第66話 能力をキチンと検証しよう。
「結局……悟が目覚めた能力は、全部で四つか……」
「ああ。“見ただけでバストサイズを測る”“遠くからでも胸を揉む”“ピンポイントで確実に指先で乳首を捉える”。そして、“手で触れずにブラのホックを外す”だな」
「改めて並べると、とことんクズ能力ね! クズってか、ゲス! まったく! とんだエロ勇者がいたもんだわ!」
「あはははは。まあ確かに、ある意味“勇者認定”できるよね、この能力は」
「全然、意味違うじゃん、それ!」
姉ちゃんのフォローに、香月がキレ気味にツッコんでいた。
いや、まあ俺も、もうちょっと何かないのかと、自分でも思わなくもない。
何しろ、あんだけ痛い思いをしたんだ。
その報酬がこれってのもなぁ……。
「しかし、これではやはり、本来の目的であった“対聖導教団”には使えんな」
「相手が女の子なら、能力を使って、相手が動揺した隙に逃げられそうだけどね」
「一応、男相手でも使用可能なんだけどな」
「アンタ、男の乳を揉みたいわけ?」
「全然?」
「ふんっ」
正直に答えたのに、香月はやたら不機嫌だ。
触らぬ神に何とやら、としておきたい。
「しかし実際のところ、男に通用しないのは痛いな」
「最大の攻撃が、ブラのホック外しだもんね」
「男でも、大胸筋矯正サポーターを付けてくれてたら、効果はあるんだけどな?」
「……もういい加減、ツッコムのも嫌なんだけど?」
言いながら、香月がジト目で睨んでくる。
なんだかんだで、ノリのが良いというか、付き合いが良いというか、まあツッコミ体質だな、うん。
「でもさぁ、悟くんのソレって、あくまでも、ホックを外すだけなんだよね?」
「そうだけど?」
「フロントホックはいけそう?」
「ああ、うん。大丈夫だと思う」
「じゃあ、スポーツブラは?」
「うん?」
「簡単にいえば、ホックの付いてない、付けるっていうか、着るタイプのブラかな?」
「あ、駄目。あくまでホック限定だから」
「じゃあ駄目じゃん、全然……」
律儀にまた、香月が口を挟んでくる。
何が駄目なのかと視線で問えば、香月は溜息をこぼしてから説明を始めてくれた。
「いや、だからさぁ。走ったりすると、バストってけっこう揺れて、付け根の方が痛かったりするんだよね?」
「お前のサイズでもか?」
「殺すぞ?」
「はい、ごめんなさい。余計な口を挟みました」
声も荒げずに、真顔っていうか、表情の抜けた顔で静かに言われてしまった……。
マジ殺気ってヤツだな、うん。
やっぱり香月、胸の大きさを気にしてんだなぁ。
いくら香月相手とはいえ、もうちょっと気を付けよう。
「とにかくだな。激しい運動をする時は、胸がヘタに動かないように、シッカリと固定するものなのだ。特に、戦闘となると必須だな」
「そういうこと。でね? そういう用途のブラには、ホックのたぐいはたいてい、付いてないわけ」
「……なるほど……」
一つまた、賢くなってしまった。
しかし、参ったな。ホックがなければ、さすがに俺の攻撃は通用しない。
最大の武器を、いきなり奪われた気分だ。
「あれ? でもさぁ、お前ってけっこう露出が高いってか、ボンデージ風味なビキニ鎧っぽい感じの格好してなかったか?」
「ッッ!? あっ、あれは! あれは、ああいう魔法の鎧なのだ! だからちゃんと、胸の動きを抑える機能もあったのだぞ!」
「へぇ、すごいな。さすが魔法」
また一つ、賢くなってしまった。
そうか、ビキニ鎧は魔法の鎧だったのか……。
まあ、そうでなきゃ、あんなに肌を露出させてたら、二重の意味で危ないよな。
まさか、胸が揺れ動くのを抑える機能まで付いているとは、知らなかった。
ちなみに、向こうの世界では、こっちでいうブラっぽいブラは、実はあんまり一般的じゃなかった。
上流階級なんかでは、一部、使われてたりもしたけどな。
あとは、コルセットとかかな?
だいたいはでも、下着っていうより、肌着って感じであったように思う。
ブラに関しても確かに、庶民になればなるほど、邪魔にならないようにというような意味で、布を巻いて止めてた感じだったな、うん。
……クソ、アシュタルめ!
アイツの女性遍歴は、年齢も階級もメッチャ、幅があるんだよな!
クソ羨ましいヤローだぜ、俺の前世ながら!
「まあ、ちょっと話を戻すとね? だから仮に相手が女騎士であったにしても、ブラ外しは使えないと思うんだ」
「……じゃあ、何とか接近戦に持ち込んで、ピンポイントタッチしかないかなぁ……」
「それも、胸当てのたぐいを付けられてたら、意味ないでしょーが」
「そう思うだろ?」
やっぱり、律儀にツッコんでくる香月に、俺は不敵に笑う。
とっさに香月が身を引いて、胸を庇う。
姉ちゃんに顔を向ければ、さすがに姉ちゃん、とっくに同じようにしていた。
そこで俺は、ワンテンポ、行動の遅れている魔王にサッと腕を伸ばした。
そして……!
「ひゃんっ!?」
可愛い悲鳴を上げて、魔王がビクッと身体を跳ねさせる!
そうして一瞬の間を置いてから、慌てて両手で胸を庇う。
俺はそんな、真っ赤な顔で涙目になった魔王に、高らかに勝利を宣言する。
「ふははははっ! どうよ、この魔王をも怯ませる必殺の一撃! 女騎士など、何するものぞ!!」
「なっ、なっ、なっ、何が、“何するものぞ”だっ! さ、さ、悟! お、お前という奴は!?」
「えっ? ごめん、ちょっと待って……? 今の、そんなにアレ……だったの?」
「ッッ……ア、アレというか、その……ッ……ちょ、直接、触れられた、みたいな……ッッ」
「ッッッッッ!!!!???」
魔王の涙ながらの告白に、ズザザザザッと香月が一気に部屋の隅まで後ずさる。
ふふふふふ……香月のくせに、可愛い反応をするじゃないか。
ちょっと、可愛がってやりたくなってきたぞ?
「来っ、来るっ、来るなっ、アホーーーッ!! ソレ以上近づいたらッ、骨の髄まで黒焦げだかんね!!??」
「ふはははは! やれるもんならやってみろ! どちらが本当の電光石火か、勝負といこうじゃないか!」
「ヤダヤダヤダ! 絶対いやーーーーっ!! ホンットに! ホンットに雷撃で脳みそ沸騰させてやるんだから!?」
香月が涙目で、メチャクチャ物騒なことを言う。
だがしかし!
ふふふふふ……涙目の香月というのも、なかなかに味があって乙なもの! 善き哉善き哉!
この機を逃して、何の男というものか!!
「ふははははっ! 恐れおののけ! そしてこの、DNTの! すなわちダイレクト・ニップル・タッチの真髄を知って、絶望するがいい!!」
俺は、どこぞの女王様のようにふんぞり返りながら右手を……その人差し指を伸ばした。
「直接触れなければならないという欠点はあるが、触れてしまえばもはや無敵! お前がどれだけパッドの分厚いブラをつけていようと、違えることなく! そして直接! お前の乳首を突けるのだ!」
「そっ、そんなこと偉そうに言うな、馬鹿ぁああっ! ていうかっ、パッドが分厚くて悪かったわねっっ!!! 私のサイズのブラは、デフォで分厚いんだからしょうがないでしょっ!!!」
おお、この期に及んでまだ、ツッコム余裕があるとは。
さすがは香月、我が宿敵よ。
それでこそ香月、相手にとって不足なし!
「だが、この技の恐ろしさは、それだけではないぞ! 一度、視認してしまえば、後は自動追尾! 例え、この目が潰れようと、俺の指先はお前の乳首を捉えるのだ!」
「そんなアホ恐ろしいことを力説すんなぁあ! このっ、このセクハラ勇者ぁあああっ!!」
「ふははははっ! 泣け、叫べ! 跪いて許しを乞え! 今まで無駄に雷撃を浴びせてごめんなさいとなぁ! それができないというのなら……ッ!!」
俺は足を前後に開いて腰を落とし、中段突きのような姿勢を取る。
もちろん、腰の辺りに引いた右手の人差指は、ピンと伸ばしたままで。
そうして俺は、グゥッ……と腕が盛り上がるほどに、力を込めていく……!
「俺のこの指が光って唸るっ!! 乳首を穿てと轟き吼えるッッッッ!!」
「吼えんなっ、馬鹿ぁあああああああっ!!」
「喰らえぃっ! 散っ々、雷撃を食らわされた恨みの詰まったぁっ! 必殺ぬぉおおっ!! シャイッッッニングゥゥゥッッッ………………フィンッッッ」
「はい、そこまで~」
「……へ?」
ちょっと何か首に触れられたかな……?
と思う間もなく、俺の意識は一気に暗転していた。
「……む、むぅ……」
「おはよう、悟くん」
「……お、おはようってねぇ……?」
俺はゆっくりと慎重に身体を起こす。
そうして、肩を回したり手を握ったりと、その動きに支障がないのを確認した。
「……あのですねぇ? いきなり、人を絞め落とすのって、どうかと思いますよ?」
「や~、ごめんね? 言葉で言っても、止まりそうになかったから」
姉ちゃんが、てへっと笑う。
その姉ちゃんは、まだ自分の脇に、涙目の香月をしがみつかせている。
そうして、しがみつかせたまま、ポンポンと優しく背中を撫でるというか、叩くというかをしている。
まあ、どうやらあまり時間は経っていないようだ。
「しかし……つくづく、無駄に恐ろしい能力に目覚めたものだな、悟よ……」
「ふんっ、まったく……無駄勇者って呼んであげるわよ、今度から! 略して無駄よ! 無駄!」
「いや、それ、略してる意味が無いだろう?」
「うっさいっ、黙れ! 無駄!!」
「…………」
……いや、さすがに一応、寸止めで止めておくつもりだったんだけどね?
まあ、今さら言っても言い訳だわな。
それよりも、あのタイミングで割って入るとは、さすがは姉ちゃん、侮りがたし。
「まあでも、一応、これで悟くんに戦闘力が付いたことになる…………………………の、かなぁ?」
メッチャ、溜めましたね、お姉さま?
やっぱりそこ、疑問ですか?
はい、僕も疑問です。
「女限定ではあるが、まあ、そう言っても良い…………とは思うぞ?」
あ、魔王さんも、やっぱり疑問ですか?
そうですよね、ごもっともです。
「問題は……やっぱり相手が男だった場合だけど……」
「どうせ、本来の勇者の力がないって知ったら、向こうも相手しないって。こんなガッカリ勇者なんて!」
「まあ、そんな気はするんだけどね?」
「一応、やはり何かもう少し対策は考えておくか……」
まあ、そんな感じで。
俺の能力の検証やら、対聖導教団への対策は、もう少し進むのだった。