第13話 姉ちゃん、アンタもか?
「ぁ~……どれにすっかなぁ……?」
冷蔵庫の眩しさに目を細めながら、ドアの内側を見る。
野菜ジュースにグレープフルーツジュース。
無糖のアイスコーヒーに、飲むヨーグルト。
種類はいろいろあるけれども、炭酸系はない。
まあ、俺も特に好きじゃないからいいんだけど。
「とりあえず、これでいいか……」
グレープフルーツジュースを取って、ドアを閉める。
コップに注いで、一息に飲んで、息を吐いて。
そうしてまたコップに注いでから、俺は椅子に座った。
「ぁ~…………」
乾いた身体に、ジュースの冷たさが気持ち良い。
グレープフルーツジュースは、ちょっとサッパリし過ぎてるけど、この際、よしとしておこう。
「………………はぁ……」
一口飲んだコップを置いて。
俺は思い切り背もたれに身体を預けるというか、背もたれを支えに、身体を反り返らせるみたいにした。
「……ぅ~……」
首も反らせて、頭をグリンと下に下げる。
ついでに手を組んで、伸ばそうとした時だった。
「悟くん?」
「おふっ!?」
不意に声を掛けられて、俺はビクンッと身体を跳ねさせる。
ガンッと膝でテーブルを叩いた痛みで、思いっきりバランスを崩す。
「ごっ、ごめんなさい、大丈夫?」
「あ、ああ、うん、平気平気」
慌てて駆け寄ってくる相手に、俺は椅子にしがみつきながら、そう答えた。
俺の、苦笑気味ながらでも浮かべた笑顔に、相手もホッとしたように微笑んだ。
「ごめんね、悟くん。急に声をかけちゃって」
「いや、いいってば。それより、どうしたのさ、姉ちゃん。こんな時間に」
「それは、悟くんの方でしょ?」
姉ちゃんが、心配そうに俺の顔を見つめてくる。
ちょっと身を屈めて、顔を近づけられて、思わず俺はビクッと、身体を仰け反らせかける。
「悟くん?」
「ッ、いやいやいや、ごめん、何でもない」
俺は、とりあえずそう言って、視線を切るためにコップを手に取ってジュースをチビリと飲んだ。
(てか、だから姉ちゃんはッ、自分が巨乳だって自覚を、もっとちゃんとしようよッ!!)
そして、俺が健全な男子高校生だという認識もなッ! と心の中でもう一つ付け加えておく。
そう。
姉ちゃん……いや、正確には従姉の姉ちゃんだけど、まず第一印象が、乳がでかい、だ。
さっきも、ちょっと前かがみになっただけで、ゆさ……ってなってたしな!
だから初対面の人間は、100パー、まず姉ちゃんの乳を見る。
それから顔を見て、後は乳と顔を交互にチラチラ見るのがデフォだ。
それくらい姉ちゃんは乳がデカく、そして可愛らしい。
俺の姉ちゃんを知ってる奴は、「乳がデカくて可愛い」か「可愛くて乳がデカい」のどちらかで、姉ちゃんのことを認識している。
ちなみに、その二派で対立があるとか何とか……。
まあ、そんな圧倒的な乳量を誇る姉ちゃんだが、全体的な印象は、何かこう、ほわっとしてる。
別に、髪が緩くウェーブってるせいじゃあないんだろうけど、そして、乳がたゆんたゆんしているせい……かもしれないけれども、姉ちゃんの印象は“ほんわか”だ。
いっつも優しく微笑んでいる、なごみ系キャラだ。
俺より3つ上の女子大生で、子供っぽいっていう感じはなくて、その面ではちゃんと“お姉さん”に見える。
ただ問題は、若干の天然成分を含んでいるということで……。
「あ、私も一口、もらっていい?」
「自分で入れなよ」
「一口だけだから、ね?」
姉ちゃんは、割りに強引に俺の手からコップを奪う。
てことは、だから目の前に巨乳がッ!?
たぷんっ……て揺れたぞッ、ゴルァッ!?
てか、キミッ、パジャマの下、ノーブラじゃないのかねッ!?
思春期の従弟を、もっといたわりたまえよっ、キミぃッ!?
「……ン……ふぅ、美味しい♪」
「ッ、お、おう……ッ!」
いや、だから別に思ってませんからッ!
間接キスじゃんとかッ、そんな小学生みたいなこと、気にしてませんからッ!
白い喉が動くさまが妙にエッチィとは思ったけどな!!!
いや、ちょっとマジで誤解のないように言っておくけど、俺は別に姉ちゃんをHな目で見てるわけじゃないぞ?
ただ、でも、目の前に巨乳があったら、それは見るだろッ!?
男としてッ!!!
とりあえず、触ってみたいとかも思うだろッ!?
男なんだからッ!!!
それが例え身内の乳でも、「どんな感触なんだろうなぁ?」とかくらいは思うわけよッ!!
セックスしたい、とかはないけれどもッ!!
いや、割りにマジに語ったからね? 今、俺。
エロとおっぱいは、似て非なるものだからね?
ノットイコールってヤツだから、うん。
ニアリーイコール、だけれどもさ。
「悟くん?」
「ッ、お、おうッ!? ああ、いや、んで? 姉ちゃんは、何でこんな時間に起きてんの?」
「それはだからさっき、それは悟くんの方でしょって、言ったよね?」
「え? あ、いや、まあ……」
姉ちゃんは自分では座らずに、俺の座る椅子の背もたれに手を置いて、俺を見下ろすみたいにしてくる。
いや、だからその位置にいられるとですね?
乳がメッチャ気になるんですよッ、乳がッ!!
てか、姉ちゃん、自分の両腕に挟まれて、乳がッ、乳が左右から圧迫されてスゴいことになってるの、わかってますかッ!?
「ッッッ……お、俺は別に、ただちょっと、目が覚めただけ、だけどさ」
「ふ~ん……」
視線を外して答える俺に、姉ちゃんは納得したのかしてないのか、そんな風に頷いて。
「私は、ね? 悟くん」
「う、うん?」
「私は何かね? 悟くんが、泣いてるような気がしたんだ」
「ぅえっ?」
当たらずも遠からず、な事実を言い当てられたみたいな感じに、俺は驚いてしまう。
そんな俺に姉ちゃんは、ちょっと恥ずかしがるみたいに笑った。
「さっき、ふっと何か急に目が覚めたんだけど、すごい胸が苦しくってね? でもそれ、自分が苦しいんじゃないんだっていうのが、何か分かって。それで、あ、悟くんかな? って思ったの」
「な、何で?」
「何でだろう? 何か、直感的に?」
「ッ……」
見上げる俺に、姉ちゃんは優しく微笑んで。
その笑顔に、俺は自分の頬が熱くなるのを感じて、とっさにまた顔を背けてしまう。
姉ちゃんはクスっと笑って、言葉を続ける。
「それでね? 念のために悟くんの部屋に様子を見に行って、そうしたらいなかったから、下に下りてきたわけ」
「ッ、そ、それはそれは、ご丁寧に……」
「ふふふ、どういたしまして」
すっごい何か照れくさいってか、恥ずかしさを感じてて……ッ。
それを誤魔化そうと、わざと馬鹿丁寧にお辞儀をしたら、姉ちゃんはやっぱり優しく笑ってて。
……何かもう、いろいろ堪らん感じだな、コレは。
「それで? 悟くんは、大丈夫なの?」
「ああ、うん。全然?」
「…………」
「ッ……な、何?」
問題ないことをアピールするために、わざわざちゃんと、姉ちゃんを見上げてそう答えて。
でも姉ちゃんは、ちょっと何か真剣っぽい顔で、俺を見下ろしてきて……。
何か、嘘っていうわけじゃないけど、隠し事を見透かされているみたいな居心地の悪さに、身体を揺すったら……ッ!
「ふひょっ!? ちょっ、ちょほっ!?」
「ん~~~っ、悟くんは、いい子だねぇ」
「ちょちょちょちょちょっ! 放せッ! そのセリフとこの行動にッ、何の繋がりがッ!!」
ギュッてッッッ!!??
ギュッて頭ッ、抱きかかえられてッ!!??
それはだからッ、姉ちゃんの巨乳がダイレクトに俺の頭ってか頬ってかにッッッ!!!???
しかも何か、頭に頬ずりまでされてるッッッ!!!???
「ッッ、て、てかっ、だから苦しいだろッ!?」
「いいのいいの、気にしない気にしない」
「気にするっちゅうねんっ!」
気にするっていうか、気になるっていうかッ!!
「ああ、おっぱいが?」
「人の心を読んでんじゃねぇッ!!」
「あはは、いいからいいから。あのね? 柔らかいものを触ってると、心が落ち着くんだよ? そういう意味でも、おっぱいは丁度いいかなって」
「逆にいきり立つわ!」
「あはははは、まあまあまあまあ、大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なものかッ!!!
と心の中で叫ぶ俺の頭を、姉ちゃんはキュッと胸に抱きかかえて……ッ。
そうして俺の頭を、優しく撫でてきたり、して……ッ。
(ぬぉおおおッ!? 何っっっじゃ、この柔らかさはッ!? そしてこの、ぬくもりはっ!?)
あぁっ、俺は今、包まれている……!
これが……これが、涅槃か……ッ……!
(って、悟れるかボケぇえええっ! いや、別に俺の名前に掛けてなんかねーしっ!!!)
ハンニャーハーラーミーダーゼーダイジンシュー……
とか、般若心経も無意味だしッ!
何だッ!? 何なんだッ、この圧倒的なおっぱいはッ!?
おっぱいの前に、男は無力でしかないのかッ!!??
いや、だから従姉なのはわかってるしッ!
姉ちゃんが、俺のこと、こんな風に抱きしめるのも、初めてじゃないけどッ!!
それでもッ!
それでもッ、おっぱいはおっぱいなんだよッ!!
だって、おっぱいなんだもんッ!!!!
クソッ! これが姉ちゃんの天然かッ!!
それともッ!
それとも姉ちゃんも、計算し尽くした天然偽装なのかッ!!
だとしたら俺はもう、女性不信になるしかないなッ!!
「落ち着いてきた、悟くん?」
「明鏡止水の如くになッ!!」
「おおっ、さすがは“おっぱい効果”だね!」
「おっぱい言うなッ!」
「あはは、いいじゃないの。じゃあ、もうちょっとこうしてるね?」
「何でッ!!??」
「だって、こうしてると、私も落ち着くんだもん」
「はふぅッ!!??」
おっぱいがッ……!
おっぱいが柔らかすぎるのが悪いんじゃよ~~ッ!
顔が埋もれるくらいって、何よソレッ!!??
色即是空色即是空、この世は無常なり。