第10話 何人たりとも、魔王を止めれる者はないッ!!
「はぁ~~~……やれやれ……やっとかよ……」
4時間目の終了のチャイムを聞きながら、俺は俺は大きな溜息をこぼしていた。
何て言うか、とにかく今日はもう、疲れた。
原因はもちろん、魔王のせいだ。
いや、1時間目の休み時間、魔王にフォローされてから、クラスの他の男子たちから突き上げられることは、確かになくなったよ?
けど、それでもやっぱりこう、何かやっかみっていうか、敵意を含んだ目では見られるわけでさ。
てか、だから魔王だよ、魔王。
そりゃあ、本人は世界を滅亡させる気はないって言ったよ?
言ったけどさ、その力はあるわけじゃんか。
そんなのの隣に、平然と座り続けられるほど、俺の精神力はタフじゃないってわけ。
そりゃもう、ガクブルですわ。
魔王の機嫌を損ねただけで、瞬殺だしな!
超緊張するっちゅうねん!
(何にしても、この昼休みの間に英気を養わないとな!)
弁当は持たせてもらっているけど、魔王のいるこの教室じゃあ、ちっとも落ち着いて食べれやしない。
そんな訳で。
「なあなあ、今日、学食で――」
「何をしている、悟。早く、机を向かい合わせにくっつけるぞ」
「…………………………ぇ゛……?」
前の席にいる友だちに声をかけようとした、俺。
まるでそのタイミングを計っていたかのように、魔王が俺の言葉を遮るように、声をかけてくる。
俺はタップリと間を置いてから……ギギギギ……ときしむくらいの動きで、魔王の方を向いた。
「……何……です、と……?」
「何を呆けた声を出している。今から昼食ではないか。昼食時は、互いの机を向かい合わせにするものだろう? それとも、ここでは違うのか?」
「ぅ、ぁ、ぇ……ッ? い、いや、そんなことはない、けど……も………………」
俺の言葉は、メチャメチャ尻すぼみになっていく。
何でッ!? 何で昼休みまで、魔王と過ごさなきゃいけないんだよっ!?
俺の安息は、どこにあるんだッッッ!!??
(何かッ……! 何か手はないのかっ!?)
このままだと、魔王に押し切られるのは確実だ!
俺が、嫌だなんて言えるはずないしな!
仮に!
仮に「今日は俺、学食だから」って言ったにしても、「じゃあ私も一緒に行こう」って言われたら、どうするよッ!?
それをどうやって断るよッ!?
無理無理無理無理ッ、絶対、無理っっっ!!
俺は魔王と向い合って、冷や汗を背中にかきながらも、目だけをキョロキョロ動かして、打開策を探す!
それなのに、うちの男子どもと来たらっっっ!!
何をそんな、羨ましそうな、忌々しそうな顔してんだよっ!!
替わりたいのかっ!? 替わりたいんだなっ!?
だったら、喜んで替わってやらぁっ!
おお、そうだ! いっそもう、それでいいじゃん!
昼休みは、アイツらが一緒に食べたいってよって、魔王に言っちまおう!
そうして俺は、学食に逃げる!
勇気を振り絞れ、俺っ!!
何しろ俺は、勇者なんだからっっっ!!
「いや、それなんだけど――」
「ねえ、高城さん」
「うん?」
……。
俺が意を決した、正にそのタイミングで。
横から魔王に声を掛けられてきていた。
女って、そういう風にできているのか? って思ったりもしたけど……。
「お前は?」
「ああ、ごめん。私は香月。香月千里。このクラスの委員長だよ。よろしくね」
「そうか。よろしく」
香月の――委員長の挨拶を、魔王は簡単にっていうか、いっそ素っ気なく受け取っていた。
そんな魔王の顔が、話は終わったとばかりに、すぐにまた俺に向き直りかけて……。
「高城さん、お弁当なら私達と一緒に食べない? いろいろ、お話できたらっても思うし」
「……ふむ?」
香月の言葉に、魔王が顔をそちらに向け直す。
すげぇっ!
すげぇよ、香月!
お前、よく、魔王に声かけてくれたな!
お礼に今度、アイスくらいおごってやるよ!
と、俺が心の中で踊りはしゃいでいた、時。
「ふむ……せっかくの申し出、ありがたく思う。だが、私は悟と昼食を共にしたいのだ」
「うぐ……っ」
「ッッッ!!!???」
キッパリハッキリ断りやがったっっっ!!!???
お前、コミュ障かよっ!!!
ちったぁ、空気読めよっ!!! 空気をよぉっ!!!
ここは香月の言葉を受け入れる場面だろうがっ!!!
ほら見ろ! 香月もちょっと頬が引き攣ってんじゃん!
負けるな! 香月! 頑張れ! 香月! 俺のために!!
「いや、でもさ。やっぱり女の子同士で話しておきたいこととかもあったりなかったりって言うかさ。ね?」
俺の応援が利いたらしい。
香月が、ホラホラと、具体的な言葉にはできていないけど、突き立てた人差し指をクルクル回しながら誘い直している。
すごい! さすがだ!
そのメガネは伊達じゃないなッ!
だがっ、しかしっ!!!???
「私が悟と昼食を取るのが、そんなに不都合なのか?」
「えぇっ!? あ、いや、その……そんな、ことは……」
何ちゅうことをっ!!!
お前がそんなこと言うから、香月が困っちまってんじゃんかっ!!
ていうかだから、そんな素朴な質問みたいなフリして、何を痛いところ突いてんだよッ!!?
お前は天然かっ!?
それとも、計算しつくされた天然偽装キャラかっ!?
「悟。お前はどうなのだ? 私と昼食を共にすることに、不都合があるのか?」
「ぅえっ!? い、いやっ、そのっ……お、俺はっ……」
クッソ! ここで俺に振ってくるかよっ!?
何かっ……何か気が利きつつ、無難な答えはっ!!??
俺は、さっき以上に必死に頭を回転させて、また目だけを動かして逃げ道を探す。
しかし。
男子たちは、何かいっそう悔しそうにしてるし、女子たちも何か、やれやれって感じで苦笑い的だ。
唯一の頼りであるはずの香月も、俺の視線に気付いて、肩をすくめるみたいにしてるっ!!
(これがっ……これが進退窮まったってヤツか……ッ!?)
「悟?」
「え? あ、いやっ、あの、その……う、うん……」
「どうした? 嫌なのか? 私と昼食を取るのは」
「そっ、そんなことはっ……ない、です……はい。光栄の極みであります、ええ……」
「ふふふ……」
俺の言葉に、魔王が満足したように、笑って……。
香月はもう、やれやれって苦笑いをして、「じゃあまあ、またそのうちにね」って、自分のグループの方に戻って、いって……。
俺は一人、魔王の前に、取り残、されて……。
「私の提案を受け容れてくれて嬉しく思うぞ、悟。それでは、昼食にしようではないか」
「は、ははは……そう、だな……」
こうなってはもう、俺も笑うしかない。
俺は魔王に言われるままに、机を向かい合わせにする。
俺の向かいに座った魔王が、にこっと笑う。
(クッソ! コイツっ! だから何でこんな美人なんだよっ!?)
魔王でさえなければ……ッ!
コイツが魔王でさえなければ、俺も得意の絶頂なのに……ッッッ!!
そんな、血の涙を流しかけながら、俺は自分の弁当箱を取り出した。
その、時……。
「……ん?」
「どうした、悟?」
「ああ、いや、何でもない」
香月が何か、こっちの方を見てた、けど……。
魔王のせいで、俺まで問題児認定されないか、ちょっとだけ心配だった。