第51話 いいんちょう が あらわれた!
「おはよう、悟! 今日も良い朝だな」
「……あぁ、おはようさん」
本日、二度目の朝の挨拶を魔王と交わす。
場所は、駅前のロータリー。
例によって例のごとく、朝の通勤通学時間、大勢の人が行き交う駅前なのに、魔王を中心に半径5mくらいの空白地帯が生まれていた。
その中に足を踏み入れるのは……うん、まあいい。
「早めに来たつもりだったが、待たせちゃったか?」
「いいや、大丈夫だ。私もさっき、来たばかりだからな」
魔王は、それはもう朗らかに笑ってくれる。
その魔王につられて俺も微笑むのだが、ちょっと力がないのは、仕方がないと言いたい。
「どうした、悟? 疲れているみたいだが」
「あ~……いや、うん。ジョギングにちょっと、気合いを入れすぎたみたいだ」
「そうか。やはりあれは、ハイペースだったのだな? 次からは私も、気をつけよう」
(お前のパパンがいなけりゃ、あんなハイペースにはなんなかったよ……)
俺はその呟きを、心の中だけに留めておいた。
正直、あれからというか、家に帰ってからのパパンがどんなだったか、聞くのが怖すぎる。
俺にできるのはもう、以後、パパンとの接触は絶対に避ける、ということくらいだ。
(でも、あのオッサン、娘のストーカーなんだよなぁ……)
そして俺は、その娘であるところの魔王と、こうしてわざわざ朝の登校を一緒にする約束までしていたりする。
いや、方向もだいぶ、違うんだぞ?
俺も魔王も、直接、学校に行った方が確実に近い。
それをわざわざ、遠回りでありながらも、中間点である駅前で約束するという、何なんだ的な、この、な?
(俺も、晴れてリア充の仲間入り、か……)
俺は、自嘲気味に呟いた。
確かに、女の子と待ち合わせて学校に行くなんて……それも、目の覚めるほどの美少女と学校に一緒に行くなんて、これ以上のリア充行為はないはずだ。
なのに、何で俺の心は、こう……。
(それはもちろん、登校する相手が魔王で、魔王のパパンがあれだからだよ……)
もうちょっと……もうちょっと何とかなんないのか、俺の青春は?
何かもうホントにそろそろ泣いてもいいですかねぇ?
俺がいったい、何をした!?
これが前世の報いってヤツかよ、まったく!!
「どうした、悟?」
「ッ、あ、ああ、いや、すまん。何でもないよ」
魔王の言葉に、俺はハッと我に返って、またちょっと、力の入りきらない顔で笑って。
それでもどうにか、気を取り直して。
「よし。じゃあ行くか」
「うむ」
そうして俺は、魔王と連れ立って学校へ向かったのだった。
「おはよう」
「ッ……お、おはようございます」
教室で、魔王が目の合ったクラスメートに挨拶をする。
相手はビクッとしながらも、一応、挨拶を返してくる。
こういうのを見ると、魔王がまだまだクラスに馴染めていないのが一目瞭然だ。
(というか、魔王に馴染むクラスっていうのも、何か嫌だけどな……)
しかし、普通のメンタルだったら、こんな腫れ物にさわるような扱いには耐えられないだろうなぁ。
もちろん、魔王のメンタルは魔王級だから、ちっとも気にした様子はないんだけれども。
(これが、コイツにとっての普通なんだろうしなぁ……)
そう思うと、ちょっと気の毒にも思えてくる。
俺くらい、普通に仲良くしててもいいんでないの? って思えるくらいには。
(いやいやいや、それはちょっとほだされすぎじゃあ、ございませんこと?)
確かに、魔王は可愛い。
その可愛い女の子が、腫れ物扱いは気の毒だ。
でも、魔王は魔王なんだぞ? それがアイツの普通なんだって。
(でも、可愛ければ魔王でもいいんでしょう?)
お、おぉうッ……ここで、それを持ち出してくるか、俺。
いや、確かにそう思ったよ?
そう思ったけどさぁ……でもやっぱり、魔王だよ?
だいたい、アレだよ。
何かその、この状況を把握した上で仲良くするってのはさぁ……弱みに付け込む、みたいな?
(把握する前から、仲良くするのを強いられてたじゃん)
ッ……鋭いな、今日の俺は。
いや、わかった。わかってる。
今朝だって、一緒に朝のジョギングをしたし、登校だって待ち合わせて一緒にした。
もう普通以上に仲が良いよ、俺と魔王は。
俺に、断る勇気がないってのは置いておいても。
少なくとも、一緒にいて嫌だとかって思ってない時点で、俺もアレだよ、うん。
(じゃあ、魔王のこと、好きなのか?)
ソコ!
ソコなんだよな~。
いやさぁ……別にこう、そこって明確にしなきゃいけないところなの?
嫌いでないのは確かだよ?
でも、好きかって言われると…………………………どうなんだろうなぁ……?
「聞いてるのか、悟?」
「聞いてる聞いてる。ジョギング中に見かけた猫のことだろ?」
「うむ。やはり猫は良いものだな。私は断然、猫派だ」
「犬は犬で、いいもんだぞ?」
「飼っているのか?」
「いた、だな」
「ふむ」
なんて感じに、脳内でアレコレ悩みつつも、俺は魔王との会話をつつがなく進めていた。
そうすると、半径2mという最小魔王オーラの中に、あえて踏み込んでくるものがあった。
「水嶋、ちょっといい?」
「おう、何?」
魔王が転校してきたその初日、あえなく魔王にあしらわれてしまった、我らがクラス委員の香月。
あれはちょっと、気の毒だったよなぁ……。
思えばあれが、空気読めよと魔王に思った初めかもしれない。
「何かしんないけど、先生が呼んでるよ? 職員室に来いってさ」
「へ? 何だろう? 覚えがないぞ?」
「私も知らないし」
香月は、軽く肩をすくめるみたいにした。
一応、魔王にも目を向けてみたけれども、魔王も首を傾げるみたいにしていた。
俺は、適当な用事を言いつけられるようなポジションじゃないはずだけど……。
「まあ、とりあえず行ってくるわ」
「うむ」
アレコレ考えていても、仕方がない。
俺は魔王に一言ことわって、席を立った。
そうして、教室を出て職員室に向かおうとすれば。
「あ、水嶋。そっちじゃないよ、こっちこっち」
「あん?」
職員室は一階にある。
だから、俺は階段を降りようとしたんだけれども。
何故かそこで、香月に呼び止められていたりした。
「そっちじゃないって、何で?」
「いいから。さっきのは口実。先生が呼んでるっていうのはね。私が、ちょっとアンタに話があるわけ。分かる?」
「話って、何だよ?」
「人目のあるところでは、話したくない話」
「ふ~ん?」
言われても、いまいちピンと来ない。
というか、香月とはそんな親しく話す仲じゃあないし。
いや、俺も香月も、クラスの誰とでも普通に話をする方だけれどもさ。
(……告白……な~んてわけないわな、うん)
香月はむしろ、苛ついてるっていうか焦ってるっていうか怒ってるっていうか?
まあ、どちらかと言えば不機嫌そうだ。
何となく、面白い話でないのは予想がつく。
かといって、話を断ると、それはそれで余計な怒りを買いそうだった。
「まあいいや。んで? 俺はどうすればいいんだ?」
「とりあえず、ついてきて」
そう言って香月は、階段を上がりだす。
俺も、その少し後を大人しくついていく。
スカートの裾をちょっと押さえながら、香月はスタスタと階段を登り続ける。
そうしてたどり着いたのは、屋上に出るドアの前。
「んで? 話って?」
「ちょっと待ってってば」
香月は俺を振り返りもせずにそう言うと、ガチャッとドアを開けた。
サァッ……と、風が流れ込んでくる。
「さあ、どうぞ。ここなら邪魔は入らないだろうしね」
「……」
香月が屋上のドアを押さえたまま、俺に出るように促す。
この時に、何か違和感があった。
違和感というか、嫌な予感というか……。
ただ、それがハッキリしないまま、俺は香月に従って屋上へ出たのだった。
「あ~……やっぱ、屋上っていいよなぁ」
日差しがちょっと眩しいけれど、風の気持ち良さは格別だ。
何より、遠くまで見晴らせるのがいい。
俺は、つい何となく、グーッと伸びをしてから、香月の方を振り返った。
「んで? 話って何よ?」
「……」
「どしたん?」
「アンタが、どこまでしらばっくれるつもりかを、考えてるところ」
「何だそれ?」
しらばっくれるとは、また面白いことをいうヤツだな。
ていうかコレ、俺が責められるの?
何で?
「……ふぅ。まあいいや。じゃあ、単刀直入に聞くけどね?」
「どうぞ?」
「アンタ、何をのん気に、いつまでも魔王とツルんでんの?」
「……………………………………はい?」
俺の、朝のさわやかな気分は、一撃でふっ飛ばされた。