第68話 俺のギャグセンスが今、最高に問われている!
「あ~……今日は結局、何だったんだろうなぁ……?」
「何だったも何も、基本的にはお前の“聖導教団対策”だったではないか」
「いや、まあそうなんだけどさ……」
ポテポテと、夕暮れの土手を魔王と歩く。
何でそんなことをしてるかというと、魔王を家まで送るためだ。
いや、ウチから魔王の家に行くには、やっぱり駅前を通るのが最短なんだよな。
ただ、そこには聖導教団が出てくる可能性がある。
そんな訳で。
それ以外のルートで魔王を案内中なのですよ。
その途中で、朝の待ち合わせ場所も決めておこうというような。
そう。それはそういう流れに落ち着いている。
そうすると必然的に、川沿いの道というか、いっそ土手に上がる方が手っ取り早かったりもする。
(ただ、今の季節はいいけど、冬は寒いんだよなぁ……そん時はまた、道を変える………………ッ!?)
待て待て待て待て、ちょーっと待て!?
何で俺、まだ夏になる前なのに、冬の話をしてんの!?
俺、そんな先まで魔王と付き合い続けるつもりなの!?
「どうした、悟?」
「あ、ああ、いや? 何でも?」
「そうか」
魔王はそれだけ言うと、また、俺の隣を黙ってついて歩く。
俺はそっと溜息を零すと……隣の魔王を盗み見た。
(何て言うかなぁ……)
月並みな表現しかできないけど、魔王はやっぱり、美人だ。
何がどう美人かっていうのは言い難いけど……全体のバランスの問題なのかなぁ?
口を開かないで立っているだけなら、年の割りに、すごい落ち着いた雰囲気もあるし……。
(いや、まあコイツの実年齢は、たいがいなんだけどさ?)
……待てよ?
魔王ってホントは、何歳なんだろう?
いや、“前世”の頃からカウントするとして、だけど。
あの頃から、実はけっこうな年なんだったっけ? 外見はともかくとして。
(その割りに、けっこう残念魔王だよな、コイツ)
口を開くとボロが出るというか……。
まあ、それもコイツの魅力……ッッ!?
(いやいやいやいや! 待て待て待て待て! だから俺、さっきから何を考えてんの!?)
何でこう、魔王のことを魅力的とかそういう方向に話を持っていく訳?
確かに! 確かに魔王は美少女ですよ?
だけど、だからって、それをイチイチ確認しなくてもいいじゃん!
何をしたいの、俺!?
「って、あれ……? おい、どうかしたか?」
気が付くと、隣に魔王がいなかった。
振り返ると、3mほど後ろに突っ立っている。
その魔王が……俺の顔を、見つめていた。
「ッ、な、な、何だよ……?」
ヤ、ヤバいっ!?
何だこれっ!?
何で俺、魔王に見つめられてるだけで、ドキドキしてんの?
魔王の顔が、何かメッチャ真剣だから?
なのに何か、泣きそうだから?
何だ? 何なんだ、コレ?
(ていうか! 待てっ! 待て待て待て待て待てっ! この流れは何かマズい!! 俺のセンサーが、何か非常に危険がデンジャーだと告げてるぞ!?)
何がどう危険なのかはわかんないけど!
とにかくこの空気はマズい!
早く適当におちゃらけたこと言わないと!!
今! 今この場に最適な言葉!!
それは……ッッッ!!!
「………………ガチョーン」
「ふ……」
くふぅうッ……!
魔王が、魔王が笑ったけれども、この反応は違う!
何かこう、微笑ましいってか、慈しむってか、そんな感じに笑われてるし!
違うんだよ、俺が欲しかったのは!
これじゃあ、むしろ、何かそういう雰囲気が強化されてんじゃん!
俺はむしろ、そこをグシャッとしたかったのに!
(この俺としたことが、ギャグの選択を間違ったか……! やはり……やはりここは、“レッドスネーク・カモン”で行くべきだったか……!?)
今からでも挽回可能かと、俺の脳みそがフル回転をする。
だが、その時……!
「悟……」
「ッ、お、おう……?」
「私はお前の……そういうところも、好きだぞ?」
「ッッッ……お、おぉう、まあその……あ、ありがとよ」
「ふふふ……」
アカン!
メッチャ緊張しまくってる!
いやいやいや、今のん別に、そういう意味やないいうんは分かってますよ!?
分かってますけど!
それでも女の子に“好き”言われたら、ドキドキしてまいますやん!
だって僕、今までそんなん、経験あらへんねんし!!
(ああッ、クソッ! 俺のくせに悲しいことを大声で言ってくれやがって!)
しゃあないやん、せやかて魔王はメッチャ美少女なんやで?
普通やったら、一緒に歩いてるだけでもドキドキもんやん!
その子に“好き”言われてんねんやで!
だいたい、自分かてホンマはとっくに分かってるんやろ?
この流れが、ここで終わりやないいうことくらいは!
(ぅああああぁあっ! 馬鹿馬鹿馬鹿っ! 俺の馬鹿っ! それには気付いちゃいけないのにぃいいっ!)
このままでは!
このままでは、何かそういう流れが確定してしまう!
それは何かこう、ね!?
あるじゃん! いろいろ!!
早く! 早くこの流れを断ち切れ、俺!!
そのためには何を言うべきか、慎重に! かつ大胆に!
そして最速で答えを出すんだ! 俺!!
(やはり“レッドスネーク・カモン”が最善か?)
(いやッ、ここは“コマネチ!”も捨てがたい!)
(“コマネチ!”がありなら、“アホちゃいまんねんパーでんねん”はどうだ!?)
(いやっ、それは長すぎるだろう! やはりココは、キレの良さを重視すべきだ!)
(ていうか、古い! 古すぎる! もっと新しいのはないのか!)
(“欧米か!?”とかっ?)
(それも微妙に古い! あと、もっと一世を風靡したのが欲しい!)
(“今でしょ!”)
(惜しい! 割りに新しくてキレもあるけど、ギャグじゃあない! 残念!)
(あっ、それだ! 今の“残念!”とか、あとあれ! “そんなの関係ねぇ!”とか!)
(アホかお前は! “そんなの関係ねぇ!”とか、この流れでギャグとして通用するわけねーだろ!?)
(早くしろ!! 間に合わなくなってもしらんぞ!!)
(待て! まだ慌てるような時間じゃない!!)
「……悟……」
「ッ……お、おう……!?」
魔王に、名前を、呼ばれて……。
内に向けていた意識を、止めて……改めて、魔王を見て……。
そうして、俺は……息を、呑んだ。
(マ、ズい……ッ。何か魔王、メッチャ……美人だ……)
夕陽の作る、陰影が……絶妙、過ぎて……。
俺を見つめる魔王は……微笑んでるんだ、けど……。
それが何か……何か……!
「悟……考えてみれば、今までキチンと言っていなかったから……改めて、お前に言おうと思う」
頼むっ!!
チョット待ってくれっ!!
それはちょっと待ってくれっ!!
心の準備もだし! それ以外にもいろいろあるしっ!!
「……私は、お前のことが好きだ、悟」
「ッッッッッ!!!???」
一瞬で、頭ん中、真っ白に……。
頭の中だけじゃ、なくて……世界が……。
魔王以外、見えない、みたいな……。
上下も、左右もわからない、ような……。
ただ……ただ、俺を見つめて、微笑む魔王、だけが……。
「も、もちろん……もちろん、それは人間として、という意味でもある……。意味でもある、が……」
「……」
「わ、私は……私はお前のことが好きだ、悟。一人の女である、私が……一人の男である、お前のことを……」
「………………」
夕暮れのはずなのに……俺の視界はだから、真っ白で……。
そんな白い世界の中で……魔王の頬だけが、妙に赤く映えていた……。