第28話 ここって異世界じゃね???
「お帰りなさいませ、緋冴様」
「うむ」
入口のオートロックが、まずキーレスなカード式だったのに驚いた。
その上に、正にホテルチックなロビーには、受付係の美人なお姉さんまでいるッ!?
「緋冴様、青葉様より、お届けものが届いております」
「そうか。ありがとう」
すごい丁寧なお姉さんから、魔王はさも当然のような態度で、割りに小ぶりな紙袋を受け取っていた。
何なの、コイツ?
ていうか、何なの、ここ?
マンションじゃないの?
エントランスホールっていうんだろうけど……天井がメッチャ高いしさぁ。
照明も何か凝ってるし、花が活けられてるし、床は何か磨かれた大理石っぽい何かだし……。
マンションに見せかけた、実はホテルとか?
「悟、行くぞ」
「ッ、お、おうッ?」
ボケーっとしてたところに、魔王に声を掛けられて。
俺は慌てて、魔王に続いてエレベーターに向かう。
そのエレベーターもやっぱり、マンションっていうかホテルっぽくて……。
もちろん、それは内部も同じだった。
何て言うか、俺の知ってるエレベーターとは、ずいぶん違う。
そして、そのエレベーターに乗った魔王は、当然のように最上階を押した。
「……」
「どうした?」
「いいや、何でもない」
こんなマンションの最上階って、お値段、いくらくらいかしら……?
ついそんな、下世話なことを考えていたんだけど……。
俺は、その“普通じゃなさ”に気が付いた。
「これ、途中階をすっ飛ばすんだな……」
「高層階用だからな」
「……」
当然と言えば当然なんだろうけれど……。
ていうか、このエレベーター、メッチャ速い。
ポンポンポンポン、通過してる階の数字が変わる。
そして……。
「……」
「さあ、行くぞ、悟」
「……お、おう……ッ」
エレベーターは音もなく、そして揺れもなく止まった。
それだけでも、ホント、どんだけって思ったんだけど……。
俺の真の驚きは、エレベーターを降りてからだった。
「おい」
「何だ?」
「見る限り、マンションだっていうのに、ドアが一つしか見えないんですけど?」
「ここは最上階だからな」
「ッ、ま、まさかワンフロアぶち抜きッ!?」
「それは何でも言い過ぎだ。ただ、隣の部屋に通じるエレベーターは、今、使ったのとは別なだけだ」
「……そ、そうですか……」
それも、たいがいどうかと思うんだが……。
ていうか、今の言い方だと、最上階には二部屋しかないとか……?
どんだけだよ、まったく……。
俺はもう、この時点で正直、帰りたかったけれども。
魔王に「さぁ」と促されて歩き出す。
気持ち的には、連行されてる感じだったけどな!
「さあ、いいぞ。遠慮せず入ってくれ」
「お、お邪魔しま~す」
そう言われて、本当に遠慮せず家に入れる奴がいたら、そいつは相当なタマか、単に空気を読めないかのどっちかだ。
俺は元勇者の肩書を持つものの、空気の読める小市民なので、メッチャ遠慮しながら家に入った。
正直に言えば、だから本気で帰りたかった。
けど、「いや、お前ん家なら、やっぱなしだわ」とか、とてもじゃないけど言えやしない。
そんなことが言えるのは、単なる自殺志願者だ。
さっきは何か大見えを切ったけど、俺は魔王が超怖いのだから。
「それでは、適当に座っていてくれ」
「お、おう……ッ」
マンションの住居内の廊下なのに、何かホテルの廊下じみた、窓もあったりする廊下を抜けた先のリビング。
そこは、どこのモデルルームですか? というような有様だった。
まず、広い。
リビングだけで、下手したらうちの家の一階全部くらいに相当してそうだ。
そして、やたら窓がデカい。
天井から床までの高さの窓って、何だそれ?
しかも最上階角部屋なので、二面ぶち抜き的な勢いだ。
壁には当然のように、ドドーンと馬鹿デカいTVが掛けられていて、その反対側の壁側に、ベッドにもなりそうなソファが置かれてある。
ソファの前には、ガラス製のローテーブルまである。
その上に盛られてあるフルーツは……食べられるんだよな? 観賞用じゃあないよな?
キッチンは当然カウンター式で、その前にはダイニングテーブルが据えられてある。
床のフローリングの色合いもそうだけれど、全体的にシックで落ち着いた雰囲気でまとめられている。
小物がゴチャっと押し籠められてたりとか、そういうようなカラーボックスは、どこを探しても見当たらない。
代わりに何か、シャレオツなマガジンラックがあったりするしッ!
(ここでッ……ここでくつろげと申すかッ!?)
何と言う無茶ぶり!
いや、そりゃお前は魔王だったよ?
“王様”でしたでしょ?
そいで、生まれ変わってからも、こういう生活してたわけでしょ?
そりゃ、落ち着くよね!
けど、お前、俺は違ーんだよッ!
孤児院育ちで、かなりの貧乏だったの、勇者アシュタルの少年時代はッ!
成長してからも、基本、家を持たずに生活してたし、その辺の欲求は薄かったんだよッ!
いや、もちろん、勇者となってからは王侯貴族との付き合いもあったけどさッ!
すっげぇ、居心地悪かったしさぁッ!
んで、転生してからだって、うちの家って、ばあちゃんのおかげで一般家庭よりはかなり裕福だと思うけどさッ!
アシュタルの頃に比べれば、そうとうレベルアップしたけどさッ!
(ないわ~……これはないわ~……)
何コレ?
ホテルのスイートルームとかって、こんな感じ?
こんなん、逆に緊張しますやんッ!?
ここで僕にくつろげ言うんは、松尾芭蕉にHIPHOPを歌えって言うてるようなモンですやんッ!?
古池YEAH! 川ZOO! DIVE IN! 水NOTE,MOTTO!
あれッ!? 案外イけるッ!?
「どうした? 座っててくれて構わんぞ」
「おッ!? おぉうッ!?」
いやッ、座れって、でもどこにッ!?
とりあえずソファか? ソファでいいのか?
いいんだよなッ!?
「Oh……!」
これが……ッ、これがモノホンのソファってヤツか……!
俺の体重を柔らかく受け止めながらも、シッカリとした安定感を与えてくれる、絶妙の沈み込み具合!
これはさながら、羽毛の柔らかさと低反発マットレスのマリアージュ……ッ!!
正にこれこそ、現代に甦った名匠の逸品……ッ!!
(いや、まあ実際、何かスゲぇぞ、これ?)
このソファだけできっと、ウン十万しそうだなぁ……。
てことは、向こうのテーブルとかだってお高いんだろうなぁ……。
ひょっとしなくても、脚元のこのじゅうたんも?
金って、あるところにはあるんだなぁ……。
「悟は、珈琲で構わないか?」
「あ、はいッ、何でもけっこうです……ッ!」
「うん?」
「ああ、いや、うん。お任せで」
「分かった」
キッチンのカウンターから顔を出した魔王が、そんなに笑って。
そうしたらすぐ、ガーッと大きな音が聞こえてきた。
(クッソ! コーヒーミルまで備えてやんのかッ! そりゃまあそうだろうなッ!)
ここでインスタントコーヒーが出てきたら、そっちの方がむしろ驚いたかもなッ!
とか思ってる間に、魔王がコーヒーを持ってやってきた。
そのカップがマイセンだろうが景徳鎮だろうが、俺はもう驚かない。
「キチンと丁寧に淹れたから、お前の舌が満足いくかはともかく、納得はしてもらえると思うぞ?」
「いや、俺はそこまでグルメじゃ……ッ」
「どうした?」
「い、いや、まあ……ッ」
何でッ!?
何でこの人、僕の隣に座ってはるんッ!?
あ、ソファやからッ!? 向かい席ないもんなッ!
So what!?
「どうした? 飲まないのか?」
「いやいやいや、いただきますともッ!」
えぇい、クソッ! 飲んだらぁッ!!
俺は覚悟を決めて、カップを手に取り口に運んだ。
「ッ……」
「………………どうだ?」
「うん、美味い」
「そうか、良かった」
魔王が、ホッとしたように笑う。
正直、味なんてほっとんど分かってない。
けど、魔王が嬉しそうにしてるから、それでいいんだと思う。きっと。