表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/74

第56話 勇者復活の夢を見るか?


「水嶋ってさ、ホントに勇者の力はないわけ?」

「ねーよ。言ったじゃん」

「いや、でもさぁ……」



 一時間目の終わった休み時間。

 俺はそんな感じのやり取りを、香月と交わしていた。


 ていうかコイツ、互いに前世のことを確認しあっても今まで通りに、とか言ってたと思うんだが。

 だったら、こうして話をするのも不自然なんだけど……。

 まあ、細かいことをイチイチ気にしても仕方がない。



「俺が勇者の力を使えないと、何か問題あんのか?」

「問題っていうか……」



 チラリと、香月の視線が、俺の隣の魔王に流れる。



「うん? 何だ?」

「い、いや、別に?」



 香月は、すぐに視線を外す。

 まあ、言いたいことは分かる。

 魔王に対する抑止力というか、万一の時の対抗策がないのが心もとないというか不安というか、そういうことなんだろう。

 だが、ないものはない。

 人間、諦めが肝心だ。



「修行とかしたら、また勇者になったりとかってないの?」

「お前もこだわるなぁ。無理だって、無理」

「何で、そう言い切れんのよ?」

「アシュタルが勇者になるのに、どんだけの“修行”をしたか、お前、知ってんだろ?」

「ぅっ……」



 もちろん、イーリスも詳しいところは知らない。

 何しろ、アシュタルがイーリスとパーティを組むようになったのは、アシュタルがもう勇者と認められてからだったしな。

 ただ、俺が言いたいのは、そういうことじゃあない。


 そもそも、あの世界には……特にアシュタルには修行という概念があんまりなかった。

 訓練=実戦、な勢いだ。

 その中でアシュタルは生き残るすべを……敵を倒す実力を磨きあげていったわけだ。


 多分、イーリスだって、魔法の基礎や理論は教わったり練習したりしただろうけど、それを戦闘でどう活かすかは、実戦で磨き上げてきたはずだ。

 もちろん、本人の生まれ持っての才能も、大きく物をいっただろうけれども。



「それと同じレベルの修行って何だ? ヤクザの事務所に殴り込みでもかけんのか? それでもたんねーよ、きっと」

「あ~……じゃあ、警察署を襲撃して全国指名手配されるとかは?」

「本気で言ってたら、殴る前に病院に連れて行ってやろう」

「いやいや、冗談に決まってるでしょ」



 ジト目で見つめる俺に、香月が苦笑を返してくる。

 ちなみに香月は、俺の前の席に座っている。

 そこに座っているクラスメートは、いつも休み時間になると、魔王オーラから離れて一息入れるので、今は空席だ。

 ちなみに、俺にはそういう息抜きの時間は与えられていない。



「委員長は、悟に勇者になって欲しいのか?」

「……」

「どうした?」

「や……改めて気づいたんだけどさ。魔王に委員長って呼ばれる、この違和感はどうよ?」

「そんなん言われても知らんがな」



 同意を求める香月に俺は、軽くあしらうように言い返す。

 香月が、ちょっとむくれた。

 そこへ魔王が、容赦ない追撃をかける。



「では、どうする? そういうことを言うなら、“イーリス”と呼んで――」

「断固拒否に決まってるでしょ、そんなの!」

「おい、声がデケーよ」

「ああ、ごめんごめん」



 香月の強めなツッコミに、クラスの視線がちょっとこっちに集まってしまう。

 ていうか、ただでさえ、珍しい三人組になってるっていうのに……。



「普通に香月でいいし、香月で。みんな、そう呼んでるから」

「そういえば、悟もそう呼んでいるな」

「そりゃあ何か、委員長ってのもアレだろ?」

「ふむ……分かった。では、私も香月と呼ぼう。改めてよろしく頼むぞ、香月」

「はいはい。お任せください、陛下」

「どうやらお前は、本音ではイーリスと呼んで欲しいようだな」

「冗談じゃない、冗談っ!」



 香月が、ちょっと顔を赤くして、また声を上げる。

 おかげで、またちょっとクラスの視線が集まった。

 イーリスもそうだったんだけど……香月って割りに墓穴掘りっていうか、自爆ネタ使いな気がするなぁ。

 人間の本質って、生まれ変わっても変わらないのか?



「それで? 香月は悟に、勇者であって欲しいのか?」

「欲しいっていう訳じゃないけどさ。変なのに絡まれた時、便利じゃん」

「変なの?」



 香月の視線は、別に魔王を向いてはいなかった。

 まあ、さすがに魔王を“変なの”呼ばわりはしないか。

 だったら……。



「痴漢とか、そういう?」

「……」

「おい、何を露骨に目を逸らせてんだよ、コラ?」

「い、いや、別に?」



 面白いくらいに怪しいな、コイツ。

 どうせ、痴漢に電撃を喰らわせたとか、そんなことだろうけども。



「何をやったんだ、え? 正直に話せよ。ネタは上がってるんだぞ?」

「何で私が尋問受けてんのよ?」

「おぅ……何てひどい奴だ。いくら痴漢を働いたとはいえ、口に出せないような仕打ちを……」

「ちょっ!? そこまでのコトしてないし! ただ、ちょっとその……ッ、股間に電撃を、みたいな?」

「最悪だなっ、お前っ!? ピンポイントで、ソコ狙ったのかよっ!?」

「いいでしょっ、相手は痴漢だったんだし!」

「それでももうチョイ、手加減してやれよ!?」



 聞いただけでも、つい股間を押さえそうになったよ、俺は!

 ていうか痴漢も、相手を見てしろよな、まったく。

 どう見てもコイツ、3倍返し上等なガチ・ファイター系じゃんか。

 いや、魔法使いなんだけれどもさ。

 ……と、思ったけれども。



「何?」

「いんや」



 外見的にはコイツ、おとなしめなんだよなぁ。

 ホント、面倒見の良いっていうか、困ってる人を放っておけない委員長タイプっていうかさ。

 まあ、メガネの影響もあるんだろうけれどさ。目つきの鋭さが軽減されてるっていうか。

 それが、中身がイーリスだと知った今となっては……。



「何で、人の顔を見て溜息零しそうにしてんのよ?」

「諸行無常ってヤツだよ」

「意味分かんないわよ」



 香月がちょっと、睨むみたいにしてくる。

 何て言うか、うん。

 こういうところももう、イーリスだ。

 今までの香月のイメージが、ガラガラと崩れていく。

 ……まあ単に、俺がそれだけ“委員長”と付き合いがなかっただけ、でもあるんだろうけれども。



「まあ、いいじゃん。それより、お前はさすがに、痴漢……」

「どうした?」

「……いや、何でもない、うん」



 一応、魔王にも聞いてみようと思ったけれど。

 さすがに、魔王に痴漢するほどの勇者はいないわな。

 ていうか、満員電車の中だろうが何だろうが、魔王オーラの結界は健在だろうし。



「どうした? 言いたいことがあるなら、ハッキリ言え、悟。遠慮は無用だぞ?」

「いや、いいってば。聞くだけ無駄っぽいし」

「ほう? 香月には聞けても、この私には聞けないと、そういう訳だな?」

「ああ、もう、何でそういう言い方になるんだよ!?」



 何か面倒くさいぞ、コイツ!?

 香月一人が増えただけで、俺の手間が確実に2.5倍にはなってるよ!



「わかったわかった。要するに、お前は痴漢されたりしたことあんのかと、そういうのを聞こうと思ったんだよ」

「痴漢か、なるほど。だが、無論、その答えは否だ」



 魔王がちょっと、得意気に胸を張るみたいにする。



「そもそも、この私が、許しもなく他人に身体を触れさせると思うか?」

「思わないから、聞いても無駄だって言ったんだよ」

「なるほど。悟も私のことを分かっているではないか」



 魔王が嬉しそうというか、得意そうというか、勝ち誇る系な笑顔を見せる。

 しかも、その視線がちょっと香月を見てる感じ?

 何でお前、ここでイチイチ、香月と張り合おうとしてんだよ?

 見ろ、香月はまだ魔王オーラの耐性が不十分なんだから、ちょっと頬がヒクついてんじゃん。



「だが、な……悟よ?」

「うん?」

「お前が触りたいと、言うのなら……やぶさかでない……ぞ?」

「「ブフォアッ!!」」



 香月と俺は、同時に吹き出していた。



(アンタっ!? アンタアンタアンタアンタアンタっ!? 魔王にいったい、何したのよっ!? 生まれ変わっても、ヤってることは一緒なわけっ!?)

(誤解だ!! 俺は何もヤってねーよ!!)

(それが信用できないって言ってんのよ!! この下半身勇者が! やっぱりアンタの股間のエクスカリバー、焼き落とすしかないみたいね!!)

(未使用なのに、そんなことされて堪るか!!)

(えっ……!?)



 しまったぁあっ、藪蛇だったぁっ!

 クッソっ、もう知ったことかぁっ!



(ああっ、悪かったな! どうせ俺はアシュタルと違って、まだ童貞だよ! 彼女いない歴=年齢ですーだ!)

(あっ、ちょっ、ごめんってば! そんな涙目になんなくたっていいでしょっ!!)

(うっさい! お前に童貞の悲哀がわかって堪るかっ!)

(わっ、分かるわよ! 私だって、まだ処女だもんっ!)

(へ……?)



 な、何なんだ、コイツはいきなり!?

 何で俺と香月は、互いに童貞と処女をアピールし合ってるんだよ!?

 何なの、コレ!?

 わけわかんないよ!?



「悟は……」

「「ッッッ!!??」」



 魔王の声は、ちょっと泣きそうだった。

 にも関わらず、俺と香月はビクッッと大げさなくらい、身体を跳ねさせていた。



「悟は、私より香月の尻を触りたいのか?」

「いつ! 誰が! そんな話をしたよ!?」

「だ、だいたい、私がコイツに触らせるはずないでしょっ!?」

「では、私の尻なら……どうだ?」

「だからお前は、何でそうなるんだよ!? わけわかんねーよっ、マジでっ!」

「……触りたくはない……のか?」

「超触りたいですっ!!」

「ふ、ふふふ……まったく、しようのない奴だな、悟は」



 反射的に叫んだ俺に、魔王が恥ずかしそうに笑う。

 なのに……何だろう、この……汚れちまった気分は……。

 俺は、魔王からちょっと顔を背けて、涙を拭うふりをする。

 うんうん、よしよしと、香月が分かってるから、みたいな同情の目で俺を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ