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第58話 愛情こそ最高の隠し味


「むぅ……」

「どうしたよ?」

「緋冴のお弁当が、すごい女子力が高そう」

「ふふん、そうであろうとも」



 昼休み。

 何故かまた俺たちの席に移動してきた香月が、魔王の弁当を一目見て、そう言った。

 褒められた魔王は魔王で、得意そうに、ちょっとアゴを反らせるみたいにしていた。



「ひょっとしてそれ、自作だったりすんの?」

「当然だ」

「ぅぐぅ……」



 魔王の返答に、香月が胸を押さえるみたいにする。

 確かに、魔王の弁当はいかにも女の子っぽくって、俺から見ても可愛らしい。

 人参の茹でたヤツとかだって、わざわざ星形に繰り抜かれてあったりするし、彩りも全体的に鮮やかだ。


 対する香月のお弁当も、もちろん、ちゃんとしたものだ。

 ただ、華やかさには欠けているかもしれない。

 ぶっちゃけ、基本は昨夜のおかずで作りました感が強い。



「その反応からして、お前のは自作ではないようだな」

「いいでしょ、別に……お母さんに作ってもらったって」

「……お前、前の時から家事能力は低かったもんな。ていうか、大雑把?」

「ひ、人には向き不向きがあんの!」



 香月が顔を赤くして怒鳴り返してくる。

 確かに、向き不向きで言えば、香月……イーリスは派手にドッカン型だ。

 大規模魔法や高速連射で敵を殲滅とか、超得意。

 トリガー・ハッピーの気があるくらいな勢いだ。


 反面、細かい作業というか、料理などの割りに繊細な火力調整が求められる場面は苦手としていた。



「何か、料理は今でも俺の方が得意っぽいなぁ」

「くぅっ、コイツ……人の古傷を……ッ」



 香月が、さっきの魔王の指摘の時より強く、自分の胸を押さえて、涙目で俺を睨む。

 魔王が、「ん?」と、ちょっと首を傾げて俺の方を見てくるが、俺は笑って首を横に振った。

 まあ、武士の情けというところだ。



「で、でもそういうアンタだって、それはさすがに自作じゃないでしょ?」

「そりゃ、俺は男子だしなぁ」

「男女差別だ!」

「大げさだな、おい」



 呆れる俺に、それでも香月は「うーっ」と唸るようにして威嚇をしてくる。

 俺としてはもう、肩をすくめるしかない。



「いいからもう、サッサと食おうぜ? いただきまーす」

「うむ、そうだな。いただきます」

「……いただきます」



 そうして、三人それぞれ、自分のお弁当に箸をつけるのだが……。



「……アンタのお母さんって、マメなんだね」

「何で?」

「そのお弁当。私のより全然、手間かかってそうだし」

「ああ、いや、これはその……」

「悟のは、母の作ではないぞ。どうせ今日も、あの女のだろう」

「あのなぁ……そういう言い方はないだろうって、俺、前も言ったよな?」

「……ふん」



 まったく……ふてくされ魔王だな、コイツは。

 姉ちゃんと、ここまで噛み合わせが悪いとは思わなかったよ。

 聖女と魔王だからか?



「……ねえ、あの女って誰よ?」

「いや、あのな?」



 何で、コイツまでイラッてしてんの?

 俺が姉ちゃんに弁当を作ってもらうのは、そんなに罪なのか?



「あの女は、あの女だ。今は、悟の従姉ということだが……香月よ、お前には向こうの名前の方が通りが良かろう」

「へっ? 水嶋のお姉ちゃんも、転生者なの?」

「うむ。先ほど、名前も出ただろう。『聖女』ロゼッタ。それが、悟の従姉だ」

「はぁあああああっ!? 何それ!? ロゼッタが従姉!? てか、従姉が何でお弁当作ってんの!?」



 ガタンッと椅子から立ち上がってまで驚く香月。

 それはそれで予想どおりなんだけど……。

 何で、俺はこんなにゲンナリした気分になってるんだろう?

 自分でもよく分からんが……とりあえず、だ。



「だから、同居してんだよ、同居。それで、いろいろ世話になってんの」

「うっわ~……何それ? うっわ~……何それ? うっわ~……何それ?」

「何で三回も言うんだよっ」



「引くわ~」みたいに言われて、イラッとくる。

 いいじゃんか、別に。

 従姉の姉ちゃんと同居してて、お弁当を作ってもらってても!

 そりゃあ、自分でもアニメの世界みたいだな! とかツッコミ入れてみたくもあるけれども!

 やっぱりそういうのって、他人に言われるとイラッと来るな、うん。



「あ~、でもロゼッタか~。そう言われれば、そのお弁当も納得いくわ~」

「どういうことだ?」

「ロゼッタって昔っから、アシュタルの世話やき係だったところがあったからさ。ふ~ん……今も変わってないって訳かぁ……」

「……ふん。果たしてどうかな?」



 感慨深そうな香月に、魔王がイラッとした様子で応じる。

 だから、どうしてコイツはこんなに姉ちゃんを敵視するかな?

 乳か?

 やっぱり乳のサイズ・ヒエラルキーの問題なのか?

 だったら、香月を姉ちゃんに会わせるわけにいかないじゃん。



「……何だろう。何か私、ロゼッタに会うのが不安になってきたんだけど?」

「いや、姉ちゃんは普通に良い人だってば」

「お前の基準では、そうなるだろうな」

「何かされたのかよ、お前は? 姉ちゃんにさぁ」



 いちいち突っかかってくる魔王に、さすがにお手上げだ。

 魔王は「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らして、箸を置いた。



「それだ」

「どれ?」

「そのお弁当だ」

「は?」



 言われて俺は、自分の弁当(姉ちゃん作)を見下ろした。

 確かにまあ、男子高校生の弁当にしちゃあ彩りが華やかだけれども。

 見るからに美味しそうだし、実際、美味しいんですけど?



「前々から言おうと思っていたのだがな、悟? お前には、デリカシーというものが欠けている!」

「え、何で? そこは俺、割りに気を付けてるはずなんだけど?」



 いや、そこはマジで、ばあちゃんや姉ちゃんに厳しく言われてきてるし。



「だったら何故っ、お前は私の目の前で、あの女の作った弁当を美味しそうに食べるのだっ!」

「お、おう……?」



 え? 何コレ?

 何かスゴいイチャモンだよね?



「いや、だったらお前、俺に何を食べろと?」

「ふんっ」



 魔王は不機嫌さいっぱいに鼻を鳴らすと、自分の弁当と俺の弁当を交換してしまう。

 結果、俺の目の前には、こぢんまりした可愛らしいお弁当が……。



「いやいやいや、ちょっと待て。何でこうなる? これじゃあ俺が足りんだろうが」

「まずはそれを完食しろ。話はそれからだ」



 魔王はそう言うと、俺の弁当を勝手に食べ始める。

 それで「くっ……美味い……」とか言うんだから、アホではなかろうかと思う。



「どうした? 早く食べるがいい」

「お、おう……」



 頷いて俺は、箸を取り直す。

 が。

 ここで、ハタと気が付いた。



(これ、魔王の手作り弁当じゃね!?)



 マズいっっっ!!

 いや、もちろん弁当がマズいとかいう意味じゃなしに!


 アカンっ、何かまた、超緊張してきた!

 いきなりっ! いきなり手作り弁当て!?

 ちょっとそれ、やっぱりいきなりすぎるやろ!?

 普通はホラ、家庭科の授業で作ったクッキーとかちゃうのん!?

 それがいきなり手作り弁当て!

 間をいろいろ、すっ飛ばしすぎてるやんか!?

 サ行五段活用くらいに!



(しかもっ! しかもコレっ! 魔王の食べかけやんっ!?)



 いやいやいや、もちろん、それが汚いとかいう意味ちゃいますよ!?

 いわゆる!

 いわゆるっ、でもコレっ、間接チュー的な!?



(って! 俺は小学生かよ!?)



 ああっ、クッソ!

 そんなふうに自分にツッコミを入れられるのに!

 なのにっ、俺が箸を付けた弁当を魔王が食べてるのを見るだけで、何かすっごく背中がムズムズするぅうう!

 ぅおおおおっ、たまらんっ!

 何でこんな程度でドキドキしてるんだよっ、俺は!?

 俺はそんな、ママっ子だったって言うのかよ!?



「……へッ」



 ああっ、クソ!?

 香月が何かやさぐれ顔で、俺のことを鼻で笑ってるし!?

 ああっ、チクショウ!

 シチュエーションだけ見たら、さぞやリア充でしょうとも!

 でも、お前、だからくどいけど、相手は魔王なんだぞ!?

 おまけに、お前、万一……万一、姉ちゃんに、魔王と弁当を交換したなんてことが知れたら……!


 しかもしかもしかも!

 お前が言い出したんじゃねーか、香月!

 今日の放課後、魔王も一緒に姉ちゃんに会いに行こうって!

 ああっ、クソ!

 もうお前はバカヅキ決定だよ、こんチクショウ!



「どうした? 私の作った弁当は、食べれんと言うのか?」

「ッッッッッ!!!?? いっ、いやいやいやいやいやっ、もちろんいただきますですよ!? いっ、ただきま~す!」



 もはや、言い逃れも時間稼ぎもできず……。

 俺は覚悟を決めて、魔王の弁当に箸を伸ばした。

 そして……。



「……ッ……」

「………………ど、どうだ?」



 クッソ、だからこの魔王がっ!

 そんな、あざといくらい恥ずかしそうな上目遣いで、俺に感想を聞くんじゃねぇっ!



「ッ……あ、ッ、い、いや……うん。美味い、ぞ……?」

「そうか! 遠慮はいらんぞ? どんどん食べるがいい」

「あ、は、はい……」



 魔王に促され、とりあえず俺は、弁当を食べ進める。

 卵焼きがちょっとしょっぱいのは……きっと、俺の涙の味なんだろうな、うん。



 はい、そして、そこの香月さん。

 また「……ケッ」とか、そんなリア充を批難するような、やさぐれモードに入らないでください。

 私はですから、別にヘタレじゃないですってば。

 いや、マジで。


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