第26話 “転生者”がレアなクラスだと思っていた時期が、俺にもありました。
「やれやれ……しかしまあ、正直、驚いたなぁ」
「……すまない……」
「ああ、いや、お前のことじゃねーよ」
商店街の近くの公園で。
俺の言葉に、またシュンとなる魔王に、とりあえず俺はそう言った。
「いや、驚いたってのはアレだよ。さっき、お前がのしちまったヤンキーのこと」
「あの男が、どうかしたのか?」
「いや、うん……」
魔王に問われて、俺はちょっと言葉に迷った。
改めて口にしようとすると、そうとう何か、非現実的だったからだ。
(どこの世界に、魔法を使うヤンキーがいるんだよ?)
いや、魔法じゃなしに、体術的な何かとか、魔法とは違う闘気系の何かスキルかもしれないけど……。
何にしても、そういうのを使うヤツは、この世界にはいない。
そう思うんだけれども……。
「……」
「何だ?」
「あ~……うん、チョット待ってくれ」
(でも、魔王はいるんだもんなぁ……)
それを考えれば、魔法使いの一人や二人、珍しくもなんともない……のかも、しれない。
少なくとも、この世界には魔王がいるんだ。
あと、一応、勇者も。
じゃあ、魔法使いがいても、やっぱりいい……ような気もする。
「あのな? ちょっと変なこと言うかもだけどな?」
「うむ。何だ?」
「さっきのヤンキーさぁ……魔法、使ったかもしれないんだよな」
「ふむ。それで?」
「いや、それでって……」
何でコイツ、こんな平然としてんの?
やっぱり、魔王だから?
一般人とは、感覚がズレてんのかな?
「いや、おかしいだろ? 魔法使いだぞ、魔法使い。いや、何か魔法以外の術だったかもしれないけどさ。そういうの、この世界では普通、ありえないだろ?」
「それを言えば、私もお前も、魔王と勇者という、この世界ではおよそ、ありえない存在だぞ?」
「いや、まあそうなんだけどさ~」
それは、わかってるんだけれども。
この俺の違和感を、どう説明して良いものやら。
それに頭を悩ませていたら。
魔王がちょっと、俺から視線を外したと思ったら……。
「……ふむ、なるほど。あの男も、どうやら私達の世界からの転生者だったようだな」
「……は?」
「今、確認してみた。間違いない。奴は転生者だ。もっとも、その自覚はなかったようだがな」
「ほッ、ほうッ……!?」
えッ? マジで?
何それ?
転生って、実はそんなレアな存在じゃないの?
みんな黙ってるだけで、割りにフツーにあるの?
てことは、洋食屋のおっちゃんも、転生者だったりするとか???
ていうか、そういうの確認できるもんなんだッ?
「ちょっ、ちょっと待て。その、“私達の世界から”っていうのは?」
「そのままの意味だ。あの戦いでは、大勢死んだだろう? その魂が、こちらに流れ込んできたようだな」
「……そういうもん……なのか……?」
「……原因に、心当たりがない訳でもないがな」
「うん?」
俺が尋ね返すと、魔王がちょっと目を逸らせた。
いや、待て。
「お前のせい……とか?」
「否定は、しない」
「おいっ!?」
思わず、ツッコミも大きくなる。
魔王は慌てて弁解をしてきた。
「いや、わざとではないんだぞ? というか、そもそも、この世界と私達の世界は、割りに近い位置にあるのだ。だから、私が来る前から、多少は魂の相互流入はあったはずだ」
「じゃあ、お前のせいっていうのは、何なんだよ?」
「例え話になるが……魂の通り道は、元々、小さな穴だったのが、私が通る時、思いっきり広げてきた……というような……」
「………………」
「わっ、わざとじゃないと言っているではないかッ!」
魔王が、ちょっと涙目で言い訳をする。
やばい。
ちょっと可愛いぞ、コイツ。
「じゃあさ、俺がコッチの世界に転生したのも、お前のせいとか?」
「ッ……」
「マジで?」
「い、いや……確か、とは言えないが……私とお前は、死を共にした、だろう? だから、肉体から魂の離れた時間も位置も近かったから……」
「…………」
「ッ……す、すまない……」
「いやいやいや、いいってそんな。気にすんなよ!」
魔王が、すっごく申し訳なさそうに肩を落として、こっちの方が慌ててしまう。
魔王は、チラッと、上目遣いに俺の様子を窺ってくる。
「許してくれる……のか?」
「許す許さないの問題じゃねーじゃん。もう、そうなっちまってるんだしさ」
「…………」
「どうした?」
「……いいや、何でもない」
「ッ……そ、そうか」
クソッ!
さっきまで泣き顔だったくせに、いきなり何か、涙目のままで微笑みやがって!
だからそういうのは卑怯だって言うんだよッ!!
「え~っと……まあ、とりあえずアレだ。さっきのヤンキーも、転生者だったと」
「うむ」
「んで? 自覚がないってのは?」
「私達のように、転生前の記憶は忘れてしまっていたようだな」
「でも、魔法? は使えてたじゃんか」
「そういう形で、転生したのだろうな」
「……何だよそれ~」
何かそれ、ずっこい。
どうせなら俺も、そっちの方が良かった。
勇者の記憶しかないってのも、割りにアレなんだぞ?
「……悟は……」
「うん?」
「悟は、能力も勇者として、転生したかったのか?」
「そりゃまあ、それに越したことはないだろ?」
「そう、か……」
魔王が、ちょっとまた視線を落としてたりした。
その寂しげな顔に、胸が何か落ち着かなくなって、俺はついまた言い訳を始めてしまう。
「いや、だってさ。俺が勇者の力を持ってたら、さっきのヤンキーなんて瞬殺だったんだぜ? それを考えたら、やっぱり勇者の力って、持っておきたいじゃんか」
「……そう、だな……」
「おいおいおい、どうしたどうした? 何でお前、そんな元気がないんだよ?」
「……」
魔王が、ゆっくりと顔を上げる。
その口元に、笑みが浮かぶけれども……。
それはやっぱり、とても寂しそうに見えてしまう。
「……悟は……」
「おう?」
「悟は、さっきの私のことを……どう、思った?」
「うん?」
「お前のいう、ヤンキーを打ち負かした時の、私のことだ」
「あ~……」
ぶっちゃけ、そりゃあ怖かったですよ?
だって、マジ魔王だったもんな。
……けど。
けどまあ、うん。
「俺は、魔王のことは怖いけどな?」
「ッ……」
「でも……お前のことは怖いっては、思わねーよ」
「ぇ……ッ?」
一瞬、魔王はビクッと肩をすくめたけど。
それに続いた俺の言葉に、目を見開くみたいにして。
俺は、そんな魔王に笑いかける。
「俺はやっぱり、“深淵の魔王ルグン”のことは怖えーよ。だって、そりゃもうあの世界じゃあ恐怖の象徴だったしな。勇者アシュタルも、心の中ではビビってたさ」
「……」
「でも、俺は。水嶋悟は、高城緋冴のことを、そんなふうに怖いって、思っちゃねーよ?」
「ッッッッッ!!?」
おぉっ?
何か魔王の髪が、アニメチックにホントに逆立つみたいな感じでブワッとなったぞ?
触手か? アイツの髪は、触手か何かなのか?
「悟ッッッ!!!」
「痛ぁあああああっ!!??」
「おっ、おぉっ!?」
肩がッ!?
肩が肩が肩が肩が肩がッ!!??
魔王にギュッて、いきなり手を握られてッ!!?
いやっ、それで肩が引っこ抜かれたとかじゃないけどッ!!
だからさっきのヤンキーもどきの魔法を受けた時にだな……ッ!!
「だ、大丈夫か? どこだ? どこが痛むのだ?」
「肩肩肩肩肩ぁああっ!?」
「肩だな? よし、任せろ」
「いやッ、ちょっ……ッッ!!??」
魔王が、俺の肩に手をかざす。
俺はとっさに逃げようとして。
でも……。
その魔王の手が、見覚えのある光を放つ。
光が俺の肩を包み………………。
「……治ってる」
「こういう時、確かに魔法は便利だな」
「ま、まあ、な……」
魔王は屈託なく笑う。
俺は、手をグーパーさせたり、肩を回したりして痛みを確認する。
もちろん、もうまったく痛くない。
動かしにくい、というようなこともない。
やっぱり魔法ってスゲェ。
そして、それを使えないのが、やっぱりちょっと……いや、けっこう残念だ。
「悟」
「お、おう?」
「私は、この世界でお前と会えて、本当に、幸せだ」
「そ、そうか?」
「本当に、そう思っているんだぞ?」
「わ、わかったってばッ」
「本当の本当だからな?」
「わかったって言ってんだろッ?」
「ふふふふふ……」
しつこく念を押す魔王に、俺は顔を真っ赤にしながら答えて。
そんな俺に、魔王はそれこそ、言葉どおりに幸せそうに笑っていた。