表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

僕らの箱庭

狐の嫁入り

作者: 東亭和子

 誕生日が来たらお嫁に行くの。


 親友の佐緒里が私にそっと秘密を打ち明けた。

 佐緒里とは高校に入学してから知り合った。

 私達はすぐに打ち解け合い、親友になった。

 そんな佐緒里に彼氏がいたとは初耳だ。

 百合は驚いて何も言うことが出来なかった。

 そんな百合を見て、佐緒里は笑った。

「百合ちゃん驚いた?」

 驚いたよ!と百合も笑った。

 佐緒里の誕生日は八月十日の夏休み真っ最中だ。

 佐緒里は夏休みに結婚するという。

「彼がね、迎えに来てくれるの」

 嬉しそうに笑う佐緒里。

 だから百合も嬉しくなって聞いた。

「聞かせて。彼との出会いとか」

 佐緒里は頷いて語りだした。


「初めて会ったのは、私が小学校四年生のときだった。

 私はクラスの男子に意地悪されていて、逃げていたの」

 佐緒里が通った小学校は、自宅から徒歩で十分ほどのところにあった。

 小学校の隣には中学校があり、近くには民家が多かった。

 見つからないうちに逃げなければ。

 意地悪するのはいつも同じ男子だった。

 佐緒里の髪を引っ張ったり、追いかけてきたりした。

 そういう他愛無い悪戯だった。

 それでも当時の佐緒里にとってそれは嫌なことで、逃げることしか出来なかった。

 佐緒里はいつもの帰り道にある小さな細い道に気付いた。

 その道は両脇が木で覆われてトンネルになっている。

 よく見ないと分からない道だった。


 とりあえずここに隠れよう。

 佐緒里がそこに隠れた少し後、あの男子が佐緒里を探しながらやって来た。

 佐緒里は息を潜めて待った。

 やがて、男子は通り過ぎて行った。

 ホッと息をつくと、佐緒里は後ろを振り返った。

 奥には道が続いている。

 今すぐここを飛び出しては危険だ。

 見つかってしまうかもしれない。

 だから佐緒里は奥に行ってみることにした。


 葉が風でサワサワと揺れる。

 この先には一体何があるのだろうか?

 どこかの道に続いているのだろうか?

 佐緒里はドキドキしながら進んだ。

 そうしてその先に見たのは、小さな白い家だった。

 佐緒里は驚いてその家を見上げた。

 その家は木によって隠れているため、遠くからは見えにくい。

 だから今まで気付かなかったのだろう。

 この道はこの家専用の道だったのだ。

 佐緒里が呆然と立っているとドアが開いて男の子が出てきた。

 佐緒里と同じ年ぐらいだった。

 男の子は佐緒里を見ると笑った。


「どうしたの?

 迷子になったの?」

 そう言って佐緒里に近寄ってくる。

 同じ小学校にいただろうか?

 見たことない顔だった。

 佐緒里は黙って首を横に振った。

「違うの。逃げてきたら、ここに着いたの」

「逃げてきた?

 意地悪されたの?」

 そう、と佐緒里は頷いた。

 男の子は眉をひそめた。

「酷いね。また、意地悪されたらここにおいで。

 一緒に遊ぼう」

 その時、パラパラと小雨が降ってきた。

 空は綺麗な晴天だ。

「狐の嫁入りだね」

 男の子は空を見上げて言った。

 佐緒里は意味が分からず首を傾げた。

「お天気雨のことだよ。さあ、濡れてしまう」

 そう言うと男の子は佐緒里に向かって手を差し伸べた。

 佐緒里は男の子の顔と手を交互に見つめた。

 この男の子は平気かもしれない。

 そう思って手を重ねた。

「僕は柚月ゆづき。君は?」

「佐緒里」

「おいで、佐緒里。一緒に遊ぼう。

 お母さんが作ってくれた美味しいお菓子もあるよ」

 柚月は佐緒里の手を引っ張り、家に招きいれた。

 それが全ての始まりだった。


「へー、そんなことってあるんだ。なんだかロマンティックだね」

 百合は小さな細い木のトンネルを思い浮かべた。

「それからいつも私は柚月のところへ逃げていたの。

 柚月と一緒にいることは楽しかった。

 美味しいお菓子と優しい柚月。

 私はすぐに夢中になったわ」

 佐緒里は微笑んだ。

 幸せそうな笑みだ。

「それで約束をしたの。

 十七の誕生日が来たら、お嫁に行くって。

 だから会えなくても、我慢していた。

 信じて待っていた」

 大人になった柚月はどうなっているのだろう。

 もうすぐ約束の日がやってくる。

「会えない?」

 百合は疑問に思って聞いた。

「そう。約束した日からずっと、私は柚月に会っていないの」

「それって…!」

 騙されているのではないのだろうか?

 百合の思いを見透かして、佐緒里は笑った。


「そうね、騙されているかもしれない。

 もしかして柚月は本当はいないかもしれない。

 私が作った空想の人間、それが柚月かもしれない。

 だから、今まで誰にも話すことはなかったわ。

 でも百合、あなただけには話しておきたかった。

 もし本当に柚月が迎えに来てくれたのなら、私は迷わず柚月ついて行く」

 信じている。

 でも、揺らいでしまう。

「分かったわ。

 私も信じるよ」

 百合は佐緒里を元気づけるように言った。

「一つ、私とも約束して」

 何?と佐緒里は首をかしげた。

「彼が迎えに来たら、私にも教えて。

 電話して。待ってるから」

 佐緒里は笑って頷いた。


 今日は八月十日だ。

 今日は柚月が迎えに来る日だ。

 佐緒里は朝からそわそわしていた。

 部屋で待っているのも苦痛だった。

 気付いたら体が動いていた。

「どこへ行くの?」

 母親の問いかけにもあいまいに答えた。

 そうして急いで家を飛び出した。

 手に持っているのは携帯だけ。

 佐緒里はあの細い道へと急いだ。

 呼吸を整える。

 目の前にある、存在している道。

 この道の先には、柚月がいるはずだ。

 佐緒里は携帯を握りしめた。

 そうして一歩を踏み出す。

 頭上には木のトンネル。

 暑い夏の太陽を遮ってくれて、とても涼しい。

 パラパラと雫が佐緒里の頬にあたった。

 佐緒里は空を見上げた。

 葉陰から見える空は快晴だ。

 狐の嫁入りだ。

 柚月が教えてくれたんだった。


「迎えに行くって言ったのに」

 懐かしい声がして佐緒里は空から視線を戻した。

 向こうから柚月が歩いてくる。

「柚月…」

 ああ、夢ではなかったのだ。

 約束は本当だったのだ。

 触れられる距離に来た柚月に佐緒里は抱きついた。

 優しく抱きしめてくれる柚月。

 その体温を感じ、佐緒里は安心した。

「ごめんなさい。待ちきれなかったの」

 佐緒里が顔を上げてそう言うと柚月は緩やかに微笑んだ。

 しょうがないな、そう言う柚月は嬉しそうだった。

「これからはずっと一緒にいよう」

 柚月が告げる。

 佐緒里は頷いてから思い出した。

「待って。友達に電話しないと」

「友達?」

「うん。今日のことを話したの。

 そうしたら一緒に喜んでくれた。大切な友達なの」

 佐緒里は携帯を広げ、百合に電話をかけた。

 ワンコールで百合が出た。


「百合。柚月と会えたよ。

 ありがとう。うん、ちょっと待って」

 佐緒里は携帯を柚月に差し出した。

「百合が話しをしたいみたいなの。

 出てくれる?」

 柚月は携帯を受け取り、話し出した。

 内容はよく聞き取れなかった。

 時折、柚月は笑顔を浮かべて話している。

 数度、頷くと柚月は携帯を佐緒里に返した。

 電話はもう切れていた。

 佐緒里は携帯をポケットにしまった。

 柚月は手を差し出している。

 佐緒里はそこに自分の手を重ねた。

 二人は歩きだした。

 道の奥にある小さな家に向かって。


 結局、佐緒里と夏休みに遊ぶことはなかった。

 八月十日に電話で会話をしただけだ。

 あの時、佐緒里はとても嬉しそうだった。

 だから安心したのだ。

 佐緒里はあの日以来、行方不明になった。

 親には何も告げず、家を出たという。

 警察は家出と判断した。

 でも私は知っている。

 佐緒里は大好きな人の元へ嫁いでいったのだと。

 一度だけ、柚月と話をした。

 確認をしたかったから。

 柚月が存在するのかどうか。


『こんにちは。佐緒里と仲良くしてくれてありがとう。

 ふふ、君は僕が存在するかどうかを確かめたかったのだろう?

 大丈夫、僕は存在するよ。

 今まで佐緒里に会えなかったのには、理由があるんだ。

 僕はここを出ることが出来なかった。

 人でない我が身には色々と制約があるんだ』

 柔らかい声だった。

 人ではない。

 その言葉にやはりと思う。

 それでも柚月の言葉に嘘はないように思えた。

『佐緒里を泣かしたら承知しないわよ』

 そう言ったら、向こうで笑う声がした。

 そうして柚月は約束してくれた。

 佐緒里を幸せにすると。

 それを信じることにしたのだ。


 でも、たまに不安になる。

 佐緒里は本当に幸せなのだろうか?

 だから佐緒里の携帯にメールを送ってみた。

『佐緒里は今、幸せ?』

 返事が来るかは分からない。

 でも、送らずにはいられなかった。

『すごく幸せだよ』

 帰ってきた短いメール。

 その内容にホッとする。

 いつか、佐緒里が話していた細い道を探し、会いに行こう。

 百合はそう考えて携帯を握り締めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ