第43話 童貞の一番長い夜。
「えへへ~♪」
「ッッッッッ!!!!」
姉ちゃんがッ……姉ちゃんが、立っていた。
おっきな枕を、恥ずかしそうに、抱き締めて……ッ!
着ているのももちろん、パジャマだ……ッ。
袖口とか襟周りとかが、気持ち、ヒラってるっていうかな、薄ピンクのちょい可愛い系で……ッ。
いやッ……いや、だから姉ちゃんのパジャマ姿なんて、珍しくも何ともないんだ、けど……ッ!
(何でッ……!? 何でこう、おっきな何かを抱えている女の子って、こんなアザト可愛いんだよッ!?)
あざといのにッ!
あざといってわかっているのにッ!
それでも可愛いって思わずにいられない、男の本能が憎いッ!!!
「どッ、うかしたのッ、姉ちゃんッ……こんな、時間に……ッ」
「ブッブー! 減点1だよ、悟くん」
「へっ……ヘッ?」
姉ちゃんは、何かちょっと恥ずかしそうに笑ってそう言った。
けど、俺には何のことだかわからなくって。
それでも姉ちゃんは怒ることなく、枕をキュッと抱いて、俺に上目遣いを送ってくる。
「……私、言ったよね? 名前を呼んでって」
「ほひゅっ……ッ!!??」
一瞬で、耳まで熱くなる。
いや、確かに言ったッ! 言われたッ!
けど……ッ!
(アレって、あの時限定じゃなかったのかよッ……ッ!?)
俺は心の中で悲鳴を上げる。
姉ちゃんはそんな俺を、期待を込めた目で見上げてくる。
「さと~るく~ん?」
「ぐっ、ぬっ、くっ……ッ!」
恥ずいッ!
メッチャ、恥ずいッ!
あの時も、たいがい恥ずかしかったっていうのに……ッ!
こんなッ……こんなシチュエーションで、名前を呼んだりしたら……ッ!
(何かッ……! 何か一気に、こうッ、ねッ……ッ!?)
いやッ、それがダメって言ってるんじゃないぞッ?
ただ何かこうッ、そんな急がなくってもって言うかさッ!
ホラッ! なッ!?
いろいろあるじゃんッ!?
「……呼んで、くれないの?」
「いやいやいやッ、そんなこと言ってないですよッ?」
「じゃあ……ね?」
姉ちゃんに、ちょっと寂しそうに言われて、速攻で否定して。
そうしたらすぐまた、甘えるみたいに、言われて……ッ。
何かッ……何か絶対、上手く転がされてると思う、けど……ッ!
(男の価値は、どんだけええ女に転がされるかで決まるんやで……ッ!!!)
姉ちゃんにやったらッ……姉ちゃんにやったら、どんだけ転がされても本望やわいッ!
おうッ! 全力で転がされたらぁッ!!
そらもうッ、だるまさんが裸足で逃げ出すくらいになッ!!
「な、何かご用でしょうか、奏さん?」
「む……」
「は、ははは……ッ」
うわ~んッ、悪かったなッ!
これが俺の限界だよッ、チクショウッ!!
姉ちゃんも、ちょっとやっぱり、ムッとしてるっぽいし……ッ。
けどッ……けどやっぱり、いきなりそんなのはハードル高いんだってば……ッ!
「……ま、しょうがないかぁ」
その俺の必死の祈りが通じたのか……。
姉ちゃんは、ちょっと肩をすくめるみたいにして、笑って。
それで俺もようやく、ホッと息をついた、けど……。
「ッ……」
姉ちゃんは、やっぱりまたちょっと恥ずかしそうに、笑って。
そうして枕をキュって抱いたまま、部屋の中に……ッ。
「ッッ……え、えっと……あ、あの……ホ、ホントに何を、しに……ッ?」
「うん。夜這いしようと思って」
「ふぎゅッッッ!!!???」
俺は鼻から変な空気を漏らしながら、一気に部屋の隅まで飛びのいた……ッ!
そんな俺を、姉ちゃんがさっきみたいに、「しょうがないなぁ」って笑ってる。
「も~、何て言うか予想通りだねぇ、悟くんは」
「やっ、そんなッ、そのッ……ッ!」
「ん~、でもここは、怒った方がいいのかな? せっかく私が夜這いに来たのに、まさか嫌だって言うの? とか」
「いやいやいやいやいやッ! 嫌だなんて一ッッ言もッ!!」
「あ、じゃあいいんだ」
「ッッッ!!??」
何というアリ地獄ッ!!
もがけばもがくほどッ、堕ちていってるよッ!
いやッ、でもだからッ、ホントに嫌ってわけじゃないんだよッ!?
ただッ……たださあッ!!
「ふふふ、分かってるって。心の準備がまだできてないんでしょ?」
「やッ、そッ、そうッ! それですッ、それッ!」
「うんうん、そうだよね。じゃあそれ、いつできるの?」
「ッッッ!!??」
やっぱりアリ地獄じゃんッ!
逃げ場ないじゃんッ!
ていうか姉ちゃんッ、俺をからかって遊んでるッ!?
「あはははは、ごめんごめん。悟くんがあんまり可愛いからさぁ」
「ッ……こ、こんなことで可愛いなんてッ、言わんといてッ、ください……ッ」
「あはははは、だからごめんってば~」
姉ちゃんが、許してねって、笑って……。
俺は、そんな姉ちゃんを油断なく見据え、ながらも……。
ほぅ……と安堵の息を、吐いていた。
何かもう……身体が汗で、ビッショリだ……。
「えっと……ホントにそれで、何の用、なの……?」
「うん。まあ積もる話もあるからさ」
姉ちゃんはそう言うと、ベッドの上の俺の枕を端に寄せて、その隣に自分の枕を置く。
そのまま、何食わぬ顔をして姉ちゃんは俺のベッドに……ッ!?
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょッ!? なななッ、何してはるんですかッ!?」
「積もる話があるって言ったじゃんか」
そう言いながら姉ちゃんが、ゴロンとベッドにうつぶせに……ッ!
何ちゅうッ……何ちゅう横乳なんやッ!?
パジャマ着とっても、横にむにって押し出されてるんが分かるやなんてッ!?
って、あかんあかんッ!
何を見惚れてるんやッ、僕はッ!!
「いやいやいやッ、だからそれとベッドに上がるのと、どないな関係がありますのんッ!?」
「夜通し語り明かそう的な?」
「ほんなら別に、明かり点けてこっちに座ったらええやないですかッ!? 何も僕のベッドに寝転がらんだかてええでしょうッ!?」
「あははははっ」
「何がおかしいんですかッ!?」
「悟くんって、テンパると言葉使いがおかしくなるよね?」
「誰のせいや思てるんですかッ!」
「……私?」
「分かっとるんやないけぇッ!!」
「あははははっ」
……あかん。
この人には、僕の言うこと通じてへん。
僕が一所懸命になればなるほど、喜ばせるだけや……。
かくなる上は……。
1)逃げる
2)戦う
3)道具
さ~って、ちょっとシミュレーションしてみようか!
1)逃げる。
なるほど、一番確実に見えるわな。
せやけど、ここで逃げて、その後どうする?
それに、逃げるてどこに?
下に逃げて、万一、ばあちゃんがまだ起きてたら?
ていうか、この時間ならほぼ100パーいてるやん?
そのばあちゃんに、「姉ちゃんに夜這い掛けられたから、逃げてきた」って言える思う?
無理無理無理無理無理ッ!
「男は見栄張ってなんぼやって教えてるやろ!」て追い返されるんがオチやッ!
2)戦う
何それッ!?
意味わからへんッ!!
姉ちゃんに襲いかかれっていう意味ッ!?
絶ッッッっ対、無理ッ!!!!
どんな意味であろうとも、それは無理ですッ、ごめんなさいッ!
ちなみに、性的な意味が一番無理ですからッッッ!!!
3)道具
道具、道具か……ッ。
何かあったっけな……ッ?
姉ちゃんの気を逸らせられるような道具……ッ。
携帯ゲームとか?
姉ちゃん、あんませぇへんもんなぁ……。
僕がしてるんを横から見て、キャイキャイ言うばっかりやもんなぁ……。
他……道具道具道具道具……。
「悟く~ん、早くおいでよ~」
「ちょっと待って、今、考えてるから」
「早く来ないと、悟くんのパソコンで、Hな動画を見始めちゃうぞ?」
「今すぐ行きますッッッ!!!!」
クッッッソ、これッ、ホンッッッッッマにッッッ!
シャレならんッ!!!!
何で姉ちゃんッ、俺のパソコンの中身をそんな知ってんのッ!?
プライバシーの侵害違うんッ!!??
「ほらほら、悟くん。ここここ」
「ッ……は、はい……ッ」
壁側に寝ている姉ちゃんが、ポンポンと自分の隣を叩く。
逃げ場を亡くした俺は、ゴクリと唾を呑む。
そう、して……。
そうして俺は、亡者のごとき足取りで、フラフラ、フラフラと……ベッドに向かって歩き出したのだった。