2-5 下水道と老人
男なら一度は願うだろう。一晩中女の子に抱きしめられることを・・・わたくしの場合確かに夢がかなった。しかし・・・重い!寒い!臭い!
今から約十二時間前にわたくしと仲間たちは真日本自由国の将軍を暗殺した。果たして作戦は成功した。一方李院はとんでもないヘマをやらかした。暗殺に利用した銃から出た空薬莢を人目にさらすことになりわたくしたちは真自軍に追い回されることとなったのだ。このヘマにはわたくしも加担してしまったのだが、仕方なくわたくし一一とリンリン・李院・凛鈴・リンリリンリ・李院・輪鱗(リンリン・リイン・リンリン・リンリリンリ・リイン・リンリン)とジャックはマンホールから下水道に入って脱出することとなった。
わたくしたちは下水道の下流に行き海を目指すことになったのだ。わたくしとジャックはまともな靴を履いていたからよかった。一方李院は死に装束で作戦に臨んだため裸足であった。彼女はわたくしにおぶるように要求してきたのだ。部下(事実上はそうであるが和国には複雑な階級制度はない)として断れないわたくしは彼女をおぶって道を進んだ。彼女はただわたくしにつかまるだけではなく視覚を除いた敏感な四感で道を把握してくれたのはありがたかった。
「提督さんストップ、この先は深いわね。後ろの曲がり角い行ってみて。」
「了解。」
わたくしは命が惜しかったため文句も言わずに言うことを聞く。おやっわたくしの呼び名が変わった。ってことは日付が変わったってことか?それにしても冷えるな。岸を見つけて休憩をとる以外は良いときは足、悪いときは下半身が下水の中に水没することになる。よって体温はどんどん奪われていく。
「提督さんまたストップ。二人とも静かにして。・・・人がいるわ。あなた達はここで待ってて、銃声が五回聞こえたらさっき休んだ岸まで下がって。口笛が聞こえたらついてきて。」
わたくしはなるべく音を立てないためにうなずく。すると李院はわたくしの背中から降りて何かをわたくしの背中に被せる。これは死に装束?これで少しは寒さをしのげるかな。ってことは今李院は・・・あー若いな・・・わたくし・・・別の意味で暖が採れた・・
パシャパシャパシャ・・・パシャ・・・バシッ!・・・ピィー
あれっ?口笛ってことはもう制圧終了か?わたくしとジャックは念のために右手にボールペンを握りながら前に進む。するとそこにいたのはブカブカの服を着た李院と恥ずかしそうな顔をしたパンツいっちょの老人がいた。
「李院これは?」
「この人はただのホームレスよ。」
「だったらなおさら略奪するのはまずいのでは?」(金目当てに通報されることを恐れている、一方老人を殺すと今度は死体の隠し場所に困る)
「提督さん悪いけど私は女よ。この治安の悪い時代に女が全裸で歩いていたらエイブラハム(集団レイプの隠語、語源は某米国大統領より)されるわ。」
「やっぱり暗殺の後略奪はまずいと思います」
「追いジャック部外者の前では口に気を付けろ。」
「もしかして君たちは和国の人かな?」
「・・・」
「心配するな。わしのねぐらでふろに入るといい。いるのはわしだけだし君たちはおそらく山田のやつを暗殺してから下水道から逃げたんだろう。わしは支持するぞ。若いころわしはブラック企業の社員じゃった。その企業をほったらかしにしあこの国が許せんのじゃ。」
わたくしたちは話し合って老人についていくことにした。老人の家の中には確かに五右衛門風呂(ドラム缶の中にお湯を張って中から熱を通さない板の上に乗ってはいるふろ、ついでに石川五右衛門はお湯ではなく油に浸からされて処刑された)があった。わたくしたち一人が風呂に入り、一人が老人を、一人が外を見張るというローテーションを組むことになった。まずはわたくしが老人を見張ることとなった。わたくしと老人はふろの下の暖炉のお炎を調節する。老人は暖炉に薪を入れながら話しかけてくる。
「話忘れていたがわしの名は根茂ミドリという。」
「根茂さん、あなたはどうしてホームレスになったのですか?」
「さっきも話したように若いころにはブラック企業に勤めておった。あれはひどかった、なんせ残業代は一定のラインを越えたら決まった額しかくれんかったし通帳は取り上げられたし。たしか、三十代半ばで精神科医気になって解雇された。それからはホームレスやってな。まあ、ここみたいな使われなくなった建物を家の代わりにできたのはありがたかった。」(まあ日本の人口も減るだろうから将来は空き家は増えるだろう)
「そらから。」
「ああ、ホームレス生活に慣れてくると心のゆとりができてきて自分のことを振り返ることができるようになった。わしは気づいた。わしはこの国のことを信じすぎていた。また、組織を大切にし過ぎて自らをのことをおろそかにし過ぎた。その時だったよ、わしはとある新聞の中に希望を見た。」
「和国のことですか?」
「そうじゃ、旧日本(今の日本)の構造の問題に警鐘を鳴らして独立を目指したあの国にな。わしはあそこに渡ろうと考えた。だが、わしはおろかだった。あそこが楽園であるかどうかわかるまでずっと待っていた。」
「あなたが待っている間に空襲で真っ平ですか。」
「たとえ負けると分かっていてもわしは和国にわたって協力をすべきであった。わしは後悔している。お前にはそんな風になってほしくない。」
老人はため息をついた。