表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/74

第53話 呼んでいいですか、轟雷さん?


 勇者アシュタルには、魔王討伐という目的を同じにする旅の仲間がいた。

 一人は、『聖女』ロゼッタ。

 癒しの技に秀でた、心優しき乙女。

 まあ、姉ちゃんだ。



 一人は、『轟雷』のイーリス。

 雷系の魔法を得意とするというか、感情が高ぶると放電までしちゃうという、はた迷惑な女魔法使いだ。

 それが、委員長――香月千里だということ、らしい。




「ふ~~ん……でも、お前がなぁ……」

「ホンットに、気付いてなかったの?」

「超全然」

「……あっそ」



 香月が何か、面白くなさそうに相づちを打ってくる。

 何で?

 気付いてなきゃならんかったのか?


 いや、でもだからさぁ?

 前の世界って基本、言うならばヨーロッパ系だったわけですよ?

 そりゃ、雑多な人種にまみれてて、一概にはどこ系って言えなかったけれどもさ。

 もちろん、獣人とか、そういう系統もけっこういたし。

 その中でも、アジア系は珍しかったわけ。

 もちろん俺も、ロゼッタやイーリスもヨーロッパ系だったの。

 それがお前、現代日本に転生して、何でそんな簡単に見分けられるんだよ?



(これが噂のソウルメイトって奴か……?)



 そう思った瞬間、ブルッと身体が震えてしまう。



「なに、嫌そうな顔してんの?」

「……いや、うん……まあ、ちょっと……」



 何か、鳥肌の立つ単語だよな、ソウルメイトって……。

 ちょっとそろそろ、遠慮してもらいたくなってきたよ……。

 ただでさえ俺、魔王一人でも持て余してんのに……。

 そこに姉ちゃんまでいて、おまけに香月?

 無理無理無理無理無~理無理。

 しかも、魔王と敵対なんて、絶対にお断りする。

 ということで、その方向に話を持って行こう!



「んで? 香月がイーリスなのは理解したけど、それで何がしたいわけ?」

「何がって、魔王に決まってるでしょ~が。どうすんのよ、アレ」

「どうするって……今までどおりに付き合う以外に、何があるってんだ?」

「……討伐、とか?」

「アホ」

「何よそれ!」



 香月が食って掛かるが、気にしない。

 だいたい、自分で「討伐」って言った時、その前に“……”が付いてたしな。



「まず第一に、俺には勇者の能力がない」

「そ、れはでもっ、これから頑張ったら開花するかも!」

「第二に、仲間が足りない。俺達のパーティは、何人だったよ、ええ?」

「ぅぐっ……そ、それだって探せばきっと!」



 ……まあ、探せば見つかるかも、しれない。

 現に、『聖女』ロゼッタはいるわけだしな。

 けど、俺は探そうとは思わない。

 何故ならば。



「第三に、どういう名目で魔王と戦うつもりなんだよ?」

「名目って……ッ、魔王を討つのに理由なんて!」

「そりゃ、前の世界の話だろ? 確かに、向こうじゃ魔王は災厄の源だったともさ。でも、今はどうだ? ええ?」

「ッ……」



 香月がちょっと、虚を衝かれたとでも言うのかな? 息を呑むっていうか、眼を見張るみたいになった。

 俺は、上から見下ろすみたいな感じで先を続けた。



「魔王には、高城緋冴っていう、この世界での身分がある。それを討つっていうことは、普通に殺人だ。その覚悟と理由が、お前にはあるのか? 言っとくけど、俺にはないぞ?」

「……ッ……で、でも……でも……!」

「女子高生がクラスメートを惨殺! “あいつは魔王だから”と供述! マスコミが喜びそうだなぁ? お前の家族が、今から気の毒だよ、俺は」

「そんな言い方――!」

「どういう言い方しようが、そういうコトにしかなんないって言ってんの」

「ッ……ッッッ!」



 香月が、メッチャ俺を睨んでくる。

 しかも何か、涙ぐんでるし。

 けど……。

 それで言い返してこないってことは、頭では分かってんだろうな、きっと。

 なんだ、やるじゃん、香月。



「だからな? もしアイツが、高城緋冴がこの世界でも魔王になったら、そん時は俺も頑張るよ。でも今は、違うだろ?」

「それは、そう、だ……けど……」

「わかるよ? いや、お前の前世の記憶がどの程度かわかんないけど、あの魔王が同じクラスにいるって、信じらんないよな? わけわかんないよな?」

「……ッ……」

「けどさ、それ、前世の話じゃん。そこはもう、割り切ろうってか、水に流そうってかじゃねーの?」

「……ッ……ッッ…………」



 香月は、何かに耐えるみたいに唇を噛んで、俺を睨むみたいにしてくる。

 いや、でも俺の考え方は間違ってない、はず。

 もちろん、断じて保身のためでもない。


 いや、うん。

 魔王と戦いたくないってのはもちろん、本音中の本音だけれどもさ。

 それは置いておいても、前世で悪いことをしたんだから、今の人生でもお前はひどい目に遭うべきだってのは、割りに理不尽なんじゃねーかなぁ?

 そりゃあ、こっちにも向こうにも記憶があるから、その辺はなかなかに面倒だとは思うけどさ。

 そう簡単には、割り切れないとは思うけどさ。



「……何か、腹立つ」

「何で?」

「あのアシュタルに、正論ぶたれてるって思うと、そりゃ腹も立つってもんよ」

「何気にひどいな、お前。てか、アシュタルって割りに口も立つ方だったじゃん」

「だから余計に腹が立つって言ってんじゃん、馬鹿」

「何でぇ?」

「うっさい、バーカ」

「はぁあ!?」



 何コイツ?

 何かすっげぇ今、イラっときたんですけど?

 ていうか香月って、こういうキャラだったの?


 ……いや……ていうか……。

 なるほど、今、妙に納得してしまった。

 こういう逆切れっていうか、ふてくされっぷりっていうかは……メッチャ、イーリスっぽいよ……。



「……はぁぁぁ……」

「何だよ?」

「水嶋ってさ、何か予想以上にアシュタルだわ。アシュタルの生まれ変わりってのを、今、ホントに実感した」

「へぇ」



 なにか知らんが、香月も同じ感じだったっぽいぞ?



「でも、何で? てか、どこで? 今、そういうのあったか?」

「あったの、私には」

「ああ、はいはい。さようですか」



 こういう時のイーリスには、あまり深く絡まないに限る。

 と、俺の“アシュタルの記憶”が告げている。

 それで何となく、俺も香月も黙っていた。



「……」

「……」



 香月は俺の方を見ず、屋上のフェンスの向こうを、ちょっと睨むみたいな目で見ていた。

 その、メガネを外した横顔を見ていると……。

 確かに、うん。イーリスって感じがする。


 不思議なもので、一度そう認識すると、もうそうとしか思えない。

 どうして今まで気付かなかったんだろうっていうくらいに、香月はイーリスだ。



(でも……俺が“=アシュタル”でないように、きっと香月も“=イーリス”じゃない……とは思うんだ)



 外見が似ていようとも。

 いくら、その魂が同じであろうとも。

 その記憶と能力を引き継いでいようとも。

 この17年という人生が、香月を香月たらしめている……と思うんだけど、どうだろう?



「……よし、まあいいや、うん。頑張ろう!」

「お? どうしたよ?」

「や、何か腹立たしいけど、水嶋の方に分があるなと思ってさ」

「なるほど?」



 ということは、香月は俺と同じ考えに至ったってことかな?

 よしよし。いいことだ。

 これでもう、魔王と戦えなんて言われないに違いない。



「じゃあまあ、とりあえず、私は私で、今までどおりのスタンスでいればいいわけね?」

「そうなるな。ま、魔王のことはとりあえず、任せておいてくれ」

「ん……分かった」



 香月はそう言って、小さく頷いた。

 けど……ちょっと何か、寂しそう? 的な?

 まさか、魔王と絡みたいのか、コイツ?

 そういうのは、俺のいない時にやってくれ。

 絶対、こっちにとばっちりが来そうだしな。



「よし。じゃあ、もういいな? 俺、教室に戻るぞ」

「オッケー。ああ、あと、一応、釘を差しとくけど、私とアンタの関係も、今までどおりだからね?」

「は? 当たり前じゃん」

「ッ……わ、分かってるけど! 一応って言ったじゃん、一応って!」



 相変わらずの逆ギレ野郎だな、香月・イーリス・シュバイツハルトは。

 まあ、シュバイツハルトって誰だよってところだけど。



「はいはい、了解です。間違ってもイーリスなんて呼びかけねーよ、MY ソウルメイト」

「鳥肌立つようなこと言わないでよね! ていうかだから、そういう馴れ馴れしいネタ振りも禁止って言ってんの! 私たち、そういう関係じゃなかったでしょーが!」

「ああ、言われてみればそうだな。でも、今のくらいはいいんじゃねーの? クラスメートなんだしさ。だろ? 轟雷さん」

「おちょくってんのかっ!!」

「おわっとっ!?」



 バリってっ!

 バリって静電気じゃなしに、放電がっ!?

 まったく……さすがにイーリスが前世なだけあるな、香月。


 あ~、でも。

 そういやあアシュタルも、昔、よくこんなふうに、イーリスをからかって遊んでたっけなぁ……?

 そいでイーリスは、割りにすぐブチ切れるんだけど、アシュタルが……ッッッ!!??



「ぅおあぁあああああああっっ!!??」

「ッ!? な、何よ、急にっ?」

「思いっ、ッッッ、出したぁああああっ!!??」

「だっ、だから何を?」

「ッッッ!!??」

「なっ、何なのよっ!?」



 マズいマズいマズいマズいマズいっ!?

 香月は覚えてないのかっ!?

 アシュタルとイーリスって、“そういう関係”だったじゃんっ!?

 なんだかんだ言いつつも、イーリスは、アシュタルによく懐いてて……ッ!

 アシュタルの女関係に溜息つきながらも、その……!!

 だから、アシュタルがイーリスをおちょくるのも、その後のスキンシップ的な何かへの前振り、みたいな……!!



(ぅおおおおおっ、アシュタルっ! なんちゅうことをしてくれとんじゃぁああああっ!!)



 その相手がクラスメートって、それなんてエロゲ!?

 マズいっ、メッチャ緊張してきた!

 心臓がバックバクですよ!

 ああっ、クソッ! 悪かったな、童貞でっ!!



「……ふ、ふふ……ふふふふふふふふ……」

「……う、うん……?」



 俺が一人で焦りまくっていたら、何故か香月が笑い出した。

 それがでも……メッチャ不穏な空気で……。

 しかも……しかも、パリパリッて、手の辺りで放電……?



「あ、あの……ッ……香月、さん……?」

「ふ、ふふ……ふふふふふ……どうやら、思い出しちゃいけないことまで……思い出したって感じ?」

「え……? あ、いや、あの……そんな、ことは……」


 香月がジリ……と、俺に近づいてくる。

 俺は香月に向き合ったまま、後ずさる。

 香月が、にっこりと微笑んだ。



「どこへ、行くのかなぁ? 水嶋く~ん?」

「いや、あの……だから、教室、に……」

「ふ~ん……? でも、その前に……することがあるよねぇ?」

「……す、することって……?」



 俺は、ゴクリとツバを飲む。

 それを合図にしたみたいに、香月の手からバリバリッと放電が始まる!



「決まってんでしょーがっ! アンタの記憶っ、抹消してやるぅうううううっ!!」

「アホーーーーーーッ!!!!???」



 涙目になった香月が、雷をまとわせた腕を大きく振りかぶる!

 その右手が、いよいよ直視できないほどに輝き出す!

 そして……!!



「ッッッッッ!!??」



 巨大な稲妻が、地上から天空へと駆け上がる。

 空気が引き裂かれ、まるで龍の雄叫びのような爆音が響く。

 けれども……。



「さすがに、人に向けて撃つほど愚かではなかったか」

「……ふん……」



 背後から、ちょっと感心したような、面白がっているような声が聞こえてきた。

 一方の香月は、まったくもって面白くない、と言わんばかりに鼻を鳴らす。

 俺は……。

 床にへたり込んでいた俺は、首を後ろに倒して、背後の人物を見上げる。



「……よ、よう……」

「お前と一緒にいると、思わぬ再会が多くて楽しいな、悟」


 そう言って魔王は、ホントに楽しそうに笑っていた。

 その魔王のパンツがちょっと見えて、俺は慌てて立ち上がった。

 ちなみに白……だったと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ