第57話 あからさまなフラグ
「ま、まあちょっと話を戻すとさ? やっぱり、前の実力があったら、特に荒事には有利な訳でしょ? 男だったら、余計にそういうの、ないの?」
「いや、でもお前、前の実力って、オーバーキル過ぎんじゃん。言っとくけど俺、そこそこ普通に……」
言いかけて、俺は言葉を切った。
魔王と視線を合わせる。
魔王も同じことを思い出していたらしく、俺に頷く。
そう。
この間の土曜日に会った、あのヤンキーモドキだ。
「何? 何かあったの?」
「いや、まあな?」
そこで俺は香月に、土曜日のことをかいつまんで話してやった。
ふんふんと頷きながら話を聞いていた香月が、最後になるほどと、もう一度大きく頷いた。
「へ~ぇ、なるほどねぇ? 土曜日に、魔王と休日デートだったんだぁ?」
「おい、コラ。食いつくとこ、ソコじゃねーだろ?」
「まったくだ。私のことは緋冴と呼べと、そう言っているではないか」
「そっちでもねぇよ!」
もうヤだっ、コイツら。
わざとだろ、絶対!
「まあまあ、いいでしょ? それで? 前世の能力だけを受け継いだヤンキーに絡まれた、と……」
「ああ。まあ、そういうことだよ」
「な~るほどねぇ……ちょっと面倒くさいなぁ……」
香月が、腕組みをして考えこむみたいにする。
ちなみに。
こういう時、姉ちゃんは、下から「よっこいしょ」と乳を持ち上げるみたいにする。
というか、そうしないと腕を組めない。
香月は別に、大丈夫らしい。
「おい、コラ。今、何を考えてた? うん?」
「いや~、べっつにぃ?」
「あぁっ、クソっ、むかつくっ! どうせ私は転生しても、胸のサイズはせいぜいCが限界よ!」
「安心しろ、香月。悟は胸の大きさで人を判断するような男ではないぞ?」
「私よりおっきいヤツに言われても、何の慰めにもなんないわよ!」
香月がちょっと、涙目で言い返す。
まあ、うん。
姉ちゃんと比べるのは、さすがに可愛そうだったな。
あの人はちょっと規格外だし、うん。
「んで? お前の胸の話は置いておいて。何が面倒くさいんだ?」
「クッ、まったく……。まあいいや。えっと、アレだ。そう、そもそも、この話をしたかったんだよね」
「どの話?」
「水嶋ってさぁ、私や魔……緋冴以外に、前世の知り合いって、いる?」
「ッ……」
ちょっと、答えに迷った。
いると言えば、もちろん、いる。姉ちゃんだ。
ただ、『聖女』ロゼッタが俺の姉(正確には従姉だけど)だってなったら、香月がまた、会わせろの何のと言いそうな気がして、それが面倒くさいなと思ってしまった。
「いるんだ」
「いや、いないとは言わないけど……」
「男? 女?」
「や、それは……」
「女だ。というか、お前も知っている相手だぞ? 『聖女』ロゼッタ。共に戦った仲間だろう」
「は?」
「おいっ!?」
えっ? 何で魔王が知ってんの?
俺、そんな説明したっけ? してないよな?
あれ? ひょっとして姉ちゃんと、眼と眼で通じあってたの、コイツ?
とか混乱する俺の隣では、香月が目をまん丸にして叫んでいた。
「はぁああああっ!? ロゼッタ、いんのっ!? こっちにっ!? 嘘っ!? どこっ!? どこで会ったのッ!?」
「おいっ、だからお前は声が……?」
大きい、と言いかけて、また言葉を切る。
周りは普通に、変わらずガヤガヤしていた。
「込み入った話になりそうだったのでな。外からは、こちらの様子は、普通に談笑しているようにしか見えないよう、細工をしておいた」
「ほ、ほう……」
そんな魔法があるなんてなぁ……。
やっぱり魔法って便利だなぁ。
アシュタルは、そういうのは使えなかったけど、こういうのを見ると、俺もやっぱり前世の力が欲しいとか思っちゃうぜ。
「“力が欲しいか……?”とか、誰か言ってくんねーかなぁ?」
「言いそうな奴に心当たりがあるから、面倒くさいんだよね~」
「は? どういうことよ?」
「いや、その前にロゼッタとはいつ、どこで会ったのよ? それを言えっつってんの」
「後で教えてやるから、そっちが先に言い出した話をしろよ。どこの誰が、俺に力をくれるってんだ?」
「ったくもう……」
香月は不服そうに言いながらも、身体を伸ばすようにして、こっちに顔を寄せてくる。
その雰囲気を察し、俺も魔王も、香月に顔を近づける。
「あのさぁ……聖導教団って、覚えてる?」
「そりゃまあな?」
聖導教団。
ハッキリ言って、面倒くさい連中だった。
いや、前の世界は神様がホントに存在する、多神教の世界だったんだけれども。
ほいでもって神様っていうのも、それこそ扱い的には日本の八百万の神というか、ギリシア神話の神様というか、まあ、人間くさい存在でもあったんだわな。
役割的には、世界というシステムを運営する管理権限を持った上位者、みたいなもんなんだけれどもさ。
そんな中でも、まあ力の強い神様というのはいるわけで。
で、その信者の中に、どうしたって狂信的というか、「うちの神様が一番!」「それを信じてる俺達が一番!」「うちの神様を信じてないお前たちは可哀想!」「そんな可哀想なお前たちを、俺達が正しく導いてやる!」というね。
もうホント、はた迷惑としか言いようのない連中がいたわけですよ。
その考え方も強硬的すぎるから、そこまで大きな派閥にはなってなかったけど。
「まさか、お前、こっちで会ったとか?」
「駅前で布教してた」
「マジか!? どこの新興宗教だよ!?」
「だよね? だよね? もうビックリ。しかも、コッチ風に、手相見せてくださいとか言われたしね!」
「わはははっ! 何だそりゃ? 今どき、まだ手相かよ? せめてオーラを見ろよ、オーラを」
いや、あんまり笑ってらんないけれども。
いや、でも、聖導教団が手相て……。
う~~ん……でも、コッチの世界に神様はいないんだけどなぁ?
それでも信心するとは、さすがと言うか何と言うか……。
「それで? 香月は見てもらったのか? 手相を」
「んな訳ないでしょ?」
若干、興味深そうな魔王に、香月は「ないない」と手を振った。
「ていうかね? 向こうはこっちに気付かなかったみたいなのよね。私の正体もそうだし、そもそも、私も転生者だってことにも」
「へ~。トロい奴がいたもんだな」
「ほ~? そんな面白いことを言うのは、この口か? うん? この口なのか?」
「ヒタヒヒタヒッ! やめほっ!」
香月に、グニッと頬を引っ張られる。
香月は、にっと笑ってから、俺の頬を放した。
俺は涙目で頬をさすりながら、香月を睨む。
と。
「ヒタヒヒタヒヒタヒッ! ちょっ!? なんれおまへまぇっ!?」
「うむ。何となく不公平を感じたのでな」
「ほぃいっ!?」
何でそんな理不尽な感覚で、頬をつねられなきゃならんのだ!
しかも魔王、「うむ」とか満足そうだし!
わけわかんないよ、コイツ!?
「まあ要するに、聖導教団に絡まれないように注意ねってコト。私が見たのは下っ端だったけど、ヘタしたら、ホントに組織だって動いてる可能性もあるんだから」
「だなぁ……。聖騎士クラスがいると、ホントに面倒そうだ。お前も気を付けろよ? お前をどうこうできる相手なんて、いやしないだろうけどさ」
「うむ。悟がそう言うなら、なるべく関わらないよう、気を付けていよう」
魔王が神妙に頷いた。
まあしかし、聖導教団かぁ……。
仮に、力を授けてくれるにしても、関わりたくはないよなぁ。
俺は何しろ、お盆にはお墓参りするし、ハロウィンにもクリスマスにもケーキを食べるし、除夜の鐘を聞いて初詣をする日本人だからな!
そういう戒律とか神の教えとかは、No Thank Youだ!
「という訳で! そういう連中に絡まれた時のためにも、水嶋は勇者の修行をやり直すべきだと思う!」
「いや、だからさぁ……? 修行相手いないじゃんか。お前、マジに俺にヤクザの事務所に特攻掛けさせるつもりかよ?」
「ふふん。いなけりゃ、作ればいいまでってね!」
香月が、得意気に胸を張る。
まあ、そうやっても大きさは変わらんのだが。
「おい、コラ。アンタはイチイチ、失礼なこと想像しなきゃいけない病か何かなわけ?」
「お前はイチイチ、ツッコミを入れなきゃ気が済まない病のようだな?」
「ふ、ふふふふふふふふふ……」
「く、くくくくくくくくく……」
互いに不敵な笑みを浮かべて、相手を威嚇する俺と香月。
だが、次の瞬間には、すぐに表情も姿勢も、元に戻した。
魔王がまた、恨みがましそうになりかけていたからだ。
ホンット、イチイチ、面倒くさい魔王だ。
おかげで、最近、俺の魔王ごきげんメーターの感度はビンビンだよ、まったく。
「それで? 作ればいいって?」
「私、前に試したんだけどさ。クリエイト・ゴーレムとかって、普通に使えるんだよね」
「へ~。そりゃまた」
「だから、それを相手にすれば完璧でしょ!」
「いや、お前、完璧じゃねーだろ? 人に見られたらどうすんのよ? ていうか、俺、ケガしたくねーし」
「そこは私に任せてもらおう」
うげっ。
何か魔王がノリノリなんですけど……?
「私が結界を張れば、外への影響も、外からの影響も受けないぞ。それに私なら、ゴーレムなど容易く捻り潰せる眷属を召喚することも可能だ!」
「いやっ、そんなの呼び出して、どうするつもりだよ!? 俺が死ぬだろ!? そんなの相手にしたら!」
「だっ、大丈夫だ! そうなる前に私が止めるし、ケガならもちろん、魔法で治療するとも!」
「てか、ロゼッタは? ロゼッタにも付き合ってもらえば、いよいよ完璧じゃない!」
「それは駄目だ。あの女を呼ぶことには、私は断固、反対する!」
「何で?」
「お前も、ひと目、あの女を見れば理解するはずだ」
「ふ~ん? じゃあ、今日の放課後はロゼッタ訪問てことで決定ね!」
「む……仕方あるまい」
いや、待て。
何でお前らだけで、勝手に俺の予定を決めてんの?
俺の意見は無視ですか、そうですか。
……てか、ホントに俺、修行させられんの?