第21話 これが、一般人の魔王に対する反応です。
「はぁ……それじゃあ、そろそろ出ようか?」
「そうだな。おかげでタップリ堪能させてもらった」
何をだよ? というツッコミは、あえて入れまい。
まあ、うん。
時間的に、12時を回って、客の入りもそこそこになってきている。
こっちは、お茶も済ませたんだし、コレ以上の長居は無用だろう。
そう思って、席を立つ準備を始めた時だった。
「ハァッ!? ふざっけんなよッ!?」
何か微妙に裏返りかかった怒声が、店内に響き渡った。
俺と魔王は顔を見合わせ、そちらの様子を窺う。
「オマエッ、客に髪の毛入りの料理出しといて、取り替えますですませるツモリかよッ!?」
「申し訳ございません……ッ」
「ちょっ、もうやめなよ」
何か、微妙にヤンキーの入った茶髪の兄ちゃんが、マスターを怒鳴り散らしている。
兄ちゃんのツレらしい、やっぱりちょっとヤンキー系の女の子が、兄ちゃんの袖を引いて入るが、まるで効果がないようだ。
「何だ、アレは?」
「まあ、見たまんまだろうなぁ」
料理に髪の毛が入っていた。
それを指摘したら、マスターは交換しますと申し出た。
兄ちゃんは激怒した。
必ず、かのお人好しなマスターから慰謝料をせしめねばならぬと決意した。
兄ちゃんに料理は分からぬ。
兄ちゃんはヤンキーである(多分でも、にわか)。
武勇伝をうそぶき、女と遊んで暮らすのを夢見てきた。
それだけに、メンツに対しては、人一倍に敏感であった。
「まあ、とりあえず様子を見てるしかないな。大丈夫だろ? たまに、こういうのあるって言ってたし」
「そうはいかん」
「は?」
魔王はいきなり、スックと立ち上がっていた。
そのまま、正しく王のごとく堂々と、マスターっていうか、わめいている兄ちゃんの方へ歩いて行く。
もちろん、俺は魔王を止めるなんて無謀なことはしない。
この後の惨劇を予見して、目を覆う以外に何ができると?
「ンだよッ、ッッ……ッッッ!?」
兄ちゃんの威嚇の声は、魔王の姿を認めただけで、途切れていた。
かわいそうに、いきなり顔面蒼白で、ブルブル震え出している。
兄ちゃんのツレの女の子やマスターは、けっこうキョトンとしている。
ということは、魔王は“魔王オーラ”を兄ちゃんにだけ絞り込んでいると見た。
「貴様は、私の食後の一時の邪魔をした」
「ッッッッッ!!!??」
「だが、私は慈悲深い。死ぬか去ぬか、選ばせてやろう」
「ッッッッッ!!!??」
Oh……。
兄ちゃんは腰が抜けたのか、ストンッとその場にへたり込む。
そればかりか……ご愁傷さまです。
いや、でも、飲食店でおもらしすんなよな……。
俺たちはもう、食事を済ませてるからいいけどさ。
「どうした? 選べぬのなら、私が選んでやろうか?」
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ……ッ!!??」
……ぅっわ~~~……何か、エグいなぁ……。
てか、そういうのって、ありえるんだなぁ……。
過呼吸を起こしてる兄ちゃんの茶髪が、みるみる白髪になっていくぞ?
どんだけの恐怖を与えてんだよ、魔王。
そろそろ止めたがいいかなぁ……?
とか思ったけど、ちょっと手遅れだった。
「ッッッ、ィヒッ……ッ!?」
「うん?」
変な呻き声を漏らしたかと思うと、兄ちゃんはパタッと倒れてしまった。
いや、死んでないだろうな、おい?
「え、えっと……?」
「ちょっと、大丈夫?」
取り残されていたマスターと姉ちゃんが、兄ちゃんの様子を窺う。
他の客たちも、なんだなんだとザワザワしだす。
ちょっと、マズい。
このまま救急車、なんて騒ぎになったら、マスターにとっちゃあいい迷惑だろう。
ああ、もう仕方ないッ!
「おいおいっ、どうしたよ、タクヤっ? 持病の癪かぁ?」
「うん?」
俺は、わざと大きな声を上げながら、魔王にっていうか、兄ちゃんの方に歩いて行く。
店内の視線が集まってきて、かなり恥ずい。
けど、俺はそれを無視して、兄ちゃんの傍に膝をついた。
とりあえず、呼吸はしてるっぽい。
「あ~あ~、だからいつも言ってんだろ? 興奮し過ぎると、心臓に悪いってさぁ」
「ちょっとアンタ、何よいきなり?」
「知り合いだったのか、悟?」
姉ちゃんと魔王が口を挟んでくるけど、それも華麗にスルー。
いや、実際は心臓バクバクですけどね?
声だって、ちょっと震えかかってるし。
けどまあ、やりかけたんだから、最後までやらにゃあな。
「しょうがねぇなぁ。ほら、外に連れてってやるから、風を浴びようぜ」
うっ、重いッ!!
よいしょっと兄ちゃんに肩を貸すようにして立ち上がったけど、メッチャ重い。
これは、アレだな。
寝た子は重いってのと同じ理屈だな、うん。
「そこのアンタ、自分たちの分、払っといてね? マスター、うちらの分、後で払いに来るから」
「え? あ、うん?」
俺の言葉に、マスターがとりあえずといったように頷いて。
姉ちゃんは……頷いたかちょっとわかんない。
まあ、しょうがない。
今は退散するのが先だ。
「ほら、ちょっとドア開けてくれよ」
「うん? ああ、分かった」
俺がアゴで示すと、魔王が案外素直にドアを開けてくれた。
俺は、兄ちゃんを担ぐというか、引きずるようにしながら、えっちらおっちら、店から出て行った。
「ちょっと! 何なのよ、アンタ達ッ!!」
兄ちゃんを、隣の隣のビルの階段に座らせたというか、寝かせたところで。
遅れて出てきた姉ちゃんが、俺というか、俺たちに噛み付いてくる。
俺は、汗を拭って姉ちゃんを見た。
年は、大して変わんないっぽい。
「アンタのツレがアホなことしてたから、フォローしてやったんだろ? それより、金は払ってきたのか?」
「払ってきたわよッ」
姉ちゃんはそう言うと、まだグッタリしたままの兄ちゃんのズボンのポケットを漁る。
そうして財布を取り出すと、千円札を二枚抜き出してから、その財布をポンっと兄ちゃんの上に放り投げる。
……ちなみに。
あの店だと二人でも二千円はいかないんだけどな?
まあ、おつり分は迷惑料なんだろう、きっと。
「まったくもうッ! せっかくデートに付き合ってやったってのに、わけわかんないッ!」
「そいつはご愁傷さまで」
「だいたいッ、アンタの彼女がッ……ッッッ!!??」
姉ちゃんが、硬直する。
ニヤッ……と笑う魔王と目が合ったからだ。
ホント、ご愁傷さまです。
「……貴様、今、何と言った?」
「ッ、ッ、ッッッッ、っぃやぁああああああああああっ!!!!」
姉ちゃんは悲鳴を上げて、一目散に逃げ出した。
何だなんだと、周囲の視線が姉ちゃんの方に向いて、それから、走り出したこっちに向く。
まったくもって、やれやれだ。
下手に注目を集めて、コレ以上の面倒に巻き込まれるのは勘弁願いたい。
「とりあえず、お前さ。魔王オーラを一般人に向けるのは、やめてやれよな?」
「今のは……そんなつもりは、なかったのだが……」
魔王はちょっと、ションボリしていた。