第15話 “空気を読め”っていうのは、そういうことじゃねえっ!
「それで? 今日はどこを案内してくれるのだ?」
「逆に聞くけど、どこに行きたいんだよ?」
「別に観光案内を頼みたい訳ではないのでな。お前が普段、遊び歩いているところへ連れて行って欲しい」
「……何だそりゃ?」
いきなり失敗した。
てっきり、どっか行きたいところがあるけど、行き方がわからないとかって思ってたのに……。
俺が普段、遊び歩いてるって……。
・コンビニ。
・自分ないし友達の家。
・ゲーセン。
・カラオケ。
・マック。
・どっか適当な場所。
いや、別にコンビニで遊んでる訳じゃないけどさ。
コンビニなりマックなりで適当に食料を調達したら、どっか公園とかの外か、誰かの家でダベったりマンガ読んだりゲームしたり……だしなぁ。
そのコースに魔王を乗せるのか?
どう考えても、無謀というか無理というか……。
「どうした? 早く行こうではないか」
「いや、ちょっと待て。今、考えてるから」
「そうか。すまん」
魔王は案外、素直に引き下がった。
だが、これで稼げた時間もたかが知れている。
(どこだ? 魔王を連れていける場所って、どこがある??)
そもそも魔王って、何が好きなんだ?
この町に、血沸き肉躍るような場所なんてあったか?
(あ~……タチの悪い連中のたむろってる方面ってのはあるけど……)
そこに魔王を放り込むのか?
確かに面白そうだけれども、向こう100年、雑草も生えない荒野になりそうな気がするぞ?
「悟?」
「ああ、いや、うん。わかった。とりあえず、行こうか」
「うむ」
適当に答えた俺に、魔王はやっぱり期待を込めた瞳で頷いてくる。
何かやっぱり、安請け合いはするもんじゃないなぁと、俺は思ったのだった。
「ふむ、なるほど。こちらは、商店街は商店街で、賑わっているのだな」
駅前のアーケード通りを歩きながら、魔王がそんなことを言う。
実際、土曜日だからということもあるだろうが、けっこうな人通りだ。
「まあ、うちの婆さんに言わせれば、昔とはだいぶ様変わりしてるらしいけどな」
というか、俺の感覚でもそうだ。
昔は瀬戸物屋やおもちゃ屋だったところが、今はこじゃれた雑貨屋や、行列のできるラーメン屋になっていたりする。
もちろん、昔ながらの八百屋や魚屋も生き残っているので、ここで普通の買い物をする人たちも大勢いる。
「けど、やっぱりホラ。駅の向こうに、でっかいショッピングモールがあるだろ? あれ、昔は工場があったんだけどさ」
「うむ。うちの近所だな。引っ越してきてから、買い物はもっぱら、そこを利用している」
「ああ、だろうな。まあ、そんな感じで、新陳代謝はしてるってことだな」
そう言いながら、ブラブラと歩く。
そうするとすぐ、揚げ物の良い匂いがしてきた。
と、同時に。
「おっ、悟君。珍しいね~、女の子なんて連れちゃって! デート? デート?」
「ちっげーよ、馬鹿!」
「うん?」
肉屋/総菜屋のおっちゃんに、声をかけられる。
もちろん、俺はおっちゃんの勘違いを速攻で否定した。
ところが。
「初めまして。高城緋冴と申します。最近、越してきたばかりですが、学校ではいつも、水嶋君にお世話になっています」
「待て~~~いっ! 待て待て待て待てちょっと待て~~~~いっ!!!」
俺は魔王の腕を引っ掴んで、通りの反対まで引っ張った。
「何をする? 痛いではないか」
「“何をする?”じゃねぇっ!? 何だ、お前っ、今の挨拶はッ!? 口調まで変えやがって! 学校でしたのと、全然違うじゃねーかっ!!」
「そうした方が良いかと思ったのだが?」
「アホかっ!! 余計な誤解を生むだろうがっっ!!」
叫んだ俺は、肉屋のおっちゃんを振り返る。
おっちゃんは、メッチャにまにましている。
もうダメだッ。
この後、俺が何を言おうとも「わかってるわかってるw」って言われるに決まってる!
てか、今、気が付いた!
魔王、メッチャ空気読んでますやんっ!!??
ていうか、魔王オーラはどこ行きましたんっ!!??
ON/OFF可能なんっ!!??
ほんなら、ずっとOFFにしとけやっ!!??
「ッッッ!!!」
「何を怖い顔をしている。それより、ほら。店主がお前を呼んでいるようだぞ?」
睨みつけた魔王に、そう言われて。
その睨む目つきのまま、おっちゃんを振り返れば、おっちゃんはやっぱり、にまにましたまま、俺を手招きしていた。
「いいかッ、お前は絶っっっっっ対、ソコを動くなよッ?」
「お前がそう言うのなら、そうしよう」
魔王は軽く肩をすくめて、そう答えた。
俺は、その魔王が下手な動きをしないか、振り返り振り返りしながら、おっちゃんの元に戻った。
「いや~、礼儀正しい、美人の彼女さんじゃないか。」
「ちげーっつってんだろッ!」
「いいからいいから、分かってるってw」
「クッソ! このオッサン! 予想通りのセリフを吐きやがって!」
ムキーッと俺はおっちゃんを怒鳴りつけるが、おっちゃんはやっぱり、にまにましたままで。
「はい、これ。うちのサービスね。彼女さんと食べてよ。揚げたてだから、熱いよ?」
「ッ、ああもうッ、ありがとさんッ!」
何を言っても、確実に無駄だ。
俺は、おっちゃんのくれたコロッケ二つを奪い取るようにして礼を言うと、魔王の元に戻った。
「ほらよッ。おっちゃんのサービスだとさッ」
「ほう。それはありがたい」
魔王は、ちょっと熱そうにしながらも、落とすことなく紙包みに包まれたコロッケを受け取った。
そうして、おっちゃんに向けて会釈までしてみせたッ!!??
ハッと振り返ってみれば……ッ!!!
おっちゃんが、デレッデレになっていた。
「………………」
「何だ?」
「お前さ、そういうことができるんなら、普段からしてろよ」
「お前に、飾った私を見せても仕方あるまい?」
「ああっ、そうですかよッ!」
俺は苛立ちまぎれにコロッケをバクついた。
腹が立っていても、美味いもんは美味い。
「……ふむ。なかなかに美味だな」
「……まあ、揚げ立てだしな」
魔王は、一口、小さくコロッケをかじって、嬉しそうに笑う。
それだけで何かこう、腹立ちを消されてしまいそうで……ッ!
(いやいやいや、こんなんで誤魔化されんぞッ!? お前が空気読めるキャラってのは、もう分かってるんだからな!)
とか思って、魔王を監視するみたいに見ながら、コロッケを食べる。
その視線に気付いたみたいに、魔王が俺に顔を向けて……ッ!?
「悟」
「何だ?」
「開始早々、嬉しいサプライズだったな。今日のデートは、幸先が良いぞ」
「…………………………ぇ゛……?」
そう言って笑う魔王を、俺はマジマジと見つめてしまっていた。