第40話 ババア†無双
「ふんぬぅぅぅうううううう……ッ!!!!」
俺は自室で一人、溢れまくる煩悩を持て余していた。
もちろん、さっきの姉ちゃんのせいだ。
あの流れで、おかしくならない男子高校生はいない!
何かッ、何かもうホントにッ!
何をやっても、何もしなくてもッ、姉ちゃんのおっぱいの感触とかッ、そのッッ……ッッの感触とかッ!
メッチャ何かッ、ムズムズするッ!!!
もうアカ~~ンッ!!!
「にょふぅうううううッッッ!!!」
俺はベッドにダイブすると、肌布団を抱きしめてゴロンゴロン、転がりまわる。
そうしながらでも、「抱き心地がたんない」とか「姉ちゃんのおっぱいは、もっと柔らかい」とか思ってしまう辺り。
俺はもう、相当な重症と言っていいだろう。
(だってだってだって! だってさぁッッッ!!!)
言うならば、憧れのお姉ちゃんだよッ!?
そのお姉ちゃんに、あんな告白されてたぞッ!?
それでッ! それでッッ! それでッッッ!!!
「悟く~ん?」
「ヒャッハーッッッ!!!???」
ノックが鳴って、ドア越しに姉ちゃんの声がした。
俺は、ベッドの上で飛び上がって、それでもどうにか返事をした。
「ななッ、なッ、なななななんッ、なんッッ、でしょうッ!?」
「あ、うん。もうすぐ晩御飯だから、適当に下りてきてね?」
「ひゃっ、ひゃひぃいいッ!!」
「ふふふ、じゃあね~♪」
姉ちゃんが、何か楽しそうに笑って、下に降りていく。
その姿を、ドアの向こうに見透かすみたいに、してから……。
俺はバタッと、ベッドに倒れ込んだ。
「……い、いただきます」
「は~い♪」
「おやおや、今日の晩御飯は、やけに豪勢だね」
「へへ~、まあね~♪」
うつむき加減に、手を合わせて箸を取る俺。
ちょっと何か、呆れたっぽいばあちゃん。
そして、ご機嫌な姉ちゃん。
三者三様という感じだが、ばあちゃんの言う通り、食事が豪勢というのは確かだ。
何よりも目を引くのが、中央にドドーンと据えられた鯛の尾頭付き。
お吸い物はハマグリだし、エビを使った小鉢もある。
そして、ご飯はイクラをタップリ乗せたちらし寿司。
こんなの、正月でもないと出てこない。
「…………」
「美味しい? 悟くん」
「も、もちろん……ッ」
「にへへ~♪」
俺は、姉ちゃんとなるべく視線を合わせないようにしたまま、頷いた。
それでも姉ちゃんは、メッチャ嬉しそうに笑ってくれる。
ふと、ばあちゃんの視線を感じた。
「……な、何?」
「いいや。なるほど、今日は悟のお祝い事だった訳だ。いや、悟と奏の、か」
「へ?」
「どうだった? 奏と初体験した感想は」
「ぶふッッ!!??」
「ちょっと、おばあちゃんッ」
俺はリアルに吹き出しかかった、けど……ッ。
姉ちゃんは、ばあちゃんをたしなめながらも、何かすっごい、嬉しそうにしてるし……ッ。
「うん? 何だい、本番まではしなかったのかい?」
「もうちょっと言葉を選ぼうよッ、そこはさあッッ!!」
「男性器を女性器に挿入しなかったのかい?」
「はっ倒すぞッ、クソババアッッ!!??」
「ペニスをヴァギナに――」
「もうええっちゅうねんッッッ!!!???」
もうヤだッ、この人ッ!!!
俺っ、こんなばあさんに育てられて、よくここまで素直な人間に育ったよッ!
自分で自分を、誉めてやりたいねッ!!!
「まったくもう、うるさい子だねぇ。チ○コだのマ○コだの言った訳でも――」
「今ッ、思いっきり言っただろッ!? めちゃくちゃ、ハッキリッッッ!!!」
「ああ、もうそんなに大声を出さなくても聞こえてるってば。要するに、まだ童貞のまんまだと言うんだろう?」
「余計なお世話だッ、コンチクショウッッ!!」
「悟くん、悟くん」
「何だよッ!?」
ばあちゃんに怒鳴り返した勢いのまま、姉ちゃんを振り返る。
姉ちゃんは、メッチャ何か恥ずかしそうな上目遣いで、俺を見てくる。
「ッ……な、何……?」
「あの、さ……それじゃあ、さ?」
「う、うん……ッ?」
「………………今晩……しちゃう?」
「ッッッッッッ!!!???」
毒されてるッ! 毒されてるよッ、姉ちゃんッ! ばあちゃんにッ!
「おやおや。それじゃあ私は、誰か友達の家にでも泊まりに行こうかねぇ」
「ごめんね、おばあちゃん。気を遣わせちゃって」
「何の何の。可愛いひ孫たちのことを思えば、お易いものさ」
「ありがとう、おばあちゃん♪」
「待て~~いッ!!! 待て待て待て待て~~いッッ!!! 君たちッッ、ちょ~~~っと待ちなさいッッッ!!!」
ヤバイッ!
俺の貞操がマッハで危機だッ!!
このままでは俺の童貞が喪失されてしまうッッッ!!!
いやッ、いいんだけれどもッ!
むしろ、望むところなんだけれどもッ!
童貞捨てたら死ぬ病とかじゃあ、全然ないしッ!
むしろ、スーパー・ミリオネア・Welcomeなんだけどッ!!
「何だい、騒々しい。あんた、奏とHをしたくないってのかい?」
「メッチャしたいわッッッ!!!」
「え、えへへ~♪」
「なら、問題ないだろう?」
「いやいやいやッ、だからちょっと待とう! 落ち着こう! クールダウンッ、クールダウンッ!」
「落ち着いてないのは、あんただけだよ」
「わかっとるわいッ、そんなことはッ!!!」
俺はばあちゃんに怒鳴り返して、大きく肩で息をする。
そうして、落ち着け落ち着けと、心の中で自分に言い聞かせる。
「それで? 何をそんなに興奮してるんだい?」
「いやッ……それはその、だから……さぁ……」
「聞いてやるから、言ってごらんよ」
「そ、その……ばあちゃんは、さ……」
「ああ」
「ばあちゃんは……何とも……思わないの? 俺と、姉ちゃんは従姉弟……同士、なのに」
「ああ、何だ、そんなことかい」
ばあちゃんは、まったく、しょうもない、とばかりにそう言った。
「さすがに、実の姉弟なら、私もキチンと諭したし、何かしら手を打ちはしただろうけどね? 従姉弟同士なら、法律的にも問題はないじゃないか」
「いや、それはそう……だけどさぁ……」
「惚れた腫れたってのは、なかなか理性で制御できないしね。ま、不倫みたいに、ほぼ必ず誰かが不幸になるって訳でもないんだ。私がどうこういう筋の問題じゃあないよ」
ばあちゃんは、ケロッとした顔で、そう言い切った。
何というか……うん……。
器が大きい……のかぁ……? う~ん……。
「だいたいさ、奏は昔っから、アンタのことが好きだったんだ。その長年の想いが叶うってのなら、応援してやりたくもなるってもんだよ」
「ッ……!? ば、ばあちゃんは、ッ……し、知ってたの? 姉ちゃんが、その……ッ」
「当たり前だよ。気付いてなかったのは、お子様なアンタくらいさ」
「Oh……」
「えへへ~♪」
ばあちゃんの容赦無い言葉に、俺は言葉をなくしてしまい、そして姉ちゃんは照れたように笑う。
いや、でもさぁ?
姉ちゃんが俺を好いてくれてたのは知ってましたよ?
知ってたけどさぁ?
ねぇ?
「まあでも、奏。ホントにアンタ、悟でいいんだね?」
「私は、悟くんでなきゃイヤなの」
「ッ……」
頬を染めながらも、姉ちゃんがキッパリハッキリ、そう言って。
俺はもう、顔が熱くて熱くて、うつむくしかできなくなって……ッ。
そんな姉ちゃんに、ばあちゃんが一つ頷いて……。
「悟は悟で、私の育てた自慢の子だ。それなりに男気はあるし、腕っ節も、まあまあだ。ただ、ちょ~っとヘタレなところがあるからねぇ」
「そこが可愛いんだよ♪」
「蓼食う虫ってやつかねぇ」
「いやいや、愛だよ、愛♪」
二人に、そんな風に評されて……。
俺はいよいよ、顔を上げられなくなってしまう。
しかし。
「悟」
「はッ、はいッ!」
ばあちゃんに名前を呼ばれて、ビシッと背筋を伸ばして前を向く。
そうすると当然、嬉し恥ずかしな笑顔の姉ちゃんが視界に入って、超またうつむきたくなる、けど……ッ。
俺は奥歯を強く強く噛み締めて、その衝動を抑え込む。
「悟。奏だって、私の可愛い可愛いひ孫なんだ。下手なことして泣かせたら、承知しないよ?」
「そッ……それは、もちろんッ!」
と、答えた、けれども。
その時俺はでも、チラリと魔王のことを考えてしまっていた。
どうしてと言われても困るんだけど……何故か魔王の顔が浮かんで、きて……。
そうし、たら……ッ!?
「うん?」
「ッ……は、はい……ッ?」
ばあちゃんが、ちょっと首をひねる、みたいに……ッ。
俺は顔を覗きこまれてッ……心臓が、すくみ上がる、けど……ッ。
緊張のせいで、ガクガク震えそうになる、身体をッ……必死に、力を、入れて……ッ。
「奏」
「なぁに?」
「本当に、悟でいいんだね?」
「もちろん」
「私の見立てだと、アンタ、苦労することになるよ?」
「大丈夫。承知の上だから」
「……ふむ」
ばあちゃんは、俺の顔を見つめたまま、姉ちゃんとそんなやり取りを、して……。
そうして小さく、頷いて……。
「ま、奏がそう言うんなら、私もとやかく言わないよ。けどね、悟」
「はッ、はいッ……ッ!」
「奏に限らず、どんな理由があろうとも、誰であろうと、女は泣かせないこと。それは、分かってるね?」
「もッ、もちろんッ……ッ!」
「なら、いいよ。さ、話が長くなったね。せっかくの料理が冷める前に、いただこうじゃないか」
「はッ、はいッ……ッ!」
「じゃ、私もいただきま~す」
そうして、ようやく夕食が再開、されて……。
姉ちゃんの料理はホントに、美味しくて……。
でも……。
「それで? 実際のところ、悟とはどこまでヤったんだい?」
「まだキスだけだよ~」
「ベロチュー?」
「ううん、唇だけ」
「……やれやれ」
「ホンット勘弁してくださいッ! ホンット勘弁してくださいッ! ホンット勘弁してくださいッ!」
針のむしろとはこのことかとッ!
俺は涙ながらに、ばあちゃんに許しを乞うたのだった。