第53話 呼んでいいですか、轟雷さん?
勇者アシュタルには、魔王討伐という目的を同じにする旅の仲間がいた。
一人は、『聖女』ロゼッタ。
癒しの技に秀でた、心優しき乙女。
まあ、姉ちゃんだ。
一人は、『轟雷』のイーリス。
雷系の魔法を得意とするというか、感情が高ぶると放電までしちゃうという、はた迷惑な女魔法使いだ。
それが、委員長――香月千里だということ、らしい。
「ふ~~ん……でも、お前がなぁ……」
「ホンットに、気付いてなかったの?」
「超全然」
「……あっそ」
香月が何か、面白くなさそうに相づちを打ってくる。
何で?
気付いてなきゃならんかったのか?
いや、でもだからさぁ?
前の世界って基本、言うならばヨーロッパ系だったわけですよ?
そりゃ、雑多な人種にまみれてて、一概にはどこ系って言えなかったけれどもさ。
もちろん、獣人とか、そういう系統もけっこういたし。
その中でも、アジア系は珍しかったわけ。
もちろん俺も、ロゼッタやイーリスもヨーロッパ系だったの。
それがお前、現代日本に転生して、何でそんな簡単に見分けられるんだよ?
(これが噂のソウルメイトって奴か……?)
そう思った瞬間、ブルッと身体が震えてしまう。
「なに、嫌そうな顔してんの?」
「……いや、うん……まあ、ちょっと……」
何か、鳥肌の立つ単語だよな、ソウルメイトって……。
ちょっとそろそろ、遠慮してもらいたくなってきたよ……。
ただでさえ俺、魔王一人でも持て余してんのに……。
そこに姉ちゃんまでいて、おまけに香月?
無理無理無理無理無~理無理。
しかも、魔王と敵対なんて、絶対にお断りする。
ということで、その方向に話を持って行こう!
「んで? 香月がイーリスなのは理解したけど、それで何がしたいわけ?」
「何がって、魔王に決まってるでしょ~が。どうすんのよ、アレ」
「どうするって……今までどおりに付き合う以外に、何があるってんだ?」
「……討伐、とか?」
「アホ」
「何よそれ!」
香月が食って掛かるが、気にしない。
だいたい、自分で「討伐」って言った時、その前に“……”が付いてたしな。
「まず第一に、俺には勇者の能力がない」
「そ、れはでもっ、これから頑張ったら開花するかも!」
「第二に、仲間が足りない。俺達のパーティは、何人だったよ、ええ?」
「ぅぐっ……そ、それだって探せばきっと!」
……まあ、探せば見つかるかも、しれない。
現に、『聖女』ロゼッタはいるわけだしな。
けど、俺は探そうとは思わない。
何故ならば。
「第三に、どういう名目で魔王と戦うつもりなんだよ?」
「名目って……ッ、魔王を討つのに理由なんて!」
「そりゃ、前の世界の話だろ? 確かに、向こうじゃ魔王は災厄の源だったともさ。でも、今はどうだ? ええ?」
「ッ……」
香月がちょっと、虚を衝かれたとでも言うのかな? 息を呑むっていうか、眼を見張るみたいになった。
俺は、上から見下ろすみたいな感じで先を続けた。
「魔王には、高城緋冴っていう、この世界での身分がある。それを討つっていうことは、普通に殺人だ。その覚悟と理由が、お前にはあるのか? 言っとくけど、俺にはないぞ?」
「……ッ……で、でも……でも……!」
「女子高生がクラスメートを惨殺! “あいつは魔王だから”と供述! マスコミが喜びそうだなぁ? お前の家族が、今から気の毒だよ、俺は」
「そんな言い方――!」
「どういう言い方しようが、そういうコトにしかなんないって言ってんの」
「ッ……ッッッ!」
香月が、メッチャ俺を睨んでくる。
しかも何か、涙ぐんでるし。
けど……。
それで言い返してこないってことは、頭では分かってんだろうな、きっと。
なんだ、やるじゃん、香月。
「だからな? もしアイツが、高城緋冴がこの世界でも魔王になったら、そん時は俺も頑張るよ。でも今は、違うだろ?」
「それは、そう、だ……けど……」
「わかるよ? いや、お前の前世の記憶がどの程度かわかんないけど、あの魔王が同じクラスにいるって、信じらんないよな? わけわかんないよな?」
「……ッ……」
「けどさ、それ、前世の話じゃん。そこはもう、割り切ろうってか、水に流そうってかじゃねーの?」
「……ッ……ッッ…………」
香月は、何かに耐えるみたいに唇を噛んで、俺を睨むみたいにしてくる。
いや、でも俺の考え方は間違ってない、はず。
もちろん、断じて保身のためでもない。
いや、うん。
魔王と戦いたくないってのはもちろん、本音中の本音だけれどもさ。
それは置いておいても、前世で悪いことをしたんだから、今の人生でもお前はひどい目に遭うべきだってのは、割りに理不尽なんじゃねーかなぁ?
そりゃあ、こっちにも向こうにも記憶があるから、その辺はなかなかに面倒だとは思うけどさ。
そう簡単には、割り切れないとは思うけどさ。
「……何か、腹立つ」
「何で?」
「あのアシュタルに、正論ぶたれてるって思うと、そりゃ腹も立つってもんよ」
「何気にひどいな、お前。てか、アシュタルって割りに口も立つ方だったじゃん」
「だから余計に腹が立つって言ってんじゃん、馬鹿」
「何でぇ?」
「うっさい、バーカ」
「はぁあ!?」
何コイツ?
何かすっげぇ今、イラっときたんですけど?
ていうか香月って、こういうキャラだったの?
……いや……ていうか……。
なるほど、今、妙に納得してしまった。
こういう逆切れっていうか、ふてくされっぷりっていうかは……メッチャ、イーリスっぽいよ……。
「……はぁぁぁ……」
「何だよ?」
「水嶋ってさ、何か予想以上にアシュタルだわ。アシュタルの生まれ変わりってのを、今、ホントに実感した」
「へぇ」
なにか知らんが、香月も同じ感じだったっぽいぞ?
「でも、何で? てか、どこで? 今、そういうのあったか?」
「あったの、私には」
「ああ、はいはい。さようですか」
こういう時のイーリスには、あまり深く絡まないに限る。
と、俺の“アシュタルの記憶”が告げている。
それで何となく、俺も香月も黙っていた。
「……」
「……」
香月は俺の方を見ず、屋上のフェンスの向こうを、ちょっと睨むみたいな目で見ていた。
その、メガネを外した横顔を見ていると……。
確かに、うん。イーリスって感じがする。
不思議なもので、一度そう認識すると、もうそうとしか思えない。
どうして今まで気付かなかったんだろうっていうくらいに、香月はイーリスだ。
(でも……俺が“=アシュタル”でないように、きっと香月も“=イーリス”じゃない……とは思うんだ)
外見が似ていようとも。
いくら、その魂が同じであろうとも。
その記憶と能力を引き継いでいようとも。
この17年という人生が、香月を香月たらしめている……と思うんだけど、どうだろう?
「……よし、まあいいや、うん。頑張ろう!」
「お? どうしたよ?」
「や、何か腹立たしいけど、水嶋の方に分があるなと思ってさ」
「なるほど?」
ということは、香月は俺と同じ考えに至ったってことかな?
よしよし。いいことだ。
これでもう、魔王と戦えなんて言われないに違いない。
「じゃあまあ、とりあえず、私は私で、今までどおりのスタンスでいればいいわけね?」
「そうなるな。ま、魔王のことはとりあえず、任せておいてくれ」
「ん……分かった」
香月はそう言って、小さく頷いた。
けど……ちょっと何か、寂しそう? 的な?
まさか、魔王と絡みたいのか、コイツ?
そういうのは、俺のいない時にやってくれ。
絶対、こっちにとばっちりが来そうだしな。
「よし。じゃあ、もういいな? 俺、教室に戻るぞ」
「オッケー。ああ、あと、一応、釘を差しとくけど、私とアンタの関係も、今までどおりだからね?」
「は? 当たり前じゃん」
「ッ……わ、分かってるけど! 一応って言ったじゃん、一応って!」
相変わらずの逆ギレ野郎だな、香月・イーリス・シュバイツハルトは。
まあ、シュバイツハルトって誰だよってところだけど。
「はいはい、了解です。間違ってもイーリスなんて呼びかけねーよ、MY ソウルメイト」
「鳥肌立つようなこと言わないでよね! ていうかだから、そういう馴れ馴れしいネタ振りも禁止って言ってんの! 私たち、そういう関係じゃなかったでしょーが!」
「ああ、言われてみればそうだな。でも、今のくらいはいいんじゃねーの? クラスメートなんだしさ。だろ? 轟雷さん」
「おちょくってんのかっ!!」
「おわっとっ!?」
バリってっ!
バリって静電気じゃなしに、放電がっ!?
まったく……さすがにイーリスが前世なだけあるな、香月。
あ~、でも。
そういやあアシュタルも、昔、よくこんなふうに、イーリスをからかって遊んでたっけなぁ……?
そいでイーリスは、割りにすぐブチ切れるんだけど、アシュタルが……ッッッ!!??
「ぅおあぁあああああああっっ!!??」
「ッ!? な、何よ、急にっ?」
「思いっ、ッッッ、出したぁああああっ!!??」
「だっ、だから何を?」
「ッッッ!!??」
「なっ、何なのよっ!?」
マズいマズいマズいマズいマズいっ!?
香月は覚えてないのかっ!?
アシュタルとイーリスって、“そういう関係”だったじゃんっ!?
なんだかんだ言いつつも、イーリスは、アシュタルによく懐いてて……ッ!
アシュタルの女関係に溜息つきながらも、その……!!
だから、アシュタルがイーリスをおちょくるのも、その後のスキンシップ的な何かへの前振り、みたいな……!!
(ぅおおおおおっ、アシュタルっ! なんちゅうことをしてくれとんじゃぁああああっ!!)
その相手がクラスメートって、それなんてエロゲ!?
マズいっ、メッチャ緊張してきた!
心臓がバックバクですよ!
ああっ、クソッ! 悪かったな、童貞でっ!!
「……ふ、ふふ……ふふふふふふふふ……」
「……う、うん……?」
俺が一人で焦りまくっていたら、何故か香月が笑い出した。
それがでも……メッチャ不穏な空気で……。
しかも……しかも、パリパリッて、手の辺りで放電……?
「あ、あの……ッ……香月、さん……?」
「ふ、ふふ……ふふふふふ……どうやら、思い出しちゃいけないことまで……思い出したって感じ?」
「え……? あ、いや、あの……そんな、ことは……」
香月がジリ……と、俺に近づいてくる。
俺は香月に向き合ったまま、後ずさる。
香月が、にっこりと微笑んだ。
「どこへ、行くのかなぁ? 水嶋く~ん?」
「いや、あの……だから、教室、に……」
「ふ~ん……? でも、その前に……することがあるよねぇ?」
「……す、することって……?」
俺は、ゴクリとツバを飲む。
それを合図にしたみたいに、香月の手からバリバリッと放電が始まる!
「決まってんでしょーがっ! アンタの記憶っ、抹消してやるぅうううううっ!!」
「アホーーーーーーッ!!!!???」
涙目になった香月が、雷をまとわせた腕を大きく振りかぶる!
その右手が、いよいよ直視できないほどに輝き出す!
そして……!!
「ッッッッッ!!??」
巨大な稲妻が、地上から天空へと駆け上がる。
空気が引き裂かれ、まるで龍の雄叫びのような爆音が響く。
けれども……。
「さすがに、人に向けて撃つほど愚かではなかったか」
「……ふん……」
背後から、ちょっと感心したような、面白がっているような声が聞こえてきた。
一方の香月は、まったくもって面白くない、と言わんばかりに鼻を鳴らす。
俺は……。
床にへたり込んでいた俺は、首を後ろに倒して、背後の人物を見上げる。
「……よ、よう……」
「お前と一緒にいると、思わぬ再会が多くて楽しいな、悟」
そう言って魔王は、ホントに楽しそうに笑っていた。
その魔王のパンツがちょっと見えて、俺は慌てて立ち上がった。
ちなみに白……だったと思う。