第12話 死闘の記憶。
今回、若干、シリアスです。
あと、ちょっと痛そうな場面もありますので、ご注意ください。
肉の焼け焦げる、嫌な臭いがした。
その臭いの源は、自分の右腕だ。
肘から下が雷撃に焼かれ、炭くずとなっていた。上腕部は今もブスブスと燻っている。
「くふーっ、ふっ、ふーっ、ふぅっ……!」
食い縛った歯の隙間から呼吸をするだけでも、腕だけではなく全身が、鋭く刺し貫かれたように痛む。
その身体を、ダラダラと脂汗が流れ落ちていく。
ともすれば、その汗で滑りそうになる剣を、俺は強く握り直した。
「ふむ……今の一撃に耐えたか。さすがは勇者よな」
対峙する魔王が、どこか楽しげな笑みを浮かべてそう言った。
俺から見れば、ほんの小娘にすぎない、のに……っ。
その圧倒的な力は、正しく“魔王”以外の、何者でもない。
「それで? 次は、何を見せてくれるのだ?」
広い広い玉座の間。
魔法の灯火も、その隅々までは照らせない、だだっ広くて薄暗い広間の奧。
自身の玉座を背に、魔王は笑う。
その、王者の余裕を漂わせる姿に、焦りが湧いてきてしまう。
ここに来るまでに、幾人もの仲間を、失い……ッ。
今また自分も、大きな怪我を負わされている。
にも関わらず、魔王はほとんど無傷だった。
俺が、さっき斬りつけた、あの胸元の傷だって、すぐに塞がってしまうに違いない。
(だが……ッ!)
それでも、勝機はある。
現に、俺の剣は魔王に届いたではないか。
あの、絶対無敵と恐れられている魔王に、傷をつけた。血を流させた。
(ならば……っ! 殺すことも、できる、はず……ッ!)
俺は、砕けるほどに強く奥歯を噛み締め、魔王に向き直る。
その俺の身体を、柔らかな光が包み込む。
途端に、全身を突き刺し続けていた痛みが、溶けるように消えていく。
そればかりか、炭化した腕が見る見るうちに元の姿へ戻っていく。
「アシュタルッ……」
悲痛な声で、背中から名前を呼ばれる。
俺は魔王を睨んだまま、そちらを振り返らずに頷いた。
“聖女”と名高い彼女の法力も、そろそろ種切れになるはずだ。
もう、今ほどの癒やしは期待できないだろう。
(だからと言って……諦められるかっ!)
俺は、再生した腕で、改めて剣を握りなおす。
その時……。
ガララ……と、やはり後ろの方から瓦礫の崩れる音がした。
そうして、足を引きずるような歩き方をする、そんな音が聞こえてくる。
「こっの……やって、くれたじゃ、ないのよ……っ」
足元をふらつかせながらも、彼女は俺の隣にまでやってくる。
外見だけなら、魔王とそう年の変わらない彼女は、こちらは間違いなく、見た目通りの年齢だった。
魔術院始まって以来の英才。
その看板にふさわしい、やや吊り上がり気味な、気の強そうな瞳。
ただ、そのきついながらも美しい顔も、印象的な赤い髪も砂埃にまみれ、頬には擦り傷も作っている。
それ自体が防御魔法の力を帯びた、魔法使いであることを示すローブも、ボロキレに成り下がっている。
脇腹を押える手は、その下から今も滲み出てくる血のせいで真っ赤になっている。
それでも、彼女の瞳もまた、まだ挫けていなかった。
痛みに顔を引き攣らせていながらも、燃えるような眼差しを魔王に向けている。
「イーリス……ッ!」
「平気よっ……アンタの力は、まだ取って、おいてッ……!」
イーリスは、俺を癒してくれたロゼッタに、振り返らずにそう言った。
彼女の瞳も、魔王を捉えたままだ。
ギリリッ……と、奥歯を噛みしめる音が、イーリスの口元から聞こえてきた。
そして。
「ぅわああああああああああああああああっ!!」
全身の力を振り絞るように、イーリスが叫ぶ。
彼女の内から膨れ上がる魔力が空気を押しのけ、強い風を吹き上がらせる。
イーリスの右手に、光を放つほどに凝縮された魔力が集まっていく。
「喰ぅぅううっ、っ、らっっっっ……えあああええぇええええええっっっっ!!」
イーリスが、左手で右の手首をつかむ。
その手を振りかぶったかと思うと、思い切り振り下ろす。
その伸ばされた指先から、眩い光が螺旋を描きながら放射される。
「ほぅ……」
興味深そうな吐息を漏らした魔王は、しかし避けようなどとはせず、ただ光の行く手を遮るように手の平を前に突き出した。
瞬間、ドンッ!! と広い玉座の間を揺らすほどの爆発音が響く。
一瞬、視界が白い光に埋め尽くされる。
その一瞬で、十分だった。
「シッッッ……ッ!!!」
「むっ……!」
閃光と爆風を抜けて、俺は魔王に肉薄する。
振りかぶった剣を、魔王の首を目掛けて叩きつける。
そして――ッッッ!!!
「ッッッッッ!!!!????」
ブワッと落下するような感覚に襲われて、俺はベッドに跳ね起きる。
ドキドキドキドキドキッと、心臓が壊れそうなくらいに激しく脈打っていて、俺は息を喘がせる。
「はっ、はっ、はぁっ、はっ、はぁっ、はっ……ッ……」
ベッドに身体を起こした俺は、ギュゥゥッ……と、肌布団を握りしめた。
口の中に、血の味がするような、気がしていた。
「あ~~………………堪らん……」
俺は、またベッドにゴロリと横になる。
心臓は、まだドキドキドキドキいっている。
気が付けば、喉も、カラッカラだった。
おまけに、何か全身に汗をかいていて気持ちが悪い。
「ぅ~~~~……ッ……」
俺は暴れまわる心臓を押さえるようにして、身体を丸める。
部屋の中は、まだまだ暗かった。
どうにか首を巡らせて壁の時計を見てみれば、まだ4時前だった。
「………………ッ、はぁぁぁぁぁ~~~……」
俺は、盛大な溜息をついてから、ゆっくりと身体を起こした。
全身の筋肉が、グッタリと疲労しきっている。
「ひっさしぶりに見たなぁ……最後のシーンは……」
そう。
さっきのは夢だと、最初からわかっていた。
いや、夢ではなくて、前世の記憶、か……。
そう思うと、何だけ余計に重くなってしまいそうで……。
「……ふぅ……」
俺はまた、溜息を零してしまう。
朝はまだまだ早過ぎるくらいだけど、何かもう、寝るって気分ではサッパリなくなっていた。
ていうか、とても今から寝れるとも思えない。
「あ~、まったく……魔王様様だよ、ホント……」
とりあえず、ジュースか何か飲みに行こうかと、俺はヨタヨタと、ベッドを抜け出して行った。
明日はおそらく、朝の更新ができないと思われます。
夕方にはまた更新できると思いますので、よろしくお願いします。