第61話 最強の召喚獣!
「ちょっと待って? 魔力を感知できないって、どういうこと?」
「どうもこうも、そのまんまだが?」
「え、えっと、えっと……じゃあ、ほらっ」
ポッ……と、香月の指先に、ライターのように火がつく。
いわゆる“生活魔法”的なヤツだな。
「今の、分かった?」
「火がついてるな」
「……私が言いたいのは、そういうことじゃないのは、分かった上で言ってるんだよね?」
「おう」
「……そっかぁ……」
息も吹きかけていないのに、香月の指先の火が消える。
魔法の構築を放棄した/魔力の注入を遮断したためだ。
俺も、アシュタルの記憶/知識があるので、その辺の理屈は理解できる。
理解できるけど、それを実際に知覚することは、やっぱりできていない。
つまり、魔力の流れってのが、見えていない。
「……何か、いきなり頓挫した気が……」
「すまんな」
「いっ、いやいやいやっ、そんなっ。謝らなくっていいよ、全然っ」
香月のフォローが、ちょっと心にしみる。
まあな~。
自分で言うのも何だけど、魔力とかのことは、ちょっと頭から抜けてたしなぁ……。
てことはやっぱり、俺が勇者に成長するってのは、無理くさいかなぁ……?
「諦めるのは、まだ早い!」
「うん?」
魔王が自信たっぷりに、声を上げる。
俺の、香月と姉ちゃんの視線が魔王に集まる。
魔王は笑みを浮かべて頷いた。
「マンガで読んだことがある。その能力に目覚めていない者を、無理矢理に目覚めさせる、ということをな!」
「アホか、お前はっ。それ、失敗したらメチャクチャ後遺症残るパターンじゃねえか!」
「てか、マンガで得た知識を試すって、どうなのよ?」
「ぅぐっ……」
俺と香月のツッコミに、魔王が口ごもる。
あ。
何か今、普通に魔王にツッコめてたぞ?
これはこれで、俺の成長なんだろうか?
「では、どうするというのだ? 悟が勇者の力を取り戻せなかったら、変な連中に襲われた時、困るではないか」
「悟くんも、普通の人相手なら、けっこう大丈夫なんだけどねー」
「まあ、それなりにはね」
その辺は、ばあちゃんの教育という名の、シゴキのたまものだ。
ケンカということでは、そうそう負けはしない。
ただ、やっぱり、この間みたいに相手が魔法やらを使うとかなると……。
前の時も、“何となく”って感じで避けただけだしなぁ。
あれは別に、魔力を感知したわけでも全然ない。
「まあ、向こうからの転生者と出会ったからといって、必ず戦うわけじゃないんだけどね?」
「それは分かるんだけど。聖導教団って、その辺の理屈がまるで通じないじゃん。“アーアー、聞こえなーい”を地で行く連中だしさ」
「アシュタルも一時期、ブチ切れてたもんなぁ……」
ニセ勇者のレッテルを貼られたかと思ったら、手のひら返してきたり。
とにかく、現実の事象をひたすら、自分たちに都合よく解釈するという、なかなか最低な連中だった。
そのくせ、教義至上主義を名乗るのだから、笑うしかない。
「ならばやはり、私が悟の魔力を、無理やりこじ開けて――」
「それは止めろっつってんだろ?」
「あうっ……ッ」
おおっ。
何か魔王にツッコミを入れるのを怖がっていたのが、嘘みたいだな。
今なんて、チョップを軽く当てるまでできたぞ、俺!
しかも魔王は、ちょっと恨みがましそうに見てるだけだし!
これは俺、新たな勇者として認定されてもいいんじゃないか!?
「とりあえず、悟くんには、向こうでいうレベルでの戦闘力があれば良いんだよね?」
「まあ、そうなるのかな?」
「じゃあ、アレはアレ? いわゆる“聖剣”的な」
「ああっ!」
姉ちゃんの提案に、香月が食いつく。
しかし。
「あ、それ、駄目。俺、喚べないし」
「あ、そうなんだ?」
「割りにちっちゃい頃、試しました。駄目でした」
「役に立たない勇者ね~、アンタ」
「ほっとけ!」
確かに、確かに“勇者”としては、いかがなものかと自分でも思うけど!
いいじゃん、別に。この世界に勇者は必要ないんだからさ。
……いや、確かに魔王がいるから、アレだけれども。
ちなみに。
“聖剣”ってのは、便宜上、そう呼ばれているだけで、別に神様からもらったとか、そういう訳じゃあない。
昔々のブチ切れ魔法使いが作った、ちょっとイカれた剣のことだ。
いわゆる、インテリジェンス・ソード(知性ある剣)だと思ってくれればいい。
まあ、その割りには無口な奴ではあったが、魔法剣としては超一級品だった。
アシュタルの死んだ今では、魔王城に転がっていることだろう。
てことは、魔王の配下が回収して、今頃、どっかの宝箱に入れられているはずだ。
本当なら、契約を結んでいるので、喚べば来るという便利機能があったんだけどな。
さすがに、異世界までは来れないっぽい。
ていうか、これも俺が魔力を感知・操作できないせいだろうけども。
「それならば、やはり仕方がないな!」
「お前は、何べん、止めろって言わせるつもりだよ」
「あいた!? ひ、ヒドいではないか、悟!」
「お前がアホみたいに、同じネタを引っ張るからだろ」
「それは誤解だ! 私はキチンと、もっと別の効果的な案を考えたのだぞ!?」
「え? マジで?」
魔王に、そんなアイデアがあったとは、ちょっと意外だ。
しかも何か、かなりの自信っぽい。
「すまんすまん。悪かったよ。んで? 効果的な案ってのは、何なんだ?」
「うむ。悟が私と、契約を結べば良いのだ!」
「うん?」
「「ッッッ!!??」」
ちょっと首をひねる俺。
そして、ハッと息を呑む姉ちゃんと香月。
「ちょーっと待ったぁっ! それはさすがにどうかと思うんだ!」
「そうそうそうそうっ! こっちの世界では、いろいろ法則とかも違うと思うし! いきなりそういうのは危険だとっ、魔法のエキスパートである私が言うから間違いない!」
「何を言う! 魔法に関してなら私だとて、一家言あるぞ!」
「それでもやっぱり召喚系は危険だよ! 現に、悟くんの剣は来ないじゃない!」
「それは世界を隔てているからだろう! 私はキチンと、ここにいるではないか!」
「そういう問題じゃなくて!」
姉ちゃんが、香月が魔王に意見して、魔王がそれに反論する。
それを聞きながら、俺もちょっと遅れて、ようやく魔王の意図を察した。
「ちょっと待て、お前、アレか? 契約して、俺が呼び出せば、お前が現れるとか、そういう系か?」
「うむ! 私なら、どんな相手であろうと負けはしないぞ!」
「…………」
「あっ!? アンタ、今、ちょっと何か『アリだな』とか思ったでしょ?」
「お、思ってねーよ!?」
「うん。今のは、もうちょっとヒドいことを思いついた顔だったよね?」
「ねっ、姉ちゃん!?」
姉ちゃんが、クスッ笑ってる!?
何で!? 何で分かるんだよ、チクショウ!?
「そうなんだよね~。人間を召喚するのって、そういう危険性があるよね~? そこにすぐ気付くなんて、悟くん、さすがだな~♪」
「ごめんなさい、ホンット勘弁してください。自分の人間性を『最低!』って言われてるみたいですから許して下さい」
「え? そんなつもりで言ってるんじゃないよ? 純粋に、すごいなってね?」
「姉ちゃんの“つもり”はともかく、俺にはそう聞こえちゃうんだよ!」
「お前たち、何の話をしているのだ?」
「ちゃんと説明してよ、説明」
俺と姉ちゃんの言い合う中に、魔王と香月が割りこんでくる。
俺は魔王を見て……視線を逸らせた。
顔が赤いのが、実感できてしまう。
「な、何だ、悟? 私の顔に、何か付いているのか?」
「い、いやっ、そういう訳じゃなくてだな……」
「ああっ、分かった!! うわっ、水嶋、最低!?」
「ヒド!? だから“最低”はないだろ、“最低”は!?」
「最低は最低じゃん! よりによって、最初にそれを想像する!?」
「しょーがないだろ! 男はそういう生き物なの!」
「お前たち、だから肝心の私を除け者にするな!」
魔王が、ちょっとキレ気味に言って、俺や香月もいったん、口を閉じる。
魔王は身体ごと俺に向き直って、さあ話せと急かしてくる。
「それで? 私が召喚対象となることに、何の問題があるのだ?」
「いや、まあな……? だからさ、召喚って基本、相手の事情を考慮しないじゃんか? 自分の都合だけで、被召喚者を呼び出すっていうかさ……?」
「うむ、それで?」
「いや、だから……」
「うむ」
「………………風呂とか、着替えの最中、だったら……」
「ッッッッッ!!!???」
おうっ……魔王の顔が一瞬で真っ赤に……。
いや、まあそりゃそうだわな、うん……。
てか、アレだよ?
一応、トイレってのは、気を遣って言わなかったんだよ?
「ね? そういうこともあるから、やっぱり召喚契約は止めた方がいいと思うよ?」
「ッ……か、構うものか! 悟の命を守るためならば、たかが裸の一つや二つ、どうということはないッ!」
「「ッッッ!?」」
「いや、お前、涙目になってまで言うことか……?」
「言うとも!」
宥めようとした俺に、魔王がキッパリと言い切った。
その涙目で、グッと俺を睨みつけるように力強く、ハッキリと。
「お前の命を救えるのなら、私の裸くらい、安いものだ!!」