第20話 天国に見せかけた地獄
「はい、お待たせ~、悟くんと彼女さん。こっちが悟くんと、こっちが彼女さんね」
姉ちゃんが帰って、ほとんどすぐ。
ていうか待ってたのか? というくらいのタイミングで、マスターが料理を持ってきてくれた。
「お疲れ様、悟くん。ガーリック、多めにしといたよ?」
「あぁ、はい、どうも……」
俺はマスターをチラッと見上げて、適当にそう言った。
そうしてまた、大きく息を吐く。
「お疲れだね、ホントに」
「そりゃ、アンタ、姉ちゃんとソイツに挟まれてみろよ? 十年くらい年取った気分だよ」
「あはははは、ごめんごめん。じゃあ、悟くんには悪いことしちゃったかな?」
「うん?」
「奏ちゃんに、メールしたんだよね~。悟くんが大変だから、なるべく早く着てって」
「殺すぞッ、オッサンッ!!!!!」
「あははははっ、ごめんってば~♪」
マスターは、ちっとも悪びれた様子もなく、料理を置いて去っていく。
クソッ、クソッ、クソッ!
おちゃめなイタズラだとでも言うつもりかッ!?
おかげで俺は、マジ、寿命が縮んだっつーのッ!!
「良いではないか、悟。おかげで、私も思いがけない出会いを体験できたのだからな」
「へいへい、左様ですか」
「腐るな腐るな。ほら、せっかくの料理だ。温かいうちに、いただこう」
「ああ、はい。そうだな」
俺は一つ息を吐いて、気持ちを切り替える。
そうして、椅子の上でダレていた身体を、シャンとさせる。
「さて。じゃあ、いただきますか。いただきま~す」
「いただきます」
魔王も行儀よく手を合わせて、ナイフとフォークを手に取る。
そうして、小さく切り分けた、まだまだ熱い鮭のムニエルを口に運ぶ。
「……む、これはなかなか」
「な? 外のパリッとした加減も、いい感じだろ?」
驚きの顔を見せる魔王に、俺も笑って、自分の料理に取り掛かる。
チキンソテーという、かなりオーソドックスな一品だが、焼き方の問題なのか、中まで柔らかい。
そして、言われたとおり、かなりガーリックが効いている。
まあ、全然美味しいからいいんだけど。
「オーソドックスな料理ながら、シッカリと店で出すレベルにまで引き上げられている。さすがだな」
「な? 家庭の味ってのがウリの店もあるけど、ここのはホント、“The 洋食”って感じだろ?」
「うむ。気に入った」
魔王は嬉しそうに笑って、周りに飾られた、スライスして揚げられた野菜なんかも食べ始める。
俺も何か、自分が褒められたような嬉しさを感じながら、ご飯をパクついていく。
そうやって、しばらく魔王のペースに合わせて食べながら、魔王の前の学校の話なんかもしていりして。
そうこうするうちに、それぞれ半分ほど食べ進んで。
「悟。お前のも少し、分けてもらって良いか?」
「ん? いいぞ。けど、コレ、ホントににんにく利いてるからな?」
「構わん」
「オッケー。じゃあ、どうする? 皿を交換するか?」
「いや、少し切り分けてくれれば、それで良い」
「了解~」
俺は、サクサクと一口サイズにチキンを切り分け、それを三つ、魔王の皿に移した。
魔王は俺に礼を言って、その一つを口に運ぶ。
「……ふむ。なかなかジューシーな味わいだな」
「だろ? 俺もけっこう、ココに来たら頼むんだよな。でも、家で自分で焼いても、不思議とこうはならないんだよな~」
「……あの女は?」
「うん?」
「……奏、といったか。あの女の料理はどうなのだ?」
「あ~、姉ちゃん? 姉ちゃんの料理は美味いよ?」
「ッ……!」
魔王の視線がギンッと鋭さを増す。
だが、その程度は折り込み済みよッ!
「ただまあ、やっぱり、店で食べるってのとは、どうしても違うよな?」
「……ふむ……」
すまんッ、姉ちゃんッ!
別に、姉ちゃんを落としてるわけじゃないんだッ!
姉ちゃんの料理は姉ちゃんの料理で、すげぇ美味しいってばッ!
ただ今は、こう言うしかないじゃんかッ!!
「……それだけ、ここの店主の腕が確かということなのだろうな」
「ま、まあそれは、そうだと思うぞ?」
「ふむ……」
魔王が納得したように頷いた。
……ぃよっし! とりあえず、危機は回避したぞッ!!
と思ったら、まだ先があったッ!?
「言っておくが、私も人並みに料理はできるぞ?」
「そッ、そうッ、なのか?」
「うむ。今度、機会を作って、お前に披露してやろう」
「そッ、それは光栄、だなッ」
「うむ、期待しておけ」
「おッ、おうッ、楽しみにしてるよッ! ハハハッ」
若干、どもりながらも、そう返して。
流れを変えるためにも、食事に戻ろうとし、たら……ッ。
「だが、とりあえずは、だ」
「う、うん……?」
「お返しだ。私のも食べていいぞ」
「いや、俺、ココの店のは全部食ったことあるし」
「……私が、お前に分けてやると言っているのだ」
「あ、はい。いただきます」
魔王の視線に不機嫌成分が含まれた瞬間、俺はすみやかに前言を撤回した。
ところが。
魔王は、自分のその鮭のムニエルを切って、それをフォークに刺したまではいいけれども。
それを全然、俺の皿に移そうとしない。
「え、えっと……」
「何をしている。早く口を開けろ」
「はっ!!??」
なッ、何か今、変な言葉が聞こえたよなッ!?
くッ、口を開けろって……ッ!?
「なっ、ななっ、なっ、何でッ!!??」
「お前は、口を閉じたまま食事ができるのか?」
「はっ!? いやっ、えっ!?」
待て待て待て待てッ! ちょっと待てッ!!
俺の警戒信号がビンッッビンに鳴ってるぞッ!?
コレはっ!! コレはまさかッ!!!???
「ほら、あ~ん」
「ッッッ!!??」
やっぱりかぁあああッ!!??
やっぱり、コレが伝説の“はい、あ~ん”だぁああッ!!
いや、もう魔王ッ、お前は何を考えてるんだよッ!?
恥ずかしくないのかッ!?
俺は超恥ずかしいぞッ!?
姉ちゃんにやられる時でさえ、たいがい、恥ずかしいのにッ!!??
「ほら、早くしないか」
「ッ、お、おッ、おうッ……ッ!?」
だがっ、いくら恥ずかしくても、魔王の機嫌を損ねるわけにいかないっ!
俺は覚悟を決めて、恐る恐る口を開ける。
だがっ……!
だがッ、本当の地獄はまだ、始まってすらいなかったッ!!
せっかく口を開けた俺をッ、魔王が「見損なった」みたいな目で見てきているッ!!
「えッ……な、何なん、だよ?」
「お前は、作法を心得ていな奴だなぁ。いいか? 私が“あ~ん”と言って差し出したら、お前も同じように“あ~ん”と言って口を開けるんだ」
「どこの風習だよッ、それはッ!!??」
「世のリア充は、みな、していると言うぞ?」
「爆発しちまえッ、そんな連中はッ!!??」
俺は思わず、大声を上げて叫んでいた。
だが、魔王はまったく動じない。
というか、意に介さない。
ムニエルを刺したフォークを、俺に突きつけてくるッ!!
「ほら、あ~ん」
「ッッッッッ!!!???」
うっ、うぉおおおおおっ!?
なっ、何なんだッ、この羞恥プレイはッ!!??
恥ずいッ!!
死ぬッッほど、恥ずいッ!!!!!!
ホントにッ、ホントにリア充はこんなことしてんのかッ!?
これが、リア充になるためには超えなきゃいけない壁なのかッ!!??
でもッ!
でもでもでもッ!!
何で俺は、その壁を今ッ、魔王と越えようとしてるんだよッ!?
もっと他に相手はいないのかッ、俺ッ!!??
(ていうかていうかていうかッ!!!!)
あぁあああああっ! チックショぉおおおおおおおお!!
ああっ、はいはいっ! 思いましたッ!
今、俺は魔王を、メッチャ可愛いって思ってますッ!!
何かこう、“あ~ん”って自分も口をちょっと開けてる顔が、超可愛いですッッッ!!
そして何か、口の中が見えちゃうのがッ、エロっちぃって言えば、エロっちぃですッッ!!
あぁっ! もうホンットに、何でお前は魔王なんだよッ!!??
魔王でさえなければッ!! 魔王でさえなければッ!!
例え玉砕しようとも、告白するのにッ……ッ!!
(……まあ冷静に考えたら、コイツが魔王で俺が勇者でなかったら、今頃、会話だってできてないんだろうけどな?)
そりゃお前、こんな超高めの女。
魔王オーラがなくなった途端、ハゲタカどもの餌食だろうよッ!!
てか、マジ芸能界デビューしてても不思議じゃないねッ!
そんな女が今ッ、俺に向けて“あ~ん”ってしてくれているッ!!!
いいじゃないかッ! もう魔王でもッ!!
だってだってだって、可愛いんだもんッッッ!!!
「ッ……ぁ、あ~ん……ッ」
「ふふふ……」
「……ッ、はぐ……ッ」
俺はほとんど泣きそうになりながら、魔王の差し出したムニエルを頬張る。
ハッキリ言おう!
味なんてサッッッッパリ、わからんッッッ!!!
「どうだ? 美味いだろう?」
「ッ、お、おうッ! ここの料理は、やっぱり、うんッ、何食っても、美味いなッ!」
「うむ、そうだな。ぜひまた、ここに来よう」
そう言って魔王は、嬉しそうに、笑って。
もちろん、俺のライフはその時点で、とっくに0になっていたのは、言うまでもない。