第52話 3人目の転生者、現る!
「アンタ、何をのん気に、いつまでも魔王とツルんでんの?」
緊急警報発令ー!!
緊急警報発令ーーーっっ!!!
只今より第5863回、水島悟・緊急脳内会議を開催します!!
各員っ、着席願いますっ!!
議長! 今、明らかに看過できない発言がありました!
“魔王”ですよ、“魔王”!
これはもう、香月は“魔王”の、そして私の正体に気付いているに相違ありません!!
そう断じるのは、時期尚早かと存じます!
魔王が魔王オーラをパッシブスキルとして常時使用しているのは、誰しもが知る事実!
魔王が陰で、その正体を知らない人間からも“魔王”とアダ名されているのもご存知のはず!!
その通り!
そもそも、香月はクラス委員です!
その立場から見て、私以外のクラスの人間と馴染もうとしない魔王の存在は、厄介なもののはず!
そのため、唯一、手綱を握っているように見える私に、抗議あるいは忠告が来てもおかしくはありません!!
笑止!
貴公らは、我らが姉上のことをもう忘れたか!?
姉上は、同じく“魔王”と言い当てたではないか!
それは何故であったか、思い出すがいい!!
それだけではありませんよ!
転生の問題です!
魔王が自分で言いました! 世界を繋ぐ穴を広げてしまったために、転生者が増えている、と!
ならばもう、答えは一つ!
委員長も、転生者なのです!!
(やっぱり……やっぱりそれか!? それ以外の答えはないのか!?)
いや……まあ正直、今さら、だから何だってとこではある。
委員長が転生者だったら困るのかってったら、多分、そんなことないしな。
強いて言うなら、俺が勇者だって告白するのが恥ずかしいくらい……。
だったら……だったら別に、何も恐れることはない……!
と思うっ!!
ていうか、そうであってくれっ!!!
「……いや、スマン。言ってる意味がよく分からんのだが? アイツと仲良くしてると、マズいのか?」
「………………」
ぅぅ、香月の視線が痛い。
いや、スマン。だから結局、ひよりましたよ?
しょうがないじゃんか!
転生が間違いだった時の方が、恥ずかしいんだから!
「……まあまあまあまあ、そういう答えも予想してたから、いいんだけどね?」
「な、何がだよ?」
香月が、ワシワシッと自分の髪を掻きむしるみたいにする。
何か、すっげぇ苛立ってる。
その苛立ちの視線をモロに、俺にぶつけてくる。
そして……!
「深淵の魔王ルグン」
「ヒィッ!?」
「勇者アシュタル」
「ヒィイッ!?」
「転生者」
「いやぁあああああッ!!??」
リアル・ムンクの叫びのポーズで悲鳴を上げる。
その俺を香月は、冷ややかな目で見下すようにしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……や、やってくれるじゃないか、香月……」
俺は、クリーンヒットをもらったボクサーのように足元をふらつかせながらも、香月に対峙する。
一方の香月は、絶対王者のように、ふんぞり返っているくらいの勢いだった。
「とりあえず、アンタは認める訳ね? 自分が、勇者アシュタルの生まれ変わりだっていうことを」
「……いや、改めて他人から言われると恥ずいから、できれば止めてくれ」
「私だって好きで言ってるんじゃないわよ!」
「おっ、おう!」
いきなり、香月がキレ気味に叫んだ。
とりあえず俺は、ガードを上げる。
「だいたいアンタ、ホンット、何考えてんの! 勇者でしょっ、勇者っ! それが魔王にヘコヘコして! 情けないって思わないのっ!?」
「いや、お前、ヘコヘコって……」
「してるでしょーがっ!!」
「……」
そう言われると、反論はしにくいなぁ……。
けど。
「いや、まあちょっと聞いてくれ」
「……何?」
「確かに、ヘコヘコしてるって言われたら、否定しにくいけどな? でもお前、実力差がそんだけあんだから、しょうがなくね?」
「実力差って、だからアンタは、勇者でしょうがっ、勇者! 前世で魔王を倒したんでしょっ!?」
「いや、だからそうなんだけど……ッ」
と言いかけて、気が付いた。
というか、そもそも俺も言ってないんだから、コイツが知ってるはずがない。
「……何?」
香月が、いわゆる“ウロンな目”で俺を見てくる。
俺は、それに怯まず、自分の正当性を主張した。
「いや、うん。アレだ。俺、勇者だけど、勇者じゃないから」
「……は? 何それ?」
「だからぁ。俺は勇者アシュタルの記憶は受け継いでるけど、能力は受け継いでないの。だから、俺に魔王と戦うことなんて求められても困んのよ。OK?」
「……は?」
「わかんない? 俺は、勇者アシュタルの能力は持ってないって言ってんの。アンダスタン?」
「なっ……何よそれっ!!??」
ようやく俺の言葉を理解したか、香月が目を見張るみたいにして驚く。
「いや、何よって言われてもだなぁ……」
「マジで!? マジでアンタ、戦えないのっ!? 魔王に勝ち目がないのっ!?」
「これっぽっちも。俺なんて所詮、戦闘力はたったの5だし」
「そんなゴミな勇者がっっ、いるかぁあああああっ!!」
香月が、耳が痛くなるくらいの声で叫ぶ。
顔が真っ赤で、何かちょっと泣きそうだ。
「い、いや、落ち着けってば。はい、深呼吸深呼吸」
「うっさいっっっ!!!」
「ッ……!」
涙目で怒鳴り返される。
……う~む。何か理不尽を感じるぞ?
何で、俺がこんな怒られなきゃいけないんだ?
ていうか、香月ってこういうキャラだったんだなぁ。
実はあんまり、深い付き合いしてこなかったしなぁ……。
「ホンットのホントに、魔王とは戦えない訳?」
「いや、何でお前、そんな魔王と戦いたがんの?」
「だって魔王じゃんっ!」
「ッ、う、う~む……」
何という、単刀直入な理由。
そう言われると、返す言葉もないというか……。
いや、でも設定的には正しいんだろうけど、現実的には間違ってなくね?
「ぅぅ……何か……何かなぁ、ホントにぃ……」
「あ~……いや、スマンな、何か……」
香月がグス……と鼻をすする。
何か、メチャクチャ居心地が悪い。
女の涙は卑怯だというのを、今、初めて実感した気分だ。
「いや、うん、いいよ……。別にアンタが悪い訳じゃ、ないと思うし……。そういうふうに、転生しちゃったんでしょ? 辛いのは、アンタの方、だもんね……」
「あ~……ま、まあそう、かもな?」
何かいきなり同情されてるよ。
まあ、うん。
辛いというほどじゃあないけど、勇者の力は確かにもったいないってのは、事実だしなぁ……。
「ていうかさ」
「……何?」
「お前って、魔王にそんな、恨みがあんの?」
「………………」
はい、ジト目をいただきました。
「そっかぁ……アンタは本当に、私の正体に、気付いてないんだ……。知らないふりを通してるんだとばっかり、思ってたけど……」
香月が何かちょっと、疲れたみたいに肩落としてるよ。
……あれ?
でも、今の言い方だと、俺の知ってる相手……?
「ま、アンタの転生は不十分だったみたいだし。しょうがないっちゃ、しょうがないのかなぁ?」
香月はそう言って、疲れ過ぎのせいか、ヘラって笑って……。
それから香月は、メガネを外した。
「………………あれ?」
ちょいとネコ科を思い起こさせる、吊り上がり気味の瞳。
なにかこの目には、見覚えがある。
それに……。
光の加減か……? 髪が、赤みがかって……?
赤毛……?
赤毛で猫目ってくれば……ッッッ!!??
「って!? お前っ!? お前まさかっっっ!!??」
「ようやく気がついた?」
「イーリスっ!? 轟雷のイーリスっ!!??」
「あ~……その名前で呼ばれるのは、確かに恥ずかしいもんだわね」
香月は……イーリスはそう言って、照れくさそうに笑っていた。