第42話 二兎を追うべきか追わざるべきか
「もッ……もしもし?」
『私だ』
「お、おう……ッ」
……な、何という……。
「私だ」の一言は俺、初めて聞いたかもしれないなぁ……。
いや、その一言で誰だか分かるのが、魔王なんだけれども……。
『ずいぶんと、電話に出るのが遅かったな』
「あ、い、いやッ……ちょっと部屋に置きっぱなしにしてッ、たからさ……ッ」
『そうか』
「お、おう……ッ」
『……』
「……」
……あれ?
何か会話が途切れたぞ?
「んで? 何か用か?」
『ッ、い、いや、その……ッ』
「おう」
『きょ……今日はありがとうと、言いたく、てな』
「はっはっは、何だそりゃ? お前って、案外、律儀っていうかだよな」
『む……』
「いやいや、誉めてんだってば」
『そ、そうか』
「おう」
『……』
「……」
……何だ?
何か会話がぎこちないっていうか……。
言われてみれば、魔王と電話するのって、初めてだしな。
ただでさえ魔王とってのが、顔が見えないと余計に……か。
「え、え~っとな……?」
『何だ?』
「い、いや、その……」
『うむ』
何だコレッ?
何で俺が会話を探してんのッ?
電話かけてきたの、向こうじゃんッ?
てか、今日はありがとうって要件は済んだんだから、切ってもいいんだよな?
ッ……いや、うん、大丈夫……だよな?
「ッ……あ、明日は……」
『う、うむ』
「明日はお前、何してんの?」
……はいぃぃいいい!?
いやいやいやいや、待て待て待て待てッ!?
今の、俺のセリフ!?
マジでッ!?
おいおいおいおい、俺ッ、何を口走っちゃってんのッ!?
『……あ、明日は、父と買い物に出かける予定でな。車で、郊外の方にまでな』
「あ、ああ、なるほど」
『……すまない』
「いやいやいや、謝るようなことじゃないだろ?」
『う、うむ……』
何なんだ?
何なんだ、この会話はッ!?
俺はいったい、何をしたいんだッ!?
誰か何とかしてくれッ!?
「え、え~っと……じゃあまあ、うん。月曜日にな」
『ッ……そ、そうだな、うむ』
おぉッ!
会話を締めにかかってるぞッ?
やるじゃないか、俺ッ! その調子で頑張れッ!
「それじゃあ、まあ、またな~」
『ぁッ……』
「ん?」
おぃぃいいいッ!
今のは気付いちゃ駄目なとこだろうがよォッ!
何を変なスキルを発動させちゃってんの、俺ッ!?
「どうかしたか?」
『……悟……』
「お、おう?」
『……あ、明日も……』
「おう」
『……ッ……いや、何でもない』
「そっか」
『ああ。おやすみ、悟』
「ッ……お、おやすみ」
魔王は何か言いかけたが、結局、そう言って電話を切って。
それに「おやすみ」と返した俺は、大きく大きく息を吐いた。
何かもうホントに疲れて、さっきのようにベッドに倒れ伏した。
「ぁ~~……」
今の電話で、何となくわかったことがある。
俺はやっぱり、魔王のことを何か意識している。
それも、女の子として、だ。
・魔王は、美少女である。
・その美少女が、何故か俺に好意を抱いているっぽい。
その事実に、俺は何て言うか、こう……。
そう、それだよ。
それがあるから余計に、姉ちゃんとのことも何かアレなんだよ。
浮気してるみたいって言うか、何かさぁ……。
いや、どっちに対してってのも、微妙だけれどもな?
(う~~ん……俺って八方美人なヤツだったのか?)
姉ちゃんにも魔王にも嫌われたくないって言うか。
もっとぶっちゃけて言うと、両方と上手くやって行きたいというか。
(いや、それは不誠実ってやつだろう?)
そんなツッコミは、もちろん自分に入る。
入るけれども……ッ!
(けどッ、両方欲しいんだもんッ!!!)
それが掛け値なしの本音だッ。
いや、分かった。
今のはちょっと言葉が悪かった。言い直そう。
(だってッ、両方好きなんだもんッ!!!)
……う~ん……合ってるよな?
魔王のことが好きかどうかって言われれば、割りに微妙な気もしてきたぞ?
いや、可愛いってのはもう、十二分に理解している。
ただやっぱり、魔王だしってフィルターは、そう簡単には外れないんだよなぁ。
(……あれ? でもそれ、姉ちゃんと同じじゃね?)
姉ちゃんには“姉ちゃん”フィルターが。
魔王には“魔王”フィルターが掛けられている。
それを外すには……結局、俺次第ってことだな。
それはそれで、また悩ましいというか何というか……。
結局、意識の問題だから、気になるものを気にするなといわれても……。
あとまあホント、どっちからって問題もあるし……。
(むぅ……何か問題がまるで解決していないぞ)
分かったのは、自分で思っている以上に俺が優柔不断ってこと……か?
いやいやいや、そんなことはないぞぅ?
誰だって俺と同じ状況に放り込まれれば、俺と同じように悩んでいるはずだッ!
そしてうんうんうんうん悩み続けて、最後には……ッ!
(よしッ! 寝ようッ!)
難しいことは棚上げして、寝るに限る!
その結論に達した俺は、部屋の明かりを消して毛布をひっかぶった。
その時ッ。
「ッ……!?」
部屋のドアが、ノックされる。
ビクッと、ベッドの中で身体が跳ねる。
「……悟くん?」
「あッ、はッ、はいッ……ッ!」
姉ちゃんの呼び掛けに、つい返事をしてしまう。
ドキッドキッドキッドキッと、心臓が乱れ撃ちを始める。
それなのに、その心臓がキュッと冷た痛いみたいな、感じもあって……ッ。
「悟くん……今、ちょっといい……かな?」
「ッッッ……う、うん……ッ」
ためらいがちの……姉ちゃんの、声。
それに、俺は肯定の返事を、して……。
そう、して……ッッ。