第25話 魔王の戦闘力は、53兆です。
「ちょっ、コッ……ッッ!!??」
「なッ……ッッッ!!??」
ヤンキー的姉ちゃん+αの二人と、ヤンキーもどきが一発で凍りつく。
その、声にならなかったセリフを翻訳すると、多分、こんな感じなはず。
「ちょっ!? コイツよッ、コイツッ! この女ッ!」
「なっ……ッ!? 何なんだッ、この女はッ!!??」
うん、多分、合ってる。
その恐怖に凍りついた表情が、俺に正解を教えてくれている。
何と言うか、気の毒ではあるが、自業自得というヤツだ。
「……お前、今……何と、言った……?」
魔王は同じ言葉を繰り返しながら、ゆっくりと歩いてくる。
ピシッ、ピシピシッ……と、商店街のタイルにヒビが入る。
ミシミシ、ミシミシ……アーケードが揺れる。
世界が、闇に閉ざされていく……。
「きゃぁああああっ!?」
「逃げろぉおおおっ!?」
周囲にいた人たちが、何が起きてるか分からないまま、恐怖にかられて散っていく。
人を突き飛ばし、我先にと逃げ惑う姿は、もうなんて言うか世紀末だ。
魔王オーラが、まったくもって抑えきれていない。
いや、違う。
これでもメチャクチャ抑えられているのを、俺は知っている。
抑えて、これだ。
そして、抑えてさえのそのオーラに、気の毒な四人が包み込まれていく。
「ヒッ、ヒッ、ヒィイイッ……ッ!?」
ヤンキーもどきは、ろくに悲鳴を上げることもできていない。
それでも、気絶していないのは、ヤンキーもどきの根性か……そうでなければ。
「言ってみろ、うん? お前は今、悟に何と言った?」
「ァッ、ァッ、ァッ、ァッ……」
ボダボダボダボダ泣きまくるヤンキーもどきの頭から、毛がバサバサッ……と抜け落ちていく。
姉ちゃんたちは、とっくの昔に気絶している。
それでもヤンキーもどきが気絶していないのは……魔王が、気絶させてないから、なんだろうなぁ。
俺は、よっこいしょと立ち上がった。
肩が痛んだけれども、仕方がない。
俺は覚悟を決めて、漆黒に渦を巻くオーラの中に足を踏み入れる。
「ぐっ……ッ!!」
物理的に、押し流されそうになるほどの濃密な、“瘴気”とでも言うような、そのオーラの渦。
肌どころか、肉体を突き刺されるような痛みッ。
心臓を搾り上げられるような、呼吸さえ苦しいほどの圧迫感ッ。
(まったく……ッ! 何で俺は、見ず知らずのヤンキーもどきのために、こんなッ……!!)
俺って、こんなお人好しだったっけって思う、けど……ッ!
とにかく魔王を止めなきゃと、俺はオーラの中を掻き分けるように進んでいく。
その間にも……ッ!
ヤンキーもどきは、急速に年を取っていくみたいに、干からびていく……ッ!?
急がないと、間に合わないッ!?
そう思った俺は、もう夢中で魔王の元に走った!
「おいおいおいおいッ! ちょっと待てッ!!!」
「む? 何だ、悟か。少し待ってくれ。今、この無礼者に因果を含めているところだ」
「だから、それを待てっつってんだよッ!」
俺は、どうにか魔王の元に行き着くと、ヤンキーもどきをひっぺがした。
その瞬間、ゾッとした。
ヤンキーもどきの身体は、ほとんどもう骨と皮で、すっごく軽くなっていた。
(……死なねーだろうな? マジで……)
そんな不安が、心をよぎる。
余波を食らってる姉ちゃんたちも、とっくに全員、白髪頭か丸坊主だった。
「お前なッ? とにかく落ち着けッ! 落ち着いて、周りをよく見てみろッ!」
「うん……? ぁっ……ッ」
魔王が、小さく声を漏らす。
魔王オーラが、一気に収束する。
途端に、陰っていた陽が差したように、世界が明るくなる。
だが、時既に遅し。
休日の商店街だというのに、さっきまでの賑わいはどこへやら。
辺りは完璧なゴーストタウン。
看板が落ちて、ガラスが割れて、タイルが剥がれて……。
そりゃもう立派な世紀末商店街だ。
「……す、すまない……こんな、つもりは……」
「いや、俺に謝ってもしょーがねーだろ?」
「……すまない……」
魔王が、唇を噛んでうなだれる。
俺は、やれやれと息を吐いた。
「まあ、やっちまったもんはしょーがねーよ。とりあえず、うん。いったんちょっと、場所を変えようぜ。別名、トンズラともいう訳だが」
「う、うむ……。だが、その前に……」
小さく頷いた魔王が、ほんのちょっと、指を振る。
それだけで……。
「………………は?」
「こ、これくらいは、しておかないと……な?」
「い、いや、うん……ッ!?」
それは、正しくビデオの逆再生。
壊れた看板やタイルが、見る見るうちに元に戻っていく……ッ。
見れば、ヤンキーもどきや姉ちゃんたちも、とりあえず死にそうな顔ではなくなっていた。
「ソイツらには、多少の罰を残しておいた方が、良い……だろう?」
「え? あ、う、うん……」
魔王が、上目遣いにそう言ってきて……。
俺も、つい何か、それに頷いてしまっていた。