white lily -シラユリ-
甘い香りを漂わせる花々、穏やかな風に吹かれさわさわと静かな音を立てる木々の葉と草達、明るく透き通る様な鳥達の声が聞こえる森の中、彼女は木漏れ日を浴びながらそこに居た。小さな体をさらに小さくするように丸めて身体を大樹の根に預ける様に寝転んでいた。
薄らと瞼は開いている様で、その隙間からは彼女の綺麗な緑が覗いて見えた。
嗚呼、なんて綺麗なのだろう。一つ感動に溜息でもつきたい思いではあるが、彼女の持つ凛とした空気がこの穏やかな自然に包まれている、その光景があまりにも神々しく私は瞬きさえも出来なかった。
そして、こんなに傍にいるのにまだ私に気づいていない彼女が心配になる。こんなにも無防備で大丈夫なのだろうかと。
だからこそ私達がお側にいて守っているのだが、誰彼構わずでいられるのは心穏やかではいられない。
それでも、彼女が無防備に、無邪気に過ごし、楽しそうに微笑んでいる姿を見る度に、どうしようもないくらいの愛しさが溢れてくるのを感じた。それを留める事など出来る術も思い当たらない。彼女を思うだけで自然と笑みが浮かび、こんなにも無防備で愛らしい姿の彼女をもっと見ていたい、いっそ私だけを見ていて欲しいともさえ思う。
勿論、私の私情ではどうすることも出来ないことは彼女が生まれた時から知っている。
さて、あまりにも無粋な行為ではあるがそろそろ私も本来の仕事をこなさなければならない。
そもそも私が此処に訪れたのは、城から抜け出した彼女を連れ戻す事が目的なのだ。立場というものを弁えなければ、彼女の傍にいることも出来ない。どう足掻いても隣に立つことが出来ない自身の無能さに苛立ちと情けなさを感じる。
それに、普段の彼女を見ているからか城に連れ戻すのはどうも心が痛む。城の者も城下の皆も彼女のことを慕っている。彼女もその事に対して嬉しいと仰ってはいたが、いくらかは重圧などを感じているに違いない。その証拠とも言うべきか、稀に感情が不安定になられる時がある。その落とされる涙を見る度に、己はなんて非力なのだろうかと思い知らされる。せめて彼女が私に救いを求めてくれるのならば、私は全て失ってでも助けるのに、と思うのは言い訳でしか過ぎない。
カサッと近くの茂みから葉のか擦れる音がした。ハッ、と思考の渦へ沈み込もうとしていた意識が戻った。音に向けた視線の先には茂みからひょっこりと兎が顔を出している。少しの間互いに視線が離れなかったが、暫く経てば飽きてしまったのかその子は茂みの奥へと戻ってしまった。
意図はなかったにせよ、本来の業務に戻れるきっかけになったことについては言葉にせずとも感謝した。
「……さて」
どうやらこの短い時間で、彼女は眠ってしまったらしい。緑が隠れてしまっている。名前をお呼びし起こそうとも反応はない。仕方なく、無礼には値するが少し揺さぶり起こそうと私は彼女に近づいた。
久々の距離にそのお顔をまじまじと見てしまう。普段良く眠れていないのか化粧をしても隠し切れていない隈が薄らと見えた。
「当たり前か……」
穏やかに寝息をたてる彼女を見て、結局私は連れ戻すのを後回しにした。彼の王はお優しく、何よりも娘に弱い。きっと説明すればお許しになって下さるだろうと自己暗示を繰り返しそのまま彼女の隣に腰がけた。少し強い風が吹いた。そして辺りの木々の枝を揺らしていくと、葉を数枚落としていく。暫く風がおこす音を目を閉じ身体で感じていた。
ふっと息を吐いて身体の力を抜いた。再び彼女に視線を落とし、その姿に少し笑った。自然にまで好意を持たれているのだろうか?先程の風によって落とされた鮮やかな色合いに染まった葉が数枚、纏められいても分かる黄金色の長く美しい髪に落とされていた。
その葉を柔らかい髪を傷つけない様に避けていると、彼女の瞼が震え、ゆっくりと開いた。やはり、私は彼女の緑を愛している。
けれど寝起きである為か、彼女と視線が交わることはなかった。彼女は暫く焦点の合っていない目をパチパチと数回瞬かせると、次第に意識が戻ってきたのだろう、側に居る私の姿を捉え名を呼んだ。
「……アリッサ」
嗚呼、本当に可愛いらしい方だ。寝顔を見られた羞恥心に頬を赤く染め、さらにそれを見られないようにと顔を少し逸らしている。
「殿下、いくら気持ちが良くてもこんなところで寝ていたら風邪をひいてしまわれます…城の者達も心配しておりますよ」
この思いを知られない為にも無表情で、『戻りましょう』と手を差し出し出せば、彼女の手が重ねられる。身体の一部が触れているだけであるのに動悸は激しくなり、このまま天に召されてしまいそうだ。その鼓動はあまりにも身体に響くものだから、この手を伝わって彼女に気付かれてしまわないかと少し不安になる。彼女は瞳を閉じ、口元だけで笑うと立ち上がった。
「そうだな、迎えに来てくれた事に感謝しよう。丁度、気分転換も出来たところだ」
ありがとう、と彼女は少し歯を見せて微笑んだ。
「そうだ、先程珍しい花を見つけたよ。君によく似合う花だった」
「…それは何でしょうか?」
少し考えたが、私自身に花が似合うとはどうも思えない。だから少し気になった。
「白百合さ」
それはパッと咲いた一輪の花の様な笑顔で彼女は言った。その姿は花と重なり、彼女こそ似合うだろうにと思いはしたが、今は素直に受け止める事にした。
少し摘んでいこうかと私の前を歩く背中に今度は小さな胸の高鳴りを感じる。
そっと胸に手を当てた。




