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僕らの箱庭

狐の嫁入り

作者: 東亭和子
掲載日:2016/05/29

 誕生日が来たらお嫁に行くの。


 親友の佐緒里が私にそっと秘密を打ち明けた。

 佐緒里とは高校に入学してから知り合った。

 私達はすぐに打ち解け合い、親友になった。

 そんな佐緒里に彼氏がいたとは初耳だ。

 百合は驚いて何も言うことが出来なかった。

 そんな百合を見て、佐緒里は笑った。

「百合ちゃん驚いた?」

 驚いたよ!と百合も笑った。

 佐緒里の誕生日は八月十日の夏休み真っ最中だ。

 佐緒里は夏休みに結婚するという。

「彼がね、迎えに来てくれるの」

 嬉しそうに笑う佐緒里。

 だから百合も嬉しくなって聞いた。

「聞かせて。彼との出会いとか」

 佐緒里は頷いて語りだした。


「初めて会ったのは、私が小学校四年生のときだった。

 私はクラスの男子に意地悪されていて、逃げていたの」

 佐緒里が通った小学校は、自宅から徒歩で十分ほどのところにあった。

 小学校の隣には中学校があり、近くには民家が多かった。

 見つからないうちに逃げなければ。

 意地悪するのはいつも同じ男子だった。

 佐緒里の髪を引っ張ったり、追いかけてきたりした。

 そういう他愛無い悪戯だった。

 それでも当時の佐緒里にとってそれは嫌なことで、逃げることしか出来なかった。

 佐緒里はいつもの帰り道にある小さな細い道に気付いた。

 その道は両脇が木で覆われてトンネルになっている。

 よく見ないと分からない道だった。


 とりあえずここに隠れよう。

 佐緒里がそこに隠れた少し後、あの男子が佐緒里を探しながらやって来た。

 佐緒里は息を潜めて待った。

 やがて、男子は通り過ぎて行った。

 ホッと息をつくと、佐緒里は後ろを振り返った。

 奥には道が続いている。

 今すぐここを飛び出しては危険だ。

 見つかってしまうかもしれない。

 だから佐緒里は奥に行ってみることにした。


 葉が風でサワサワと揺れる。

 この先には一体何があるのだろうか?

 どこかの道に続いているのだろうか?

 佐緒里はドキドキしながら進んだ。

 そうしてその先に見たのは、小さな白い家だった。

 佐緒里は驚いてその家を見上げた。

 その家は木によって隠れているため、遠くからは見えにくい。

 だから今まで気付かなかったのだろう。

 この道はこの家専用の道だったのだ。

 佐緒里が呆然と立っているとドアが開いて男の子が出てきた。

 佐緒里と同じ年ぐらいだった。

 男の子は佐緒里を見ると笑った。


「どうしたの?

 迷子になったの?」

 そう言って佐緒里に近寄ってくる。

 同じ小学校にいただろうか?

 見たことない顔だった。

 佐緒里は黙って首を横に振った。

「違うの。逃げてきたら、ここに着いたの」

「逃げてきた?

 意地悪されたの?」

 そう、と佐緒里は頷いた。

 男の子は眉をひそめた。

「酷いね。また、意地悪されたらここにおいで。

 一緒に遊ぼう」

 その時、パラパラと小雨が降ってきた。

 空は綺麗な晴天だ。

「狐の嫁入りだね」

 男の子は空を見上げて言った。

 佐緒里は意味が分からず首を傾げた。

「お天気雨のことだよ。さあ、濡れてしまう」

 そう言うと男の子は佐緒里に向かって手を差し伸べた。

 佐緒里は男の子の顔と手を交互に見つめた。

 この男の子は平気かもしれない。

 そう思って手を重ねた。

「僕は柚月ゆづき。君は?」

「佐緒里」

「おいで、佐緒里。一緒に遊ぼう。

 お母さんが作ってくれた美味しいお菓子もあるよ」

 柚月は佐緒里の手を引っ張り、家に招きいれた。

 それが全ての始まりだった。


「へー、そんなことってあるんだ。なんだかロマンティックだね」

 百合は小さな細い木のトンネルを思い浮かべた。

「それからいつも私は柚月のところへ逃げていたの。

 柚月と一緒にいることは楽しかった。

 美味しいお菓子と優しい柚月。

 私はすぐに夢中になったわ」

 佐緒里は微笑んだ。

 幸せそうな笑みだ。

「それで約束をしたの。

 十七の誕生日が来たら、お嫁に行くって。

 だから会えなくても、我慢していた。

 信じて待っていた」

 大人になった柚月はどうなっているのだろう。

 もうすぐ約束の日がやってくる。

「会えない?」

 百合は疑問に思って聞いた。

「そう。約束した日からずっと、私は柚月に会っていないの」

「それって…!」

 騙されているのではないのだろうか?

 百合の思いを見透かして、佐緒里は笑った。


「そうね、騙されているかもしれない。

 もしかして柚月は本当はいないかもしれない。

 私が作った空想の人間、それが柚月かもしれない。

 だから、今まで誰にも話すことはなかったわ。

 でも百合、あなただけには話しておきたかった。

 もし本当に柚月が迎えに来てくれたのなら、私は迷わず柚月ついて行く」

 信じている。

 でも、揺らいでしまう。

「分かったわ。

 私も信じるよ」

 百合は佐緒里を元気づけるように言った。

「一つ、私とも約束して」

 何?と佐緒里は首をかしげた。

「彼が迎えに来たら、私にも教えて。

 電話して。待ってるから」

 佐緒里は笑って頷いた。


 今日は八月十日だ。

 今日は柚月が迎えに来る日だ。

 佐緒里は朝からそわそわしていた。

 部屋で待っているのも苦痛だった。

 気付いたら体が動いていた。

「どこへ行くの?」

 母親の問いかけにもあいまいに答えた。

 そうして急いで家を飛び出した。

 手に持っているのは携帯だけ。

 佐緒里はあの細い道へと急いだ。

 呼吸を整える。

 目の前にある、存在している道。

 この道の先には、柚月がいるはずだ。

 佐緒里は携帯を握りしめた。

 そうして一歩を踏み出す。

 頭上には木のトンネル。

 暑い夏の太陽を遮ってくれて、とても涼しい。

 パラパラと雫が佐緒里の頬にあたった。

 佐緒里は空を見上げた。

 葉陰から見える空は快晴だ。

 狐の嫁入りだ。

 柚月が教えてくれたんだった。


「迎えに行くって言ったのに」

 懐かしい声がして佐緒里は空から視線を戻した。

 向こうから柚月が歩いてくる。

「柚月…」

 ああ、夢ではなかったのだ。

 約束は本当だったのだ。

 触れられる距離に来た柚月に佐緒里は抱きついた。

 優しく抱きしめてくれる柚月。

 その体温を感じ、佐緒里は安心した。

「ごめんなさい。待ちきれなかったの」

 佐緒里が顔を上げてそう言うと柚月は緩やかに微笑んだ。

 しょうがないな、そう言う柚月は嬉しそうだった。

「これからはずっと一緒にいよう」

 柚月が告げる。

 佐緒里は頷いてから思い出した。

「待って。友達に電話しないと」

「友達?」

「うん。今日のことを話したの。

 そうしたら一緒に喜んでくれた。大切な友達なの」

 佐緒里は携帯を広げ、百合に電話をかけた。

 ワンコールで百合が出た。


「百合。柚月と会えたよ。

 ありがとう。うん、ちょっと待って」

 佐緒里は携帯を柚月に差し出した。

「百合が話しをしたいみたいなの。

 出てくれる?」

 柚月は携帯を受け取り、話し出した。

 内容はよく聞き取れなかった。

 時折、柚月は笑顔を浮かべて話している。

 数度、頷くと柚月は携帯を佐緒里に返した。

 電話はもう切れていた。

 佐緒里は携帯をポケットにしまった。

 柚月は手を差し出している。

 佐緒里はそこに自分の手を重ねた。

 二人は歩きだした。

 道の奥にある小さな家に向かって。


 結局、佐緒里と夏休みに遊ぶことはなかった。

 八月十日に電話で会話をしただけだ。

 あの時、佐緒里はとても嬉しそうだった。

 だから安心したのだ。

 佐緒里はあの日以来、行方不明になった。

 親には何も告げず、家を出たという。

 警察は家出と判断した。

 でも私は知っている。

 佐緒里は大好きな人の元へ嫁いでいったのだと。

 一度だけ、柚月と話をした。

 確認をしたかったから。

 柚月が存在するのかどうか。


『こんにちは。佐緒里と仲良くしてくれてありがとう。

 ふふ、君は僕が存在するかどうかを確かめたかったのだろう?

 大丈夫、僕は存在するよ。

 今まで佐緒里に会えなかったのには、理由があるんだ。

 僕はここを出ることが出来なかった。

 人でない我が身には色々と制約があるんだ』

 柔らかい声だった。

 人ではない。

 その言葉にやはりと思う。

 それでも柚月の言葉に嘘はないように思えた。

『佐緒里を泣かしたら承知しないわよ』

 そう言ったら、向こうで笑う声がした。

 そうして柚月は約束してくれた。

 佐緒里を幸せにすると。

 それを信じることにしたのだ。


 でも、たまに不安になる。

 佐緒里は本当に幸せなのだろうか?

 だから佐緒里の携帯にメールを送ってみた。

『佐緒里は今、幸せ?』

 返事が来るかは分からない。

 でも、送らずにはいられなかった。

『すごく幸せだよ』

 帰ってきた短いメール。

 その内容にホッとする。

 いつか、佐緒里が話していた細い道を探し、会いに行こう。

 百合はそう考えて携帯を握り締めた。


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