうと、効力は高いが反動も非常に大きくなってしまうのが問題だった。身近な者からあまり無用の恨みを買えば、それだけ反発心がその心の底に煮凝にこごって、いずれ足もとを掬われる下地になるは必至である。


 父王がこれまでそうしてきたように、奴等に適度に甘い汁を吸わせることを忘れぬよう、またその矜持を無駄に傷つけることのないように、かといって必要以上に付け上がらせ、力を蓄えさせすぎることのないように、非常に巧みな平衡感覚でもって王国の舵取りをせねばならない。

 この年で一人でそれをこなさねばならぬというのは、アレクシスにとってもなかなかに骨だった。正直なところ、それは若き王太子にとって非常に面倒かつ為政者としての能力を試みられる事態でもあったのである。


 この時点では、言い方は悪いがこれほど「とんとん拍子に」王太子の座を射止めたこの若造を内心訝るような家臣もまだまだ多かったし、「あわよくば我が家の血を引く王子を王太子に」と次の座を狙う――すなわちアレクシスの命を狙う――輩も山ほどいた。

 つまりアレクシスとしては早急に、「王太子アレクシス」としての実績と、できればある程度、政務や()()()()の任せられる優秀な側近が欲しいところだったのだ。



◆◆◆



 その女がやってきたのは、豊穣祈念のための祭りでもある「春の宴」が催されてから、しばらく経ったころのことだった。


 その当時、アレクシスの寝所には、夜ごと彼の疲れを癒し、また欲望を満たすべく、見目麗しい女たちが何人も侍っていた。

 疲れていればそのまま強張った体を揉みほぐさせるなどの奉仕だけさせて退がらせ、一人で休むだけのことだし、気が向けば抱きもする。とはいえそれも、その女が身篭るまでの間だけのことだった。


 王太子になって後のアレクシスのもとには、貴族連中から日々、浴びるように「我が一族にはこのような素晴らしい娘がおりまして」といった輿入れの話が舞いこんでいた。そう言ってくるからにはもちろん、いずれ劣らぬ気品と器量を備えた美少女揃いである。

 とはいえアレクシスには、わが子を作ろうという気がまったくなかった。

 そういう面倒な出自の女を自分のしとねに招きいれて、身篭らせでもした日には、目の前でまた自分のときと同じような、女どもによるぞっとする状況、つまり閨閥けいばつが展開されるのは目に見えていた。


 そもそもアレクシスには、自分の子など疎ましいとしか思えなかった。そういう意味では、皮肉なことに、自分もあの母の血をしっかりと受け継いでいるということなのかも知れなかった。

 別にもともと自分の血を後世に残すことにも、王座をその子に残すことにも執着があったわけではないのだ。自分がこの王座を、いや王国を牛耳るための実権が欲しかったのは、自分を嘲り、踏みつけにして今の境遇に堕としたなにものかに対する復讐だといえば、最も近かったのかも知れない。


 だからアレクシスは、基本的にごく身分の低い、たとえ身篭ったとしても決して王宮に入れることも叶わないような女しか相手にすることはなかった。

 その女が身篭っても、薬を使って流させることもできれば、万が一本人が「生みたい」などと言い張ってそれをうけがわない場合にも「思わぬ病を得て急死」したり、「謎の失踪」を遂げたりしてもらえば済むだけの話だからである。

 場合によっては、はじめからそういう危険を避けて、ねやには少年を侍らせることもあった。そんな事情はどこでも同じようなものなので、この国においては別に、そうした男色に関して取り立てて見下すような風潮はない。



 ともかくも。

 その女が現れたのは、アレクシスが一日の政務を終えて、自分の寝所に戻った時のことだった。

 その夜、自分の寝室に戻ったアレクシスは、天蓋の下がった己が寝台を見て、はっと体を強張らせた。

 いつもその脇に侍っている女たちがひとり残らず、その場で正体なく眠りこけていたのである。


 その途端、アレクシスの瞳はぎらりと変貌したのに違いない。

 普段、宰相や臣下の貴族連中相手には隠し果せている、あの紅の中に金色の虹彩を浮かべた瞳にだ。


「……あら。そうじゃないかとは思っていたけど、やっぱり王太子様もそうだったのね――」


 いきなり、燭台の灯りの届かない部屋の隅の暗がりから、そんな甲高い少女の声が聞こえてきて、アレクシスは身構えた。


「何者だ、貴様」


 少女はじわじわと、その闇のあわいから姿を現すと、こちらに向かってにいっと笑った。長くゆるやかに波打つ黒髪を解いたままにして、他国の侍女の着る濃い緑色のワンピースを身につけた少女である。

 その顔に、見覚えがあった。


「貴様……。確か、雷竜国ドンナーシュラークの」

「あら。覚えていてくださったのね。光栄だわ――」


 まったく本心の欠片かけらも混じっていない声で少女はそう言うと、床の上で眠りこけている薄絹に身を包んだ女たちをけるようにしながら、数歩ばかりこちらに近づいて来た。

 頭を下げる様子もなければ、物怖じする風もいっさいない。

 アレクシスは眉を顰めた。


(こいつ……。)


 なぜこうまで、大胆でいられるのか。

 ここは畏れ多くも、一国の王太子の寝所なのだ。

 そんな所へ単身、こんな真似をして忍び込んで、ただで済むとでも思っているのか……?


 しかし。

 少女の顔が燭台の光にしっかりと照らされる段になって、アレクシスはそれが何故であるのかをようやく悟った。

 彼女の瞳、菫の色をたたえた瞳の中心には、アレクシスとまったく同じ、縦に細長い金色の窓が開いていたからである。


「そうか、貴様も――」

「そう。……まあ、貴方様の『お仲間』みたいなものね」

 言って、ふわりとそのスカートを持ち上げて貴婦人としての礼をする姿からして、この少女もどこかの高貴な家の血を引く者らしいことは、すぐに見てとれた。

「ミカエラと申しますわ。以後、どうぞお見知りおきを。王太子殿下」

 そして、その容姿と、以前に会った時の状況から大体のところを判断する。


「……『風』、か」

「ご明察ですわ、王太子殿下」

 この女にいちいちこう呼ばれることが、アレクシスはなぜか不快でならなかった。どう考えてもこの女、その名を馬鹿にするために口にしているようにしか見えなかったのである。


「用件をさっさと言え。くだらん話だったら許さんぞ」

 ごく冷ややかにそう言ってやったが、相手はその一見可愛らしい頬に、相変わらず薄気味の悪い笑みを浮かべたままだった。

「そうですわね。これは失礼いたしましたわ」

 そしてさらに、無造作にこちらに近づいてくる。やがて、アレクシスから五歩ばかり離れたところに立ち止まると、少女は彼女自身よりずっと長身のこちらを少し見上げるようにした。

 改めてよく見れば、非常に容姿の整った娘である。とは言え、その体の奥底からもやのように真っ黒い悪意のようなものが湧き出しているのが、肌で分かるほどだった。

 どんな美少女だとしても、アレクシスもわざわざ()()()()()を抱きたいとは思えなかった。それに、ただ抱くための女ならばもう十分に間に合っている。


 もしも今、この世にアレクシスが欲しいと思う女がいるのだとしたら、それはあの、碧い瞳をした()()()()()()()以外にはありえなかった。


「色々と、お困りなのではありませんこと? 王太子殿下」

「いちいちうるさいぞ、女。アレクシスでいい」

 遂にこちらが限界に来て、名を呼ぶことを許す。

「あら。恐れ入りますわ、『アレクシス様』」

 少女は途端、ころころと可愛いような笑声を漏らした。


 アレクシスは心中で舌打ちをした。

 相手がただの女なら、これら一連の不敬のかどで即座にも愛刀の錆びにしてやるところなのだが、「風竜の眷属」ともなるとそうそう手出しは出来なかった。いくらこの場が火竜の国であるとはいっても、風竜の力をもってすれば、自分の剣は勿論のこと、魔法攻撃もたやすく弾かれるは必定だったからだ。

 また、たとえ殺すことが可能だったとしても、それはあの火竜の不興を買いかねないことでもあった。風竜の眷属を殺すとなれば、それは風竜に真っ向から喧嘩を売ったも同然であろう。それは火竜が戒めていた「朋輩たちに迷惑を掛けるな」との禁忌に抵触するに違いなかった。


(ちっ……。面倒な――)


 忌々しげな顔になったアレクシスを、女はなぶるような目でじわりと眺めるようだった。彼女はそのまま、軽い足取りで寝台の反対側にある大きな寝椅子のほうへゆくと、そこへ勝手にふわりと腰をおろした。

 やることなすこと、いかにも余裕たっぷりなのが癇に障る。「竜の眷属」でさえなければこんな女、瞬く間にこの世に決別させてやれるものを。 

 アレクシスはそんなことを考えながら、その場に傲然と立ったまま、鋭い瞳でじっと女の動向を見守っていた。


「それでは、改めてお話を。こちらのお国の実権を握られるに当たり、いろいろと瑣末な面倒ごともおありでしょう? なんでしたらわたくし、少しお手伝いをして差し上げてもよろしくてよ? アレクシス様」

「具体的には、何をだ」

 アレクシスも体の前で腕組みをし、なるべく横柄な声でそう訊いた。

 正直、「大きなお世話だ」とは思ったのだが、まあ話を聞くだけならば無料タダだろう。


「わたくしは、この王宮でまだ誰にも顔を知られていない者。その上、いっさい誰の目にも触れることなく、自由にこの中を動くことができますわ。貴方様が直接お手を下しにくい相手のことも、いかようにもできますのよ。もちろん、なんの証拠も残さずに」


(なるほど……)


 アレクシスは、顔には寸毫すんごうもださないままに納得した。

 風の竜の魔法は特に、空間を飛び越えることに特化した上位の魔法を効率よく扱えるとは聞いたことがあったのだ。


「……それで」

「わたくしの望みを叶えてくださるのであれば、アレクシス様ではやりにくい、そうした『裏』の仕事をお手伝いしてもよろしくてよ。勿論、それなりの報酬もいただきますけれどね?」

「ふん。意外性がないな」


 小馬鹿にしたように目を細めてにやりと片頬を上げ、そう言い放ってやれば、少女は案の定、ちょっとむっとしたらしかった。

 そういう顔になると、こんな不気味な少女でも不思議に年相応に見えるのがおかしかった。見たところ、彼女はあの隣国の王女殿下とさして違わない年だろう。

「……まあいい。貴様の望みとやらを聞こうか、『風の魔女』」

 勝手に相手をそう名づけて、少し首を傾げ、「言ってみろ」とばかりに顎を跳ね上げて先を促す。


 魔女の方ではちょっと間をおいた。

「その前に、確かめておきたいことがございます」

「なんだ。さっさとしろ」

 まったく、女は話が長い。

「アレクシス様は、まだあの王女に関心がおありですかしら。隣国、水竜の国の姫――」

「…………」

 アレクシスは、我知らずぴくりと片眉を震わせて沈黙した。


(……それが何だと言うんだ、この女。)


 彼女は明らかに、水竜国の姫、アルベルティーナのことをほのめかしている。

 アレクシスは探るような目で、じっと相手の少女を見据えた。




2016.11.26 午前11時ごろ、アレクシスの傷が治癒された記述を少し書き足しました。

ご指摘くださった読者さま、ありがとうございました!

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