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5 雷竜の国へ




 その隣国の王からの書簡を受け取って、父、ミロスラフはさすがにちょっと驚いたという顔をしていた。

「また、変わったご提案をなさってこられたものだね、義兄上あにうえどのも」

 そして、品のよい口髭を蓄えた顔に少し苦笑を浮かべたようだった。


 隣国ドンナーシュラークの王は、名をエドヴァルトと言う。

 アルベルティーナの母とは腹違いの兄にあたり、ミロスラフよりは年上らしいが、かの商業と交易に力を入れる国の王らしく、ごくおおらかな人柄の人物であるという。

 中つ国ドンナーシュラークはこの大陸では唯一、その他四つの王国すべてに隣接するという難しい立ち位置の国だ。

 政治上、そういう立場ならではの難しい判断を迫られる場面も多々あるかと思われるが、商才に長け、各国との交易によって多くの情報に通じ、視野の広いかの王は、意外にも飄々と、これまで安定した治世を敷いてきている。


 父の言に従えば、かの王は非常な懐の深さをもつ男なのだそうだ。それゆえに、臣下に対しても身分を問わずに能力のある者をどんどん重用し、彼らの能力を存分に発揮させる手腕にも秀でているのだとか。

 父の信念が「国は人なり」であるとすれば、かの王のそれは「国は人の能力と経済なり」ということにでもなるのだろうか。


 ともかくもそのような流れもあって、ドンナーシュラークは隣接する北東の風竜の国フリュスターン、南東のザイスミッシュ、そして南西の国、このクヴェルレーゲンと、ずっと交易や交流を続け、篤くよしみを通じてきているのだった。

 今ではすっかり敵対関係になってしまった北西の国ニーダーブレンネンですら、当時はまだ貿易を通じ、ある程度の平和を保っていた。

 ある意味、それは幸せな時代だったのだといえるのかもしれない。


 ともあれ、書簡にはこうあったのだ。


『このたび、わが国に次代を担う五大竜王国王家の若者らを集め、今後の竜王国の発展をよみし、大いに親睦の宴をもちたいと愚考いたしております。つきましては、わが義弟にしてクヴェルレーゲンの宗主、ミロスラフ王のお考えやいかに』と。


 妹姫を嫁にだした兄として、エドヴァルト王はまるで父を実の弟ででもあるかのように親しく扱ってくださるのだということで、書簡の文面はいかにも軽やかで親しげなものだった。

 父がもし、頭でっかちに自分の矜持に拘るような器の小さな男であったなら、こうした目下扱いは腹に据えかねるとばかりに機嫌を損ねたのかも知れない。しかし、幸いにして父はそんな愚昧かつ狭量な男ではなかった。

 彼はその書簡を見て「義兄上どのも、相変わらずお元気そうだ。なによりだね」と、ただ嬉しげに微笑んだだけだった。


 ちょっととびはねるように元気なその筆跡と、ごくあっけらかんとした明るい文面の書簡を見せてもらって、アルベルティーナも自分の頬が緩むのを感じた。

 なんといっても隣国の王は、自分の伯父にも当たる人なのだ。一度も会ったことはなかったけれども、その手紙を見て、なんとも言えない親しみを覚えたのは事実だった。


 初め、父も母も臣下のみなも、その「親睦の宴」に参加するのはアルベルティーナの弟王子たちの誰かにしようと考えていたようだった。

 アルベルティーナの四つ年上の兄は、もちろんこの国の王太子である。つまり父の後を継ぎ、次の国王となるべき立場だ。

 ドンナーシュラーク側からは「子弟は責任をもってお守りし、宴ののちには速やかにお返しする」との言質をもらってもいるし、こちらから数の制限つきではあるが守備隊をつけることも許可されている。

 しかし、別に隣国に対して疑いを抱くような関係ではないとはいえ、数週間もかかる長旅のなか、何があってもおかしくはないのだ。不測の事態というのは、常について回るのだから。したがってこの場合、さすがに大切な王太子と、今年十一歳になる第二王子を送り出すという選択肢はなかったのである。


 さらにエドヴァルト王は、必要とあらば、あちらの王族の子弟のだれかを人質代わりにこちらに寄越すとまで申し出てくれていた。

 そういう鷹揚な人柄の王だからなのか、かの王のそばには正妃のみならず側妃やら側妾やら、おおぜいの女性にょしょうが侍り、子供も山ほどいるらしい。確かに数名ばかり人質にしたからといって困るようなことはなさそうだった。


 ともかくも、これら様々なことを考え合わせれば、ほかのどの国も、王太子以外の王子また王女のだれかを送りだすものと思われた。

 その後、何度かかの国とのやりとりをした結果、他の国も何かと貿易では世話になっているドンナーシュラーク王の求めを無碍に退けるのも具合が悪いと考えたらしく、宴そのものはその年の夏、予定通りに開かれることになったようだった。


「でも、お父様。下の弟たちはまだ、みんな随分と幼いですわ。他国の皆様がおいくつぐらいの子弟をお出しになるかは分かりませんが――」


 家族団欒の場でその話がでた時、アルベルティーナは迷わずにそう言った。

 アルベルティーナの下にいる、第三王子以下の弟たちは、その当時、みなまだとおにも満たない年齢だった。

 そんな小さな子供を出席させたところで、他国の子弟らとたいした「親睦」ができるはずもないし、なにより、道中での病気やそのほかのことも、彼らの姉としてとても心配な気がしたのである。

 それは、その表情を見る限り、父や母も同様の懸念をしていたらしかった。

 だから、アルベルティーナは言ったのだ。


「あの、わたくしがついてゆくことは叶いませんか? お父様……」


 しかし、アルベルティーナは知らなかった。

 そのたったひと言が、その後のすべてを決定付けてしまったのだということを。



◆◆◆



「自分が、王子殿下、姫殿下のお供にですか? しかし――」


 上官の部屋に呼ばれてその通達を聞いた時、レオンは正直、驚いた。

 ほんの一年かそこらこの王宮に勤めただけの若造に、このような大役が巡ってくること自体、驚きを通り越してもはや何かの間違いなのではという気さえした。


「なんだ、その顔は。間違いではないわ。そら、見てみろ」

 恰幅のよい中年の上級将校は、半ば面白そうな顔で、命令書をレオンの胸元に押し付けた。そこには確かに、言われた通りの文言もんごんが並んでいた。

 

 このたび、隣国雷竜の国(ドンナーシュラーク)にて、かの国の主催により、五大竜王国の若君たちが集う宴が開かれるのだという。

 わが国からは第三王子エーリッヒ殿下が選ばれてそちらに向かうことになったが、なにぶんまだ八歳の幼い殿下のことだ。彼を心配した、姉である王女アルベルティーナ殿下がそれに付き添いの形で同行することになったのだという。


 雷竜の国からは、こちらから五十名まで、つまり一個小隊程度なら王族護衛の兵士をつけてよいとのことらしく、軍内から腕の立つ者を選んでその警護隊を組織することになった。

 これら一連の話は、とうに兵らの間でも噂になっており、レオンもすでに知っていた。しかし、ここに仕官してまだ一年ばかりにしかならない自分には関係のない話と、はなから決めて掛かっていたのだ。だからこの通達は、まさに寝耳に水だった。


「しかし、自分のような若輩が――」

 が、言いかけたその言葉はすぐに上官に遮られた。

「拒否の言葉はいっさい聞くなと、えらく厳しく釘を刺されたぞ。何か知らんが、王妃様から直々に、『あの若者をぜひにも同行させてほしい』というお達しがあったらしいが? ……貴様、いったい何をした」

 上官は意味ありげに、さも楽しげな視線でレオンを見つめてにやにや笑っている。これは完全に面白がられているようだ。

「……いえ。自分は何も」

 淡々とそう答えたが、それは勿論、嘘だった。


 今回、もし関連があるのだとすれば、それは王女アルベルティーナとの一件だろう。

 過日、王女から庭で二人きりでお会いする機会を持たれ、ただの兵士と王女がするにしては随分と親しげに話しかけられて、「いずれ一手、お手合わせを」と剣術の仕合いを強引に約束までさせられた。

 しかし、その王女殿下ご本人がそう望むのならばいざ知らず、聞けばそう望んでいるのは、母君であらせられる妃殿下ご自身だということだ。

 レオンには、わけが分からない。

 

 わずかにも娘と近しく交わったことのある士官の若造など、それこそ「妙な虫でもついては一大事」とばかり遠ざけるというのならまだ分かる。むしろそれが自然だろう。

 けれども、なぜ今回、妃殿下は自分ごときをその一行に加えたいとお望みなのか。

 短慮などとはまったく無縁の、あの賢母の誉れも高い女性が、いったい何をお考えであらせられるのか。それはもう完全に、レオンの推測の外だった。


「ともかく。俺は、確かに伝えたからな。文句があるなら、自分で妃殿下にご奏上もうしあげよ。あちらはそれで構わぬとの仰せだからな」

 上官はそう言い放って、命令書をレオンに押し付け、そのまま部屋から放り出した。

 レオンは完全に、狐につままれたていである。

「…………」

 彼はちょっと眉間に皺を寄せ、押し付けられたその命令書を恨めしげな目でしばし眺めると、ひとつ吐息をついてそれを胸のポケットに収め、軍務塔の廊下を自分の兵舎へ向けて歩き始めた。

 しかし、少し歩いてからあることに思い至り、ふと足を止める。


(……いや、むしろ……)


 これはもしや、遠まわしに「会いに来い」との仰せなのか。

 この際、娘につきかかった()()()の顔をじっくりと拝み、その為人ひととなりを吟味しようと……?

 なるほど、それなら大いにありそうな話ではある。


 レオンはそこで難しい顔のまま、腕組みをし、しばし立ち尽くして考え込んでいた。

 が、やがて考えるのを放棄した。

 「理由が知りたければ聞きに来い」と仰せであるなら、一介の兵士の自分は、どの道そうするよりほかはない。

 レオンは再び、溜め息に近い吐息をひとつ吐くと、まずは奏上書をしたためるべく、兵舎の自分の部屋へととって返した。




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