第22話 超! 脳内裁判!
「なるほど……悟はそこまで考えていたのか。さすがだな」
魔王がそんなふうに、俺を尊敬の眼差しで見つめてくる。
正直、ちょっと照れくさい。
いや、アレだ。
魔王に、さっきの騒動の内訳を、俺が説明してやったんだけどもさ。
何で俺が、知り合いを装ってまで兄ちゃんを運び出したか、とかね?
「私は、ただあの男を追い出せばいいと思ったのだがな」
「それは間違ってない。ただ、アレだよ。お前のは、ゴキブリを退治するのに核ミサイルを使うようなもんだってば」
「そこまで言うか?」
「お前は、自分が魔王だってことを、もっと自覚しろ」
プリプリ怒る魔王に、俺はそう言い返す。
いや、これも最近わかってきたんだけど、魔王は、割りと正論が通じる。
こっちが正しいと分かっている問題では、ズバッと言ってもかまわないのだ。
今も、ほら。
「むぅ……」とか不機嫌そうに唸ってるけど、一応、自分が悪かったと認識してるだろ?
だから、俺に言い返したり、やり返したりしてこない。
「だいたい、さっきの兄ちゃんはともかく、姉ちゃんまであんな威嚇する必要はなかっただろ?」
「あれは違うぞ!」
「うん?」
異議あり! と魔王が声を大きくさせる。
「アレは、あの女が勝手に勘違いしただけだ。私は普通に、嬉しくて笑っただけだぞ?」
そう言う魔王は、ちょっと傷ついたように見えなくもない。
「嬉しくて笑ったって、何がだよ?」
「お前、あの女の言葉を聞いていなかったのか?」
「だから何?」
「あの女は、お前にこう言ったのだぞ。私の方を指さして“アンタの彼女が”と」
「ふひゅッッッ!!??」
変な息でたッ!!??
ちょっと待てッ、ちょっと待てッ、ちょ~~~っと待てッ!!!
いやいやいやいや、落ち着こうッ!
そこの魔王さんッ、アナタ、何でそんな嬉しそうなんですかッ!!
いやッ!
いやいやいやいやいやッ!
実は、うんッ!
俺も何となくだけど、察していたことではあるッ!
そんな、まっさかぁ。ないないないない、ありえナッシング。
てなふうに、否定してきていたけれどもッ!
見て見ぬ振りを、してきたけれどもッ!!!
(魔王ってひょっとして、俺のこと、好きなんじゃね?)
はいっ、きた~~~~ッ!!!
ついに言っちゃいましたね、悟さんッ! その言葉をッ!!
いやいやいや、ね~~~?
魔王さんの、悟さんに絡んでくる、この態度。
どう考えても、好意が溢れてますよね?
さっきも、ホラ。
お姉さんが悟さんに絡んできたら、途端に不機嫌になっていたじゃありませんかッ!
異議あり!
それを好意と断じるのは、明らかに時期尚早である!
かつて、幾千幾万の男たちが、女達の思わせぶりな言葉や行動に、どれだけ騙されてきたことかッ!
女とは、男を勘違いさせる行動を、意識的・無意識的を問わず、自然と行う生き物なのである!
それを真に受けると、「ごめんね? そんなつもりなかったのに」と言われるのがオチである!!
それはちょっと、勘ぐり過ぎじゃないですか?
そういう、「自分はモテない」というベースに則った思考をしていると、いつまで経ってもモテないままですよ?
戯言を!
貴様は、よりにもよって魔王にモテたいと言うつもりか!
いいじゃないですか。
魔王だって、超の付く美少女ですよ?
ソコはアナタも、お認めになられましたよねぇ?
うぐっ……ッ!!
そこは確かに同意しよう!
だが、美少女とはいえ、魔王であるッ!!
その一点は、絶対に譲れないッ!!
美少女が魔王だったら、何が問題なんですかねぇ?
しかも、相手は悟さんのことを、明らかに好いてくれているんですよ?
だったらもう、乗るしかないでしょう! このビッグウェーブに!
異議あり! 異議あり! 異議あり!
貴様の意見は、ただ流されているに過ぎない!
悟本人の意志は、どこにあるッ!?
美少女に好かれている。だからそれに乗っかるか。
そんな態度が、許されるものかッ!!
許されますって、そんなの。
自分から好きになった人でないと付き合えないって、そりゃちょっと、頭が硬すぎるでしょう?
好きになってくれたのをキッカケに、相手のことをちゃんと見るようになって、自分も相手を好きになっていく。
恋愛として、真っ当な過程だと思いますがね?
異議ありッッッ!!!
貴様は意図的に論点をズラしているッ!!
私は、「魔王は悟が好き」という、その“好意”にそもそも、異議を唱えているッ!!
その確証が取れない限り、これ以上の議論は無意味であるッ!!!
ならば、聞けばよろしいのではありませんか?
魔王さん本人に。
「アナタは、私のことが好きなのですか?」と。
異議ありッッッッッッ!!!
そもそも、魔王が嘘をつく可能性がある以上、その質問は無意味であるッッ!!!
そして、女とは嘘をつく生き物であるッッッ!!!
更にッ!!!
万一ッッッ!!!
万一ッ、魔王の答えが本心からのYESであったにしてもッ!!!
その際の悟の心の準備が、何一つできていないッッ!!!
その質問をぶつけるのは、時期尚早以外の何物でもないッッッ!!!
だから、それはもう、いいじゃないですかって私、言いましたよね?
好きだって言ってもらえたら、僕もだよって答えればと。
さっきから聞いていれば、アナタ、何を怖がっているんですか?
女の子ってそんな、怖いものじゃないですよ?
それは童貞の願望であるッッッ!!!
女は魔性だッ!!!
しかも相手は魔王なのだぞッッ!!
本物の魔性だッ!!! その王だッッ!!!
そんな相手と、色恋沙汰など言語道断ッッッ!!!
それこそ、童貞の無意味な妄想だと思いますがねぇ?
ここはやっぱり、行動あるのみでしょう。
さあ、悟さん! 魔王さんに聞きましょうよッ!
「お前って、ひょっとして、俺のこと、好きだったりする……?」と!!!!
耳を傾けるな、悟ッ!!!
それは悪魔のッ、破滅への誘いであるッッ!!!
今しばらく、もっとキチンとした確証が持てるようになるまでッ!!
それまでは、この曖昧な関係を続けておくのが、傷つかないための秘訣だッッッ!!!
それは単に、自分が可愛いだけでしょう?
恋愛というのは、自分より、相手を尊重しないと。
黙れ童貞ッッッ!!!
だからそれ、ブーメランですってば。
俺は、そんな脳内裁判を、コンマ2秒でやってのけていた。
そうして、もちろん結論など出ないうちに……ッ!!
「悟」
「ッッ……う、うん?」
「やはり私たちは、傍から見れば恋人同士に見えるのだな」
「ぐふぅうう……ッッ!!」
衛生兵ーっ!! 衛生兵ーッッッ!!!
駄目ですッ!!
心臓をザックリやられていますっ!!
これではもう、手の施しようがありませんッ!!
諦めるなッ!!
貴様は勇者なのだろうッッ!!
こんなことで倒れてどうするッッ!!!
しかしッ!
しかし隊長ッ! 今の魔王の笑顔は、あまりに破壊力がありすぎますッ!!
どう見たって、嬉し恥ずかしじゃないですかッ!!
あんな笑顔を見せられたら、勇者であろうと心臓は破裂してしまいますッ!!
破裂してようが何だろうが構わんッ!!
とにかく起動させろッ!!
ああっ! もうまったくっっっ!!!
「は、ははッ、はははッ……ま、まあ、仲良さそうには、見えッ……たんじゃ、ない、かな?」
「ふふふ、そうか。そうだな、きっと」
魔王はそう言って、ちょっとまた嬉しそうに、笑って……ッ。
そんな魔王に、俺は……ッ。
俺は、心の中から湧き上がる感情から、必死になって目を背けていた。