第67話 対策完了のお報せ?
「どうだ、悟? 違和感はないか?」
「おう。何か全然普通だ」
「うん。緋冴ちゃんの魔力も、上手く悟くんのに隠れられてるね」
「……てか、最初っから、こうすりゃ良かったじゃん……」
香月は何か、かなりウンザリした感じだ。
まあ、多少、気持ちはわからなくもないが。
姉ちゃんもそれはわかっているようで、香月に苦笑を向ける。
「まあ、でもしょうがないよ。何事も必要な犠牲、みたいなね?」
「まあ確かに……あの痛みも、“勇者の力”に目覚めるには、必要だった訳か……」
「どの口が“勇者の力”なんてほざいてんのよ!?」
「この口だが?」
「イラつく! メッチャ、イラつく!」
ムキーッとばかりに叫んだ香月が、早速、両手の周りに帯電させていく。
つくづく、雷娘だな、コイツは。
カルシウムを普段から摂取してないのではなかろうか?
だが、それはこちらの思う壺。
俺が魔王を見ると、魔王も俺を見て頷いてきた。
俺は、芝居がかった調子で香月をさらに挑発する。
「ふはははは! 遠慮はいらんぞ、香月! 我慢してないで、得意の雷撃をブチかましてみたらどうだ、ええ? やれるもんならなぁっ!」
「言われっ……なくてもぉおお!!」
叫んだ香月が、両手を大きく振り上げる。
その手が振り下ろされると同時に、両の拳の間から解き放たれた雷が、龍の顎となって俺を喰らいにかかるっ!
しかし!
「ッッッ!!??」
バリバリバリッと、激しい放電が空気を焼く。
けれども、それだけだった。
激しい音と、多分だけど、空気中の塵か何かの焼ける焦げ臭い匂いがするだけで。
今までと違い、香月の雷撃は俺に届いてなかった。
すべて俺の手前で、見えない壁にぶつかって無駄に威力を散らしている。
俺には、静電気ほどの痛みも届かない。
まあ、ちょっとビビって顔を手で覆うようにしたのは秘密だけどな。
「こっのッッッ……ッ!」
「ふはっ、ふは、ふはははははははっ! どうよ? この完璧なまでの防御力! お前の雷撃なんざ、もはや馬の耳に念仏ほども通じんわ!」
「うっさい! 全部、緋冴と奏と、あと、そもそも私のおかげじゃん!?」
「ふはははは! 人はそれ、負け犬の遠吠えと言う!」
「こっの~~~~ッッッ!!」
香月が面白いくらいに、イライラのボルテージを上げていく。
おかげで、髪の毛まで電気を帯びて、えらいことになってるぞ?
つくづく、からかい甲斐のあるヤツだなぁ。
「……しかし、“馬の耳に念仏”というのは違うのではないのか? 強いて言うなら、“他人の褌で相撲を取る”だと思うが?」
「まあ、その場の雰囲気で言ってるだけだから」
なんて会話が、魔王と姉ちゃんの間でなされているが、そんなこと俺は気にしない。
香月の言葉が真実なのも、気にしない。
大事なのは、過程ではなく結果なのだよ!
いや、だからホントの話、香月の言葉が真実なのは重々、承知してるってば。
姉ちゃんに、魔王に、ついでに香月に、俺に永続的な効果のある対魔法・対物理防御に回復強化まで施してもらった訳だからな。
ハッキリ言って、軽トラックに跳ねられてもビクともしないぜ!
そんなことを承知の上で香月を煽るのが、この俺のスタイル!
「くははははっ! 悔しいか? 悔しかろう! ご自慢の雷撃が通じなければなぁ! これでもうお前はッ、一方的に俺をボコることはできない! むしろ逆に!」
「ッッ!!??」
香月がとっさに、両手を交差させて胸をかばう。
だが、遅いッ! 遅すぎる!!
俺は余裕の笑みを浮かべて……右手をちょっと、押し出すようにした。
ふに……と、独特の柔らかな感触が伝わる。
「ッッ……ッ!!」
香月がビクッと、身体を震わせる。
メッチャ、奥歯を噛みしめて、悔しそうな涙目で俺を睨んでくる。
「ふはははは! 思い知ったかね? これからのキミはもう、ただただ一方的に私にセクハラをされるだけの存在に成り下がったのだよ! イーリス改め、香月――」
「死ねぇえええええええええええええええええええッッッ!!!!!」
雷精転身。
文字どおり、その身を雷に変える雷系魔法の究極の一つ。
香月は電光となって俺の懐に飛び込むと、斜め下から突き上げるような雷撃アッパーカットを放ってくる。
雷そのものとなった拳は、違うことなく俺のアゴを打ち抜いたのだった。
「あ~……えらい目に遭った……」
「アンタが乙女のプライドに真っ向勝負してくるのが悪いんでしょーが!」
「つったって、お前。実地テストは必要じゃんか」
「だからって、何も人の胸を揉む必要はどこにもないでしょって言ってんの!」
ようやく身体を起こした俺に、香月はまだプンスカしていた。
ちょっと胸を触った程度でコレでは、まるで対価に見合っていない。
これならやはり、乳首をつつけば良かった。
「ある程度の本気で攻撃してもらわなきゃいけなかったんだから、仕方ないだろ? だいたい、お前の……」
「……何よ?」
「胸なんて、揉んだところで減りゃしないだろって言おうと思ったんだが……」
「……」
「……減りそうだな、お前のは」
「はっ倒すぞ、コラぁ!?」
「はいはい、そこまでそこまで。ブレイクブレイク」
姉ちゃんが、たゆんたゆんに乳を揺らしながら、俺と香月の間に割って入る。
その圧倒的乳量の前に、香月は撤退を余儀なくされる。
ふふん、小物め。
「とりあえず、悟くんの防御力は強化された訳だし、万一、聖導教団に襲われても、これで何とかなると思うんだ」
「探知の方も、バッチリ反応しているぞ。これで、仮に異次元に隔離されようとも、私の目を誤魔化すことはできん」
「……物理用の防壁も、機能してたみたいだしね」
最後に香月が、やっぱりちょっと面白くなさそうに、ついでに少し顔をしかめながら、手をブラブラさせた。
てことは、俺を殴った手が痛かった訳だ。
雷精にもダメージを与えるとは、とんだ防壁があったもんだ。
しかし。
そういう防御力を与えてもらったのはありがたいけど……。
魔王に居所を知られてるってのがなぁ……。
いや、ダメとは言わんが、落ち着かないよなぁ?
アイツがその気になったら、俺の行動パターンが丸裸なんだもんなぁ……。
何かやっぱり、魔王って、あのパパンの娘って気がするよ……。
「どうかしたのか、悟?」
「いいや、何でも」
俺は魔王にそう答えて、ひとまず気持ちを切り替えた。
「とりあえず、聖導教団対策は、これでOKって感じ?」
「そだね。でも、一応、あんまり駅前はうろつかない方が良いと思うよ? これは悟くんに限らず、私たち全員に言えることだけどね」
「そうだよねぇ。接触の確率は、下げるに越したことないか……。鬱陶しいっていうか、癪だけど」
「あ~……」
姉ちゃんと香月の意見には、まったくもって同意だ。
同意なんだけれども……俺はチラリと魔王を見た。
それが、失敗といえば失敗だった。
「では、悟。待ち合わせの場所はどうする?」
「「待ち合わせ?」」
Oh……やっぱり言いやがったよ、この馬鹿……。
俺より先に、姉ちゃんと香月が食いついてんじゃねーか……。
ここで、気の利いたデマカセでも言えれば尊敬してやるんだが……。
「悟とは朝、駅前で待ち合わせをして、学校に行くようにしているのだ」
「……へー」
「だから、いつもより、ちょっと朝、出るのが早かったんだ」
ですよねー。
魔王さんにそんなスキル、期待する方が馬鹿ですよねー。
てか、だから見ろ!
やっぱり、こうなっちゃったじゃんか!?
お前が帰った後、姉ちゃんに言い訳すんのは俺なんだぞ!?
責任を取って、今、ここで釈明していけ!
「悟くん、後でちょっと、お話しよっか?」
「いや、一応、私も関係者なんだし? 今、聞いておきたいなぁ、それは」
「待、待て。私と悟が、朝、一緒に学校に行くことの、何が問題なのだ?」
「問題かどうかを決めるための話し合いをしようって感じ?」
「な、何だそれは!?」
姉ちゃんと香月の気迫、魔王がちょっと押されている。
もちろん、俺だって観戦モードでいられるはずもなく……。
「じゃ、悟くん。まずはそこに座ろっか?」
「緋冴は、その隣ね?」
「「……はい」」
こうして、【緊急! 朝の通学時における聖導教団対策会議】が開催されたのだった。