第18話 惨劇の幕が開く……ッ!!
「とりあえず、ちょっと早いけど、そろそろ飯にすっか?」
「ふむ。私はそれで、構わんぞ」
魔王にそう声をかけたのは、古着屋を出た時だった。
時刻にして11時半のちょっと前。
魔王と待ち合わせしてから、かれこれ2時間半が経とうとしている。
その間のほとんどを、この商店街界隈で過ごしてしまっていた。
何だかんだと、魔王がけっこう興味を持ったりもしたし。
あと、途中で、ちょっと離れた公園で休憩がてらにお菓子を食べたりもしたけどさ。
まあでも、そろそろ小腹の減ってくる時間。
もうちょっと時間を潰してから、昼ごろに店に行ってもいいわけだけど。
それだと、座れない可能性もけっこうあるし。
何より、賑わっている店に魔王なんて連れて行ったら……。
(そりゃもう、立派な営業妨害だよな?)
そんな訳で、俺は魔王に少し早めの昼を切り出したってこと。
「それで? 店も任せてしまって問題ないのだな?」
「まあな?」
魔王の質問に、とりあえず頷いた。
実を言えば、魔王ってホント、マ○クだろうが吉○家だろうが、何でもそれなりに満足しそうではある。
けど、さすがにそれはどうよ? と思うわけで。
「ちなみに、何が食べたいよ?」
「オススメはなんだ?」
「むっ、そうだなぁ……」
正直、何でもかまわんという、困った返答をされたのに同じな気がするけど……。
魔王が白い服を着てるから、蕎麦とかラーメンとか、そういう麺類っていうか汁物っていうかは、却下だな。
もちろん、カレーもアウトだ。
あとは、カウンターの店も避けよう。
隣に座る人が、気の毒過ぎる。
「和食と洋食なら、どっちがいい?」
「そうだな……ならば、洋食で頼む」
「OK、了解だ。なら行こうか」
俺は適当な候補を二つ三つ見繕った上で、魔王を連れてまた歩き出した。
そして――。
カランカラン。
「こんちゃーっす」
「おや、悟くん。いらっしゃい」
鐘の音を鳴らしてドアを開けて、店に入る。
コック服を着たマスターが、愛想よく挨拶をしてくれる。
ただ、今日は予想通りというか、いつも以上に愛想が良かった。
「はは~、なるほど。後ろの彼女が例の? うわさ通りに美人だねぇ」
「その噂は、誰が回してるんだよ、まったく」
「はっはっは、狭い街だからねぇ。それより、うちの店をデートのランチに使ってもらえて光栄だよ。サービスするね♪」
「はいはい、どうもありがとさんです」
今日、いったい何度、この手の会話を繰り返したことか。
正直、もうウンザリだ。
俺が女を連れて出歩くのが、そんなに珍しいか?
………………。
ああ、珍しいとも! 悪かったな!
「ふむ。なかなか感じの良い店だな」
「だろ? 味もいいのに値段もリーズナブルと、完璧だ」
店内を見回していた魔王が、うむうむと頷いている。
俺のお気に入りが魔王に通じて、ちょっとホッとしたりもする。
黒や茶を基調とした店内は、わざと塗り跡を残した壁や床が、俺なんかが見ても味があるって思う。
壁にかけられた絵や何かも、鼻につくとかじゃあ全然ない。
よくは知らないけど、マスターの趣味で延々と流されてるジャズもマッチしてる。
店内は読みどおり、昼食をとっている客はまだいない。カウンターでコーヒーを飲んでるオッチャンとジイちゃんの二人だけだ。
顔見知りのその二人に軽く頭を下げて、俺は魔王を促す。
「とりあえず、奥に行っとこうぜ、奥」
「分かった」
この店には、半個室みたいな感じで、大きめなプランター的な何かで仕切られたスペースがある。
そっちに行ってれば、魔王が無駄に目立つこともないと思いたい。
「はい、お水ね。注文決まったら、声かけてね」
「はい、どうも」
「ありがとうございます」
水とメニューを持ってきたマスターに、魔王が会釈をしてみせる。
途端に、例によって例のごとく、店主がデレッデレになった。
「悟くん、悟くん」
「何だよ?」
「どこで捕まえてきたのさ? ホンット、可愛いね、キミの彼女」
「分かったから、あっち行ってろよな」
そんな、マスターと俺のコソコソしたやり取りを、魔王が微笑みながら聞いていたりする。
何て言うか、もう死にそうだ。
「店主も、なかなか人の良さそうな人物ではないか」
「……」
マスターの去ったテーブルで、魔王がそう、俺に笑いかけてくる。
それは確かに笑顔だけれども、さっきの“女の子”モードと違って、“魔王”モードっていうか……。
いや、外見が外見だけに、それでも相変わらず、俺にはけっこう来るんだけれど……。
「お前って、いい性格してるよなぁ……」
「うむ、ありがとうと言っておこう」
「いや、誉めてねぇからな?」
一応、そう念を押して、魔王にメニューを渡す。
「とりあえず、何を食っても外れはしないと思うぞ?」
「ふむ……悟は何にするのだ?」
「俺か? 俺は……チキンソテーにすっかな?」
「なるほど。では私は、鮭のムニエルにしよう」
「了解。すみませ~ん!」
「は~い、すぐ行くね~」
そう返事があったのに、やってきたのはマスターじゃあなかった。
おかっぱっぽい感じの髪型の、俺より3つ4つ下の女の子。
「お? 今日はお手伝いか? えらいな」
「……」
俺の言葉に、女の子はちょっと恥ずかしそうに頷いた。
それがけど、魔王の方を見てビクッと怯えたようになる。
(まったく、この魔王は……)
そりゃまあ、魔王に睨まれりゃあ、怯えもするわな。
ナチュラルに一般人を脅して何になるってんだ?
俺は、気の毒なそのマスターの娘に注文を告げて、奥に戻るように促した。
「……悟は、この店にもよく来ているのか?」
「自分一人とか、友達同士とかじゃあ、あんまりないな。安いと言っても、外食は金がかかるからな」
「では、やはり曾祖母殿と?」
「あとはまあ、姉ちゃ……姉とかかな?」
「姉?」
魔王の眉が、ちょっとだけ何か動いた。
それが何か、俺の心に焦りというか、動揺というかを呼んで……ッ。
俺は何故か、「言い訳をしなきゃ!」という使命感に襲われた。
「いや、まあアレだ。姉っつっても、正確には従姉だけどな。今、大学に通ってるんだけれども、それでうちに下宿してるんだよ」
「……ほぅ?」
あっれ~~~~ッ!!??
間違えた? 俺、間違えちゃったッ!?
何か逆に、開示しなくていい情報を開示したッ!?
「いやいやいやッ、お前、変な想像ってか誤解ってかしてないか? 従姉だぞ、従姉?」
「だが、同居しているのだろう?」
「いやいやいやいやいやッ、だからそういう言い方すんなってばッ」
何かそんな風に言われたら、俺まで妙な意識をしちまうじゃないか……ッ!
いやッ、ないないないない。
そりゃあ、姉ちゃんは巨乳で可愛いけどッ!
姉ちゃんはあくまで、姉ちゃんだしッ!
「……」
「いや、だからちょっと待てって……ッ! 何でお前がそんな不機嫌になってんのッ? 心臓に悪いから止めてくれよ……ッ!」
溢れだす魔王オーラが、レーザービームのごとく収束されて、俺の心臓をピンポイントで狙い撃ちしてくる……ッ!
溢れるままに店に垂れ流すよりマシ……とは言いがたい!
正直、マジ心臓が痛いんですけどッ!?
「悟」
「な、何だ?」
「私は、隠し事をされるのが嫌いだ」
「お、おう?」
「お前の家族構成から交友関係から、今ここで、洗いざらい白状してもらおうか」
「何でッ!?」
「……ほう? この期に及んで、隠したい相手がいる……ということか?」
「ッッッ!!??」
そんな訳ないのにッ!
そんな訳ないのにッッ!!
何で俺、こんな睨み殺されそうになってんのッ!?
俺がいったい、何をしたッ!!??
と、俺がマジ、命の危険を感じた時。
カランカラン。
「こんにちは~」
「あっ、いらっしゃ~い」
必死に打開策を探していた俺の耳に、聞き馴染んだ、ほんわかした声が聞こえてくる。
この、声は……ッ!
何故ッ……何故、このタイミングで……ッ!?
「やあやあ、いらっしゃい、奏ちゃん。悟くん、奥にいるからね? カ・ノ・ジョと……♪」
「えっ?」
「ッッッッッ!!!!????」
「………………」
魔王の瞳が、すっと細められる。
オーラがいよいよ、物理的に溢れだしそうで……ッ。
俺は、まだ噴き出していないのに、そのオーラに押されるように、身体を背もたれに押し付けて……ッ。
そこへ、足音が……ッ!!??
(いやっ、これっ、どう考えてもマズいだろッ!!??)
俺には何も、やましいところはないのにッ!
なのに、何なんだ、この断頭台に上る死刑囚な心情はッ!!
なんで俺が、死刑判決を食らってんだよッ!!??
俺は必死に、神に祈った!
だが、相手はその神の力さえ退けた魔王なんだよッ!!??
もうッ、もうッ……ッ!!!
「さと~るくん」
「ッッッッッ!!!!????」
姉ちゃんが、ヒョコッと、こちらのブースに顔を出す。
俺は、ビクンッと、感電したみたいに椅子の上で身体を跳ねさせる。
魔王が……ッ。
魔王が、ちょっと意外そうな目で、姉ちゃんを見る。
姉ちゃんも、ちょっと驚いたような顔をした、けど……。
すぐに、いつもの柔らかな笑顔に戻って……ッ。
「初めまして。貴女が、悟くんの彼女さん? 私は水嶋奏。悟くんの従姉です」
姉ちゃんは、ニコって笑う……ッ。
けど……ッ!!!
久しぶりに……久しぶりに、その笑顔を俺は、怖いって……思っていた。