第62話 覚悟完了! だが、不退転の決意とは言っていない。
「さあ、これで何の問題もなかろう! 悟、契約だ!」
「いやいや、待て待て待て待て! 何の問題解決にもなっとらんだろうか!」
「どこがだっ? 仮に裸を見られる事態になっても、私が気にしなければ問題にはならんだろう!」
「いや、だから俺が気にするっちゅうねん!」
「何故、悟が気にするのだ! 私は気にしないと言っているではないか!」
「うぬっ、ぬぐぅううううっ……!」
えぇい、このわからんちんめ!
どうやって、とっちめてくれようか!
「はいはい、二人とも、ちょっと落ち着いて。いったん休憩にしよっか。ね? ほらほら、チョコでもどう?」
睨み合う俺たちに、姉ちゃんが割り込んでくる。
俺と魔王は、最後にもう一度睨み合ってから、ふんっと顔を背け合った。
その俺の口元に、姉ちゃんがポッ○ーを差し出してくる。
俺は、バリバリとそれを貪り食った。
そこでふと、視線を感じて横を向いた。
「何だよ?」
「……ぶぇっつにぃ~」
言いながらも、香月がすごい冷めた目というか、面白くなさそうな目で俺を見ている。
魔王は魔王で不機嫌だし、何なの、このアウェー感?
ここ、俺ん家だよ?
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよな?」
「言いたいことていうかさー。私も魔王とアンタが召喚契約を結ぶのには反対なんだけど……水嶋の反対理由って、何か私のとは違うみたい、みたいな?」
「どういうことだよ?」
「それは、自分の胸に聞いてみたら良いんじゃない?」
うぐっ、姉ちゃんまで?
いや、もちろん姉ちゃんは不機嫌顔になってない、けど。
こ、この笑顔のプレッシャーが……!
「悟くんはどうして、緋冴ちゃんが裸を見せるようなことになったら、嫌なの?」
「……」
魔王まで、「そういえば……」みたいな顔で、俺を見てくるしっ。
クッ……やはりこの三対一の図式は、俺に圧倒的に不利!
「いっ、いや、だから別にコイツに限った話じゃねーし。姉ちゃんだろうが香月だろうが、そういうのはやっぱり嫌なの。ぶっちゃけ、理屈の問題じゃないの。嫌なものは嫌。それでいいだろ?」
「ふ~ん……?」
ぅ、クソッ……姉ちゃんと香月が、すっげぇ何か、ニヤッてしてるし。
魔王は魔王で、今の程度で何か心に来るみたいにしてるし……。
コイツはコイツで、チョロインかよ?
いや、でも実際、そういうもんだろ?
自分のせいで、女の子が危ない目や、恥ずかしい目に遭うのって嫌じゃん。
恥ずかしい目には、むしろ積極的に自分主導で遭わせたいけれどもな!
いや、いいだろっ、童貞でもそれくらい言ったって!!
「まあ私はね、悟くんのそういうやせ我慢は、好きだけどね」
「ッ、す、すみませんねぇ、やせ我慢で!」
「ぶっちゃけ、この中で一番戦闘力が低いの、アンタだしね」
「はぐっ……ッッ!」
「私も一応、戦えるしねぇ」
「ぐはっ……ッッ!」
「だっ、大丈夫だ、悟! 何があろうと、私がお前を守ってやる!」
「ぐふぅっ……ッ!」
クソッ……魔王のフォローが悲しいぜっ。
いや、もちろんコレが現実だって分かってるよ?
分かっちゃいるけど、悲しいもんは悲しいもんなの!
「まあ、そういう訳でね、悟くん?」
「……何?」
「悟くんが、私たちのことを心配してくれてるのと同じくらい、やっぱり、私たちも悟くんのことが心配なわけ。千里ちゃんも、そうでしょ?」
「ッ、やっ、私は、別にその……まあ、もし何かあったら、寝覚めが悪いっていうか……」
ぅっ……何で香月がまたそんな、ぶっきらぼうにしつつ頬を赤くさせてんだよ?
そういう反応は、童貞を勘違いさせるから止めた方がいいぞ?
「と、とにかく、水嶋と緋冴の召喚契約はなしってことで、決定だよね?」
「異議なーし」
「それでいいと思うよ?」
「だがそれでは、悟に万一が起きた時、どうするのだ!」
香月の言葉に、魔王だけがしつこく反対する。
俺は、大きく息を吐いた。
「わかった。そういうことなら、覚悟を決めてやろうじゃないか」
「本当か? よしっ、ならば早速契約をっ――」
「違ーよ」
「あうっ?」
ズビシッと、魔王の脳天にチョップを食らわせる。
魔王が両手で頭を撫でるみたいにしながら、涙目で俺を睨んでくる。
「ぅぅ……では、何だと言うのだ?」
「魔力の強制開放……やってやろうじゃねーか」
「なっ!?」
俺は、魔王を睨み返すようにして、そう言った。
その俺に驚いたのは、魔王だけじゃあない。
「ちょっ、悟くん? それは先走り過ぎだと思うよっ?」
「そうそうそうそうっ、アンタの言ってた後遺症の残るっての、シャレじゃないからね?」
「残るって決まったわけじゃねーだろ!」
姉ちゃんを、香月を睨み返す。
二人とも、俺の気迫に押されたように声を飲む。
いや、まあ、うん。
実は心の中では、大丈夫だろうとタカをくくりながらも、メッチャ、ドキドキしてる。
万一、本当に障害が残ったらどうしようってね。
けど!
そこはホラッ!
我らが『聖女』様がいらっしゃるし!
それにさ~、やっぱ憧れじゃん、魔法って。
いや、そこから派生する、勇者アシュタルの剣技・体技ってさ~。
実際、使う場面なんてそうそうないとは思うけどさ~。
使わないに越したことはないのも、わかってるけどさ~。
でも、使えるなら使いたいじゃん!
と、割りにミーハーなノリで言い出したわけだが……。
「本っっっ気で、やるつもりなの、悟くん……」
「え……いや、えっと……」
姉ちゃんのマジ目つきに、ちょっと決意がグラついてしまう。
あれ?
思ってたより、割りに危険……?
「……分かった。悟くんがそこまで言うなら、最悪、責任は私が取るから」
「お、おう?」
「大丈夫っ、私の治癒魔術があれば、たいていのことは大丈夫だし!」
「……まあ、水嶋が勇者の能力を覚醒させるのが、確かに一番、手っ取り早いしねぇ」
「し、心配は要らないぞ! 私がそんな、後遺症を残すようなヘマをするものか! それに、もし万一……万一の万一の場合には、私だって全力でサポートするとも!」
おい、魔王。
お前の言うサポートって何なんだ?
何でちょっと顔が赤いんだ?
その辺、お兄さんに言ってごらん?
「ということだから、悟くん。やってみようか!」
「そだね。何事も、やってみなくちゃ始まらないし」
「だ、大丈夫だ! 痛いのは最初だけだぞ?」
「痛いのかよ!?」
あ、あれ? ちょっと待って?
これあの、きっとバンジージャンプと同じ感覚なんですよ。
カッコつけて上に登ったものの、上から見下ろしてヘタれるっていう、ね?
で、俺は今、ちょっとヘタれてるんですけど……。
「さあ、悟……手を出すのだ」
「あ、ちょっと待って。私、フォローに回るから」
「それじゃあ、私もやれることはやっとこうかな」
姉ちゃんが机を回ってきて、俺の後ろに座る。
そうして、俺の背中にそっと手を添えてきた。
香月は香月で、何故か部屋の端に寄って立っている。
俺的には、逃げようと距離を置いているようにしか見えないんですけど……。
「さて……では、始めるぞ、悟」
「あっ、いやっ、あの……ッ!」
心の準備なんて、してる余裕も全然ないまま……ッ、魔王が俺の手を取った。
そして……!!