第07話 魔王はやっぱりチートキャラ(いろんな意味で)
「父親の……転勤……?」
「うむ」
ありきたりと言えば、あまりにありきたりな理由。
いや、高校生にもなったら、あんまり、そういうことにはならない……か?
そんな疑問が顔に出てたのか、魔王が言葉を続ける。
「私は父子家庭でな。父一人、娘一人で育ってきた。いや、前に住んでいた町には、父の姉の家もあったので、何くれと世話にはなったのだがな?」
「は、はぁ……」
「だから、父は最初、単身赴任をすると言ってきた。進学のことを考えれば、高校生で転校は避けた方が良い。こちらには伯母の家もあるし、とな」
そう言って魔王は、ちょっと俺から視線を外した。
その口元に、何とも楽しそうな笑みが浮かぶ。
何か、そう、微笑ましい物を見ている……みたいな?
「だが、あれはどう見ても無理をしまくっていた。自分で言うのもなんだが、あの人は、とにかく私を溺愛しているからな。それこそ、他人ならばストーカーと呼ばれても不思議でないくらいにな」
「そ、そうか……ッ……」
魔王がクスッと、小さく笑う、けど……。
そんな魔王の様子に、な、何か……ッ?
何かこう、ドキドキ、してる……ッ?
恐怖じゃ、なしに……?
いやっ、確かにッ……!
確かに魔王は美少女、だけどっ……!
シッカリしろ、俺ッ! 相手は美少女でも、魔王だぞッ!
「とにかく、それで私も着いてきたという訳だ。まさかそこで、昔馴染みに会うとはさすがに想像していなかった。しかし考えてみれば、私がこうしてこの世界にいるのだから、可能性としては0ではなかったな」
「ッッッ……そ、そうか……う、うん。そうだよな、うん」
魔王が、今度は俺に向かって微笑んで、きて……ッ。
それでまた、俺は余計にドキドキッ、させられてて……ッ。
せっかくッ……せっかく自分を戒めてたのに……ッ!
いやいやいや、大丈夫、俺は大丈夫だよ?
別にそんな、魔王なんてちょっとハリウッド・レベルの美人なだけ、だし……ッ!
別にだから、風になびく髪が綺麗とか、全ッッ然、思ってないし!
「ぇ、ぁ、え~っと……とにかく、ここに来たのは単なる偶然で、今は世界の滅亡も考えてもいない、と」
「そう言ったはずだが?」
「ッ、OKOK、確認しただけだよ」
ちょっと睨むみたいにされただけで、ドキーンッと恐怖で身体がすくみ上がる。
やっぱり何か、力関係が一方的過ぎるだろ、これ。
勇者の能力を持たずに転生したのが、これほど悔やまれたことが今まであっただろうかッ!?
いいや、断じてない!!
……そうだ。
もう一個、最悪なことに思い至ってしまった……。
その想像に、自分の頬がヒクつくのが分かった。
「どうした?」
「いや、さ……お前、魔王の生まれ変わりで、その記憶も能力もそのまんま、持ってるんだよな?」
「そうだが?」
「………………てことは、さ……今も、世界を滅亡させるだけの力が、あったり…………する、かな?」
「無論だ」
「ッッッッッ!!!!????」
アッサリ頷いた魔王が、人差し指を上に向ける。
その指の少し先に、ピンポン玉くらいの光がポッと現れたッ!?
「おわっとったはぁああっ!!!!???」
俺は思いっきり後ろに飛び下がろうとして、踵をコンクリートの床に引っかけて、すっ転ぶッ。
ケツから落ちて、メッチャ痛いッ、けどッ!
その痛みを無視して、俺は身体を反転させ、そのまま這うようにして逃げ出したッ!!
「おい。そんなにされたら、さすがの私も傷つくではないか」
「ッッ……ッ!?」
必死になって、校舎に戻るドアをガチャガチャさせる俺に、面白くない、といった感じの声がかけられる。
ビクッッッと、全身が震え上がって……ッ。
そうして、恐る恐る振り返って、みたら……。
腕組みをした魔王が、不満そうな顔で俺を見ていた。
「いっ、いやっ、だってお前ッ、いきなりそんなに、されっ、たらッ!!!」
「やれやれ……下級の火魔法程度で、勇者ともあろう者が情けない」
「今の俺は勇者じゃねえよっ! ていうか、お前が下級魔法とか言うなッ! どんな魔法も、お前が使ったら最上級魔法じゃねぇかッ!!」
「むぅ……」
俺の反論に、魔王がちょっとやっぱり、不服そうに唸る。
でも、俺の言い分に間違いはない!
これは、だからアレなんだよッ!
『今のは、メ○ゾーマではない。メ○だ』
ってヤツなんだよッ!!!
下級の火魔法?
ああ、確かに今のは、そうだろうさッ!
“俺”のいた世界なら、なったばっかりの魔法使いが最初に覚えるような魔法だとも!
だから、普通なら威力だって知れてるよッ!
今の俺が喰らったって、ちょっと大きめの火傷を負って、かなり痛くて泣きそうってくらいで、死にはしない、はずッ!
でもッ!!
でも、その魔法を使うのが魔王となったら話は別だッ!
そこに込められる魔力量が、そりゃもう半端ないッ!
さっきのピンポン玉でだって、この学校を瓦礫に変えられるんだからなッ!
「ッ……ふぅぅぅ~~~…………」
何にしても、危機は去った。
俺は、ドッと疲労に襲われて、ドアに背中を預けると、そのままズルズルと座り込んでしまった。
……何ていうか。
魔王が転校してきて、たった一時間でこれだよ。
いや、もちろん、何か事件が起きた訳じゃないとも。
けど、この疲労っぷりは、どういうことだ?
……俺、これからもやっぱり、魔王と付き合っていかなきゃいけないのか?
(やっぱり、転校か不登校かしようかなぁ……)
俺は、膝の間で頭を抱えながら、そんなことを考えていた。
実際、どう考えても無理だって。
俺の精神がもたない。
向こうは、昔の顔馴染みのつもりで接してくる……のかどうかも分かんないけど、まあそうだとしてもだ。
殺し殺された恨みつらみは置いておいて、「よう、久しぶり」的な感じで接してるだけ、なんだとしてもだ。
(向こうとこっちの実力差が、ありすぎだってぇの)
ホント、何て言うか、傍にいるだけで胃にも心臓にも悪い。
このバランスの悪さは、どうしようもない。
ちょっとやっぱり、無理だ、うん。
「どうした? 立ちくらみか?」
「え? あ、いや……ッ」
お前のせいだろうが、なんて言えるはずもなくて。
とりあえず俺が顔を上げ、たら……。
「ほら、立てるか?」
「ッッ……ぁ、ぃ、ぃゃ、うん……ッ」
……え? 何コレ?
何で魔王が、俺に手を差し出してんの?
コレ、何?
この手を取って、立ち上げればいいわけ?
「ッ……」
「どうした?」
「ッ、い、いや、その……ッ」
何でッ!?
何で俺は、「ちっちゃい手だなぁ……」とか思っちゃってんのよッ!?
だから相手は、魔王だっちゅうのッ!
さっきの光球を忘れたのかよ、俺ッ!!??
「ほら、いつまでそうやって座っているつもりだ? そろそろ次の授業のチャイムが鳴るぞ?」
「お、おうッ、そう、だな……ッ」
魔王に促されて、俺はその手を借りて……ッ!!!
(ちっちぇええっ!? 何コレッ!? 女の子の手って、こんなちっちゃいのッ!? てか、柔らかッッッ!!!! 何コレッ!? 何コレッ!? 何コレッ!!??)
あぁ、クソッ、悪かったな!
どうせ俺は、今まで彼女なんていたことないよッ!
女の子と手を繋いだなんて、小学校以来だとも!!
「顔が赤いぞ? 熱中症か?」
「ッ、な、何でもねーよっ!」
魔王の指摘を、何とかそんなに誤魔化して。
俺は、ちょっとわざと乱暴な感じに、パンパンッとズボンのケツをはたいた。
「あ~……え~っと、それで? 結局、お前は俺に何の用だったんだ?」
「用というほどのことはない。昔馴染みと、キチンと挨拶をしておきたかっただけだ」
「ああ、なるほどな。了解了解。ただ、言っとくけど、前世で知り合いだったとか、リアルで言うなよ?」
「……当然だ。私とて、この世界で17年間、普通に女の子として過ごしてきたのだぞ? その程度の一般常識はわきまえている」
「ッ……へ、へ~……」
だからッ……!
だから、どこの世界にッ、そんな威圧的オーラをガンッガンにぶっ放してくる普通の女の子がいるんだよッ!?
「じゃあまあ、とりあえず、これからもよろしくってことで?」
「うむ、そう言ってくれると助かる。こちらには、私の知り合いはお前一人だけだからな」
「ッ……お、おう、まあなッ」
くっそッ、だからッ……!
そんな美人な顔して、微笑みかけてくんなっちゅうのッ!
何かゾワッてきちゃうだろッ!?
頼むからお前は、もっと自分が魔王だって自覚を持ってくれよッ!!
そんな心の叫びを隠して、俺は差し出された魔王の手を、握り返した。
まあ、握手した訳だけど……。
(だから、何で女の子の手って、こんなにちっちゃいの?)
そう思わずにはいられない、水嶋悟17歳(童貞)でした、まる。