第72話 第4の転生者、現る!
「……見損なったぞ、勇者アシュタル」
雑踏の中、背後から投げかけられたその言葉。
それに俺はつい、ビクッと身をすくめてしまった。
もちろん、「しまった!」と思ったけれども、もう遅い。
反応してしまった以上、言い逃れるのは難しい。
俺は足を止めると、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
その俺に、容赦なく言葉が投げつけられてくる。
「まったく……貴様は何を考えているのだ? 勇者ともあろうものが、よりにもよって魔王と仲良くするだなど」
「あのな? どこの誰か知らんが……?」
非難の言葉に、俺も覚悟を決めて振り返る。
ただ、相手を差そうとした指は中途半端に止まって、言葉も途切れてしまっていた。
「…………………………誰?」
「なっ、何だと!? この私を忘れたと言うつもりかっ!?」
「まっ、待て待て待て! 今、思い出すから!」
相手が一気に沸点を振りきり、俺は慌ててなだめすかす。
ていうか、マジで、誰?
超見覚えがないんだけど、こんなお子様。
そう、子供なんだよ。
年の頃は多分、10歳位? 小学校の高学年にもなってないくらいの感じ。
顔立ちは、和風美人系で、見事なロングヘアだ。
年齢の割には凛々しい眉に、意志の強そうな瞳。
ただ、服装の方が顔立ちとイマイチ、あってないかもな。
やけにフリフリの多い白いブラウスに、チェックのミニスカート&オーバーニー。
いわゆる絶対領域も装備してある。
全体的にスマートだから、似合ってるんだけれども、もうちょっと落ち着いた感じの方が合いそうだよな、うん。
「どうした? まさか、まだ思い出せんと言うのか?」
「あ~、いやいやいや、だから待てって」
偉そう口調が、若干、何か魔王を彷彿とさせなくもないが……。
その口調もやっぱり、歳相応って訳では全然ないよな。
何かアンバランスだ。
いや、まあ今はその辺は置いておいて。
こんな子が前世にいたっけ……???
いや、でもこの顔には何か見覚えが……。
「あ、思い出した!」
「おぉっ」
「ばあちゃんのやってる、書道教室に来てる子じゃん」
「違う! いや、それはそれで合っているが、私の求めている答えではない!」
むぅ……正解なのに不正解らしいぞ?
いや、でもマジで誰だ?
明らかに前世関係なのは、分かっちゃいるけど……。
さすがのアシュタルも、ここまでの子供には手を出してなかったぞ?
……もうちょっと大きくなって、かつ、胸があればOKだったけどな。
何だ、アイツ、おっぱい星人じゃないか。
ちなみに、この子の胸は、あるんだかないんだか分からないレベルだ。
「……貴様、どこを見ている?」
「いや、別にどこって訳じゃないけどさ」
う~む、子供とはいえ、さすがは女。
男の視線には敏感っぽいな。
「クッ……確かに、この姿では分かりにくいか。向こうでの私は、もっと大人だったしな」
女の子が、何か悔しげに自分の胸を腕でかばうみたいにする。
てことは、向こうでは巨乳さんだった訳か。
う~~ん……?
アシュタルが手を出した巨乳で、偉そう口調かぁ……。
指が何本あっても、足りんじゃないか。
クソっ、これが格差社会ってヤツか!?
「仕方あるまい、これ以上は時間の無駄だ。改めて名乗ろう、勇者アシュタル。私の名はティファナ。ティファナ・ローデンダム。かつて、貴様とくつわを並べた者だ」
「………………は? ティ、ファナ……? それってあの……『聖騎士』ティファナのことか?」
「うむ」
「はぁああああああ!?」
何っっっだ、それ?
『聖騎士』ティファナ? これが?
いや、例によって例のごとく、俺の知ってるティファナってのは、モロ、ヨーロッパ系ってか、パッキン美女なんだよ。
しかも、バインバインのな!
正しく、ブロンド美女! みたいなさ。
それが、え? 何でこんな、大和撫子風味に……?
しかも……。
「えぇいっ、だからそんな目で私の胸を見るなと言っている!」
「あ、ああ、すまんすまん」
いや、まあそうだよな。
向こうでのティファナは大人だったんだ。
確か……27、だったっけな?
だからまあ、ロゼッタには及ばないものの、普通に作った鎧ではサイズが合わないって、他の女騎士/戦士を苛つかせるくらいではあった。
そのサイズを、多分に二次性徴前の子供に求めるのは、そりゃ非常識ってもんだよな。
「そっかぁ……お前がティファナかぁ。ふ~ん……」
「何か文句でもあるのか?」
「いやいや、全然?」
いや、ていうか、うん。
ばあちゃんの習字教室で、確かに見かけてるわ。
帰りしなに、何かこっちを見てるこの子の姿を覚えてる……気がする。
絶賛、スルーしてたけどな。
お? 可愛い子じゃん、くらいには思ってたけど。
そっかぁ……でも、ティファナだったんだ。なるほどなぁ……。
「んで? そのティファナさんが何の用……っ!?」
「どうした?」
「いやいやいやいや、ちょっと待て! お前っ、ひょっとして、こっちでも聖導教団の……!?」
「無論だ」
「ぐはっ!!」
そう来たか!
いや、そうなんだよな~~~~、うん。
『聖騎士』ティファナって、厳密には“旅の仲間”じゃないんだよ。
だって、所属が聖導教団だったからさ。
いや、何だかんだで同行することも多かったけどさ。
もちろん、アシュタルが食っちゃった……っっっ!!??
「何なんだ、貴様はさっきから?」
「いやいやいや、すまんすまん、こっちの話だ、気にしないでくれ!」
いやいやいやいやいや、うん、大丈夫!
別に俺が、こんなロリっ娘をどうこうって訳じゃないしな!
アシュタルが手を出したのも、相手が大人の時だったし!
大丈夫だぞ~! 別にこれ、通報案件……???
「だっ、だから貴様はどうして私の胸ばかりを見る!? そんなに、私の胸が育っていないのがショックなのか!?」
「いやいやいや、そうじゃねーよ! てか、そんなこと大声で言うな、人聞きの悪い! 俺はただ、お前に聞きたいことがあるだけだってば」
「……何を聞きたいのだ?」
ティファナが、警戒しいしい、俺に尋ねてくる。
俺は、その質問をしようとして、はたと気が付いた。
この質問も十分、通報案件なんじゃね? と。
「どうした? 聞きたいことがあるなら、早く言え」
「あ~、いや、うん……」
しょうがない。
本人が言えって言うんだから、いいよね?
「あの、さ……? 若干ちょっと、アレな質問なんだけどな?」
「何だ?」
「お前……ブラ、してる?」
「ッッッッッ!!?? しっ、仕方ないだろうっ、まだ成長前なのだから! は、母上も、まだまだキャミソールで十分だと言うしっ!」
「いやいやいや、スマン! 分かった! 分かったから!」
涙目でキレるティファナを、必死になだめる。
通行人の視線が、超痛い!
ていうか、それも問題だけれども!
(マズい! はっきり言って、これはマズい!)
何がマズいって、俺の開花した新・勇者能力が何一つ通用しないってことだ!
ブラをしてない以上、ブラ外しはそもそも不可能!
バストサイズ鑑定も、はっきり言って無意味!
(そして……っ!)
DNTも、LOT(遠距離おっぱいタッチ)も、発動した瞬間、事案発生じゃん!
そうなんだよ!
姉ちゃんや魔王や香月なら、まあまだシャレで通じるんだよ!
香月なんか余裕で雷撃かましてくるけど、まだ、セクハラレベルで止まるんだよ。
でも、見ろ!
相手は小学生女子だぞ?
そんな女の子のおっぱいを触ったり、乳首をつついたりしたら、正真正銘の変態じゃないか!
そのレッテルを張られることに、俺の心が耐えられない!
(恐るべし、聖導教団! まさか、こんな手で俺の新必殺技を封じてくるとは!)
駅前で手相を見る、なんてベタな布教をしてるから、絶対、お馬鹿教団だと思っていたのに……。
侮りがたしだな、まったく。
「ふん……しかし、生まれ変わっても相変わらず、女と見れば節操が無いのだな、アシュタル」
「いや、そういう意味で聞いたんじゃないからな? あと、アレだ。アシュタルって呼ぶのは止めてくれ」
「うん?」
「お前も、ばあちゃんとこに通ってんなら知ってるだろ? 俺には水嶋悟って名前があんの。だから、悟と呼んでくれ」
「……なるほど?」
ティファナが、若干、何か怪訝そうな顔をするけれども、とりあえずは頷いてくれた。
とすると、問題がまた出てくる訳だ。
「んで、お前は? 名前は何て呼べばいいんだ?」
「…………………………ティファナだ」
「いや、それ、前世の名前だろ? そういうので呼び合うと、下手に注目を集めかねないから、こっちの名前で呼ぼうって言ってんじゃんかよ」
「だから、ティファナだと言っている!」
「お、おう……?」
ティファナが、ちょっと涙目で俺を睨んでくる。
むぅ……さすがは聖導教団の聖騎士。
そこまで前世の自分に思い入れがあるとはなぁ。
コイツは、ちょっと厄介だ。
とか、思っていたら。
「ティファナちゃ~~ん!」
「ッッッ!!」
ロータリーの向こうで、女の人の声がした。
ビクッと、大げさなくらいにティファナが身体を震わせる。
声の方を見れば、まだまだ若い、それこそ年齢的には前世のティファナくらいの女の人が、多分にティファナに向けて手を振っている。
何というか、ぽや~っとした印象の、のほほんとした女の人だ。
肩まで伸びてる髪も、ふわっと軽くウェーブ入ってるし、着てる服も、何かゆるふわ系って感じだ。
「知り合いか?」
「ッ……母だ」
「母ぁ?」
そりゃまた、ずいぶん若いお母さんだなぁ。
いや、魔王のとこも、お母さん、亡くなってるけど若いんだったっけ。
流行りか?
とか思ってる間にも、そのティファナ母がこちらにやって来ていた。
「も~、ティファナちゃん。勝手にどっか行っちゃ駄目でしょう?」
「ご、ごめんなさい、ママ」
「ママぁっ!?」
しおらしく謝るティファナの、その言葉遣いに、つい大声を上げてしまう。
それで、ようやく俺の存在に気付いたように、ティファナママが俺の方を見上げてきた。
「あら、水嶋先生のところの。こんにちは、いつも先生にはお世話になっております。山本静流です。よろしくね?」
「あ、ああ、はい……。水嶋悟です。よろしく……」
若いティファナママに、ニッコリ微笑みかけられて。
顔立ちなんかは、今のティファナにやっぱりよく似ていて……。
「ティファナちゃんも、ちゃんとご挨拶した?」
「う、うん……」
「あらあら、駄目よ? ちゃんとご挨拶しないと。ね、ティファナちゃん?」
「は、はい……」
な、何なんだろう、この違和感は……?
ティファナのあまりの変わりっぷりと、そのティファナを“ティファナ”と呼ぶティファナママに対する強烈な違和感。
ティファナママも、転生者……?
だったら、ティファナのこの様はいったい……?
俺が、そうやって何とも得体のしれない感覚に悶々としていると、当のティファナが、俺を見上げて「にこっ」なんて微笑んできた!?
「……や、山本ティファナです」
「ッ、ほ、ほう?」
俺には引きつって見える笑顔が、何とも痛々しいが……。
それはそれとして、驚いた。
ティファナって、こっちでもその名前だったのかよ?
あんまりハーフっぽい顔立ちじゃないっていうか、和風美人系なのに、ティファナが本名だったなんてなぁ。
お母さんの遺伝子が強かったのか?
と、思っていたら。
「ティファナっていうのは、天の華って書いて、ティファナって読むの。可愛いでしょ?」
「ぶふっ!?」
「や~んっ、ティファナちゃん、可愛い~~っ!!」
ティファナママが、ティファナをギュッと抱きしめる。
ティファナが、嬉しそうに笑っているが、その頬は確実に、さっきよりも強く引きつっている。
それを、可哀想と思えばいいのか、微笑ましいと思えばいいのか、それは俺には分からない。
それよりも、もっと分からないことが俺にはある。
天の華と書いて、ティファナ……。
“山本 天華”で、“やまもと てぃふぁな”……・
どう読んだら、そうなるんだろう……?
“てんか”じゃ駄目だったのか……?
まったくもって、不明過ぎる。