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影の王の婚姻  作者: 天海りく
第二の真実を告げる者(初出2013.6.15/ビーズログ文庫)
4/12

4~エピローグ


 その日の王宮は大わらわだった。

 ザハールが混乱を避けるために不正事件の調査から外され、ニカが拘束されるまでの間に設事と吏事で口論と乱闘が一件ずつ。ニカが拘束されてからは、律事で二件の口論。そして律事を中心にして耳鳴りがすると、訴える官吏も多く出ていた。

「耳鳴りは蔵事まで広がったか……」

 フィグネリアはザハールの謹慎についての報告を受けてから、大臣達と共に大広間から一歩も出られずにいた。次から次に報告が入ってくるのだ。

 隣にいるクロードはそわそわとしながら、自分の方に目を向けて首を小さく振る。

「皇帝陛下、本日は一切の政務を取りやめるしかない状況かと思います」

 フィグネリアは後ろの玉座にいるイーゴルに進言する。

「そうだな。これ以上の解決はできんだろう。一旦政務から離れて、頭を冷やさせろ」

 イーゴルが昏迷する事態に一様に渋面でいる大臣達にそう告げて、フィグネリアも言葉をつけ加える。

「二等官以上は各自私室に待機。三等官以下は官舎あるいは屋敷に戻り、呼び出しがあれば出仕できる状態で待機と命じてくれ。エリシン五等官は拘留したままにしておいて、監視は後で新たにつける」

 そこまで言ってフィグネリアは隣のクロードに、朝議の記録を見せるよう紙の端を引く。

「なお、一度に移動すると混乱するので次の順番で出て行くこと」

 フィグネリアが外事を始めにあげ、それから順に言葉を連ねていって最後に律事にたどりつくと、クロードが彼女の意図に気づいて小さくうなずいた。

 その命に異論は出なかったが、蔵事大臣がひとつかまわないかと声を上げた。

「この状況、神殿にも相談するべきでは。口論はともかくとして、耳鳴りは神官方に診ていただいた方がよいのではありませんか?」

「そうですね。耳鳴りは妖精の喧噪とも言いますし」

 吏事大臣が同意してクロードの目が泳ぐ。

 実際、耳鳴りの方も妖精達らしいのだが、いかんせんここでそれを明かすわけにもいかない。

「本日中に神殿に書簡を送る。皇帝陛下もそれでよろしいですか? ……では、今は速やかに官吏達を休ませることを優先しろ」

 大臣達がそこで妥協して各自書記官を連れて持ち場に戻っていた。残されたフィグネリアは、強張っていた肩の力を抜いて椅子に深くもたれかかる。

「それで、クロードどういう状況なのだ、これは?」

 朝議までクロードと会話する間がなかったイーゴルが、困り顔で義弟を見下ろす。

 フィグネリアも朝に妖精が動いたと聞いたきりで、それ以後のことはクロードの目配せで妖精が関係していると、分っているだけだ。

「すごく、ざわざわして混乱してるっていうか、喧嘩って程じゃないんですけどまとまっていないみたいです。そのせいで普通は声を運んでるけど、上手くいかなくてほとんどが耳鳴りになっちゃってるんだと思います」

 イーゴルが黙考してからフィグネリアを見る。

「妖精達まで喧嘩をしそうになっている、でいいのか?」

「兄上、申し訳ありません。私にも具体的にはよくは分りません。風の妖精は複数いるという時点で理解しきれていないもので」

 花や石なら一輪や一個単位でいるというのは分かりやすいのだが、風となると複数いるというのは掴みにくい。

「たぶん頭で理解するのは難しいと思います。それよりなんで今日になって、こんなことになっちゃったんでしょう」

「そこだな。変化が急激すぎる。この二日の反動か?」

 ニカが小宮にいた二日間は口論騒動は起きなかった。二日にかけて出仕していない官吏も他になく、ルーロッカが彼と関わりがあることは確かだろうが、器となっている訳でもないというのが腑に落ちない。

 フィグネリアとクロードは顔を見合わせて唸る。

「……俺ができることはなさそうだな」

 そうすると、心なしか寂しげにイーゴルがつぶやいた。

「兄上の手が必要ならばすぐにお願いします。今は、軍の方で雪害対策に集中していただければと思います」

「分かった。何かあったらすぐに、呼ぶんだぞ。クロード、フィグネリアを頼んだ」

 イーゴルはそう言ってクロードの髪をかきまぜて退室していった。

「頼まれちゃいましたよ、俺」

「信頼されてるということだ。ほら、呆けてないで行くぞ。今から全員が王宮の外、あるいは私室のある棟に移動する。乱暴だが、これが手っ取り早い」

 フィグネリアは乱れた髪をなでつけているクロードを急かして立ち上がる。

「はい。妖精の動きをたどるんですね。ルーロッカ様が入ってる人間がいるなら今は、近くに妖精の気配が濃いだろうし」

「その通りだ。可能性の高い律事は最後に回してある。エリシン五等官の近くにいるのは確かなのだろう」

 今日の騒動は設事を起点にして隣り合った吏事、それからニカが拘束されてから律事へと移っている。確実にニカの後を追っているのは間違いない。

 クロードが早足でフィグネリアの隣に並んでこくこくとうなずく。

「ニカも騒動が起きるときは資料を運んだりした直後か、同じ政務室で起ったかだって言ってましたよね」

 クロードが言葉をそこで止めて、一度口を引き結ぶ。

「今日になってなんでジトワ二等官は、不正をしていることに気づいてニカを呼び出したら、殴られたなんて証言を変えたんでしょうか……急に思い出したなんて不自然だし、拘束は早いですよ」

「功を急いだにもほどがあるな。ザハールの後任は、ガルシン公家派と対立している。ザハールを出し抜こうとしか考えていないかもしれんな」

 フィグネリアは悔しそうな夫に同意する。

「ちゃんとニカの話を聞いてくれそうにないですよね」

「……一度そこは切り離しておけ。ルーロッカ様を見つけて、落ち着いてから対応する」

 フィグネリアは温和な声で、落ち込むクロードを諭す。

 ニカとは力のことを打ち明けられるほど信頼していて、その関係は大事にしてやりたいと思うが、事情が事情でフィグネリアは複雑な心境でいた。

「はい。俺もニカが正しいことをしたこと、やってないことちゃんと証明させてあげたいです。行きます」

 顔をしっかりと上げてクロードがそう言い、フィグネリアは気の持ち直しが早い姿に安心する。

 そしてフィグネリア達は中央通路の出入口にたどりつくと、そっと扉を開けて様子を窺う。

 右手側からぞろぞろと官吏が出てきて、その多くが王宮の外へと向かい、一部は二等官以上の私室がある左手側へと移動している。

「どうだ?」

「この中にはいないと思います。まだあっちの政務室の方で妖精達の様子がおかしいです」

 そしてしばらく待つと設事の集団が来たが、クロードは首を横に振る。さらに吏事が来ても彼は同じだった。

「いないです。まだ、あっちにいます」

 そうして最後に律事が出て行った後に彼は右手側に視線を向けた。もうあそこにはニカしかいないはずだ。

 先ほどまで人で溢れていた中央の通りにフィグネリアとクロードは出る。

 薄曇りで窓から差す光は弱々しく浅黄の絨毯も色褪せて見える。外気が入ってきていたせいで空気も冷たく肌に凍みる。

「行くか」

 フィグネリアが声をかけると、隣で寒さに首をすくめているクロードが、重たげに首を縦に振った。


***


 人気のなくなった政務室が並ぶ廊下は、どこまでいっても同じ場所を歩いている気がしてくる。

「今どこにいるか分からなくなっちゃいそうですね」

 見える景色が全く変わらず物音ひとつしかしない廊下は不気味で、クロードは一歩だけ後ろにいるフィグネリアにそう声をかける。

「三棟目の第十五廊だ。ここは蔵事第二政務室と第三政務室の間だな。不安にならずとも現在地は私が把握している」

「……フィグ、ここほとんど来たことないんですよね」

「王宮の見取り図は覚えていると言っただろう」

 それは聞いたがまさか部屋のひとつひとつまで覚えていたとは思わなかった。妻の頭の中がどうなっているか、時たま本気で不思議で仕方なくなる。

「じゃあ、俺は心置きなくルーロッカ様探しますね。というか、ニカの所だろうな……俺達が探してること、ばれちゃったんでしょうか」

「そうなると、ザハールの件からおかしいな。証拠隠滅の疑惑で朝議が長引き、その間にも揉め事が多発して動けずにいる内に、エリシン五等官の拘束だ。神霊様が不正事件についてどこまで理解しているかが不明だが」

「そうですね。細かいところまで、理解してるとは思わないんですけど……とにかく、試しに笛吹いてみますね」

 クロードは胸ポケットから笛を取り出して、慎重に音を奏でていく。音にだけでなく、妖精達の動きにも注視して。

 滑らかな絹糸のごとき音に妖精達は絡め取られ、側にすり寄ってくる。しかしそれを阻み遠いところで彼らを繋ぎ止める力がある。

 そう遠い所ではない。

「クロード」

 張り詰めた声のフィグネリアに肘のあたりをつつかれて、クロードは音を止める。

 足音がしている。

 フィグネリアが短刀に手をかけて身構えて、クロードも周囲の妖精達の気配に意識を研ぎ澄ませる。

 明かりの乏しい廊下の向こうに人影が見えてくる。そしてその立ち姿にふたりは見覚えがあって、困惑する。

 薄明かりの中で最初に目を惹いたのは金糸の髪だった。

「ここで何をしている」

 フィグネリアの鋭い声に男、ザハールが不快げに眉根を寄せる。

「それはこちらの台詞ですよ、皇女殿下。政務室側を空にしていったいなにをしていらっしゃるんですか?」

「それはこちらの事情だ。お前は謹慎中ではないのか?」

 訊ねながら、フィグネリアが目でルーロッカかどうか聞いてきて、クロードは違うと同じように目で返す。

「そうですが、外が騒がしくてなにごとかと思って混雑に紛れて出てきたら、あなた方がこちらに向かうのを見て、不審に思いこっそりと後をつけさせていただきました」

 笛を持っているクロードは、ザハールに視線を向けられて愛想笑いで誤魔化す。

「なぜこんな人気のなくなった場所で笛を吹いているのですか?」

「とにかくお前は私室に戻れ。謹慎が長引くか、命令違反で降格もありうるぞ」

 フィグネリアが間髪入れずに強い口調で命じるが、ザハールは引く気がなさそうだった。

「ここで何をするつもりかお聞かせいただけたら、戻りましょう」

 口元だけの笑みで解答を強要するザハールに、夫婦は前進も後退もできずに膠着状態になる。

 それからすぐに耳元で妖精達がざわめいて、クロードは辺りを見回す。大きな力が近くで動こうとしている。

 ざあっと廊下の奥から風が激流のごとく押し寄せてくる。立っていることも、目を開けていることすらままならない。

「お前ら、動くな!」

 それでもどうにか、クロードは踏みとどまって周囲に命じる。

 一定の塊だった風はほどけるが、一部は従わずに暴れ散らして廊下に冷たい風が吹き荒れた。

 肌を斬りつける鋭さはないものの、体に容赦なくぶつかってきて巨大な拳に殴られている感覚だ。

 風が耳を掠めるときん、という音と共に耳奥で一瞬痛みが走った。

「いった……フィグ!」

 隣にいたフィグネリアが耳を押さえ、膝をついて顔を歪める。耳鳴りがする、と掠れた声で彼女がつぶやく。

 目の前でフィグネリアを苦しめているのは妖精たちだ。

 いつだって自分に寄り添ってくれていた妖精達が、彼女を傷つけたのはこれで二度目だ。

 だが後でその事実を知った以前とは違い、頭が真っ白になるほどの衝撃を覚えた。

 それと同時に、怒りもあった。彼らが自らの意思で動いているわけではないと分かっていても、抑えきれないほどに感情が逆立つ。

 その後は命じるまでもなかった。

 クロードの怒りに触れた妖精達は怯え身を竦めるように動きを止めた。

「クロード、多少目眩がするが大丈夫だ」

 フィグネリアが耳から手を離し、よろけながら立ち上がる。妖精達への憤りに気が向いていたクロードは、彼女の体を支えてしょぼくれる。

「……フィグ、止めきれなくてすいません」

「たいしたことはない。ひとりで立てる」

 ほら、とフィグネリアが促してクロードは彼女の背に添えていた手をひっこめた。

 見たとおり大丈夫そうでほっとできたのは束の間だった。

「これは、どういうことかな」

 膝はついていなかったものの、耳を塞いでいたザハールが驚愕と警戒の入り交じった表情でクロードを見ていた。

 そして持っている笛に目を落として何かに気づいた顔をした。

「神の楽士か」

 自力でザハールが自力で答にたどりつくと、フィグネリアがクロードを背に庇う格好で一歩前に出る。

「仮にそうだとしたらどうする」

「どうすると言われてもそう簡単には答はだせませんが、興味深いですね。口論騒動は君が起こしていた、というわけではなさそうだね」

 フィグネリアの後ろで彼女の判断に任せっきりでいたクロードは、自分から前に出る。

「この騒動を収めようとしてるんです。だから、邪魔、しないでくれますか」

 強気なふりをしながらも、この力についてザハールがどんな風に思っているか考えると恐かった。

「僕に勝てるところ、あるじゃないか。何もできないのにやる気だけはあると思えば、それが切り札だったか」

「違います。この力でどうこうしようなんて俺、考えてません。そんなことしたら、いろんな人が混乱するし、余計な面倒事も増えてフィグを困らせるから、誰にも言わないでもらえますか」

 ザハールから視線を逸らさずに、クロードは必死に虚勢を張る。

「……いいだろう。言わない代わりに、現状をきちんと説明してもらおうか。なぜ妖精達がこんな騒ぎを起こしているのか、君の口から」

 クロードはフィグネリアにいいですか、と表情で伝える。彼女は仕方あるまいとうなずいた。

 それからここまでの経緯をできるだけ手短に説明する。以前の騒動の真相まで話さねばならなくて、少々もたついたがどうにか喋り終えると、ザハールは二度ほどうなずいた。

「事情はよく分かった。厄介だな」

 確かに厄介なのだがその一言で収めてしまうのもどうかとクロードは思った。

 しかしながら、この国の人間はことごとく妖精の存在を受け入れているのだと、改めて強く感じた。

 受け入れられるのはいいが、だからこそ妖精を従える力に人が惑わされるのだと思うと複雑だ。

「それでひとつ気になるのだけど、妖精を使って引き出しの鍵を開けるっていうことは可能なのか?」

「できないことはないはずです。でも自分の過失を押しつけるのはどうかと思いますけど……」

 鍵には鍵で金属関係の妖精がいるはずだ。神霊なら動かせるだろうが、都合の悪いことを妖精やそれを扱うものの責任にしてしまうのはよくない。

 ルーロッカの関与は五分五分といったところではあるが。

「過失はしていない。僕が鍵をかけ忘れる、あるいは書類をしまい忘れるという初歩的な間違いをするはずがない」

 その自信はいったいどこからくるのだろうか。

 呆れを通り越して感心の域にたどり着いたクロードは、態度も身長も大きいザハールを見上げる。

「ひとまず、事態を整理するか。ルーロッカ様が攻撃を仕掛けてきたということは、見つけてほしくはないか、何か癇に障ることをこちらがしたのかのどちらかだと思うのだが」

 フィグネリアがクロードに顔を向ける。

「両方な気がします」

 ここにはルーロッカの好きな真実が潜んでいて気の短い人間が多い。絶好の遊び場から離れたくないのは予測できる。そこに、妖精の動きを抑えようとする自分が入り込んだ。

「子供がおもちゃを取り上げられそうになって、暴れるのと変わりないな。……しかし、これが神の怒りを買う、という事態か」

 ザハールがやれやれとため息をついた後に、なにやら興味津々な様子でつぶやく。

「お前、今、ちょうどいい機会だと思っているだろう」

「滅多にない体験ですからね。私は神霊様の声も直接聞いたこともなければ、妖精の動きを肌で感じ取ったこともありませんから」

「そんな呑気なものじゃないんですけど」

 クロードはこのままついてくる気がありありと分かるザハールを半眼で見る。

「それは分かっている。さっきのも十二分に脅威的だったからな。人手は多い方がいいだろう。君ひとりに皇女殿下を任せるのも不安だ。というより、皇女殿下が君の護衛代わりか」

「私がするのはは援護、だ。神霊様には太刀打ちできん。だが、人手が多いにこしたことはにないな。ついていけないと思ったらすぐに逃げていい」

「逃げるときは皇女殿下も一緒ですよ。貴女に万一のことがあれば国の損失が大きすぎる。それは、君も分かっているだろうね」

 ザハールの言葉はいつもの小馬鹿にした風ではなく、重みのあるものだった。

 以前もタラスに言われたことだ。フィグネリアのことを認めきっていないザハールでさえ、彼女に少なくない期待をかけている。

 こうやって、たくさんの人間がこれからもフィグネリアを必要とするだろう。

「分かってます」

 クロードは多くは言わずにそれだけ返した。

「……私は撤退するか前進するかはクロードと一緒に決める」

 淀みない口調でフィグネリアが言い切った。

「それで、私は独断で動けということですか。いいでしょう。自分の身は自分で護ります。さて、ルーロッカ様は結局、誰に降りてきてるんだ? エリシン五等官でないのは、間違いないのだろう」

「間違いないとは思うんですけど、ニカが小宮にいる間はなにも起こらなかったんですよね。ニカのは身近に様子の変わった人や、いつも近くにいる人で不自然な様子はないそうです。でも、幻聴の聞こえ始めた時期は最初に異変があった時より後なんです」

 そう、ニカが幻聴が聞こえ始めたのは今から五日前ぐらいだったらしい。それより前から口論騒動はあった。

「皇女殿下、最初に口論騒動があったのは外事でしたか?」

 クロードとフィグネリアはザハールの問いかけに同時にうなずく。

「王宮入り口近くから奥へ移動し、五日前に設事で最初の口論騒動だ。それからは設事とすぐ近くの吏事に偏り始めた」

 限りなく狭い範囲でしか妖精を動かさず、気ままに場所を変えていたのに、お気に入りの場所を見つけたのかそこから動いていない。

「各政務室を自由に動き回れる人間はそういないはずですが」

「そういう人間と会った覚えがないって、ニカも言ってました」

 そしてまたどこに糸口があるのか分からなくなる。

 ザハールが顎に手を当てて思案しながらクロードを見やる

「ルーロッカ様は喧嘩を見たいのだろう。ただエリシン五等官は揉め事は起こしていない、わけではないか」

「でも、ジトワ二等官の件は違いますよ。ニカには無理なはずです。なのに拘束だなんて」

「エリシン五等官は拘束されたのか?」

 ザハールが問うのにはフィグネリアが答える。

「僕が両者の証言と、状況を見た限りエリシン五等官には不可能だ。鼠を捕まえようとして屈んでいたなら、物音には過敏になっていただろうし。……そもそも屈んでいたというのも、このごろ鼠が出るという話を聞いて、エリシン五等官にも身長差があっても不可能ではないと思わせるためかもしれませんが」

 腕を組んで憤慨するザハールの隣でフィグネリアが首を傾げる。

「しかし、それならば最初からエリシン五等官に罪を着せていないとおかしくないか? それより、鼠が出ているなどという報告は聞いていないぞ」

「鼠が出ていると言っても、はっきりと姿を見た人はいないそうですよ。物音がしてそれが鼠ではということです。書類などへの被害も出ていませんし、わざわざ報告することはなかったのでしょう」

 フィグネリアはそれで納得したが、クロードはそうではなかった。

「あの、いつからですか。それと、どのあたりで出たんですか?」

 ニカの周辺で起きた変わったことが、ひとつだけあったはずだ。

「外事と、蔵事、あとは吏事でも出たと言っていたかな。いつからかは知らないが……」

 はたと気づいたらしく、ザハールとフィグネリアが同時にクロードを見る。

「クロード、まさかエリシン五等官が鼠を見たと言っていたのか?」

「いえ、鼠じゃなくてリスだそうです。具体的には覚えてなかったんですけど、四、五日前だから時期は合っているはずです。ジトワ二等官、鼠ってはっきり言ってなくて鼠か何かって、証言してましたよね」

 合ってはいるのだが疑問点も多い。

「君、神霊様がリスに降りてくることが可能なのか?」

「いや、俺に聞かれても困りますよ。けど、王宮内自由に移動できるならありえるんじゃないですか。アトゥス様も合わない体って言ってましたよね」

 フィグネリアに同意を求めると彼女は半信半疑で唸った。

「まあ。確かに合わん体だが……単に目撃されたからエリシン五等官に張り付いていたわけではないのだろう」

「エリシン五等官については喧嘩を起こさせたいというわけでもなそうだが、君から見てどうだ?」

 ふたりに答を求められてクロードは、記憶を巻き戻していく。

「ニカだけは悪意というより失意が主なんですよね。最初会った時から思い詰めてるところもあって、精神的に疲れてて。ルーロッカ様はたぶんリスで、妖精を動かせる範囲も狭くて不便で……新しい器?」

 神霊が降りるには、器が空でなくてはならないという言葉を思い出し、クロードは顔色をなくす。

「ニカを新しい器にするつもりなんだ。だからニカの器を空にするために、妖精を常に近くに置いて、声を聞かせてたんだ」

 自分が使い勝手のいい体に移るためだけに、ニカに失意を与えていたのだ。あまりにも勝手すぎる。

「神界には戻らず器を乗り換えることが可能なのか? それに、ならばなぜ騒動を起こさなかったのだろうな」

 フィグネリアも深刻な顔で考え込む。

「ここで考えるより、ニカの所行きましょう。もしそうだったら止めないと」

 アトゥスの言う通り器の中身が傷ついてしまうならニカが危うい。そんなことには絶対にさせたくない。

 クロードの訴えに反対する者はなく、彼らは歩幅を広げて先の見えない廊下の奥へと突き進んだ。

 

***


 律事の政務室がある棟の一室は簡易の牢屋になっていた。部屋に入るとさらにその中は六つの小部屋に分けられていて、鉄格子こそはないがどの部屋も外から鍵をかけるようになっている。

 その一室のぼろぼろになっている絨毯の上で、ニカは毛布を被って膝を抱えていた。

 ジトワ二等官の証言は、信じるにはあまりにも稚拙だと思った。だけれどそれで拘束されてしまったのだ。

 ザハールの後任だという律事官はきっとまともにとりあってくれない。どうせなら手柄が増えるというぐらいしか頭になさそうで、早く認めろと言うばかりだった。

「約束、したのにな」

 膝の上に額をつけてニカはぽつりとつぶやく。

 クロードと一緒に今日はルーロッカを探すことになっていたのに、これではもう無理だ。迷惑ばかりかけて、嫌になる。身から出た錆だから、いっそジトワ二等官の件も認めてしまった方が、ことは丸く収まるだろうか。

 クロードもフィグネリアもきちんと話を聞いてくれたけれど、何も残っていない自分ができることはそれしかないのかもしれない。

「ニカ」

 低い男の声が扉の前でして、ニカは顔を上げる。

「誰、だ……」

 聞きかえしながらも、いつも自分の心の声を囁く幻聴と同じ声だと気づいて声が震える。

(ルーロッカ様だ)

 今、扉の向こうにいるのはきっとそうに違いない。

「なあ。ニカ。ここから出してやるから来いよ」

 かちゃりと鍵の回る音がして、わずかに扉が開く。

「お前が閉じ込められたのは、予定外だったんだけどな。ちょっとあの紙束がなくなりゃ、妖精王もお前にかまってられなくなると思ってたんだけどよ。悪いことしちまったな」

 ニカは身を竦めて扉の隙間をじっと見るが、人影らしいものはない。

「どうしたんだよ、出て来いよ。そこにはいたくないんだろ。なあ、早くこっちこいよ」

「……あなたには従えません」

 これ以上は呑み込まれてしまってはいけないと、ニカは首を横に振る。

「どうしてだ? 駄目なんだろう。もう何も叶わない、お前には失意しかない。ほら、空っぽになっちまえ。そうしたら、楽しいぞ」

 男の楽しげな笑い声が外から入ってきてニカは耳を塞ぐ。しかし、声は遮断できない。

 歯を食いしばってニカは耳の中で響き続ける音に耐える。

「嫌だ」

 男の声をはねつけると、舌打ちが聞こえる。

「しぶといな。あ、くそ、妖精王の奴、かぎつけて来や、が……魔ばっかり……やがって」

 男の声が乱れる。その隙間に笛の音が入り込んできていた。

「クロード殿下……」

 圧倒的な存在感をもっていて心を惹きつけてやまない音色。こんな音を奏でる人間はたったひとりしかいない。

「ニカ、ついてこい」

 笛の音がおさまって男に呼ばれ、ニカは迷う。

「ほら、来いよ。おもしろいもの見せてやるから、きっと気が変わるぜ。力を手に入れるんだ」

 扉の隙間からするりと何かが入り込んできて、ニカは目を瞬かせて手をのべる。いたのはリスだった。数日前に見たのと同じだろう。

「お前、まだいたのか」

 毛玉に似たリスはそのまま近づいて来て、手の上に乗った。警戒心が強いのに珍しいとニカは持ち上げる。

 丸いつぶらな瞳と目が合った。

「行こうぜ、ニカ」

 そしてリスはあの男の声を発する。頭の中でその声は反響してニカは喉を引きつらせ、彼を落とそうとするが腕はまるで動かなかった。

「そう怖がるなよ。体半分、借りるだけだ。俺はルーロッカ、お前はニカ。ちゃんと半分だ」

 肩の上にルーロッカが移動し、ニカの体は本人の意思を無視して歩き出す。

「ニカ、試しに力使ってみようぜ」

 ざわりと周囲で何かがさんざめく。空気が同時に動いて、廊下の向こうへと流れていくのを感じた。

 心臓が激しく鼓動する。

 何が起ったかは頭では分からない。しかし体は人が持てる力を超越した感覚が残っていた。その後に、恐怖が襲ってきた。

 あれだけのものが、一瞬で打ち消された。

「さすがに、まだこの距離と状態じゃかなわねえか。でも、妖精王の奴も嘘つきだな」

 ルーロッカが肩口で耳障りな笑い声をあげる。

「あいつに味方になってもらおうぜ。そしたらおふくろにだってそう簡単に連れ戻されねえし、もっと派手でおもしろいことができる」

 ルーロッカは提案してきている口ぶりだが、ニカに是非を決める権限などあるはずがなかった。

 

***


「ん、そっち? もうちょっとあっちじゃないのか?」

 クロードが廊下を妖精と相談して歩いているのを眺めながら、フィグネリアは進んでいた。

「……神子様と似たものかと思っていたが、ずいぶんと違うものだな。会話もできているのですか?」

 隣にいるザハールに問いかけられて、フィグネリアは違うと答える。

「いや、なんとなく分かるそうだ。妖精は言葉は発さないらしい」

「なるほど。それでも意思の疎通はできていることには違いがないのか」

 ザハールが興味深そうにつぶやくと、クロードが振り返る。

「俺の力は一財産築こうとか、権力を握ってやろうとか、そういうことには使いませんからね」

 念押しされたザハールが薄く笑う。

「利用価値はありそうだけど、僕は自分で把握しきれない大きな力には手を出さない。張本人である君自身、よく分かっていないのなら余計にだな」

「お前のことだから技術革新のために利用するなどと言い出すかと思ったが、その考えなら助かる」

 ザハールがクロードの力に変な期待を寄せてしまわないか、不安でしかたなかっただったフィグネリアは、本心からそう言った。

「言ったでしょう。不確かなものには頼りすぎるべきではないと。皇女殿下、あなたは彼をどうするおつもりなのですか」

 質問の意図がよく分からず、フィグネリアはザハールを見返す。

「今回の神霊方でさえ把握できていない事態を、引き起こしている要因は彼である可能性が高い。私はそれが問題だと思うのですが」

 クロードに責がある言い方をされて、フィグネリアは眉をつり上げた。

「どうするもなにもラウキル様の時にしろ、今回のルーロッカ様の件についても、こちらが抱えている問題が露見されたにすぎん。できるだけ、神霊方が好みそうな問題の芽を摘み取っていくだけだ」

 確かに神霊が降りてきやすい状態を作り上げてしまったのはクロードだ。しかし、その神霊が地上にいついてしまう要因を作っているのは人間側である。

「確かに工費の水増しをしたのも、鬱憤を抱えているのも人間ですけれどね。第二の真実を司る、か。悪意と失意がこの国の真実だとすれば気が滅入りますね。この不正事件が拡大したのは、国の体制に問題があるからでしょうし」

「だから護るべきものは護り、壊すべきものは壊して変えていかねばならない」

「……何を護り、壊すか決められてはいますか?」

 ザハールの声は真剣だった。

「いや、明確には決められてはいない。私ひとりで裁量するものでもないからな。それぞれに譲れないものがあるだろう。勝手な判断で無理に壊せば歪みが出る」

 そのためにはどうしても繋がりがいる。人脈が築けていないことは考えていた以上に痛手だ。

「ならば、なおさら彼は隣に置いておくべきではないのでは。神霊方と深く関わり合いになることは避けた方がいいでしょう」

 ザハールがクロードの背に鋭い目を向ける。聞こえていないことはないだろうが、夫は振り返らない。

「フィグ」

 会話の間には入ってこずに妖精の動きを追い続けていたクロードが、警戒の声と共に立ち止まる。

 それからすぐに足音がする。人間のものということはニカだろう。すでに彼はルーロッカに体を奪われてしまっているのかもしれない。

「クロード、早くすませれば、エリシン五等官への影響も少ないはずだ」

 クロードの隣に立ったフィグネリアは、悔しさに震える彼の手に触れる。

 姿がはっきりと見えてきたニカの表情は不安に満ちていて、フィグネリア達は戸惑う。 ルーロッカが表に出ているとは見えない。

「よかった。まだ、リスの中にいる」

 ニカの肩にリスの姿を見つけたクロードが安堵のため息をつき、自分からニカへと歩み寄っていく。

「ニカ、それただのリスじゃないからこっちに渡してくれないか?」

「無理です。俺の体、まともに動かないんです……申し訳、ありません」

 起伏のほとんどない声でニカが言う。顔には表情があるのに、言葉にはまるで反映されておらず、不均衡さに薄ら寒いものを覚えた。

「妖精王、俺らと一緒に遊ばねえか?」

 リス、ルーロッカが笑う。

「本当にリスに降りてきているんだな」

 それを見たザハールが感心した風に言う。フィグネリアもまだどこか信じられない気持ちでいたが、喋ると同時に口を動かし、笑うときには体を揺するリスを見れば疑いようがない。

「遊びません。ニカになにしたんですか?」

「体貸してもらってるだけだよ。なあ、まずは妖精共なんとかしてくれよ。せっかく移行しかけたのに、お前がこいつを遠くに連れて行っちまった上に、笛を聞かせたもんだから妖精共がうまく言うこときかねえんだよ」

 ルーロッカが早くしてくれと、ニカの肩をもこもことした尻尾ではたいた。

「駄目です。そうしたらニカの体全部取る気でしょう」

「全部は取らねえよ。お前が協力してくれりゃ、この狭い体でも我慢してやる。だから一緒に遊ぼうぜ」

 執拗にクロードを誘うルーロッカに、不安を覚えつつフィグネリアはやりとりを見守る。

「皇女殿下、隙が出来たらエリシン五等官とまとめて取り押さえますよ」

 ザハールがそっと囁いてフィグネリアはうなずき、クロードにも大丈夫かと確認する。

「笛を吹いている間ぐらいは、妖精達の気は引けると思いま……っわ」

 クロードがそう言って笛に口をつけるが、足下が揺らいだ。敷き詰められている床石が飛び出したり、沈んだりを繰り返して床が不規則に波打っている。

「またこれは、とんでもない光景だな……皇女殿下、こちらへ」

 ザハールが目の前であり得ない動きをしている床に唖然としながらも、クロードの側に行こうとしているフィグネリアの腕を引く。

「……逃げるのなら、ひとりで逃げろと言ったはずだ」

「これから国を変えようと思っている人間が、自ら身を危険にさらすものではありません。ここで姿が見えれば、十分でしょう」

 ザハールの真摯な声に、フィグネリアはその場に留まる。

「ああ。そうだな」

 平静に言いながらも、彼が困ったときにすぐに手を伸ばせば届く距離まで行きたくて仕方がなかった。

「こら、お前ら止まれ! ……笛、吹いてやるから大人しくしろ!」

 クロードの最初の言葉には反応が鈍かったが、笛と聞いて石の妖精達がぴたりと動きを止める。

「お前ら、本当に現金だな」

 その場全員の思考を代弁してクロードが立ち上がる。

「そうだぜ。妖精共はお前の笛が好きだ。その力があればなんでもできる。気にくわない奴らだって、お前にひれ伏す。誰もお前には逆らえない」

 ルーロッカが落ち着いた調子でクロードに語りかける。

「そういう使い方、するつもりはありません。考えたこともないですよ」

「嘘だ」

 クロードが再び笛を吹こうとすると、すかさずルーロッカが告げる。

 先ほどまでの軽い口調とさして変わらないのに、彼の短い言葉は皮膚を刺し心臓まで入ってきて、その場に縫い止められるかのような錯覚を覚える。

(さすがに神霊様、ということか)

 フィグネリアは畏怖に震える自分の体を抱き、止まっている夫を見る。

「クロード……」

 側にいないと、と咄嗟に思う。しかしザハールに先ほどより強く腕を引かれて、前には進めなかった。

「真実を見ろ。お前の中に埋もれた真実を。欲したのは何だ」

 びくりとクロードの肩が震える。

「望んでない。そんなこと、俺は望んだことなんか」

 彼の声はとても弱かった。

 動揺する心い反応しているのか、あたりで風が揺れ石床や壁も小刻みに震えやがて建物自体が不安定に揺れ始める。

「よせ、君は皇女殿下を瓦礫に埋もれさせる気か」

 ザハールの忠告にクロードが振り返る。その瞳には光が滲んでいる。酷く幼く、脆い表情で自分を見ている。

 いや、違うのかもしれない。

 もっと遠くをかつて、彼が失ったものを見ているのだろうか。

「心配すんなよ。てめえはともかく、守役は大丈夫だぜ。なあ、そうだろ。どうしてもっと早くに人間共にその力を見せつけてやらなかったと、考えただろう」

 クロードが口を引き結んで、ルーロッカに向き直る。

「ああ。ほら、見えてきたはずだ。お前が隠していた真実が」

「クロード、耳を貸すな。クロード!」

 フィグネリアは声を張り上げてルーロッカの声を遮ろうとするが、クロードはこちらを振り返りはしなかった。

 神霊の声はすでに彼の心の奥深くまで入り込んでいるのだ。本能の赴くままにルーロッカは失意を、或いは悪意を孕んだ真実をクロードの中から引きずり出そうとしている。

 せめて、視線だけでもこちらに向かせなければ。

「離せ。クロードの側に行く」

 フィグネリアはザハールの腕を振り払うが、彼は離してはくれなかった。

「彼があの状態で、ルーロッカ様から貴女を護る保証がどこにありますか」

「護ってもらうつもりはない。とにかくクロードの意識をこちらに向けなければ始まらない」

 ザハールがクロードを一度見やり、それから嘆息してフィグネリアをの耳元に口を寄せる。

「貴女はクロード殿下を、私はルーロッカ様を押さえます」

 解放されたフィグネリアはクロードに駆け寄ろうとするが、再び床が揺れ動いて足を取られる。

「大人しくしてろよ。こいつがその気になったら、お前だってなんだって手に入れられるぜ。こいつの力の恩恵を最大限に受けられる人間なんだからな。てめえは別だけどな」

 どうにかクロードの側までは近づいたザハールを、ルーロッカが嘲笑する。

「……っ、イサエフ二等官!! 右へ!」

 ほとんど喋ることもままならずにいた、ニカが息苦しそうに警告を発する。

 浮き上がった床石が真っ直ぐザハールめがけて飛んでいく。

「まったく、神の怒りとはとんでもないな。……これは元に戻るのかな」

 なんとか避けたザハールが真四角に抉れた床と、自分の側に落ちた床石を見比べる。フィグネリアはそれに安堵しつつ、ルーロッカの隙を伺いクロードに近づこうと考える。

「さあ、妖精王。見てみろ。こいつだって妖精共を使えばこの通りだ。もう分かっているはずだ。同じことをしたかっただろう。お前をこけにして、大事な物を奪った奴らに」

 しかし、彼女が動き出す前に辺りが静寂になる。わずかに聞こえていた柱時計の音や、動くときの衣擦れ、靴音。

 何もかもが響かなくなる。

 そして薄暗い廊下の隅にわだかまる影が膨らんで辺りが漆黒に包まれる。

 全く何も見えずフィグネリアはクロードの名を呼ぶが、その声は口から出ることはなかった。喋れないわけではなく、口から出しても音にならないのだ。

「おおっと。思った以上にすんげえなあ。さあ、こっちに来いよ。妖精王」

 くぐもった声が闇の中で弾んで、爛々と輝いているルーロッカの目が見えた

 妖精を使役できるルーロッカだけが喋れるらしかった。

(これは、クロードが影の妖精で暗がりを作って風の妖精で音を消しているのか……?)

 フィグネリアはルーロッカの位置を頼りに、数歩先にいるはずのクロードへと向かう。

(この暗闇は、なんの象徴だ)

 ルーロッカが引きずり出そうとした真実が、母親を殺されたことへの復讐心であるのなら、もっと嵐に似た激しい動きがあるのではないのだろうか。

 フィグネリアは腕を伸ばす。おそらく、この距離にクロードはいるはずだ。

 しかし指先に触れるものはなにもなかった。

 声にならないと分かっていても、フィグネリアは夫の名を何度も呼ぶ。

 拒絶されている気さえしてたまらなく不安になる。

「だから、余計なことはすんじゃねえよ」

 ルーロッカの声が耳元で聞こえて、フィグネリアは歯噛みしてふたつの獣の瞳を睨みつける。

「怒るなよ。人間共の王なんだろ、お前。妖精王を手に入れようとした人間の王は山ほどいるけど、手に入れられたのはお前だけなんだぜ。欲しい物はなんだって手に入るぞ。あの笛の音をたまに聞かせてくれるんなら、俺の兄弟達もお前にいろんな物を与えてくれる」

 勘違いも含んだ甘い誘いはフィグネリアを苛立たせるものでしかなかった。

 クロードの価値を勝手に限定されるのは気にくわない。

(クロード、どこにいる)

 フィグネリアは足を一歩進めて、深い闇を手探りする。そのうちに幾種類もの花の香りが入り交じった甘い匂いが肺まで満たしていく。知らない香りのはずなのに、馴染み深くもあった。

 そして石床を踏みしめていたはずが、芝生の上を歩いている感触に変わる。

 真冬のディシベリアではありえない暖かさも肌に感じた。

 春の夜だとフィグネリアは思う。

(……どういうことだ? これも妖精がもたらす力なのか)

 ふと側に人の気配を感じてフィグネリアはそちらへ手を伸ばす。闇が歪んで隙間に夫の後ろ姿が見える。

 彼の腕を取ると、ルーロッカの舌打ちが耳に届いた。

「守役、後はお前がどうにか言いくるめとけ」

 急に闇が弾けて元の薄暗さが戻ってくる。

 そうしてすぐ側ではクロードが倒れているのが見えた。

「クロード!」

 フィグネリアはすぐにクロードを引き寄せるが、彼は意識がないらしくそのまま倒れ込んできて抱き留める。そのままま床に寝かせて頭を自分の膝に置き、呼びかける。

「……ルーロッカ様には逃げられましたね。彼は無事ですか?」

 ザハールがクロードの顔を覗き込んでしかめっ面になった。

「気を失っているだけのようだ。クロード」

 夫の頭を膝の上に置き、その手を握ってもう一度フィグネリアは呼びかける。手を握る指がかすかに動くだけで、瞼は閉ざされたままだ。

「彼は目覚めるのですか? このままなら一度引き上げた方がよさそうですが」

「……少し、待ってくれ。そう長くはかからない」

 繋いだ手のぬくもりから、フィグネリアは直感していた。

 彼の心は自分の側にある。だからすぐに琥珀の瞳はすぐにまた自分を見てくれるだろうと。


 

5



『嘘だ』

 ルーロッカのそんな声が響いた瞬間、クロードはまずいと思ったが、次の瞬間には分厚い壁の中に閉じ込められたように、周囲の音が遠ざかっていった。

 その中でルーロッカの声ばかりが鮮明に響いていた。

 冷たく薄暗い王宮の廊下の向こうに、故国の王宮の塔の庭先の、春を間近にして植物たちがふっくらと蕾を膨らませている光景が重なって見える。

 銀に一滴の蜜を溶かし込んだ淡い金髪の女性が、テラスの揺り椅子の上にいて、その腹部は丸く膨らんでいる。

(母上だ……)

 忘れてしまっていたと顔は今、優しい笑顔も愛に満ちた眼差しもはっきりと分かる。

 懐かしさや喜びよりも、恐れが胸を締めつける。

(もうすぐ、死んでしまう。おなかの赤ちゃんも一緒に)

 いや、もういなくなっている。ふたりともずっと昔に、あれは事故なんかではなかったはずだ。母はあの日に第三公妃に茶会に呼ばれ、かつて仕えた縁もあってか躊躇しながらも呼び出しに応じてしまった。

 臨月を間近にした母が人気のない階段を上り、そこで第三公妃の子である双子の兄達が遊んでいてぶつかったというのは、偶然というには不自然すぎる。

 それに、兄達は階下に落ちた母を眺めて笑っていたと、駆けつけた女官達が言っているのを聞いた。

『真実を見ろ。お前の中に埋もれた真実を。欲したのは何だ』

 ルーロッカの声が大きくなる。

「望んでない。そんなこと、俺は望んだことなんか」

 じわり胸に広がっていく感情は粘ついて、硝子片が混ざっているかのように鋭い。

 そこへザハールの忠告が微かに聞こえ、クロードは振り返る。フィグネリアがそこにはいた。

 今の自分の一番大事なもの。

 祭事の櫓の上から落ちそうになったフィグネリアに手を伸べて、妖精達に手を貸してもらって護れたことが、ふっと思い出された。

『――なあ、そうだろ。どうしてもっと早くに人間共にその力を見せつけてやらなかったと、考えただろう』

 クロードはルーロッカに向き直る。ルーロッカを肩に乗せているニカが何か口を動かしているが、聞こえなかった。

「クロード、まだ先よ」

 その代わり母の声が現実のものに聞こえる。すでにクロードの意識は過去へと呑まれていた。

 暖かな陽射しが降り注ぐテラスで揺り椅子に座る母がころころと笑っていた。

 あの頃の自分はいつ赤ちゃんが産まれてくるのか楽しみでしかたなくて、毎日まだと母に聞いていた。

「だって、早く会いたいんです」

 小さな命が宿っている腹部を撫でて、クロードは唇を尖らす。もう数ヶ月は先だと知っていてもその日が待ちきれなかった。

「まだ準備ができていないのよ」

「俺もまだ準備はできてませんけど……。兄上達よりつよくもなれてないし、かしこくもなれてません」

 クロードは母の膝に身を寄せて眉尻を下げる。

 初めての同母の兄弟はきっと自分と同じように、双子の異母兄達に意地悪されるだろう。護ってあげるために力が強くなったり、口でも勝つために賢くなりたかった。

 でも思い描くとおりに上手くいかずに、昨日も作法の講義の後に足を踏まれて、悪口に何も言い返せなかった。

「あなたは人に対して妖精達の力が強すぎることを、ちゃんと分かっている賢さと、そして力に頼らない強さがあるわ。それだけでいいのよ。いつかきっと、その強さも賢さもあなたを助けるわ」

 それから、と母が自分の手を取って新しい命が宿る腹部に当てる。

 掌ごしに鼓動が伝わってきている気がして、クロードは笑顔になる。

「たくさん愛して、幸せにしてあげて。きっとこの子もたくさんあなたを愛してくれるわ」

 うん、とクロードはうなずく。

 知っている。どんなことがあっても、母の”愛している”の言葉ひとつで悲しいのも悔しいのも、辛いのも全部大丈夫になる。

 あの頃の自分は、明日を待っていた。漠然とだけれど、目指すものもあった。

 何もできない自分だけれど、少し変わろうとしていたのだ。

『――もう分かっているはずだ。同じことをしたかっただろう。お前をこけにして、大事な物を奪った奴らに』

 視界がぶれて床石が飛んで行くのが移り、ルーロッカの声が割り込んでくる。

 そう願ったのは真実だった。

 一度たりとも自分の名を呼ぶこともなかった父は、母の死について何も手を打たなかった。

 だれも何もしてくれないのなら、自分の手でと思った。

 妖精達の力を使えば誰にも負けないと知っている。その考えの一瞬の後に、母の姿が頭をよぎって、怒りも憎しみも全て喪失感が吸い込んでしまった。

 そして真夜中に妖精達に寄り添われて自分は墓地に佇んでいた。

 蕾だった花。すでに散った花。まだ時期を迎えていない花。

 棺を埋めるときに自分以外に花を手向ける者がいなかった、母と生まれて来られなかった兄弟のために、妖精達に頼んでありとあらゆる花を咲かせていった。

 喪失感と一緒に明日への期待と何かを目指していたことを、記憶の奥深くに埋葬してしまう。

(誰だろう……)

 芝生を踏みしめて側に寄ってくる気配がある。ここには誰ひとりとしていないはずだ。

 不思議なことに警戒心は湧かない。ゆっくりと空虚な胸が満たされていって、夜が遠ざかるのを感じた。


***


 クロードの目尻に滴がこぼれ落ちる見えて、フィグネリアはそれを指でそっとぬぐう。

 閉ざされた瞼の奥で彼は一体何を見ているのだろうか。

 フィグネリアが光を注ぐかのように夫の瞼に口づけを落とすと、睫が震え彼はゆっくりと目を開いた。琥珀色の瞳は潤んでいたが、しっかりとフィグネリアを見つめ返していた。

「大事ないか?」

 まだ少しぼうっとしていていとけない雰囲気に、フィグネリアは心配そうに目を細める。

「……大丈夫です。頭の中がぐるぐるしてるけど」

 クロードが半身を起こして、頭を軽く振ってから辺りを見渡す。大丈夫と言う割には、彼は自分の手をしっかり握りしめて離さなかった。

「……ニカとルーロッカ様は?」

「逃げられたよ。君が辺りを暗闇に包んでいる内にな。まったく、これぐらいしか役にたたないのに、そんな調子でルーロッカ様は捕まえられるのか?」

 ザハールが苛立たしげにクロードを見下ろし、きつい言葉を浴びせかける。

「すいません……」

 吐息ほど微かな声で返事をするクロードはどこか遠くを見るような目をしていた。

 触れるだけすぐに崩れていきそうな危うさを覚えて、フィグネリアは夫の手を強く握り返す。

「神霊様相手だ。そう簡単にはいかない」

 そしてねめつけるとザハールが鼻白んだ。

「それはそうでしょう。しかし、彼は自分の力すらまともに制御できていなかった」

 沈黙したままクロードが繋いだ手を解いて立ち上がる。ふらついてもおらず、体は特に異常はなさそうだった。

 だが、内側は別だろう。

「制御、できたらたぶん、他の誰にもできないことできるんですよね、俺。力に頼ることはいけないことだけど、もっと早くから使ってたら母上達が死んでしまうことはなかったかもしれない。異端だって言われたって、誰にも俺をどうすることなんてできなかったのに」

 クロードの声には感情が薄く、表情にも読み取れるものがない。フィグネリアは独り言なのか、語りかけているのかすら曖昧な彼を制止する。

「クロード、少し座って気を落ち着かせろ」

「……どうして、悲しいのを忘れるのに、一番幸せだったことも一緒に忘れてしまわなくちゃいけないのかな。幸せなことは忘れたくないのに、でも力を押さえるためには必要で、力がないと、それ以外俺にはなんにもなくて」

 クロードの瞳は揺らぎながらも、フィグネリアをずっと見つめていた。

 幼い彼の世界の全てを占めていた母親の喪失は、記憶から消してしまわねば耐えられないものだったのだろう。

 抱き寄せたいと手を伸ばそうとしたフィグネリアは、ゆるりと動かしかけた手を止める。

 今、全てを自分が抱きとめてしまうのは違う。

「クロード、私が愛しているのはその力があるからではないのは分かっているだろう」

 でも、と言いかけたクロードがフィグネリアの眼差しに口を噤む。

「私の心を動かしたのは、お前が妖精を従える力以外に持っていたものだ。それは母君がお前に教えた愛することの幸福や、お前の素直さだとか優しさ。それから、ここへ来てお前が新しく得た物も多いだろう」

 確かにクロードはないものが多かったけれど、本当に空っぽではなかった。

「エリシン五等官が密告の真実を告げる気にさせたのも、お前が持っているものが彼の気持ちを動かしたんだろうな。何もないわけではない」

「あるんですか?」

 疑わしげな視線にフィグネリアは苦笑する。

「あるんだ。母君の愛情は、怒りや悲しみだけでなくお前のそういうものも一緒に包んで隠してしまっていたのだろうな」

「……それは、駄目なことだったんですか?」

 クロードが傷ついた顔を見せて、フィグネリアは首を横に振る。

「いい、悪いで別けられることでもないだろう。亡くなってもお前を護り続けられるほど、深く愛していたことは確かなんだ。他に誰も、お前を護る者がいなかったから、そうするしかなかったのだと思う」

 フィグネリアは一度言葉を切って、夫に微笑みかける。

「私はお前を母君と同じようにはなれない。お前を護る者は他にもたくさんいるし、なによりお前自身が自分で自分を護れる。悲しみも幸福も全部、抱えられるだけの強さを得ていけばいい。今のお前なら、得られるはずだ」

「できる、かな」

 やっとクロードの視点が定まってきて、フィグネリアはうなずく。

「ああ。助けがいるなら手を貸す。迷ったなら、一緒に考える。私はそうやって、お前が自分を信じられる気持ちを護っていく。だが、答を持っているのはお前だ。私ではなく、お前自身の中に必ず答はあるはずだ」

 クロードがしばらく沈黙する。

「……ニカを助けたくて、力のことを話すって自分で決められたみたいにですか?」

「そうだ。そうやって、これからもたくさん答を見つけて、強くなっていけばいい。どうしても抱えきれないものは私も一緒に抱える。……だが、お前が強くなればなるほど、私は今まで以上に甘えてしまいそうだから、そこは自重せねばな」

 冗談めかしてそう言うと、クロードがやっと明るい表情を取り戻してくれた。

「フィグがいっぱい甘えてくれると、嬉しいな。そうなりたいです。でも、フィグが全部じゃ、なれないんですよね。他にもっとたくさん大事なもの、見つけないと」

「ああ。そうだな」

 フィグネリアは大きく首を縦に振る。

「でも、たぶんどんなにたくさんのものを手に入れたって、俺が一番大事なものはフィグだってことは変わらないと思います。今、俺が誰にも負けたくないって思えるのは、フィグのために頑張りたいって気持ちで、それがずっとこれからも俺の支えになるんだと思います」

 言いながら、クロードが抱きすくめてくる。

 せっかくの我慢が台無しだとフィグネリアは思うが、縋りついてくるものでなく存在を確認するものだったのでされるがままにしておく。

 フィグネリアは彼に応えて短い間抱き返しすぐに腕を解く。先にクロードから離れていくが、遠くに行った気はしなかった。むしろもっと近いところにいるようだと思う。

「もう、本当に大丈夫だな」

「はい。よし、ニカ助けましょう。今度はルーロッカ様に負けたりしません」

 クロードが息をひとつ大きく吸い込んで、背を正す。表情には緊張感はあるが明るさが戻っていた。

「それで、君はルーロッカ様がどこにいるかは分かっているのか?」

 壁際で退屈そうにしていたザハールがそう言って、クロードが視線を宙に向けてそれから視線の先に向けて歩き出す。

「こっちです、隠れる気はないみたいですね。でもなんだか妖精がすごく不安定です」

「……それは君が制御不能になってたからじゃないのか?」

「う、それはあると思いますけど、本当にすいません」

 クロードが素直に謝るのにザハールは興ざめした顔を見せる。

「あまり気にするな。たいしたことはなかったが……しかし、花の匂いがしたり床が芝になったりして辺りが春のようになってていたのは、あれも妖精か?」

 フィグネリアはあの闇の中でのできごとが気になって訊いてみる。

「俺の中にいる妖精達の一部とか? 取り込んでるってことは今この場にいない妖精達が、俺の記憶から再現してたのかもしれないですね……」

 クロードが短く沈黙し、ゆっくりと口を開く。

「墓地で、たくさん花を咲かせたんです。寂しくて、苦しくて、ただ辛くて気持ちが抑えられなくて、なんでもいいから壊してしまいたいと最初は思ったんですけど、結局、母上達のために花を咲かせたんです。そうだ、あのときも妖精達と繋がってましたね」

 隣で過去を語る夫は寂しげではあったけれど、危なげな様子はなかった。

「花か。お前らしくていいな」

 フィグネリアは優しい気持ちになって微笑する。

「僕は何も感じなかったが、皇女殿下にだけ作用していたのか?」

 ザハールが首を傾げ、夫婦は顔を見合わせた。

「単に、俺が無意識のうちにフィグのこと呼んだからかもしれませんね。愛の差ですよ。あれ……?」

 突如クロードが何かに気がついて足を止める。

「クロード、どうした?」

「いや、二手に別れてる。あっちと、それからもっと奥……? 片方が弱くてもう片方が大きいです」

 フィグネリアとザハールが、クロードにどういうことだと視線を向けた。

「妖精を扱う力のほとんどは今、ニカで、その力を使う意思決定はリスの方が持ってるんだ……」

「扱う力というのはなんだ? 神霊様は命じているだけと仰っていたが」

 クロードが気づいたらしきことはさっぱり意味が分からず、フィグネリアはもう一度聞きかえすが、クロードも考えあぐねているらしくなかなか返答がなかった。

「……すんごく、大事なこと思い出してきた」

 そして彼は深刻な顔でつぶやいて、また考え込み始める。

「命じるって言っても、人間が言葉を発するのとは少し違うんです。そこに、俺の笛の音に似た力が付随してるんです。俺の場合は引っ張り寄せて繋げるけど、神霊様は背中を押すみたいな感じで真逆ですけど。ううんと、馬に鞭を使うのと似てる? 鞭と、それを振るう意思?」

「妖精を扱う力が鞭で、命じるというのは腕を上げて叩く動作のことになるのか?」

 ザハールの確認にそんな所だとクロードがうなずく。

「今は、ニカに力をほとんど移しちゃっててリスの体だけじゃ、ほとんど妖精を動かせないはずです」

 フィグネリアはここ数日の口論騒動について反芻してみる。

「……エリシン五等官と遭遇したと思われる日から口論の件数が増えたのは、妖精を扱う力を合った器に移して、その効力が高まったからか。そして、一定以上距離を取ると命令が届かずエリシン五等官が小宮にいる間は口論は起きなかった、ということか」

「そういうことだと思います。でも、なんで二手に別れたんだろう……」


 クロードが眉根を寄せながら政務室へ続く廊下の奥へと目を向けた。


***


 ニカは政務室の一室の部屋で椅子に腰掛けて、机に突っ伏していた。体は重たく動かないが、それはひどい疲労感のためで、四肢の感覚自体は自分に戻ってきている。

「ああ、くそ、妖精共こっちだ。こっちこい」

 目の前ではルーロッカが苛立たしげに尻尾で机を叩きながら、周囲に向かって怒鳴り散らしていた。

(クロード殿下はどうなったんだろう)

 辺りが暗闇に包まれた瞬間に、感情に流れ込んできたクロードの失意が蘇ってきて、ニカは唇を噛んだ。

 自分が時間稼ぎで話すことを羨ましそうに、楽しそうに彼が聞いていたことを思い出すと、また罪悪感でいっぱいになる。

(……人がいいのはあの人の方だろうにな。駄目だとか言っていたけれど、俺の方がよほどだ)

 自分自身のことを駄目だと言いながら、それでも手を貸したいと言ったクロードを思い出してニカは自嘲する。ただ口元はほとんど動かなかった。

(……目を開けていられない。このまま意識をなくしたなら、どうなるんだろうか)

 意識が朦朧としてきてニカは瞼を下ろしかける。

 今度こそ全てルーロッカに持って行かれてしまうのかもしれない。どんなことが起こるかは想像がつかないが、ろくでもないことになるのは間違いない。

「おい、おい、ニカ。しっかりしろ、今繋ぎ直してやるからよ。ったく、妖精王の奴、ちっとばかし妖精共を引っ張り込みすぎなんだよ。おかげでお前と俺の繋がりが緩んじまってるじゃねえか。ここまで離れてもまだ妖精王に引っ張られそうになってやがる……だから、こっちだつってんだろうが!!」

 ルーロッカが叫んで、意識が少しはっきりしてくるかわりに、四肢の感覚が再び鈍くなっていく。だが、今ならまだ動ける。

「妖精王の奴、起きやがったな……こっち来るな」

 ルーロッカに侵食されている部分でニカも同じことを感じる。

「やっとその気になったみたいだな」

 楽しげにルーロッカが笑って、違うとニカは思う。クロードはけしてルーロッカについたりしないだろう。

(皇女殿下がお側にいる。それに、あの人自身が自分の力のことをよく分かっているはずだ)

 クロードは何度可愛いと言っても飽き足りないぐらいフィグネリアが好きで、きっとどんな失意に呑まれたって、彼女さえいれば本当に空っぽになんてならないだろう。何よりあれだけ卑屈になりながらも、力を利用したりしない彼がそう簡単にルーロッカの誘いに乗るとは思えなかった。

 ニカは重たい手足を指先から徐々に動かしていってふらりと立ち上がる。

 自分が離れている間、騒動は起きなかった。

 距離を取ればルーロッカが力を振るえずにクロード達も取り押さえやすくなるはずだ。

(本当に駄目になってしまう前に、ひとつぐらいは何かしないと)

 クロードはこんな自分のために、大事な秘密まで喋って助けようとしてくれたのに諦めてしまうわけにはいかない。

 ニカはそのまま部屋の外に向けて力を振り絞って駈け出す。

「ニカ! こら、何勝手なことしてんだ!」

 部屋を出て廊下を少し行った所で足が硬直しそうになって走れなくなる。

 だがそれでもニカは足を動かして歩き続けた。


***


 廊下の向こうからニカが壁伝いに歩いてくるのが見えて、クロードは身構える。

「ルーロッカ様がいない……ニカ、どうしたんだ? 大丈夫か?」

 クロードはニカの近くにルーロッカが見えず、周囲を見渡すがそれらしき姿がない。そしてニカの足取りがおかしいのにも気づいて不安になる。

 今、動くべきか否か。

 三人が迷っている内にニカが膝からその場に崩れ落ちてしまった。

「ニカ!」

 クロードが真っ先に駆け寄り、フィグネリアとザハールが後から動く。

「……ルーロッカ様は、奥です。申し訳あり、ません。ここまでは引き離せ、たんですが」

 壁に背を預け息苦しそうに喋るニカは寒い中、滴るほど汗をかいていた。瞳孔が開ききっている瞳も焦点が合っていない。

 自分がルーロッカに惑わされ、時間を食ってしまったせいに違いない。

「ごめん、すぐになんとかするからな」

「あいにく、俺はラウキルと違って単純じゃねえからな。音には簡単にはつられねえぜ。それに、今は止めとけよ、ニカが壊れちまう。嘘じゃねえぜ。俺は、真実しか言わない」

 笛を取り出していると、どこからともなくルーロッカの声が聞こえてきた。

「ニカに、何が起こっているんですか」

「力の移行がほとんどすんじまってるのに、離れるからこうなるんだよ。人間の体で俺の力だけ制御しきれねえからな。妖精共で繋がってるから、下手に切り離すとどうにかなっちまうか俺にもわからねえなあ」

 ルーロッカがおもしろがる風に言って、クロードは歯噛みする。

 そしてニカに意識を集中させれば、ありとあらゆる妖精達が絡まり合って渦を巻いているのが分かった。すでにそれぞれの属性は半ば失われ、一個の力の流れへと変質してしまっている。

 不快な感覚だった。

 妖精達にだって属性によって特性があるのに、無理矢理こんな形にしてしまっている。

 ふっと意識をルーロッカの方に向ければ同じような妖精の動きが分かる。

 妖精同士が呼応して、震える。確かに繋がっている。

 クロードはニカへと視線を戻す。彼の方から感じる力の方が強く、もうほとんどルーロッカに体を侵食されているらしかった。

「妖精王、真実は見えただろう。俺と遊ぼうぜ。お前の望みも全部叶うだろう」

「……今の俺の望みはニカを助けることです」

 クロードは妖精達の様子を探る。彼らを上手く解けばニカからルーロッカの力を追い出せるかもしれない。

「余計なこと、考えるんじゃねえよ」

 ルーロッカが低い声で言って、周りの妖精達がざわつく。

「クロード」

 フィグネリアがどうするかと名前を呼んでくる。

「今、笛を吹くのは本当にまずいと思います。上手く、妖精達と繋がれれば解くこともできるはずです」

「君は、それができるのか」

 ザハールの厳しい問いかけにクロードは間を置いて、首を縦に振る。

「やります」

 あの夜に内にある妖精と繋がった感覚は今、はっきりと思い出せる。それにいくらか母から教えられた記憶も鮮明になってきた。

 母はもうすぐ下の兄弟が産まれると分かった頃、妖精達との関わり方や神霊達のことを教えてくれていた。最も幸せだった頃の記憶は、痛みをまだ伴っているけれど怖れはない。

 クロードは側にいるフィグネリアと一度目を合わせて、ニカに向き直る。

「させねえぞ。笛の音はもったいねえが、まあどうせまたすぐにお前は現れて俺らの邪魔、するんだろうなあ」

 ルーロッカの言葉に元の軽薄さはすでになかった。

 肌に触れる気温が一気に下がって、吐息が真っ白になる。

 外気に触れている指先や頬の辺りが痛みと熱を伴い、あたりに微かに漂う水の妖精が氷変質し始めている。

「……凍死させるつもり、というより身動きをとれなくするつもりか」

 ザハールがまだそこまで堪えていないのか、平静につぶやく。

「クロード、動けるか?」

 長い睫を凍らせているフィグネリアが、クロードの背を撫でる。どうやらディシベリアで産まれ育ったふたりは、まだ耐えられるらしい。

「大丈夫です!」

 一方経験したことのない気温に身動きがほとんどとれないクロードは、どうにか歯を噛み合わせて答える。唇は切れたらしく、わずかに血に味がする。

 自分がどうにかしなければ、自体は動かない。

 思考すら凍結してしまいそうな寒さの中、半眼を伏せる。

(力の根源は内側に。外からたどる)

 ルーロッカの支配下になく自分の側に寄り添っている妖精達の気配を捉えてから、自分の内側へと意識を持っていく。

 心臓よりも、もっと奥深くに混在する妖精達。あまりにも自分自身と一体化していて、今まで気づきもしなかった存在を見つける。

 自分でありながら、自分ではないものがいるのは奇妙な感覚だった。

 だけれど、とても心強い。

(記憶と力を繋ぐ。それから外へ)

 ハンライダの春。鮮やかな色彩が溢れかえり、肌に触れる風は優しく暖かい。一番好きな季節だった。

 懐かしいと内側の妖精達がさんざめいて、外にいる妖精にもそれは伝播していく。

 繋がっていく。

 クロードの瞳が光を帯びて、凍てついた空気がふわりとした暖かさを持つ。

 芯から凍てついた体がやっと暖まってくる。

「くそ、妖精共こっちだ!」

 ルーロッカの命に周囲の床石が浮き上がるが、宙で小刻みに震えながら動かずにいる。

 拮抗するふたつの力の間で妖精達はとまどっているらしかった。

(押しつけるんじゃなくて、ひとつになる)

 手を差し伸べるように内側の妖精を戸惑う石の妖精へと向ける。見えない指先同士が触れ合った。

「静かに」

 命じるのではなくお願いすると、彼らは静かにもとあった場所へとあるべき姿でおさまった。

 そしてそっと繋がりを解いていけば、周囲の温度がゆっくりと元の冷たさに戻っていく。

 繋がりは絶たれても妖精達はすでにみんな自分の方へと、気が向いている。

 もはや誰もルーロッカの言葉を聞きはしない。

「ルーロッカ様、諦めて下さい」

 クロードは黄金の瞳で廊下の先のわずかに空いている扉を見据える。あの影にいるのは間違いない。

「妖精王、ニカがどうなってもいいのかよ」

「俺が力を抑え込みます。どっちにしろ、ルーロッカ様は何もできませんよ」

 脅し文句をはねつけると、それ以上は反ってこなかった。

「フィグ、ルーロッカ様をお願いします。俺はニカを」

「……ああ、わかった。お前は、お前だな」

 フィグネリアがまっすぐに顔を覗き込んできて安心したかのように微笑んで、ルーロッカのいる方へと向かう。

「僕も皇女殿下の手伝いに行く。君は……いや、いい」

 ザハールがニカに目をやって、言いかけた言葉を止める。それは気にはなったが、クロードはともかくニカを助けることだけ考えることにした。

「ニカ、もうちょっとだからな。ニカ、聞こえるか?」

 意識が朦朧としているらしく、ニカの反応は薄い。

 クロードはルーロッカと繋がる妖精の塊を解こうとするが、ニカの内側深くまで侵食していることに気づいて止める。

 これはルーロッカの力を外に押し出してしまわねばならない。

「ニカ、今からなんでもいいから考えろ。楽しいこととか、ああ、そうだ。どうしても諦められないもの!」

「……もうありません。やるべきことはやり終えました」

 途切れ、途切れの声にクロードは眉根を寄せる。

「終わってないだろ、まだニカが不正はしてないって証明してない。ジトワ二等官だって殴ってないんだろ」

「それはもう、いいんです」

「よくない。一緒に考えるって言っただろ。俺だってニカのこと、まだ助けられてない」

 ニカの返事がほとんど聞こえなくなってきて、クロードは一生懸命ニカの心を動かせるものを探す。

「えっと、そうだ。家、立て直すんだろ。それ、フィグのためになるから。フィグの好きなものは黒字だし!」

「…………馬鹿でしょう。あなたは」

 ニカが小さく笑う。

「あ、もうそれでいいや。ほら、ええっと。いざなんか馬鹿なこと言おうと思っても難しいな」

 必死にニカが楽しくなれる言葉を考えていると、ニカがまた笑った。

「殿下はやはり変ですよ。でも、あなたと話すのは楽しかったです。……利用しておいてこんなことを言うのは、失礼でしょうが」

「俺も楽しかったからそれはいい。あとでまたいろいろ話そう。まだ話したいこととか俺もあるし」

 すでにいろいろと諦観してしまっている風なニカに、クロードは必死で語りかける。

「……また皇女殿下のことですか?」

「あー、そうだな。大体それかもしれない。でも、そういうこと以外ももっと、俺にもよく分かんないけどさ、話せること、あると思う」

 ニカが緩やかに首を縦に振った。

「……自分も、殿下ともう少し話がしてみたいです」

 ニカの中から外へと押し出される力を感じる。クロードはそれを妖精達に捕えさせて、ルーロッカへと押し戻す。

 後は、絡まった妖精達を解いて元に戻すだけで難しいことはなかった。

「ニカ、楽になったか?」

 訊ねると彼は少し血色のよくなった顔でうなずいて、クロードは上手くいったことにへたり込みそうになる。

 実際妖精達と繋がった反動か、体は疲労感で重かった。

 しかしルーロッカを捕まえるまでは、終わりではない。

「じゃあ、そこでちょっと待っててくれよな」

 妖精達もそう大きく動いていないので大丈夫だろうが、念のためクロードはふたりと合流することにした。


***


 政務室の椅子があちこちで揺れて、フィグネリアは眉根を寄せる。

「皇女殿下、彼は本当に妖精を止められているのでしょうね」

「そのはずだが……」

 クロードが妖精を暴走させてしまった時のように、椅子が飛んでこないか身構えるが、その気配もなくただ揺れているだけだ。

「もしかしてこれぐらいしかできない、といことでしょうか」

 ザハールが小馬鹿にして鼻で笑う。それに機嫌を損ねたのか、さらに椅子が激しく揺れ動くが浮く様子はない。

 どうやらその通りらしい。

「ち、ちっくしょう、人間が馬鹿にしやがって! 妖精王の助けなしじゃなんにもできなかっただろうがよ! だいたいなあ、まともな器に降りてきたら俺らはあいつには、負けねえよ。今回は条件が悪かったんだ!」

 部屋に声が響くが、ただの負け惜しみである。

 これに振り回されていたかと思うとどっと疲れが押し寄せてくる。フィグネリアはため息をひとつついて、床に屈み込む。

「ルーロッカ様、ひとつ伺いたいのですが私の引き出しから書類を持ち出したのはあなたですか?」

 そこでザハールがルーロッカに問いかける。

「おう。そこの人間は正直者だな。嫌いじゃねえぜ、俺は。ニカがいなくても、鍵をちょいと開けて、それをどうにかしたがってる人間に一言、二言ぐらい吹き込むことはできるんだぜ」

 ルーロッカがいやらしい笑い声を響かせる。

 おそらくザハールかガルシン公家に反する者の悪意をルーロッカは利用したのだろう。

「朝、誰もいない時間というと、火入れ係の彼か……。なんとかできるな。それと、ジトワ二等官について、何か目撃していませんか? インク壷で殴り倒された人間のことですが」

「ああ、あいつか。山ほど嘘ついてるやつだ。面白い真実を抱えてるのに出し惜しみ、しやがるんだよな。ありゃ、俺を捕まえようとしたから、ちょうど真上にあったあれ、割って驚かそうと思ったら、近くにニカがいて変に力が動いちまったんだよ。移行なんて初めてでまだ勝手が掴めてなくてな。せっかく面白いことになってんのに、死んじまわなくてよかったぜ」

 フィグネリアとザハールは目を見合わせて、頭を抱えたい気持ちを共有した。

 本当に神霊というのは訳が分からない。

「エリシン五等官の容疑を晴らしてくれるつもりか」

「いいえ。私は完璧主義なんです、自分の関わった仕事に汚点が残るのは許せません」

 存外まともらしい、とフィグネリアはくすりと笑う。

「少しは、私に気が引かれましたか?」

 その笑顔を見つけてザハールが問うてくる。

「あいにく、私にとってはクロード以上に惹かれる相手はいない」

「私情だけで伴侶を決めるなど、執政者としてはいかがとは思いますが。しかしながら、貴女にとって彼が必要、というわけでなく。彼にとって貴女が必要というのはよく分かりましたよ。面倒なものに好かれたものですね」

 ザハールの口調は軽かったが、表情だけはひどく深刻そうだった。

「……言っておくが、私にとっても必要だ。面倒なものでもない」

 言いながらフィグネリアは、ザハールは自分の気を引きたいと言葉にしているものの、知りたがっているのはクロードのことばかりではないかと、引っかかりを覚える。

「後で、ご自分の首を絞めることにならなければいいと思いますが。本当に面倒なことだ」

 ザハールはつまらなさそうな顔をして、部屋の片隅を目指しさくさくと動き出す。そしれ彼に合わせてフィグネリアも近くに動く。

「さあ、ここですね、ルーロッカ様」

 そしてザハールが乱暴に椅子を蹴り上げて、その衝撃に驚いたルーロッカが飛び出し、待ち構えていたフィグネリアは彼を掴み上げる。

「ちょっと待て! てめえらなんでわかった!?」

 フィグネリアは手の中で喚くルーロッカを見下ろす。

「一瞬ですが、喋り始めの時はこちら側から音が大きく聞こえ、椅子が動くときにもこちら側が少し激しかったので」

 ルーロッカの力の使える範囲は狭いとクロードが言っていた。起点になる力を動かす場所に自ずと強い力が働くだろうと、予測してみていただけだ。

「離せ! 離せ!」

 フィグネリアは噛みつかれないように、うまくルーロッカを抑えているので無駄な足掻きにしかならない。

 むしろ柔らかい毛が気持ちいいぐらいだ。

「フィグ、ルーロッカ様は、捕まえ、てますね」

 ちょうどそこ入ってきたクロードがそれを見て安堵した顔を見せ、フィグネリアは彼の側に寄る。

「それ触っていいですか?」

「待て、お前が持つと噛まれるぞ。尻尾ぐらいなら大丈夫だろう」

 指の隙間から出ている尻尾を見せると、クロードがそれをそっと撫でて満足げにした。

 いつも通りの夫だとフィグネリアは、目元を和ませて彼を見つめる。

 妖精達と繋がっている間のクロードはどこか別人に見えて、ラウキルに囚われて笛を吹いていた時よりもずっと、人より遠くへ行ってしまった気さえした。

 あまり、力は使わない方がいいのかもしれない。しかしそうはさせてくれないだろうかと、文句を言っているルーロッカに目を落とす。

「フィグ、どうかしましたか?」

 黙考しているとクロードに心配そうに呼ばれ、フィグネリアは顔を上げた。

「……エリシン五等官はどうした?」

「ルーロッカ様の力を元に戻して、妖精達も動かせなくしてあります。とにかく、ニカの消耗も激しいし、一緒に神殿に連れて行きましょう」

 具合が悪い以上運ぶのに問題はなにもないと、フィグネリアはクロードの言葉にうなずく。

「ザハール、お前の謹慎もできるだけ早く解くように手配する。誰にも見つからずに戻れ」

 今回のことで最も被害を被ったであろうザハールは、早急に律事に戻すべきだろう。このまま仕事はまともにできそうな彼が抜けたままだと、不正事件も解決が遠くなる。

「もちろん誰にも見つからずに戻りますよ。ただし、謹慎は自分で解きます。三日もあれば復帰できる算段です。君も、その力で僕に借りを作るのは、不本意だろう」

「う、でも本当にできるんですか?」

 少し申し訳なさそうにクロードがそう告げる。

「僕は、自分の能力をちゃんと把握しているし、価値もよく分かっている。まあ、三日経てば分かる」

 ザハールはどこまでも自信に満ち溢れていて、ここまでくるといっそ清々しいとフィグネリアは感服する。

「では、楽しみにしている。どうしても、無理なときは助ける。では、私達はエリシン五等官をつれて神殿に行くか」

 フィグネリアは少し迷って、クロードの手を取る。

「……いいんですか?」

「いいんだ。今は政務中ではない」


***


 大神殿についたフィグネリア達はすぐに大神官長のルスランに面会を求めた。

 籠の中で暴れ喋るリスを目にしたルスランは、蒼白になってすぐに準備を整え、先日と同じ塔の上に三人を通した。

 フィグネリアは後の説明の面倒さに気を重くしつつ、敷物の上で目を閉じている大神子に神霊が降りてくるの待つ。

「……ルーロッカ、兄様?」

 そうして鈴の音と共に降りてきたアトゥスが、大きな瞳をぱちくりとさせて籠の中を見る。

「おう。俺だよ」

 ぶすくれた声でルーロッカが答えると、彼女は袖口で口元を覆い肩を震わせる。

「あ、あのルーロッカ兄様がこんな可愛らしい格好で……」

 そこまで言って耐え切れずにアトゥスが吹き出した。彼女は肘掛けに突っ伏すようにして息苦しそうに笑い声を上げる。

 こちらは笑い事ではなかったのだが、とフィグネリアは思いながら後ろで唖然としているニカをちらりと見やる。

 当事者の彼は自分以上に強く思っていることだろう。

「うるせえ、笑うな! アトゥス、帰ったら覚えとけよ!!」

「ああ、覚えておきまするぞ。その小さくて、可愛らしい姿を。他の兄弟達にもしっかり伝えておきまする……っ!」

 笑いが止まらなくなってしまっているアトゥスが、毛を膨らませたルーロッカに追い打ちをかけられて肘掛けに再び突っ伏す。

「すいません、アトゥス様、はやく連れて帰ってくれませんか。それとですね……」

 クロードがニカを呼び寄せて、前に出るように促す。それからルーロッカに器にされかけた話をすると、やっとアトゥスが笑い止んで真顔になる。

「ふうむ。器はそう大きくはないが、なんというか、妾でも入れそうじゃのう」

 不穏な言葉にフィグネリアはぎょっとする。クロードも怯えた顔をしているニカを背に庇う。

「だ、駄目ですよ」

「分かっておる。しかし、これは妾には手におえんのう。しばし待っておれ。すぐに母様を引っ張り出してくるからの」

 そうアトゥスが言うと、その表情が幼いものへと変わる。どうやら大神子本人に戻ったらしかった。

「……リスさん。かわいい。ほわほわ」

 そて大神子は体を乗りだして籠の中のルーロッカを見て愛らしく笑った。

「うるせえ。かわいい言うんじゃねえよ!」

 子供にも容赦ないルーロッカの罵倒に、大神子がびくりと震える。その大粒の瞳がみるみる潤んで、フィグネリア達は動揺する。

 これは絶対に泣いてしまう。

「大神子様、大事ありません。ただの口の悪いリスです」

 妹のリリアを宥め慣れたフィグネリアが最初に動いて、小さな体を腕に抱き寄せて背を撫でる。

(口が悪い時点でただのリスではないな)

 自分自身の言葉に冷静な指摘を入れつつ、あやしていると大神子は嗚咽をもらすことなく涙を引っ込めてくれた。しかし彼女はフィグネリアからは離れずに、怖々とリスを見つめる。

「子供相手に何酷いことしてるんですか」

「……いくら神霊様と言えど」

 少年ふたりがいたいけない大神子の姿に批難の声をあげると、ルーロッカはうるさいと喚いた。

 そこへ鈴の鳴る音が聞こえて、フィグネリアは大神子の背から手を離す。

 神霊が降りてきた合図、つまりすでにこの少女は地母神ギリルアだ。

「そうよ。子供には優しくしないと駄目よ、ルーロッカ。あら、また面倒をかけてごめんなさいね」

 ギリルアが身を離してふふ、と優しい笑みを浮かべる。フィグネリアは相も変わらず緊張感のないギリルアに脱力しながら、ちらりと普段はのほほんとしている夫を見る。

 強すぎる力を持つ者はこれぐらいおおらかに構えていなくてはならないのかもしれない。

 そういうことにしておいた方が、心情的にも悩まなくてすむ。

「いらっしゃい、ルーロッカ」

 ルーロッカが母親の呼びかけに舌打ちしながらも、開けられた籠から出てその側まで駆ける。

「あらまあ。本当に可愛らしいわ。もう少しこのままでもいいんじゃないかしら? 面倒くさいし」

 さらりと本音を漏らすギリルアに、ニカが愕然としているのが見えたフィグネリアは彼に同情を覚えた。

 それと同時に、リスを愛でる口調と人間へと向ける優しさにまるで違いがなく、ぞっとするものがあった。

「申し訳ありませんが、連れて帰っていただけますか」

 フィグネリアが緊迫した声で請うと、ギリルアが気が進まなさそうにしながらもうなずいた。

「それで、そちらの方とも繋がってしまったのですね。あら、あら、まあ……ルーロッカ、後でお仕置きね」

 ニカを見ながら実に嫌そうな顔をしながら、ギリルアが自分の掌の上に乗っている息子をねめつける。

「分かったよ、って、痛い。おふくろ痛い!! あとでお仕置きでも何でも受けるから、そっとやってくれよ!!」

 そしてルーロッカがギリルアの掌の上でばたばたともがく。

 親子の間で何が行われているかさっぱり分からずに、三人は口を半開きにして様子を見守るしかなかった。

 そのうちに、ルーロッカは動かなくなりぱたりと倒れた。

「ルーロッカは連れて帰りましたのでご安心ください」

 にっこりと告げるギリルアの掌で動かないリスが、三人は気になってしょうがなかった。

「あの、ギリルア様、リスは!? あ、動いた。よかった。生きてる」

 誰よりも先にクロードが声を上げると、リスが動き出した。それからギリルアに呼ばれて、ニカを連れ彼女の側にまで寄ったクロードがリスを受け取りその体を撫でる。

「大丈夫ですよ。その器の中身と、ルーロッカは全く合わないものですから、侵食しあうこともありません。その代わり、子供達はいろいろと狭い思いをしてしまうのです。そちらの方も大変ね」

 ギリルアが立ち上がり、緊張するニカの目の前に立つ。

「この方は、子供達と波長が合いやすいのですね。神界に戻らなくても、移行ができるぐらいだから、他の子達も間違って降りてきてしまうかもしれないわ。少し、待って下さいね」

 ギリルアがニカの額に触れる。

 彼女の表情からはふんわりとした雰囲気は失われ、赤い瞳が宝玉さながらの輝きを持ち、見る者の言葉を奪う。

「さあ。これで勝手に子供達が降りてくることはないでしょう」

 そして元の表情に戻ったギリルアがクロードに目を向ける。

「ありがとうございます。あの、こういう風に動物に降りてきてしまうことってあるんですか?」

「いいえ。動物、というのは器は人より大きく常に空きがあるものですが、姿形が本来のわたし達とかけ離れているため、よほど波長がしっかりと合わなければ無理です。一瞬合っただけで降りてしまうことはありません。神界との繋がりが切れるということもです」

「やっぱり、俺のせいですか?」

「ええ。移行も本来ならそう簡単にできるものではないのですが、そちらの方も波長が合いやすいという素質を持っていたこともあってのことでしょう」

 ギリルアがニカに視線を向けて面倒ねえと、つけ加える。

 本当に今回の件は異例中の異例だったらしい。

「俺と、妖精達の繋がりの関係はアトゥス様に聞いたり、母上に教えてもたっらことを思い出したりして分かってきました。笛の加減はまだ掴めてないですけど、笛で気を惹かなくても、妖精達に動いてもらうことはできるようになったんで、ある程度は笛を吹く回数だとかは押さえられそうです」

「……そうね。少し、落ち着いては来ています。ですが揺らぎはまだ大きいので、できるだけ早くしていただけると、助かります」

 ギリルアのお願いに、クロードは至極真面目にうなずいた。

「ニカみたいな目に合う人が出るのは嫌ですからね」

 そうして、ギリルアはお願いしますと一言だけ告げて戻っていった。

 自分を取り戻した大神子がまたリスに怯えるので、もう大丈夫だと大人しいリスを撫でさせる。幼心に傷が残らなかったことにほっとしつつ、三人は階下に降りる。

 そこでは落ち着きなさげなルスランがいて、フィグネリアがクロードに話していいか許可を取り、説明をすることになった。

「……妖精王、ですか。そのような記録は一切こちらでは見たことがありません。神の楽士についても、民間の伝承程度しか。しかし、神霊様が大神子様以外に降りる、という記録はあります。後日、来ていただければと思います」

 しかし、とルスランがクロードをまじまじと見る。

「なるほど、ギリルア様と雰囲気が似ておられますな」

 自分がつい先ほど思ったことを言われて、フィグネリアはええ、まあと言葉を濁す。

「似てますか?」

 心外そうなクロードに、ニカも遠慮がちに首を縦に振る。

「真に尊い方というのは一見して分からないものでしょう」

 ルスランが生真面目に言うのに、フィグネリアとニカはどうだろうかと思ったが、口にはしなかった。

「皇女殿下、この方のお力の危うさはお分かりですね」

「ええ、分かっております。夫の力はそう易々と人が欲を持って扱ってはなりません」

 暗にロジオンのことを言葉に含ませると、ルスランが深くうなずいた。

「このことは私の胸に収めておきます。では、くれぐれもお気をつけください」

 ルスランに見送られたのちに、三人は診療所まで向かう。そして用意してもらった個室へと入る。

「エリシン五等官は病で休養しているということにするので、しばらくはここで大人しくしていてくれるか」

 フィグネリアが言うと、ニカはその場に膝をついて頭を垂れる。

「このたびは、誠にご迷惑をおかけしまた。全て自分の愚かさ故のことです。どのようなご処分も承る所存であります」

「ニカ・エリシン。お前自身は罪をひとつでも犯したのか?」

 厳かに問いかけると、ニカはうつむいたまま何も答えなかった。

「フィグ、ニカは」

 夫が口を挟むのをフィグネリアは視線だけではねのける。

「今回の件の責任をとり全ての責めを負うつもりならば認めん。お前はまだ偽り続ける気か」

「……申し訳ありません。短慮でした」

「私が罪なき者を罰するほど愚かだと思うのか」

 ニカが顔を下げたままいいえ、と声を震わせる。絨毯にぽつりと染みができる

「今、課すべきはエリシン家の領地縮小のみだ。不正の調査が進めばさらに処罰が下ることもあるかもしれん。それまでは、軽々しくそんなことを口にするな。今は、自分の体を休めることだけを考えろ」

「はい。申し訳ありません、でした」

 三度謝罪を述べてニカが深呼吸して顔を上げる。涙は浮いていたが、それ以上こぼれおちることはなかった。

「ニカ、元気になったらまた会おう。まだいろいろ話したいことがあるから」

 クロードが柔らかい笑顔でそう言うと、ニカがこくりとうなずく。

 いずれ、ニカは帝都を去ることになる。

 そう思うと、この少年達の姿に明るいものは見いだせなかった。



 ルーロッカを捕えて三日が経った頃だった。ザハールは無事自力で謹慎を解いていた。

 書類を燃やしたのはガルシン公家派と相対する派閥の五等官だった。そして自分の後任の二等官とも繋がっており、まとめて排除できた。信頼している部下や同僚らが事前から、怪しいと彼らに目をつけてくれていたおかげだった。

 そしてザハールは報告を兼ねて私室にフィグネリアを招いていた。

「本当にやってのけたのか」

「ええ。私の持てる人脈の成果です。どうぞ、おかけください」

 余裕ぶった笑顔で出迎えれば、フィグネリアが冷めた顔で部屋に入ってくる。

「なんというか、実にお前らしい部屋だな」

 フィグネリアが部屋の見た目は質素な調度品を眺めてつぶやいた。

 暗褐色で統一された家具は派手さはないが、見る者が見れば質が高く値も張る物だと分かる品だ。素人目に見て高級と分かるものは、床に敷かれたイサエフ候領で織られた絨毯ぐらいだろう。

「私は物事の本質を大事にしていますので。しかし、呼び出しておいてこう言うのもどうかと思いますが、あなたは脇が甘いですね」

 無防備にソファーに腰掛けるフィグネリアにザハールは肩をすくめてみせる。

「何がだ?」

「いえ。根も葉もない噂が広がる要因には、おそらく貴女の無頓着さがあると思いますよ」

「…………しかし、お前は私の夫の座など本当はどうでもいいのだろう」

 さすがに気づいていたかと、ザハールは笑顔で肯定する。

「どうでもいいというわけでもありませんがね。次期皇帝の夫という地位は、十分に魅力的です」

「それよりも、クロードが一体何者であるかが重要だったのだろう」

 答を突きつけられて、ザハールはうなずく。

「三月前の騒動で、ロートム寄りの国の公子が何者かに拉致されて、捜索中に皇帝が銃撃され、銃撃犯であるロートムの密偵も公子も神殿にいた、となると少々、できすぎな気がしましてね。地母神様の介入がなければ、あなたに疑いがかかったはずです」

 あの騒動の後のフィグネリアが表に出てきたことを考えれば、彼女がなんらかの計略を張り巡らしていたと疑うだけの理由はある。

 しかし地母神ギリルアが密偵を捕える際に負傷した彼女を癒やした。この奇蹟で疑惑は払拭されてしまった。

「だろうな。地母神様が慈悲をかけて下さらなければ、九公家派がもっとやかましかったはずだ。それで、挑発してボロが出るのを待っていたのか」

「ええ。ところが全く予想外の事実が飛び出してきて、困っているところです」

 ロートムとフィグネリアがひっそり手を組んでいるだとか、あるいはクロードが二重で密偵をやっているだとか穿っていたわけだが、実際はそんな簡単なものではなかった。

「利用するつもりはないのだろう」

「もちろん、刃物を素手で掴む真似はしません。しかし、今後も神霊方が降りてくることになれば、否が応でも人目についてしまうこともあるでしょう。ロートムと繋がりがあるなら技術革新に利用できると思ったのですが、これでは神霊方への脅威の方が深まってしまう。正直、私も気が引けてはいますよ」

 ザハールは前髪をかき上げて嘆息する。

 リス一匹であの騒動だ。下手に神霊の気に障ることをしてどんな面倒事が起こるかと考えると、二の足を踏んでしまう。

「気持ちは分からんでもないがな。上手くやっていくしかない。クロードも、力を制御できはじめている。いずれは神霊方も大神子様以外に降りてくることはなくなるだろう」

「そのいずれがすぐ来てくれればよいのですが」

 ザハールは棘を含んだ言い方をして、フィグネリアの表情を窺う。彼女は不快さも現わさずに受け流している様子だった。

「皇女殿下、私はロートムの信仰の世界は神の掌の上に成り立つという考えだけは、どうにも共感してしまいますよ」

「……そうだな。私も同じように感じる」

 フィグネリアの僅かな間は重たいものだった。

「それでも貴女は、彼の妖精王としての力を利用せずに改革を推し進める気ですか?」

 何よりも知りたかったことを問う。

 神霊のあの力を目の当たりにしても、はたして彼女の決意に揺らぎはないのか。そして側にある大きな力に、誘惑されないだけの意思の強さはあるのか。

「ああ。私は、そうするつもりだ」

 薄青の瞳は揺るがず前だけを見ていた。薄氷に似たその瞳の奥にあるものはけして、脆いものではない。

「だがひとりではできない。お前にも手伝って欲しい」

 しばし間を置いてフィグネリアはそう言った。

「手伝う、ですか」

 彼女にはあまり似合わない言葉だと思ったが、悪くはない。ただしうなずけるかどうかは別だった。

「少しだけ、考えさせていただけますか?」

「……その気になったらいつでも声をかけてくれ。これから私は神殿に行く。あまりクロードを待たせてはおけんからな」

 夫の名を言う時の彼女は年頃の少女らしいものが垣間見えた。早く会いに行きたいと如実に分かる表情だった。

 フィグネリアの夫に向ける愛情は疑いようがない。打算などどこにもなかったのだ。

 あれこれ考えを巡らせて裏を読もうとしていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきて、ザハールはやけくそに笑ってしまいたくなった。


***


「あの人、本当に自力で謹慎解いちゃったんですか」

 フィグネリアは神殿で先にニカを見舞っていたクロードと落ち合い、ザハールの謹慎が解けたことと、私室に行ったことを話した。

「それと、呼ばれたからって、素直に部屋にひとりで行っちゃ駄目ですよ」

「別にかまわんだろう。特に危険はないと判断した」

「……フィグ、変な所で危なっかしい気がします。なんていうか、命の危険がなければ問題ないって決断しちゃうでしょう」

 クロードの指摘にフィグネリアは今気づいたという顔をする。

「殺されかけることに慣れたせいか。しかし、今回は本当に危険は何ひとつなかった」

 それは追々考えるとしてと、フィグネリアはザハールの本当の目的を教える。

「……冷静な人でよかったです。これで利用できるなんて思われてたら大変でしたね」

 しみじみとクロードが言って、フィグネリアも強くうなずく。

 能力、判断力、財力等々、ザハールは性格以外は申し分ない逸材だ。

 そしていつもとは違い大神官長の住まう塔のひとつ手前の塔で神官に案内され、その塔の奥へとふたりは進んでいく。手燭なしでは前の見えない最奥は壁一面が本で埋め尽くされていた。それは塔のてっぺんまで続いているらしい。

「すごい」

 クロードが感嘆するのに、フィグネリアもああ、と応える。けして外には持ち出されることのない大神殿の膨大な記録は、歴史の長さを物語ってる。

「皇女殿下、こちらに」

 ルスランが手招く燭台の置かれた古びた机には、いくつかの記録が広げられている。降りてきた神霊の名前の記録だったが、年号にフィグネリアは顔を強張らせる。クロードも気づいたらしく、顔色をなくしている。

「どれも、大きい戦争の前後ですね」

「そうだな。……内乱を回避できたのは運がよかったのか。ルーロッカ様も、降りてきていらっしゃるな」

「それから、ラウキル様を手伝ったった神霊様もいますね。……神霊様が降りてくっていうのは、聞いてなかったけど母上が神霊様のこと教えてくれてたのって、そういうことかな」

 神霊が同時に複数、大神子以外にも降りてくるという事例の年の前後には必ず世が乱れているということだ。そして人の暗部に即する神霊や、争いを好む神霊が多い。

「……いずれの記録から読み取れることは、人が乱れれば、神々が引き寄せられるということだけです。妖精王、というものとの関わりは一切の記録にございません」

 ルスランがクロードの炎が映り込んで煌めく琥珀の瞳を見る。

「記録に残っていないのなら、けして知られるべきことではないでしょう。そして形として残すべきでないものです。ただ、あなたは俗世でいずれ王となるやもしれない方です。妖精王の力が血によって繋がれるものならば、記録として残しておいた方が賢明やもしれません」

 次の代とは限らず、何代か先のディシベリア皇帝の中にクロードと同じ力を持った人間が出るかもしれない。

 その時にどうするべきか、今から備えておく必要はあるだろう。

 フィグネリアはクロードにどうするか問いかける。

「……少し、考えさせて下さい。ずっと口伝で残しててきたことなんで、それが正しいことかどうか分かりません。……大神殿でも、ロジオン大神官長みたいな人がこの先、出ててこないとも限らないですし」

 クロードが睫を震わせて苦しげにつぶやく。

「ええ。私にも記録を残すことが正しいとは言いいきれません。人は大きすぎる力に惑わされるものです。私が生きている内に、どうかご判断いただければと思います。ここの記録はお望みならいつでも、閲覧できるようしておきます。私からの話は、それだけですので、後はごゆるりとどうぞ」

 ルスランが立ち去って、フィグネリアとクロードは近くのソファーに並んで座る。

「そうですよね、俺達の子供かずっと先が力を引き継ぐんでよね」

 クロードが不安そうにして椅子に深くもたれかかる。

「そして、大きな戦の前触れであるかもしれない、か」

 想像以上に大事だ。このまま自分が帝位につけば彼との間に出来た子が、子孫が帝位について妖精王としての力を連綿と受け継いでいくのだ。

 誰がどう利用するかなど、今の自分達にはなんの想像もできない。

 大神官長ですら、その力に惑い妄執を抱いた。誰にこのことを伝えるべきか。安心して託せる相手は、自ずと自分達だけになってしまう。

 記録に残さなかった、のではなく、口伝でしか伝えようがなかったのだ。

「……俺みたいに伝えてくれるべき相手がいなくなっちゃうこともあるんですよね。その時のことを考えると、ちゃんと記録にしておくべきだとは思うんですけど」

「形に残した物を第三者に渡さず、というのは難しいな。焼失もある。国が消えてなくなっているかもしれない」

「その前に、教えてもらっていないこともたくさんあるだろうから、俺がこれから自分で知っていかなきゃならないんですよね」

 どんな可能性を考えても暗雲は立ちこめている。

 静かに考え込むフィグネリアとクロードは手を握って肩を寄せ合う。


「……俺、フィグと一緒にいていいんですよね」

「それを決めるのは私とお前のふたりだけだ。私はお前がいないと嫌だからな」

「じゃあ、ずっと一緒ですね。俺達」

 幸せそうにクロードがはにかんで、フィグネリアはうなずいた。

「……でも、子供は早く欲しいです。フィグに似た可愛い女の子と、フィグに似たかっこいい男の子。どっちも欲しいな」

「どっちにしろ私に似るのか。私はお前に似た、優しい子がいいな」

 かといって不安ばかりではない。抱えるものは重たいけれど、ふたりでなら抱えていけるはずだ。

 しばらくふたりはそうやって寄り添い合った後に、未来のために過去の記録に目を通すことにした。

 

***


 さらに七日後。不正事件は着々と解決へと向かって行っていた。


 六日前にジトワ二等官がようやく証言を始めていた。ニカを呼び出したのは律事の動きに気づいて証拠隠滅の手伝いをさせるためだったらしい。そして、しばらくは口封じに殺されかけたのではと怯え、真実を明らかにせよという幻聴が聞こえ、それでも責任逃れをしようとニカに罪を押しつける気だったらしい。

 後はフィグネリアの采配で各担当官が動き、ザハールが集めていた証拠も揃って事件の全貌は明らかになり始めている。

 そうして、ニカにかかっていた嫌疑も、エリシン家に向けられていた疑惑も全て晴れたところだった。

「さて、エリシン五等官は領地縮小のみでよろしいでしょうか。少々状況を混させたこともありますが、密告自体は悪いことではありませんし、ジトワ二等官の件もただの事故、でした」

 朝議で律事大臣が報告して、隣にいるクロードの表情が明るくなる。

「退官はやむを得ませんが、しかたありませんね」

 設事大臣同意して、今度は彼はしゅんとする。

「では、十日中に退官し、帰郷するように通告します」

 吏事大臣が言って十日と、落ち込んだ声でクロードがつぶやく声が聞こえる。

「では、次の議題は各没収となった領地のふりわけについて、となりますが……」

 蔵事大臣がすぐに次の話題に移り、ニカのことは誰も気にかけない。フィグネリアはただひとり、ペンを動かす手を鈍らせて物思いに半ば没頭しているクロードを見る。

 そして、椅子の下の彼の足を軽く踏む。

 今は朝議に集中しろ。

 伝えたい言葉に気づいたクロードは申し訳なさそうな顔をして、書記に勤しみ始める。

 やがて、ひとつの領地についての振り分けで、西街道沿い側の領主に引き渡すか、東街道沿い側の領主に引き次がせるで、吏事大臣と設事大臣が揉め始めた。

 お互い付き合いの深い領主に引き継がせたいらしく、口論は長引いた。

 フィグネリアとしてはどちらに持って行かれても、利害は同程度なのである程度は意見を出させておくことにした。

 クロードが記録しながら何かに気づいたようで、フィグネリアは彼の視線の先で会話に入れないが、まごまごしている産事大臣を見る。

「その手もあるか」

 フィグネリアはふむ、とうなずいてクロードを促す。え、という顔をしている夫をもう一度、促すと彼は恐る恐る手を挙げた。

 意見をぶつけあっていたふたりに睨まれて、夫は一度びくりと肩をすくめる。

「え、えっと両街道からは外れますけど、南の街道沿い側でも問題ないんじゃないんでしょうか。産事大臣、どうですか……?」

 恐る恐るクロードが問いかけると、産事大臣がほっとした顔で割って入ってくる。農業などの産業を司る彼のほうが、上手くふたりの意見をまとめて南側で折半に持ちこみやすいだろう。

 そしてその日の朝議は予定通りに終えた。

「……恐かったです。フィグが毎回あれに耐えてるのはすごいです」

 執務室に戻る途中でクロードが疲れ切った顔と声で落ち込む。

「なぜそこで沈む。最初にしては上等だ。というかお前、ずっと大人しく書記官をするつもりか」

「え? 違うんですか」

「当たり前だろう。私がどうしても出られないときなどは、いずれ代行してもらう」

 そのために横で慣れさせているのだ。少し早い気がしたが、あの二人の舌戦に入って行けただけでも十分だ。

「フィグの、代行……」

 とてつもなく重たげにクロードが言うのに、フィグネリアは苦笑する。

「いつかの話だが、大きな腹を抱えて朝議に出られん時もある」

「あ! そっか。そうですよね。他に具合の悪いときとかも無理させたくないし、頑張ります!」

 気持ちが浮き上がってきたクロードが何度も首を縦に振る。

「代行であるが、お前の意見もさっきのように言っていい。お前が、やりたいと思ったことは検討して、手伝いもする」

「俺のやりたいことか……もうちょっといろいろ、考えてみます」

 真顔でそう言うクロードは、いつもより少しはしゃっきりして見えた。

 

***


 そして二日後。

 小宮の応接室にはザハールとニカが訪れてきていた。帰郷の準備で忙しくなる前に、最後に挨拶をしたいというクロードの希望だった。ザハールもいるのは、世話になった礼と迷惑をかけた詫びしたいとニカが望んだからだった。

「誠に、ご迷惑をおかけしました」

 直角に腰を折ってニカが、ソファーに悠然とかけているザハールに言う。

「大変迷惑を被った。君が密告を隠し立てせずにいればこんなややこしいことにはならなかったんだ」

 フィグネリアは今日も尊大なザハールに呆れる。

「まあ、どちらにしろ、不正絡みの予測は外れ、お前は賭けにも全敗だな」

「…………神霊様が関わっているなんて予測の範疇外ですから。しかし謹慎は自力で解きましたよ」

 そう言ってザハールがクロードに視線を向ける。

「その点では僕の人脈も実力を示せたわけだが、君は僕に勝った気になったか?」

 挑発するザハールに、ニカを座らせていたクロードが睨み返す。

「なってないです」

 そして彼は言い切った後に、でもとつけ加える。

「勝てるものつくります。フィグ、えっと、前に言ってた領地に関わらず有能な人材を登用するっていう官吏登用制度の改革、俺、やってみたいです。フィグがいろいろ動くよりも、なんにもない俺が、なんにもなくたってやれることがあるってちゃんと示せたら、もっと早く、できる、気がします」

 なぜか段々弱腰になってくる夫にフィグネリアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「気がする、のか?」

 問い返すと、クロードはぐっと言葉に詰まる。

「や、やります! 俺、いろいろ考えてたんですけど、やっぱり一番したいことはフィグのためなんです。でも、それが他の人のためになるならもっといいって思って。これから、必要な人脈とか頑張って築いていこうかと思います。フィグに頼りすぎなくても、自分達でも何かができるかもしれないって思って欲しいです。で、それですね」

 クロードが緊張しきった様子で背を伸ばす。

「俺、ひとりじゃ心許ないんです。かといってフィグに全部手伝ってもらうのは違うと思うんです。そこでですね、俺の人脈一号として、ニカに手伝ってもらいたいんです」

「…………殿下、正気ですか?」

 真っ先にそう聞いたのは、指名されたニカ本人だった。

「うん。本気だ。……駄目ですか?」

 クロードがおずおずと聞いてくるのに、フィグネリアは驚きつつうなずく。

「問題はないが、その場合エリシンはお前の侍従扱いになるな」

「侍従?」

 クロードが目を瞬かせながら、ニカを見る。そこまでは考えてなかったらしい。

「君、自分が一応”殿下”と呼ばれる身分にあることを忘れているだろう。エリシン君、この不甲斐なさそうな彼を主君とする気があるか?」

 ニカはずいぶん悩んだ後に席を離れる。

「……殿下、そこに立っていただけますか?」

 クロードが戸惑いながら言われたとおりにすると、ニカが膝をついた。

「う、え、ニカ!?」

「今だけでいいのでしゃんと立ってていただきたく思います」

 おろおろとするクロードがニカにぴしゃりと言われ、真っ直ぐに背を伸ばし緊張でがちがちに固まってしまっている。

「……すでにどっちが主君か分かりませんね」

 テーブルの側に立つフィグネリアの隣に移動してきたザハールが茶々を入れた。

「いいから黙って見ていてやれ」

 フィグネリアは少年ふたりを見ながら、ザハールの足を踵で踏みつける。

「忠を尽くし、義を持って魂滅するまで、貴殿に仕えることをここに誓います」

 滑舌のいい、実の明朗な若者の誓いが部屋に清々しく響く。

 覚悟を決めた少年の鋭い眼差しを受けた、若いというより幼いに近い主君は呆然としていた。

 それから我に返り、気の利いた言葉を探そうと迷う素振りを見せ、おもむろに口を開いた。

「よ、よろしくお願いしま……すは違うな。ごめん」

 かろうじて頭は下げなかったものの、ぐだぐだすぎるしまらない返答だった。

 誓いを立てたばかりのニカは脱力してうなだれ、長い長いため息をついた。

「……まるで子供の遊びですね。本当に、あれで問題がないのですか?」

「クロードはお前が思っているほど子供ではない。私は、改革も、治世もなにもかもひとりでやろうとしていた。抱えきれないと自分で分かっていながらだ。誰かに助けてもらおうとはせず、差し伸べてくれている手にすら気づきもしなかった。それを、教えてくれて、忘れないようにいさせてくれるのは、クロードしかいない」

 フィグネリアはまだまだ未熟な主従関係を築いている夫を見ながら、優しく目を細める。

「あなたは身内に甘いのが最大の欠点かと思いますよ。皇帝陛下に対しても、夫に対しても長所と欠点は冷静には見えているが、欠点を自分が全部補ってしまおうとしている傾向が見られます」

 ザハールの指摘をフィグネリアは無言で受け止める。

 間違っていることはなく、末の妹などこれでもかと甘やかした自覚もあるので言い返せない。

「……しかし皇女殿下は未熟な点はまだあるが、期待をかけられるだけの要素はあります。ルーロッカ様と対峙して、命まではいかないが多少は身を犠牲にして貴女を護っていいと思った」

 ザハールの声がゆっくりと真剣さを帯びてきて、フィグネリアも表情を引き締める。

「協力する気にはなったのか?」

「ええ。あくまで協力です。私は貴女には膝を折らない。誰の手駒になるつもりもありませんから、言いたいことは言わせていただきます」

「それでいい。私も言いなりになるだけの駒は欲しくない」

 自分の言う通りに誰も彼もが動くのならば、ひとりでやることと変わりはない。

 ザハールはこれからも容赦なくいろいろ言ってくるだろうが、それも真っ向から聞くつもりだ。

「それと、彼にも多少の期待はかけてもいいかもしれません。貴女は確かに変わられた。以前は宴でも常に皇帝陛下の側に張り付いて、近づいてくる人間に警戒心ばかりしか見せず、受け入れる態度が欠片もなかった」

 ザハールがすっかりふたりで話こみ始めている主従に目をやる。

「そういうこともあったな。ずいぶん前のことに思える」

 クロードばかりを見ているフィグネリアに気づいて、ザハールが笑い声を漏らす。

「あなたの夫の座は本当によさげだと考えていたのですが、一緒に馬鹿になりたいとは思いませんね」

 フィグネリアはきょとんとして首を傾げる。

「新婚で馬鹿になっているのは彼だけだとお思いでしょう」

 出会った結婚式当日からクロードはいつも頭に花が咲いている状態で、多少馬鹿だろうと思いはするが。

「……私はさすがにああではないぞ」

「はたから見たら同じですよ」

 簡潔な一言に、フィグネリアは衝撃を受けて凍りつく。

 悪いことではない。とはいえ、心境は複雑だった。さっそく侍従に叱られている夫を見るとなおさらだ。

 そしてザハールの勝ったと言わんばかりの表情に、フィグネリアは腕を組んでむくれるしかなかった。

「あ、ちょっと、俺の奥さんにかまって欲しいからって、意地悪しないで下さいよ」

 フィグネリアの様子に気づいたクロードが、ザハールをねめつける。

「安心していい。僕は今の所、皇女殿下の地位と政策と体にしか興味がない」

「いや、安心できない点が二箇所ぐらいありますよ! フィグ、離れてこっち来て下さい!」

 クロードが言うのに、フィグネリアは分かった、と素直に彼の側に寄っていく。

 そして隣にいることで満ち足りていく感覚に、馬鹿になるのもまんざら悪くもないと思ったのだった。



エピローグ


「これで黒字だな……」

 フィグネリアは雪害対策の費用と、不正で持って行かれた分に罰金を足した分の額を見て満足する。

 いよいよ、来月には雪害対策費用が足りなくなると思っていたが、補填はどうにかこれでいける。

「さて、しかし。あいつは何をしに来たのだろうか……」

 フィグネリアは執務机から離れて真っ白な外の景色を臨む窓を開ける。

 外にはクロードとニカ、それとザハールがいた。三人はなぜか雪玉を投げ合っていた。

「結局、僕は鍵のかけ忘れで半年の減俸、だ!」

 ザハールが雪玉を投げて狙われたクロードがよろよろと逃げる。

 たった一点だけ、彼が解決できていなかったことがあった。ルーロッカが鍵を開けたことだけは、他に説明がつけようもなく、ザハールの管理不行届となったのだ。その処罰がやっと決まったそうだ。

 こればかりは申し訳ないと思うのだが。

「なんで、雪玉投げ合うことになってるんですか!?」

 クロードが言うとおり、この状況は意味不明だ。

「もちろん、前途あるひ弱な若者を鍛え上げてやるためだ。何、いきなり剣の稽古をつけてやろうと無茶を言っているわけではないだろう。特に、クロード殿下は剣を振り上げることもできなさそうだ」

 ザハールが今度はニカに向けて投げる。

「……イサエフ二等官、憂さ晴らしでは」

 ニカが雪に足を取られているクロードよりずっと俊敏に避ける。

「それもある。言っておくが、僕は子供の遊びとはいえど常に手は抜かず本気で行くぞ」

「それ、大人げないって、言うんですよって、うわっ!」

 クロードが寸前の所でしゃがんで雪玉を避ける。

「君達、僕に一撃でも当てられるか?」

 ザハールが器用にニカの雪玉を避けて、次にはクロードめがけて振りかぶる。クロードは片足を雪に沈めてしまい、避けきれない。

「殿下!」

 すかさずニカが盾になって雪玉を受ける。なかなかの忠誠心である。それだけでなく彼は政務官としても有能だった。

 彼がクロードの侍従となってからは、人手が増えたこともあるが、それ以上に彼の能力によって財務計算と書類の処理の速度が上がった。

「意外な掘り出し物だったな……」

 フィグネリアはやはり能力に応じて政務官は登用すべきだとつくづく思う。

「今の隙に、イサエフ二等官に当てて下さい!」

 ニカの後ろでクロードが足を抜いて雪玉を投げる。

「届かないな、あれは」

 つぶやくフィグネリアの予測通り、ザハールに届かずに途中でべしゃりと落ちた。その間にザハールの反撃を顔に受けてしまっていた。

「殿下ー!」

 ニカの悲痛な声が響いて、ザハールが楽しげに笑うのが見える。

「今、すんごく悔しかったぞ、ニカ」

 ふるふると頭を振って顔についた雪を払い、クロードが眉根を寄せているのが見える。

「そう思うのでしたら、当てて下さい」

「よし、当てる。絶対に当ててやりますからね!」

 フィグネリアは窓辺にもたれかかり、つい笑みを零してしまう。

 寒さも動くのも苦手なクロードが子供の遊びとはいえ、こうもむきになっているのを見るのは新鮮だ。

 混ざりたいとは思わないが、時間の許す限り眺めていたい。

「フィグネリア! 今日はまた賑やかだな!」

 そこへ誰よりも賑やかな兄のイーゴルがやってきて、外を眺める。

「なんだ、ガルシン公の甥御とも仲よくなったのか。友人が増えてよかったな」

「ええ。そうですね」

 ニカはともかくとして、ザハールは違う気もするのだが端から見れば、変わりないのでフィグネリアは同意する。

 そしてクロードがイーゴルの声でこちらに気づいて手を振ったので、同じように手を振って返した。


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