第50話 麗しきかな、家族愛
「ごめんね、緋冴? 僕、悟くんくらいの男の子と話ができるのも、嬉しくってさぁ……(懺悔は済んだかい? まだでも、待ってはあげられないよ? 僕もいい加減、我慢の限界でね……)」
こっ、この無駄にイケメンなストーカーパパはっ……!
見た目はメッチャしょんぼりしてるのに、俺に……俺だけにギンッギンに殺気を放ってきやがる!
ここはっ……ここはさり気なく、魔王の陰に隠れて……!
「ひょっとして、父は悟のことを気に入っているのか?」
「それはねぇ? 緋冴が初めて連れてきた男の子だし……(あぁっ、早く……早くキミを殺さないとっ、僕はっ……僕はっっっ!!)」
「そっ、そうか……ッ」
待て待て待て待てっ、魔王っ、頼むから待ってくれ!!
お前のパパン、ほとんど壊れてんじゃん!?
今にも危ない衝動に突き動かされて、刃物を振り回しそうだよ!?
なのにっ、何でそんなっ、ちょっと驚きつつも嬉しそうなんだよ、お前はっ!?
「悟は? 悟はどうだ?」
「ヒョッ!?」
魔王の背中に回り込もうとしてたら、いきなり振り向かれて、変な声が出た。
魔王は、パパンの方を示しつつ、俺に尋ね直してくる。
「悟は、父のことをどう思う?」
「はっ!? いやっ、それはっ、ッッッ、その……ッ」
「若作りでも何でもいい。正直に言ってくれ」
言えるか!!
言った瞬間に死ねるわっ! アホっ!
「あの……ちょっと待って、緋冴……? 緋冴は僕のこと……そんなふうに思ってた、とか……?」
「私は、思っていないぞ? ただ、父はよく“お若いですね”だとか“見えませんね”と言われるだろう?」
「いや、それは、まあ……ねぇ?」
何かちょっと、パパンがリアルに凹んでて笑える。
いや、俺のピンチは全然去ってないから、笑ってる場合じゃないんだけれども。
「ちなみに悟は、父のことを何歳だと思う?」
「おっ? おうっ……?」
何かまたボールが飛んできたし……!
いや、だから魔王ッ、お前は後ろを振り向けって!
お前のパパンがっ、超・不穏な笑顔で俺を見てんじゃねーかよっ!
ただでさえ死亡フラグがギンギンなのにっ、更にまた追加しろってか、お前は!? どんだけだよっ!?
クソッ、どう答えるのが正解なんだよっ!?
どう答えても、死亡フラグが加算される未来しか見えねーよっ!
「どうだ、悟?」
「あ、あ~、いや、うん……ッ」
いや、ここで下手なおべっかや、ヨイショの透けて見える答えは、魔王の機嫌すら損ねかねない……。
だったらもう、正攻法で行くしかない……!
「いや、ッ、だからアレだろ? “お若いですね”って言われるってことは、実際は、そこそこな年ってことなんだろ?」
「良い推理だな。では、そこからどう読む?」
「あ~……見た目的には、30そこそこじゃんか。そこにプラスして、40手前ってところでどうだ?」
「だ、そうだぞ、父よ」
「うん。読み方としては、間違ってないと思うよ?(またっ……また僕の目の前で、緋冴と馴れ馴れしく会話をっ……! しかもっ、しかも僕をネタに……! いよいよ許せないね、キミは!!)」
どんだけ歪んでんだよッ、パパン!!??
せめて、アンタのことがネタになってるんだから、そこは良い方に受け止めてよ!?
そもそもアンタのネタを振ってきたのは、アンタの娘だよ!?
I’m 被害者!!
「ッ……ま、まあ何か、ハズレ……みたいだな? じゃあまあ、この話はそれまでにして、そろそろ――」
「そうだな。答えを教えよう」
違ーよっ!!!!
俺はもう、この話題から離れたいんだよ!!
この話題どころか、この場から離れたいよ!!
だからお前はもうちょっと空気読めよ、魔王!!
「ということで答えだが、父は今年で52歳だ」
「…………………………は?」
「はっはっは、いや~、もうちょっと落ち着きたいというか、相応の貫禄が欲しくはあるんだけどねぇ……(さあ、これでもうキミと話すことはなくなった! フィナーレと行こうじゃないか!!)」
「いやいやいやいやっ、ちょっと待てぇえええッ!!」
「うん?」
必死に魔王パパの副音声を止めに入ったら、何か会話が成立していたことに気が付いた。
いや、もちろん、魔王に「ちょっと待て」と言ったわけじゃないんだけど……。
ここで会話を続けるのが、俺の命を永らえさせる……ッ!?
「あ、いや、うんッ……52は、いくらなんでも、言い過ぎ……ッ、じゃね?」
「だが、事実だぞ。ちなみに、母は生きていれば、35だな」
「ほっ、ほうっ……ッ!!」
何なのっ? その年の差婚っ!?
てか、お母さん、高校卒業して速攻、魔王を産んでね??
しかもその時、魔王パパ、35じゃん!?
「………………」
「……うん……最近の緋冴は、本当に、咲希に似てきたよねぇ……うんうん……。(その緋冴に寄りつく害虫をっ……僕は決して、見逃しはしないっ!!)」
クッソ、さすが魔王パパだっ!
こっちの冷たい視線をものともしないどころかっ、逆に余計に戦意を高揚させてきやがったっ!
こいつは筋金入りの、娘LOVEerだぜ!!
(どうするッ……!? どうすれば、このパパンから逃げられるんだ……ッ!? 考えろっ、考えるんだっ、俺!!)
「それで、どうだ、悟? 話を少し戻すが、お前から見て、父はどう思う?」
「あ、いやッ、どうって、その……ッ」
「その?」
クソっ、何でコイツ、話を戻すんだよ!?
お前は空気の読めなさも魔王級かよ!?
ああっ、もう駄目だっ!
ここも直球しか思いつかない!!
「ッ……いや、だから、ッ、お前のことが、すごい好きだなーっていう……か? すごい大事にしてる人だなって、いうか……?」
「ふむ」
おおっ?
直球で正解かっ!?
魔王が何か、まんざらでもないって感じで嬉しそうにしてるぞっ!
しかも!!
そのおかげか、魔王パパの殺気が和らいでいる!?
「悟から見ても、そう見えるのだな?」
「ま、まあな?」
そう見えるってぇか、そうとしか見えないってぇか。
「私も、それは常日頃から感じているし、感謝もしている。父よ、ありがとう」
「えっ、ええっ!? な、何か照れるなぁ……いきなり、そんな……ねぇ? 父親としては、当たり前のことをしてるだけだよ」
いや、アンタの当たり前は、世間一般の当たり前からは大きく外れてるからな?
「その当たり前にこそ、私は感謝したいと言っているのだ。もう一度、言おう。父よ、ありがとう」
「は、ははは、こちらこそありがとう、緋冴(ふ、ふふふふふ……これで緋冴のお墨付きが出た。遠慮なく、僕はキミを狩れるという訳だよっ!!!)」
待てぇええええええっ!!!
それは意訳し過ぎだろうが!!!
そこはもっと、直訳で良いと思いますっ!!!
「しかしな、父よ」
「うん? 何だい、緋冴」
「私は、父にはもっと、父の幸せを追求してもらいたいとも、思っているのだぞ?」
「う、うん……?」
「父が恋人を……あるいは嫁を娶っても、私も、そしてきっと、母も喜んで祝福するぞ」
「ッ……緋、緋冴……ッ」
お?
魔王パパ、ショックを受けるのかと思いきや、ウルっと来てるぞ?
あ、でも何か、それでもすごい優しく魔王に笑いかけてる?
「ありがとう、緋冴……。でもね? 僕の幸せは、キミが幸せになってくれること、なんだよ?」
「だが、それでは――」
「いいや、嘘偽りなく、本心だよ。キミが、純白のウェディング・ドレスを着る日が来るのを、僕は……(無論っ……! 無論っ、緋冴がどんな相手を連れてこようと、僕が打倒してみせるともっ! その一人目がっ、キミだっ!!!)」
矛盾してる!! 矛盾してるよ、パパン!!
そして、俺を一人目にカウントするのはぜひっ、止めてくれ!
俺が好きでここにいると思ってんの!?
俺はアンタの娘に待ち伏せされてたんだぞ!?
ああっ! チクショウ! このっ、似たもの親子め!!!
そして魔王!!
お前も何か、瞳をウルっとさせながら、頬を染めてるんじゃない!!
そしてだからっ、その目で俺を見るなぁあああっ!!
いやっ、メチャクチャ俺が恥ずかしいってのもある!!
あるがっ!!
それ以上にだからパパンが!!!
お前がそんな目で俺を見るから、魔王パパが俺を敵認定するんだろうがぁあああっ!!!
(駄目だっ……こっから逃げ出せる気が、まるでしねぇ……! ていうか魔王、お前、パパンを追い払うつもりだったんじゃねーのかよっ……!)
などと、俺の他力本願が通じたのか。
魔王が何か、目尻を指で拭うようにしたかと思うと……。
「父よ、ありがとう……。それ以外に、言葉はない。父にそこまで思ってもらえて、私は本当に幸せだ」
「ありがとう、緋冴。僕も、緋冴にそんなに言ってもらえて、父親冥利に尽きるよ」
「うむ。だからこそだ、父よ」
「うん?」
「私と悟の、二人の時間を尊重してもらえると、私はもっと嬉しい」
「ッッッッッ!!!!????」
ひっ、ひでぇえっ!!??
今の流れで、それを言うのかっ!!??
さすがっ、空気の読めなさには定評のある魔王だぜっ!!
何か俺、今、魔王パパに同情しちゃったよ!?
パパンが真っ白な灰になって、サラサラと風に流されていくよ!!
(って、なっ、何ぃいいいいいいいぃいい!!??)
一瞬で真っ白な灰になったはずのパパンが、もう復活しているぅうっ!?
しかも、しかも瞳に燃える憎悪の炎が、蒼炎と化すほどに……!?
その向く先はもちろん……!!!!
「な、な~るほど、はは、そうだよね? いや、ごめんごめん、緋冴。そこまで言わせちゃって。パパ、鈍かったねぇ(…………………………)」
「い、いや、私の方こそ、その……」
怖ぇええええええっ!!!
副音声が聞こえないのが、逆に超怖ぇよっ!?
駄目だ! これ以上、この場にいると、本当に殺られる!!
体裁とか会話の流れとか、もう知ったことか!!
「すまんっ! ちょっと俺ッ、もう行くな!!」
「あっ、悟!?」
俺はそれだけ言うと、いきなり全速力で走りだした。
魔王が、すぐに自転車で追いかけてくる。
パパンは……チラリと振り返ったパパンは、その場にまだ立ちつくしていた。
だが……。
だが俺は、その姿が見えなくなっても、喉元にナイフを突き付けられているような緊張感を味わい続けることになったのだった。