第46話 親方ッ! 空から魔王がッ!!
「……ぁ~……堪らん……」
カーテン越しの朝日が、部屋の中を照らす。
現在、時刻は午前5時を回ったくらい。
世間様は、まだまだ余裕で眠っている時刻。
もちろん、姉ちゃんも。
「……ン……~……」
「ッ……!」
妙にッ、妙に何かこの人ッ、寝息が色っぽいしッ!
わざとかッ!?
わざとヤってんのかッ!?
だいたい、この人、身体の位置が変わってんのに、何でずっと俺を抱きしめてんのッ!?
そうなのだ。
姉ちゃんは、割りに普通に寝返りを打つ。
寝返りを打って、俺に背中を向けたりもする。
けれどその時は、胸の中にシッカリ、俺の腕を抱きかかえたりする。
あるいは、俺の身体をよじ登って、反対側から抱きついてきたりもする。
わざとか? とか、起きてんじゃねーの? とか思う理由はその辺だけど……。
(何にしても、辛いわ~、今日2時間も寝てないから、辛いわ~)
そもそも、おっぱいの柔らかさというものに、なかなか慣れることができなくて。
俺が寝れてない主な原因は、そこだったりする。
なので、時間的には、あと1時間は寝れるのだけれども、その1時間もモンモンとして過ごすことは想像に難くなく。
(だったらもう、起きるしかねーよな……)
そう思って俺は、よっこいしょと、身体を起こそうとする。
が。
「ぐっ……ッ!?」
「んんぅ……」
コッ、コイツ、絶対起きてるだろッ!?
何で起きようとしたら、ホールドが強まるんだよッ!?
「んふ~……♪」
「ッッッ!!??」
何でッ!?
何で胸に頬ずりなんてしてきはんのッ!?
そんなされたら、せやからッ、お腹にッ、お腹におっぱいがふにゅふにゅしてくるしッ!?
今はッ!!
今はただでさえッ、朝やっちゅうのに……ッ!!
(ぬぐぅううう……ッ! 負けてッ、負けて堪るかぁあああッ!!)
朝っぱらから湧き上がる、ムラムラした衝動ッ。
それに俺は必死に抗いながら、頭の下から枕を抜き取る。
それを俺は、俺を抱きしめる姉ちゃんの腕の中に押し込みつつ、自分の身体を抜けださせる……ッ!
「……ン……? ンン……」
姉ちゃんは、ベッドの上にパタパタと手を伸ばして何かを(多分に俺を)探すみたいにして。
それでも諦めたのか、俺の押しこんだ枕を抱きかかえるように、身体を丸めた。
「………………ふぅぅ……ミッション・コンプリートだな」
俺は額の汗を拭うと、静かにベッドから降りる。
そうして姉ちゃんに毛布をかけ直すと、ひとまず部屋を後にした。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
「おはようございま~す」
「おはようございます……ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
河川敷のコースをジョギングする。
顔なじみの他のジョガーや、犬の散歩をしている人たちと挨拶を交わす。
そうやって川を下っていけば、嫌でも目につく建物。
まさか、自分が中に入るとは思ってもみなかった、高級タワーマンション。
「…………」
俺は、少しずつペースを落としていって、足を止める。
そうして、河川敷から土手に上がる。
タワーマンションは、ズズーンとデカくそびえ立っている。
ここからだと、十分も走れば着くだろう。
「……う~ん……?」
その考えに、自分で自分に首をひねる。
そうして俺は、河川敷に戻りかけて……やっぱりまた、タワーマンションの方に向き直る。
道路側へ降りる階段は、少し先に見えている。
「……まあ、いいか」
行って、何をするわけでもない。
それなら行かなくてもいいと思うんだけど、行っても別に問題があるわけでもない。
そんなわけで俺は、階段の方へとまた、軽く走り始めた。
「しっかし……デカいよなぁ、ホントに……」
近づいても近づいても、近づいた気がしないというか。
いや、近づけば近づくほど、見上げる角度が大きくなってるんだけれども。
本当に何と言うか、アホほどデカいマンションだ。
こんな所に住んでいる奴の顔が見てみたい。
(いや、だからそれは魔王なんだけれどもな?)
そんな風に自分にツッコみつつ、朝の街を流していく。
人通りも、車通りも全然ない。
こっちを走るのは初めてなので、何か新鮮だ。
そんな感じで走っているうちに、ようやくマンションの下にまで辿り着く。
そこで、もちろん玄関の方になんか向かわない。
行っても仕方がないからな。
俺は、角を折れて付設されている公園に入っていった。
ここも、そこらの公園に比べてかなり広く、遊具も充実しているっぽい。
いくつか並んだベンチの一つに、朝も早くから、どこかのじいちゃんが座っている。
他には特に、人はいない。
俺は、広場を軽く回ってから、ゆっくりと足を止めた。
「……ふぅぅぅ……」
大きく息を吐いて、手足を回してみたり、手首や足首をブラブラさせたり。
そうしてまた、タワーマンションを見上げる。
デカい。
「……魔王の居城には、これでも物足りないけどな」
あちらの魔王城は、ホントに何か“魔王城!”って感じだったからな。
建物だけじゃなくて、空だって、いつも分厚く黒い雲に覆われていたし、空自体が何か赤黒い感じに染まってたし。
そういう威圧感というか、いかつさが足りてないな、このタワーマンションには。
まあ、マンションにそういうのを求めるなって話もあるだろうけれども。
「……はぁ……ま、いっか……」
俺は、気を取り直してそう言うと、足のストレッチを始めた。
その時。
(……悟っっっ!!!!)
「……へ?」
突然、魔王の呼ぶ声が聞こえた。
ハッと顔を上げたけれども、魔王の姿はない。
とりあえず周りを見回したけれども、じいちゃんがベンチに座っている以外、人影はない。
もちろん、公園の外にも魔王はいない。
「……自意識過剰か? 俺……」
そう、苦笑いをしながら呟いた時だった。
「……悟~~……っ!!」
「……うん?」
やっぱり、声が聞こえる。
俺は、声の出処を探って、もう一度よく、周囲を見回した。
そして……。
「まさか……ッ!?」
俺は、慌てて上を見上げた。
よく目を凝らせば………………タワーマンションの遥か上の方に人影が見え………………るような気が、しなくもない。
(いや、見えねーってば)
自分で自分にツッコミを入れるけれども、多分にあそこで魔王が手を振っている、ような気がする。
ていうかアイツ、よく俺に気が付いたな。
上から見たら、人なんてただの点にすら見えないだろうに。
「……悟~~……っ!!」
「お~う……っっ!!」
また、声が聞こえてきた。
それだけでも、実はかなり非常識な気もするけど……。
聞こえた以上、俺も声を投げ返して、手を振ってやる。
そうし、たら……ッ!?
「………………え……?」
上空に何か、黒い点が見えて……。
それがどんどん、大きく……ッッッ!!??
「悟ーーっ!!!」
「おっ……ぉおおおおおぉおおッッッ!!??」
魔王がッ!!??
空から魔王が降ってくるッ!!??
どこの恐怖の大王だよッ、お前はッ!!??
いやッ、そのまんまだけどッ!!!
いやいやいやッ、そんなアホなこと言ってる暇はねぇっ!!
魔王がスゴいスピードで降ってくんのよッ!?
どうすんのよッ! コレッ!!!!
続きはWebでっ、とか言ってる場合じゃねーよっ!?
もうハッキリ、魔王って分かるくらいにまで……ッ!!!
(速……避け……無理!! 受け……否、死ッ!!??)
思考が超速で回転するッ。
しかし、打開策は一向に思い浮かばないッ!
そうするうちにも、魔王の姿は着実に迫ってきていて……ッ!
(ぬぅ……ッ! Tシャツに短パンって、案外ラフな格好なのね? いやっ、それもでもきっと、お高いに違いないっ!!)
何か、フリってるパンツのそのフリルが風になびく様とかッ!
ヘタウマって言うのか? 子供が描いたようなパンダ柄のTシャツがバタバタしてるのとかッ!
そんな様子までハッキリ目に見えてきて……ッ!!
そう、して……ッ!!!!
「悟っっ!!!」
「おぉうッ!!??」
魔王は、とっさに受け止めようと伸ばした俺の腕の、すぐ上で、急制動を掛けて停止した。
ブワッと、押し出された空気が風となって俺を、地面を叩く。
その風の向こうで、魔王の長い髪が大きく広がり、そしてゆっくり落ちていく。
魔王は、にっこにこのご機嫌顔で、俺を見つめている。
(ああ、チクショウ! だから何でコイツは、こんなに可愛いんだよッ!)
そして、何でこんな無防備な笑顔を俺に投げてくるかな?
そんなことを俺は、朝っぱらから思ってしまっていた。