第11話 今日の一日を、俺は十年分くらいに感じたよ!
(……終わった……やっと……やっと一日が……)
燃え尽きた感満載で、俺は机に突っ伏した。
授業後のHRも終わったので、後はもう帰るだけだ。
本当なら、鞄を引っ掴んで一目散に逃げ出したいところだが、その余力さえ、残っていない。
「……ぁ~……」
「どうした、悟? ずいぶん疲れているようだが」
「………………まぁな……」
お前のせいだろうが、と心の中でツッコむけれども、それにももう、あんまり力が入らない。
俺は机に顔を伏せさせたまま、チラッと魔王を見上げた。
その視線に気づいた魔王が、「うん?」みたいな感じで首を傾げる。
しかも、ちょっと笑いながら。
(クソッ! クソッ! クソッ! だから何でコイツ、こんな美人なんだよっ!?)
今日、もう何度、思ったかもしれないことを、また心の中で叫ぶ。
ハッキリ言って魔王は、普通ならいっそ近寄りがたいくらいの美人だ。
どちらかと言うと、クール系ってヤツだ。
それなのに、俺にはけっこう、何故か微笑みかけてくる。
そのギャップが、正直、胸に来てしまう。
(けど、コイツは魔王なんだってば……ッ!)
ホントに……ッ、ホントにもう、魔王でさえなければ……ッ。
そうすれば俺は今頃、超余裕で魔王を放課後デートに誘っていたに違いない……ッ!
……いや、そんな経験、ないけど。
すんません、童貞が何か調子に乗って。
「それで? 悟は帰らないのか? これから部活でもあるのか?」
「え? あ、いや……」
確かに、いつまでもグッタリしていても仕方ない。
俺は、「よっこらしょ」と、どうにか身体を起こして椅子に座り直した。
そうして、ゆっくり教室の中に目をやったが、もう残っている人数の方が少ないくらいになっていた。
みんな、それぞれ部活に行ったり、適当に遊びに行ったり帰ったりしたのだろう。
いくつかのグループが残っているけど、俺と親しい連中はいない。
薄情だなぁと思わなくもないけど……まあ、仕方ないというところだろう。
「いや、うん……お前こそ、部活はどうするんだ? 前の学校では、何をしてたんだよ?」
そう聞いて、すぐに何か、すっごい違和感を覚えた。
いや、魔王が部活て。
とりあえず、スポーツ系は話にならなさすぎんだろう。
「私は部活はやっていない。父子家庭だというのは話しただろう。帰って家事をせねばならんのだ」
「お、おう、なるほど……」
確かに、それなら納得、だ……。
…………。
……。
「ぉわぁああっ!?」
「どうした、急に?」
「いっ、いいいいっ、いやっ、なななっ何でもないッ、何でもッ!!」
「ふむ?」
魔王がちょっと首を傾げるけど、俺は勢いで押し切った。
いや、だから想像なんてしてません!
魔王の、制服エプロン姿なんてッ!!!
「まあいい。それなら、悟はもう帰るのだな?」
「あ、ああ……まあ、そのつもりだ」
「そうか。では、私もそうしよう」
「………………」
魔王が、さも当然のように、そう言った。
俺の口からは、抑えきれない溜息が溢れる。
「どうした?」
「……いいや、何でもない」
俺は、乾いた笑いを口元に浮かべて、机の脇にぶら下げてある鞄を取った。
「悟。今日は、いろいろと世話になったな。改めて礼を言おう」
「ッ……な、何だよ、急に?」
昇降口で靴を履き替えて、校門へ向かう途中。
魔王がいきなり、そんなことを言い出してきた。
ちなみに。
まだまだ混み合っていた昇降口も、魔王オーラのおかげだろう。
俺たちの周りだけ、ポッカリ空間が空いたみたいになっていた。
それは今も、あんまり変わってなかったりする。
(……遠巻きにされるって、けっこう精神的にダメージ食らうよな……)
俺はそんなことを思いながらも、とりあえず魔王に話を合わせた。
「ま、まあそんな、気にすんなよ。お前、転校生なんだしさ。慣れるまでは、誰かが面倒見るもんだろ?」
「む……」
「ッ、な、何だよ?」
魔王がちょっと、不服そうに、眉間にシワを寄せるみたいにする。
ドキッ! と心拍数が跳ね上がる。
何これ? 俺、魔王の機嫌を損ねちゃってるッ?
何か回答、失敗したッ!?
メッチャ俺、魔王に気を遣ってるのに!?
「お前の言い分だと、私が学校に慣れれば、お前はもう私の面倒を見ない、ということになるぞ?」
「ぅえっ!?」
「そういうことなのか?」
「ぅっ、ぁっ、ぇっ……ッ!?」
こっ、コイツッ……!
そんな風に言われたら、俺が断れないって絶対わかってるだろっ!?
その上で、こんな風に聞いてるよなっ!?
クソッ! クッソッ! クッッソぉおおおおおおおおっ!!!!
「そ、そんな意味で言ったんじゃねーってばッ。腐れ縁……ってのも、アレな言葉か。まあ、アレだ。せっかくの再会なんだしさッ! 気兼ねなくいこうぜッ!」
「そうか。頼もしい言葉、感謝するぞ、悟」
「おッ、おうっ、任せとけって! あはっ、あはっ、あははははははっ!」
ああ、チクショウ!
もちろん、ヤケクソだよ!
今日から俺は、墓穴掘り職人だよ!
明日もきっと、朝早くから墓穴を掘るよ!
けどこれ、どう見ても強制労働だろッ!?
好きで掘ってんじゃねーっつーのッ!
………………。
…………。
はい、すみません。
魔王の笑顔に、またドキッとしてました。
これ、アレだね。
女なら俺“チョロイン”って奴だよね。
……はぁ……。
何てことを言いながらも、俺たちはブラブラと門まで歩いて行って……。
そうして、門を出たところで足を止めた。
「あ~っと……俺、こっちなんだけど?」
「……残念だな。私は反対方向だ」
魔王が、本当にちょっと残念そうに溜息を零す。
そんな魔王に、ホッとするのではなく、ドキッとした俺は、正真正銘の“チョロイン”に違いない。
いや、でも美人にこんな顔されたら、男は誰でも転ぶっちゅうねん!
これはもう、男の本能に違いない!
「それでは悟。今日は、お前と出会えて嬉しく、そして楽しい一日だった。明日もまた、よろしく頼むぞ」
「お、おうッ、任せとけって、さっきも言ったろ?」
「ふふふ、そうだな」
魔王が、嬉しそうに笑う。
それだけでまたドキッ(ry
「ではな、悟。また明日」
「おう、じゃあな」
俺と魔王は、そう言って手を振って、別れた。
ただ……。
俺は何故か、すぐに自分で歩き出さないで、魔王の後ろ姿を見送ったりしていた……ら。
「ッッ!?」
途中で振り返った魔王が、俺に手を振ってきたッ!?
メッチャ恥ずいっ!!
ただ、でも……ッ。
俺は顔が赤いのを自覚しながらも、魔王に小さく、手を振り返す。
そうすると、魔王が遠目にもわかるくらい、嬉しそうに笑って、また手を振って……ッ!?
俺はもう、その場にヘタリ込みそうになっていた。