第64話 落とされた爆弾と、目覚めた力。
「で?」
「……“で?”とは……?」
「何か言うことはないのかって言ってんの」
「ごめんなさい」
「……ふんっ」
ふんぞり返った香月の前で正座しながら、とりあえず俺は謝った。
もちろん、被害は俺の方が甚大だ。
まあ、その傷は姉ちゃんに癒やしてもらっている訳で……。
対して、傷ついた乙女心というのは、そう簡単には癒えないものらしい。
「まあまあ、香月。もう良いではないか。胸を揉まれたと言っても、直接ではないのだろう?」
「そうそう。私なんてむしろ、生で揉んでもらいたいくらいだよ?」
「私はアンタ達とは違うの! 何が悲しくて、こんな残念勇者におっぱいを揉まれて喜ばなきゃなんないのよ!?」
香月が、ダンダンッと足を踏み鳴らすみたいにして叫ぶ。
悲しいかな、その抗議はもっともと言えばもっともだ。
ところが。
「へ~? ふ~ん? そっかぁ……♪」
「ッ……な、な、何よ……?」
香月の怒りを受けて、俺ではなく姉ちゃんが、ほくそ笑むみたいにしていた。
香月が、ちょっと気圧されたみたいに下がる。
姉ちゃんは、そんな香月を見上げて、嬉しそうに笑う。
「いやいや~、ライバルが減るのはありがたいなぁってね♪」
「え……?」
「なっ……?」
「ッ!?」
姉ちゃんの言葉に驚く、香月と魔王。
俺はとっさに姉ちゃんの方を振り返り、その先の言葉を止めようとした。
が。
「言っとくけど私、今回は悟くんのこと、マジ狙いだからね?」
「ッッッッッ!!!???」
「う、うそ……ッ?」
(言っちゃったよ、この人……)
俺は、あちゃ~と顔を押さえながら、チラリと魔王の様子を伺う。
魔王……メッチャ何か固まってるし……。
てことは、アレだよな?
今まで散々、言ってたことが大正解ってこと……だよな?
つまり……魔王は俺のこと……?
(いやいやいやいやいやっ! ちょっっっっっっと待ってくれ!!)
確かに!
確かに勇者アシュタルは、この程度の修羅場は日常茶飯事でした!
いわゆる、お茶の子さいさい、赤子の手もひねっちゃうよ的なね!
むしろ、その修羅場を利用して3Pになだれ込むような猛者ってか外道でした!
しかし!
ひるがえってみて、この私はどうでしょう!?
せいぜい、クラスでも普通のポジションであり、人気者だとか中心人物だとかでは、断じてありません!
年齢=彼女いない歴=童貞でもあります!
そんな私が何故、このような修羅場に遭遇せねばならないのでしょう!?
神は死んだ!!! スイーツ(怒)!!
「ッ……わ、わたっ、私はっ――」
「ちょっと待ったぁああああッッッ!!!」
ここで出ましたっ、“ちょっと待った”コーーーーール!!!
でも、言ったのは俺じゃないよ?
そのコールをかけた香月に、魔王と姉ちゃんの視線が集まる。
「え、えっ、えっと……ッ、あれっ、そう! ちょっと何か、話がズレてる! 今は“水嶋勇者化計画”の話のために集まってる訳だし!?」
「ん~、でも勇者には、ハーレムがつきものでしょ?」
「そ、そういうのは勇者になってから考えればいいことじゃない! 水嶋だって、そう思うでしょ!?」
「えっ? あ、お、おう……?」
香月の気迫に押されて、とりあえず頷いてしまう。
姉ちゃんが、しょうがないなぁと笑って、魔王は……。
魔王はちょっとうつむき加減になって、拳を握っていた。
(ぅぅ……メッチャ居心地が悪い……)
いや、こんなの修羅場のシュの字にもならないと思うけどさ?
実際、俺、魔王から告白された訳でもないし……。
でもこの……何だろう? 申し訳なさ? みたいな?
何かもう、胸がすっごいモヤモヤする……。
「さて、と。まあね? 千里ちゃんの言うことも一理あるし。とりあえず、悟くん。“力”の方はどうなの?」
「えっ……あ、ああ、うん……」
俺は、まだ少し魔王を気にしながらも、意識を自分の方に向ける。
“力”……。
確かにそれが今、感じられていた。
どうして今まで気付かなかったのかっていうくらい、気付いてみれば呆気ない。
そこのあるのが、自然すぎるくらい自然に。
その使い方も、感覚的に把握できていた。
もちろん、正確に使いこなすには修練が必要だろう。
それでも、もうそれなりに使える自信があった。
「そう、だな。行けそうな感じはあるな、うん」
「そ、そうなのか?」
「おう、任せろ」
顔を上げた魔王に、俺は自信たっぷり、といった感じに笑いかける。
魔王が、ちょっとホッとしたように微笑む。
それで……何か俺もちょっと、胸のつかえが下りたような感じがした。
「それで? 具体的には、どういうことができそう? アシュタルの技を、けっこう再現できる感じ?」
「………………」
期待を込めた香月から、俺はさり気なく視線を逸らせる。
ていうか、うつむき気味に。
「ッ……あ、あの、さ……? ひょっとして、さっきの……胸を触るくらいしかできない……とか?」
「しっ、失敬な! もっと他のこともできるわい!」
「じゃあ何ができるのよっ? 早く教えなさいよ!」
「いいだろうっ、その言葉、後悔すんなよ!?」
挑発気味の香月に、俺も立ち上がって応じる。
そして、凝らす、というほどもなく、香月を見つめる。
「ちょっ!? また私を実験台に!?」
「安心しろ、もう終わった」
「え……?」
香月がちょっと、目を見開く。
そうして、自分の身体を見下ろして……手を持ち上げて、握ったり開いたりもしてみていた。
「……特に何もないっていうか……何かされた感じもないけど?」
「そりゃまあ、そうだろう。いわゆる“鑑定”みたいなもんだからな」
「“鑑定”……? アシュタルに、そんな能力なかったよね?」
「ああ。つまり、これは俺のオリジナルだ!」
そう思うと、ちょっとカッコイイ!
初めてアシュタルを超えた的なね!
「それで? 悟は、香月の何を鑑定したのだ?」
「え? いや、まあ、それは、その……」
「ちょっ!? 何か変なこと鑑定したんじゃないでしょうね!? プライバシーの侵害で訴えるわよ!? 主に雷撃に!!」
香月の右手が、パリパリと帯電を起こす。
クッソ、この雷娘め!
俺もそんな、素敵な能力に目覚めたかったわい!
だが、俺は負けん!
そっちが雷撃に訴えるなら、俺は言葉の暴力で迎え撃ってやる!
「そんなポンポンポンポン、焼かれて堪るか! 俺はポップコーンでも、たいやき君でもねーぞ!?」
「たいやき君は鉄板で焼かれてるだけだし!」
「そういう揚げ足はいらんと言うとるんだ、このっ、Bの60が!!」
「ッッッッッ!!!???」
こうかは ばつぐんだ!
かづきは かたまっている!
「え、え~っと……? 悟くん、今のは……?」
「ふ……まあ、そういう訳ですよ。Kの65さん」
「ッ!?」
おおっ、姉ちゃんの顔も赤くなったぞ!?
そして、姉ちゃん!
貴女のバストサイズで、そんな乳を庇うように腕をやったら、逆にえらいことになってるんですよ?
それはそれとして、何か姉ちゃんから一本取った感じがして気持ちが良い。
その流れに乗って魔王を見れば……。
「ッッ!? 待っ、待て、悟!? 見るんじゃない! 止めろ! 止めてくれ!!」
「ふははははっ! もう遅い! キミの鑑定など、とっくに終わっているのだよ! Eの60くん!!」
「ぅぐぅっ……!!」
おぅふっ……!
魔王が恥ずかしさと怒りで、泣きそうな目で俺を睨んでいるぞ!
これはちょっと、ゾクゾク来るな!
変な属性に目覚めたか、俺?
「……って、うん? 何かホントに、寒気が……?」
ゾクッ……と、寒気というより悪寒が……。
俺は、恐る恐る背後を振り返る……。
そこ、には……ッ!
「ふ、ふふ……ふふふふふふふふふ……」
「ッ……あ、あの……香月、さん……?」
「死ねぇえええええええええええええええええええええっっっ!!!!」
「ふぎゃーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!????」
後に聞いたところによると……。
俺の悲鳴はすごく猫っぽかったらしい。
どうでもいいけど。