第36話 お姉ちゃん宣言!
「姉ちゃんはさ……前世を思い出した時って、どんな感じがしたの?」
「んん~~~~、どうだろうねぇ? 私がロゼッタだったんだって分かった……って感じかな? ロゼッタになったんじゃあないのは、確かだよ」
「ふーん……」
その辺は、俺に似てる……のかな?
俺も、夢の中でアシュタルを自分として捉えてたけれども、俺はあくまで俺――水嶋悟だった。
そこを同一視っていうか、水嶋悟が消えてアシュタルの人格になる、というようなことはないわけだし。
「姉ちゃんってでも、思い出したのって、だから3歳くらいだったんでしょ? 俺が生まれた時だったらさ」
「そうそう。だから、割りに大変だったのも覚えてるよ」
「どんな風に?」
「記憶がいっぺんに流れ込んできたっていうかなぁ……走馬灯、みたいな? とにかく、全部一度に分かっちゃったわけ。自分のこととか、アシュタルのこととか、ね」
姉ちゃんは、そこでアイスコーヒーを一口、すする。
そうして、ちょっと懐かしむような、苦笑するような、そんな笑顔を浮かべた。
「それでまあ、泣いたね」
「泣いた?」
「だって、だから“ロゼッタ”の大事にしていた“アシュタル”の魂を持った子が、目の前にいるんだよ? そして、その子は“私”の大好きな楓おばさんの子供だった」
「ッ、ぅ、うん……」
「これはもう、可愛がるしかないって思ったね! ロゼッタのできなかった分まで、自分は悟くんを可愛がろうって、3歳ながらに決意したよ」
「そ、そう……なんだ……」
3歳児が、そういう決意ができるもん、なんだなぁ……。
ていうか、だからそれも、前世の記憶を取り戻した影響?
「あれ? でも、ロゼッタのできなかった分っていうのは? けっこうでも、ロゼッタもアシュタルを甘やかしてなかった?」
「ああ、うん。それはだから、あれ。ロゼッタとアシュタルって、私達みたいなスキンシップはなかったでしょ?」
「…………言われてみれば、かなぁ?」
アシュタルが、しょーもないちょっかいをかけて、ロゼッタに叱られることは、大人になってからも、割りにあった。
ただでも、それは決してセクハラまがいの行為じゃなくて、馬鹿な弟のアホなちょっかいだった。
そしてまた、ロゼッタの方から、姉ちゃんみたいに抱きついてきたりとかは、確かになかった。
「……てことは、さ?」
「ん?」
「今の言い方だったら、ロゼッタって、姉ちゃんみたいにアシュタルを構い倒したかったの?」
「その辺は、若干、複雑なんだよね~」
「聞きましょう」
俺は、アシュタルのことなら、よく知っている、つもりだ。
けれども、他の人から見たアシュタルっていうか、アシュタルと行動を共にしていたロゼッタのことは、よくしらない。
なら、聞くしかないね!
そう思って身を乗り出してみれば……ッ。
「私は純粋に、悟くんが好きだから構ってると思うんだ」
「そッ、れは……ありがとう、ございます?」
「へへへ~♪」
何か、頬に熱を感じながらも、そんなに返して。
姉ちゃんが、嬉しそうに笑って。
それから。
「ただね? ロゼッタも、そういう欲求はあったっぽいんだよ、どうも」
「そうなの?」
「そうなの。ただホラ、ロゼッタは“みんなのお姉ちゃん”だったでしょ?」
「あ~……なるほど」
そうなのだ。
ロゼッタは、孤児院でも年長さんだった。
ロゼッタを姉と慕う子供は、そしてアシュタルよりも年下の子供は、大勢いた。
そんな中で、アシュタルだけを贔屓はできなかったんだろう。
実の姉弟、でもなかったし。
「それで、二人で旅をするようになったけど……それからすぐ、アシュタルって、はっちゃけちゃったじゃない」
「ッ……も、申し訳ない……」
「あははは、だからそれはアシュタルであって、悟くんじゃないでしょ?」
「……い、いや、まあそうなんだ、けどさ……」
「うんうん。悟くんは、いい子だねぇ」
「……」
姉ちゃんが、またさっきみたいに俺の頭を撫でてきて。
俺はとりあえず、されるがままになる。
いや、うん。
姉ちゃんの言う“はっちゃけた”ってのは、そういうコトなんだよ。
つまりまあ、女の子に、そういう意味で手を出す、みたいな?
ただ、でも。
実を言えば、アシュタルって旅に出る前からリア充だったんだぜ?
少年時代は、ホント、特に年上によくモテててさぁ……。
……。
アイツッ……!!
そうだよッ、思い出したッ!!
アシュタルの奴ッ、○歳の時に、美人の未亡人と……ッ!!!!
クソッ! クソッ! クソッ!
俺のモテ運は、前世で使い果たしてんのかッ!!??
「悟くん、悟くん、大丈夫? 血の涙を流しそうな顔してるよ?」
「おッ? おぉうっ!? ごめんごめんッ、大丈夫、だから……ッ」
俺は慌てて、手で目をこすって。
パンッと頬を手で叩いて、気持ちを切り替える。
「え~っと、ごめん。それで、何だっけ? ロゼッタはアシュタルを甘やかしたいって思ってたけど、旅が始まってから、アシュタルがはっちゃけちゃったから無理だったってので、いいのかな?」
「まあ、だいたいそんな?」
「ふ~む……」
ロゼッタ側の事情は、わかった。
しかし、だ。
仮にロゼッタが、姉ちゃんみたいにアシュタルを甘やかしにかかったら、どうなったのかは気になる。
というのも。
アシュタルにとって、ロゼッタは本当に“姉ちゃん”だったんだよな。
美人だな、可愛いなぁ、おっぱいデカいなぁって思ってたけど、それは全部“姉ちゃん”の形容詞だったわけ。
もう何て言うか、“姉ちゃん”という巨大な山がズドドドーンとそびえてて、そのてっぺんにある“女”っていう頂上は霞んで見えなかった、みたいな?
だからこそ、アシュタルはロゼッタを誰よりも信頼して、甘えてたんだと思う。
ロゼッタだけは、何があっても自分を裏切らないって。
それで、だからこそ、ロゼッタを裏切るようなマネだけはすまいって、そうも思ってたわけだな、うん。
とか思っていたら。
「そういう訳で!」
「お、おうッ?」
姉ちゃんが、バンッとちゃぶ台に手をついて立ち上がる。
そうして、姉ちゃんはその右手を高々と振り上げた。
「私は、ここに宣言します! 今まで以上に、悟くんを甘やかして、構い倒すと!」
「……何ですか、そりゃあ?」
「ふっふっふっふっふ~」
姉ちゃんが、ほくそ笑むみたいにしながら、ちゃぶ台を回ってこちらに来る。
正直、嫌な予感しかしない。
俺は、ゴクリと唾を飲んで……背後に立った姉ちゃんを、見上げようと、して……ッ。