表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/74

第59話 女の涙にうろたえる。それが俺のJustice!


「へ~ぇ……ここが水嶋の家かぁ。大っきいんだね」

「まあな」



 という訳で、放課後。

 まったく気乗りはしていないけれども、拒絶する手段があるはずもなく。

 俺は魔王と香月を引き連れて、家に帰ってくるハメになっていた。

 まったく。どうしてこうなった?



「それで? 水嶋の従姉っていうかロゼッタっていうかは、いるわけ?」

「ああ、いるってよ。それは確認してるから大丈夫」



 こういう日に限って、姉ちゃん、午前中しか授業が無いんだもんなぁ。

 それでいいのか、大学生?

 正直、羨ましいぞ。



「まあ、いいや。とりあえず入ってくれよ」

「ぅ~、何かちょっと緊張してきた」

「大丈夫だ。取って食われやしねーよ」



 俺は香月にそう言って、ガラリと玄関の戸を開けた。



「ただいま~」

「おかえりなさ~い」



 俺が声をかけると、すぐに奥から返事があった。

 俺の後ろで、香月がちょっと姿勢を正すみたいにしてる。

 魔王は何か、不機嫌そうだ。

 俺はやれやれと、心の中で溜息をつく。

 そして……。



「お帰りなさい、悟くん。お友達、連れてきたって?」

「ああ、ただいま、姉ちゃん。こっちは知ってるだろ? 高城緋冴と、もう一人。うちのクラスの委員長、香月……香月だ」

「下の名前は知らない訳ね?」

「いや、普通、知らねーだろ?」



 いや、何か覚えがあるような気はするんだけれども。

 香月っていう苗字が名前みたいなんだし、もうそれでいいじゃん的な。



「え、えっと、あの……ッ」



 その香月は、姉ちゃんを前にちょっと戸惑っている。

 魔王は相変わらず、姉ちゃんに対して非友好的というか、無愛想にしている。

 そして姉ちゃんはと言えば。



「初めまして。悟くんの従姉の、水嶋奏です。よろしくね」

「あ、は、初めまして。香月千里……です」



 香月に、明るく挨拶をする姉ちゃん。

 香月もハッとなって、慌てた感じで、でもまだ戸惑いながらみたいな挨拶を返す。

 そこで姉ちゃんが、ちょっと笑った。

 悪戯っぽくっていうか……恥ずかしそうにって、いうか。



「でも、この顔ぶれだったら、別な挨拶の方がいいかな?」

「え……?」

「久しぶりだね、“イーリス”」

「ッッッッッ!!!!????」



 ブワッと、香月の全身に鳥肌が立つのが、気配で分かった。

 何かこう、口元に両手を当てるみたいな感じで、目もまん丸にしてるし。

 身体も小さく、震えてたりする。



「ッ、ッ、ッ……あ、あの、ッ、あの、あの……ッ!」

「うん。まあ、お互い元気そうで何より……っていうのも、変かな?」



 言葉を詰まらせる香月に、姉ちゃんがそう言って、笑って。

 そうしたら……。



「ヒグッ……ぅっ、ぅぐっ、ぐすっ、すびっ……んぐっ、ぅっ、ぅぅぅっ……ッ!」

「お、おぉっ? 何で泣いてんだ、お前?」

「ッ、うっ、うっさッ……ぅぐっ、んひっ、ひぅっ……ッ」

「ちょっとちょっと、悟くん。それはないでしょ?」

「うむ、まったくだ」



 いきなり泣き出す香月に、慌てる俺。

 そんな俺をたしなめる姉ちゃんに、何故か訳知り顔で頷いている魔王。

 それでも俺が、展開についていけずにオロオロしていると、姉ちゃんがサッと三和土に下りてきた。



「うんうん。いっぱい頑張ったよね。えらかったね。うん、頑張ったよ、本当に」

「ッ……ッッ……ッ……ぅぁあああああああああっ! ッ、ぁああああああああああああああっ!!!」



 姉ちゃんが、そのでっかい胸に香月の頭を抱きかかえる。

 それで我慢の限界にきたのか、香月が、耳が痛くなるくらいの大声で泣き始めた。

 それを姉ちゃんは、よしよしと頭を抱きしめ、背中を撫でさすってやる。

 俺は、ほとんど訳の分からないまま、ただその光景を眺めるだけだった。






「え~……先ほどは、誠にお見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「まあまあ、気にしない気にしない」



 という訳で、約10分後。

 香月も落ち着いてきたところで、俺たちはリビングに場所を移していた。



「てか、ごめん。何で、あんないきなり泣き出したんだ?」

「……ま、まあ、強いて言えば感情のいろいろが爆発した感じ?」

「ふ~ん?」



 香月が、照れたように怒ったように、目線を逸らして言う。

 ただ、そう言われても、いまいちピンと来ない。

 そんな俺に、香月が若干、イラッとしていた。



「だからぁ。アンタはどうだか知んないけど、私にはけっこう、前世の記憶って生々しかったわけ。でも、そんなの、友達にだってそうそう話せないでしょ?」

「ああ、まあな?」



 それは俺にも覚えがある。

 笑いのネタにしかなんないしな。

 下手に固執すりゃあ、格好のいじめのネタだわな。



「それが今年! 前世で一緒だった仲間と、やっとっていうか、ようやくっていうか、再会できたっていうのに、相手はちっとも私のことに気付いてなくて! あん時、私がどんだけ落ち込んだか、アンタ、分かる? ねえっ!?」

「ッ、お、おう……」



 香月がギロリと、涙目で俺を睨み上げてくる。

 その迫力に俺は身体を仰け反らせるが、そうすると隣に魔王がいるので逃げ場がない。

 試しに魔王に助太刀を求める目線を送るが、魔王は静かにお茶を飲んでいる。

 ひどい。



「すっごくすっごく、迷った。前世の話をしたかったけど、ドン引かれたらって思うと、怖くって、できなくて……。そもそも、前世の記憶がなかったらって……」

「ま、まあ、うん……」

「そうしたら先週よ! よりによって、あのっ、魔王が転校生って!!!」

「ッ、お、おうっ……ッ」



 香月がダンッとテーブルを叩く。

 姉ちゃんと、そして魔王は、すべて承知と言わんがばかりに、その寸前にそれぞれ、お茶の入ったカップを持ち上げていた。

 しかも姉ちゃんは、キッチリ香月の分まで。

 俺のカップだけが、ガチャンっと音を立てていた。



「そりゃあもう、私もパニックよっ!? 一緒に戦った仲間は、もういない! 私が戦うしかない! どうしよう、どうしよう、どうしようってね……。なのに……なのにっ!!!」

「ッッッ……!」



 香月が、往年のヤンキーも裸足で逃げ出すような眼力で、俺を睨み上げてくる。

 ていうかコイツ、だから“イーリス”なんだよな?

 何かホラ……バチバチ言ってるんですけど?

 静電気で髪の毛が逆立ってませんか?

 ていうか姉ちゃん、そろそろ助けて欲しいんですけど……?

 何をそんな、微笑ましそうに見てますか?

 ひょっとして姉ちゃん、香月に同調してる……?



「……聞いてんの? ねぇ?」

「はいっ! はいはいはいはいっ、聞いてますよッ!」



 低く唸るようなその声に、俺は慌てて背筋を伸ばす。

 何コレ?

 何か全然、俺の予想と違う展開なんですけど?

 何で今、俺が香月に糾弾されてんの?



「私が一人、悩んで悩んで悩んで、そりゃもうハゲそうなくらい悩んで、不安と戦っている、その間に……」

「は、はいっ……ッ」

「その間に、どっかのアホ勇者が、その当の魔王とイチャコラしてたら……そりゃあもうブチキレるってもんでしょっ!! ねえっ!!!」

「はいはいはいはいっ! わかりました! ごめんなさいっ!」



 ああ、うん。これは駄目だ。

 下手な言い訳は絶対逆効果。


 てか、うん。

 香月の心情を考えれば、ちょっといろいろ可哀そうになってきた。

 いや、俺だって十分、可哀そうに値するはずなんだけどな?

 この一週間、俺がどれだけ魔王相手に奮闘してきたことか……。

 まあ、それをとうとうと語っても、香月は同情してくれそうにないけれどもさ。



「……まあ、そういう訳で」

「お、おう?」



 俺を睨みつけていた香月が、ふぅ……と息を吐いて力を抜く。

 うなだれるみたいにして、そっから俺を見上げて……ちょっちまた顔を背けて。



「え~、だからその、奏さんの対応はね、いろんな意味で、私の理想だったわけ。この一週間の私の苦労をねぎらうっていうのと……」

「いうのと?」

「だからその……前世の仲間との再会……みたいな?」

「……な~るほど。そういうことな」



 香月が目を逸らせたまま、ぶっきらぼうみたいな感じでそう言った。

 そこで、俺もようやく納得した。

 確かに、その気持ちは俺にもよく分かった。

 実を言うならば、俺だって空想していたことがある。

 前世の仲間と再会したら何て言おう……とかね。



(それを俺……姉ちゃんのことも、香月のことも、気付いてなかったんだもんなぁ……)



 いや、もちろん悪気はなかったよ?

 素で気付いてなかっただけだから。

 ただでも、悪気がなかった=悪くない、じゃあないしさ……。



「……なあ、香月」

「……何?」

「まあ、あれだ、その…………」

「……」

「これからも、よろしく?」

「……ふん」



 香月が、「今さら遅いんじゃ、アホ」みたいに鼻を鳴らす。

 けど、ちょっとは機嫌が直ったみたいだ。

 俺は、ホッと胸を撫で下ろした。

 そして……。



「さて? じゃあ、話を聞こうか?」

「ぁ……」

「私、詳しくは聞いてないんだもん。どうして今日、このメンバーで集まってるのかって、ね?」



 本題はちっとも片付いてないどころか、始まってすらいなかったことに、ようやく気が付いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ