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7 黒竜の剣 ※

※残酷シーンありです。




 「蛇の溝(シュランゲ・リレ)」の北端に位置する、「蛇の尾」南部。

 港町、「蛇の港」。そこは現在、火竜国の支配下にある。

 九年前、あの事件の折に火竜国に蹂躙され、なおかつ巨竜となったニーナに踏み潰されて破壊されつくしたはずのその街は、今では相当に復興している。

 

 壊れていた防壁も修理が進み、火竜から流入してきた民以外にも、生き残った商人たちや街の人々も戻ってきて、人口も相当に回復している。人々は火竜国の支配下で厳しい税を課せられており、生活は決して楽ではないとはいえ、それでもこの街を離れたくない者たちが、今も暮らしを続けているということだった。


 その街の中央部にあるいちのたつ大きな広場に、いま忽然と、薄青い光をまとう魔法の結界が出現している。広場全体を覆うほどの大きな結界は、夜の闇のなかにぼんやりと浮かび上がって、その中で行なわれていることを周囲の目から隠しているようだった。

 何事が起こったのかと起きだしてきた街の人々や警備兵らが、もしその中を見ることができたなら、そこに対峙する二人の男と大きな白き竜、そして文官姿の美貌の青年を見たはずだった。




◆◆◆




 黒竜の瞬間移動の魔法によってアレクシスともどもここに連れてこられたヴァイスは、すぐに周囲があの「蛇の港」であることに気がついた。

 そこの中央広場の真ん中で、十ヤルドばかり離れて立つ二人の男は、まさに対照的な姿をしている。

 アレクシスは、いつもの白い軍装に真紅のマント姿。

 対するあちらの男は、こちらに到着するなり黒い竜から変化へんげして、いまは黒い鎧とマントの姿になっている。

 不思議なことに、以前までは隻眼だったはずのその瞳が、いまは綺麗にふたつともしっかりと開いているのだった。翠の光を湛えた双眸は、こんな場面でありながら、静謐な水面みなものように森閑として、涼やかだった。


 黒光りするその鎧も、ヴァイスが以前見た革鎧とはかなり様相が異なっている。

 それはちょうど、あの黒い竜の鱗のような、精悍な形のものになっていた。全体に、あの黒い竜を髣髴ほうふつとさせるような翠の光を弾く黒い鋼でできたもので、各所に彫り込まれた紋様が風竜神の意匠を思わせる。

 堂々たる威容だった。

 それはまぎれもない、一国の王としての威風である。

 そうでありながらも本人は、風が凪ぐように静かなのだった。


 レオンは、すでにあの火竜の剣を出現させているアレクシスをしばらく見つめるようにしていたが、やがて自分もぐいと片手を出した。


(ああ……!)


 ヴァイスは目を見張った。

 その手の中に黒い風に巻かれるようにして現れいでたのは、翠の光を纏った一振りのつるぎだった。

 劫火に燃え上がるがごときアレクシスの剣とは対照的に、それは厳かな威風を湛えて、黒き風と、「風竜の結晶」のものらしい、翠の光に守られている。その刀身には、アレクシスのものと同様に、竜の紋様がほどこされていた。


 白き竜は、いまこの周りを取り囲んでいる魔法の障壁のなかに収まる程度の大きさのまま、じっと悲しげにこの二人の男を見下ろす様子だった。


 アレクシスは、真っ赤に燃え盛る瞳の真ん中にあの竜の虹彩をひらめかせ、「火竜の剣」を無造作な構えで握って立っている。それでいて、どこにも打ち込む隙がない。彼はあの無節操な兄どもとは違う。たとえ「火竜の眷属」として発現した後になっても、決して己が剣の鍛錬についても手を抜いてこなかった男なのだ。

 対するレオンのほうも、それは同様のようだった。

 いや、むしろ放浪の九年間の間に、彼は彼で、命を削る敵とのやりとりに明け暮れてきたはずだった。

 九年前の、人を手に掛けたこともなかった若者は、もうここには居ないのだ。


「準備はいいか? 下僕いぬ野郎」

 にやりと口角を引きあげてそう言ったのは、アレクシス。

「……いつなりと」

 端然とこたえたのは、レオンハルト。


 つぎの瞬間。


 紅蓮の炎と、黒翠こくすいの旋風が、激突した。


 なんとも形容のしようもない、凄まじい衝撃音がして、二人の男の剣が噛み合う。

 当たっては弾き、弾いてはまた噛み合って、互いのマントを翻し、当たった次の瞬間には飛びのいては間合いを取る。

 軍装姿のアレクシスに対して、鎧姿のレオンハルトも決して鈍重な動きではなかった。アレクシスの横薙ぎの一閃を身を沈めてかわし、その炎の剣を下から跳ね上げ、重い蹴りを叩き込む。

 アレクシスはさっと飛びのき、それを躱した反動で再び袈裟に切り下げる。

 劫火の火の粉が飛び散って、レオンのマントを焦がした。

 アレクシスのマントも同様で、レオンの黒い風を巻く剣の剣勢により、すでに端が裂けている。


 凄まじい剣戟の応酬に、ヴァイスはもう、とうに目が追いつかなくなっている。彼らの剣先など、もはや見ることもできなかった。

 ぎいん、ぎゃりりとはじける恐ろしい剣戟音に、めまぐるしく動き回る二人の男の姿を必死に見つめているしか、もうできることもない。

 やがてそれが、ヴァイスの目の錯覚か、真紅の竜と、漆黒の竜とが互いに噛み合う姿にすら見えてくる始末だった。


(陛下……、陛下っ……!)


 そしてもう、心に祈るのは、ただあるじたるその人の無事ばかりだ。

 それは、広場の隅でじっとこちらを見下ろしている白き竜の瞳の中に浮かんでいるのと同じものだと思われた。


 そしてまた、二竜ががきりと組み合って、激しい鍔迫つばぜり合いが始まった。

 互いの竜の魔力そのものが、剣を通して激突する。

 周囲の空気を焦がすばかりに、紅蓮の炎と黒い竜巻とが混ざり合って、二人の男の間から放散された。

 ばりばりと、空を切り裂くような轟音が起こる。


「お、……おおおおおっ!」

「くっ……おおおおっ!」


 裂帛れっぱくの気合いで襲い掛かるアレクシスに、年に似合わぬ恬淡とした性格のレオンですら、やがて竜の咆哮で応えた。


 ずわ、と周囲の地面から()と魔力の圧力によって砂粒が浮き上がり、ぶわっと周囲へ拡散する。彼らの周囲が一瞬、真空をつくりだし、ふたたび二つの魔力が混じりあい、弾けかえって、ちかちかと稲妻を走らせながら爆発した。

 その時にはもう、ヴァイスは立っていることもできなかった。

 そこにただへたり込み、地面にかじりつくようにしてその圧力を耐えた。


 と、その時。


「ぐ、あああっ……!」


 アレクシスの呻きが聞こえて、ヴァイスははっと目を開けた。


 空中に、何かが斬りとばされている。

 それはぎゅるぎゅると凄い速さで回転しながら落ちてくると、地面で何度か跳ねてから、ヴァイスの目の前でばたりと止まった。


「ひ……!」


 ヴァイスは思わず、両手で顔を覆った。

 全身の血が、凍りついたようだった。


 それは「火竜の剣」を握ったままの、わが主人あるじの片腕だった。



「あ、あああ……陛下……、陛下ああああっ!」


 竜の結界に守られたその広場に、ヴァイスの絶叫が響き渡った。




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