第56話 勇者復活の夢を見るか?
「水嶋ってさ、ホントに勇者の力はないわけ?」
「ねーよ。言ったじゃん」
「いや、でもさぁ……」
一時間目の終わった休み時間。
俺はそんな感じのやり取りを、香月と交わしていた。
ていうかコイツ、互いに前世のことを確認しあっても今まで通りに、とか言ってたと思うんだが。
だったら、こうして話をするのも不自然なんだけど……。
まあ、細かいことをイチイチ気にしても仕方がない。
「俺が勇者の力を使えないと、何か問題あんのか?」
「問題っていうか……」
チラリと、香月の視線が、俺の隣の魔王に流れる。
「うん? 何だ?」
「い、いや、別に?」
香月は、すぐに視線を外す。
まあ、言いたいことは分かる。
魔王に対する抑止力というか、万一の時の対抗策がないのが心もとないというか不安というか、そういうことなんだろう。
だが、ないものはない。
人間、諦めが肝心だ。
「修行とかしたら、また勇者になったりとかってないの?」
「お前もこだわるなぁ。無理だって、無理」
「何で、そう言い切れんのよ?」
「アシュタルが勇者になるのに、どんだけの“修行”をしたか、お前、知ってんだろ?」
「ぅっ……」
もちろん、イーリスも詳しいところは知らない。
何しろ、アシュタルがイーリスとパーティを組むようになったのは、アシュタルがもう勇者と認められてからだったしな。
ただ、俺が言いたいのは、そういうことじゃあない。
そもそも、あの世界には……特にアシュタルには修行という概念があんまりなかった。
訓練=実戦、な勢いだ。
その中でアシュタルは生き残るすべを……敵を倒す実力を磨きあげていったわけだ。
多分、イーリスだって、魔法の基礎や理論は教わったり練習したりしただろうけど、それを戦闘でどう活かすかは、実戦で磨き上げてきたはずだ。
もちろん、本人の生まれ持っての才能も、大きく物をいっただろうけれども。
「それと同じレベルの修行って何だ? ヤクザの事務所に殴り込みでもかけんのか? それでもたんねーよ、きっと」
「あ~……じゃあ、警察署を襲撃して全国指名手配されるとかは?」
「本気で言ってたら、殴る前に病院に連れて行ってやろう」
「いやいや、冗談に決まってるでしょ」
ジト目で見つめる俺に、香月が苦笑を返してくる。
ちなみに香月は、俺の前の席に座っている。
そこに座っているクラスメートは、いつも休み時間になると、魔王オーラから離れて一息入れるので、今は空席だ。
ちなみに、俺にはそういう息抜きの時間は与えられていない。
「委員長は、悟に勇者になって欲しいのか?」
「……」
「どうした?」
「や……改めて気づいたんだけどさ。魔王に委員長って呼ばれる、この違和感はどうよ?」
「そんなん言われても知らんがな」
同意を求める香月に俺は、軽くあしらうように言い返す。
香月が、ちょっとむくれた。
そこへ魔王が、容赦ない追撃をかける。
「では、どうする? そういうことを言うなら、“イーリス”と呼んで――」
「断固拒否に決まってるでしょ、そんなの!」
「おい、声がデケーよ」
「ああ、ごめんごめん」
香月の強めなツッコミに、クラスの視線がちょっとこっちに集まってしまう。
ていうか、ただでさえ、珍しい三人組になってるっていうのに……。
「普通に香月でいいし、香月で。みんな、そう呼んでるから」
「そういえば、悟もそう呼んでいるな」
「そりゃあ何か、委員長ってのもアレだろ?」
「ふむ……分かった。では、私も香月と呼ぼう。改めてよろしく頼むぞ、香月」
「はいはい。お任せください、陛下」
「どうやらお前は、本音ではイーリスと呼んで欲しいようだな」
「冗談じゃない、冗談っ!」
香月が、ちょっと顔を赤くして、また声を上げる。
おかげで、またちょっとクラスの視線が集まった。
イーリスもそうだったんだけど……香月って割りに墓穴掘りっていうか、自爆ネタ使いな気がするなぁ。
人間の本質って、生まれ変わっても変わらないのか?
「それで? 香月は悟に、勇者であって欲しいのか?」
「欲しいっていう訳じゃないけどさ。変なのに絡まれた時、便利じゃん」
「変なの?」
香月の視線は、別に魔王を向いてはいなかった。
まあ、さすがに魔王を“変なの”呼ばわりはしないか。
だったら……。
「痴漢とか、そういう?」
「……」
「おい、何を露骨に目を逸らせてんだよ、コラ?」
「い、いや、別に?」
面白いくらいに怪しいな、コイツ。
どうせ、痴漢に電撃を喰らわせたとか、そんなことだろうけども。
「何をやったんだ、え? 正直に話せよ。ネタは上がってるんだぞ?」
「何で私が尋問受けてんのよ?」
「おぅ……何てひどい奴だ。いくら痴漢を働いたとはいえ、口に出せないような仕打ちを……」
「ちょっ!? そこまでのコトしてないし! ただ、ちょっとその……ッ、股間に電撃を、みたいな?」
「最悪だなっ、お前っ!? ピンポイントで、ソコ狙ったのかよっ!?」
「いいでしょっ、相手は痴漢だったんだし!」
「それでももうチョイ、手加減してやれよ!?」
聞いただけでも、つい股間を押さえそうになったよ、俺は!
ていうか痴漢も、相手を見てしろよな、まったく。
どう見てもコイツ、3倍返し上等なガチ・ファイター系じゃんか。
いや、魔法使いなんだけれどもさ。
……と、思ったけれども。
「何?」
「いんや」
外見的にはコイツ、おとなしめなんだよなぁ。
ホント、面倒見の良いっていうか、困ってる人を放っておけない委員長タイプっていうかさ。
まあ、メガネの影響もあるんだろうけれどさ。目つきの鋭さが軽減されてるっていうか。
それが、中身がイーリスだと知った今となっては……。
「何で、人の顔を見て溜息零しそうにしてんのよ?」
「諸行無常ってヤツだよ」
「意味分かんないわよ」
香月がちょっと、睨むみたいにしてくる。
何て言うか、うん。
こういうところももう、イーリスだ。
今までの香月のイメージが、ガラガラと崩れていく。
……まあ単に、俺がそれだけ“委員長”と付き合いがなかっただけ、でもあるんだろうけれども。
「まあ、いいじゃん。それより、お前はさすがに、痴漢……」
「どうした?」
「……いや、何でもない、うん」
一応、魔王にも聞いてみようと思ったけれど。
さすがに、魔王に痴漢するほどの勇者はいないわな。
ていうか、満員電車の中だろうが何だろうが、魔王オーラの結界は健在だろうし。
「どうした? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言え、悟。遠慮は無用だぞ?」
「いや、いいってば。聞くだけ無駄っぽいし」
「ほう? 香月には聞けても、この私には聞けないと、そういう訳だな?」
「ああ、もう、何でそういう言い方になるんだよ!?」
何か面倒くさいぞ、コイツ!?
香月一人が増えただけで、俺の手間が確実に2.5倍にはなってるよ!
「わかったわかった。要するに、お前は痴漢されたりしたことあんのかと、そういうのを聞こうと思ったんだよ」
「痴漢か、なるほど。だが、無論、その答えは否だ」
魔王がちょっと、得意気に胸を張るみたいにする。
「そもそも、この私が、許しもなく他人に身体を触れさせると思うか?」
「思わないから、聞いても無駄だって言ったんだよ」
「なるほど。悟も私のことを分かっているではないか」
魔王が嬉しそうというか、得意そうというか、勝ち誇る系な笑顔を見せる。
しかも、その視線がちょっと香月を見てる感じ?
何でお前、ここでイチイチ、香月と張り合おうとしてんだよ?
見ろ、香月はまだ魔王オーラの耐性が不十分なんだから、ちょっと頬がヒクついてんじゃん。
「だが、な……悟よ?」
「うん?」
「お前が触りたいと、言うのなら……やぶさかでない……ぞ?」
「「ブフォアッ!!」」
香月と俺は、同時に吹き出していた。
(アンタっ!? アンタアンタアンタアンタアンタっ!? 魔王にいったい、何したのよっ!? 生まれ変わっても、ヤってることは一緒なわけっ!?)
(誤解だ!! 俺は何もヤってねーよ!!)
(それが信用できないって言ってんのよ!! この下半身勇者が! やっぱりアンタの股間のエクスカリバー、焼き落とすしかないみたいね!!)
(未使用なのに、そんなことされて堪るか!!)
(えっ……!?)
しまったぁあっ、藪蛇だったぁっ!
クッソっ、もう知ったことかぁっ!
(ああっ、悪かったな! どうせ俺はアシュタルと違って、まだ童貞だよ! 彼女いない歴=年齢ですーだ!)
(あっ、ちょっ、ごめんってば! そんな涙目になんなくたっていいでしょっ!!)
(うっさい! お前に童貞の悲哀がわかって堪るかっ!)
(わっ、分かるわよ! 私だって、まだ処女だもんっ!)
(へ……?)
な、何なんだ、コイツはいきなり!?
何で俺と香月は、互いに童貞と処女をアピールし合ってるんだよ!?
何なの、コレ!?
わけわかんないよ!?
「悟は……」
「「ッッッ!!??」」
魔王の声は、ちょっと泣きそうだった。
にも関わらず、俺と香月はビクッッと大げさなくらい、身体を跳ねさせていた。
「悟は、私より香月の尻を触りたいのか?」
「いつ! 誰が! そんな話をしたよ!?」
「だ、だいたい、私がコイツに触らせるはずないでしょっ!?」
「では、私の尻なら……どうだ?」
「だからお前は、何でそうなるんだよ!? わけわかんねーよっ、マジでっ!」
「……触りたくはない……のか?」
「超触りたいですっ!!」
「ふ、ふふふ……まったく、しようのない奴だな、悟は」
反射的に叫んだ俺に、魔王が恥ずかしそうに笑う。
なのに……何だろう、この……汚れちまった気分は……。
俺は、魔王からちょっと顔を背けて、涙を拭うふりをする。
うんうん、よしよしと、香月が分かってるから、みたいな同情の目で俺を見ていた。