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第9章 第5話   枯れる世界樹

「――これが、世界樹なのか?」

 アルスターの南、精霊の森。落ち葉を踏む音とともにアーサーがつぶやく。


「間違いありません。私も長らく世界樹の神殿に、こことは異なる世界樹に仕えておりましたが――、この世界樹はそれ以上に、古く、大きく、そして――」

「どうした」

 フィアナの言葉が止まったことに、アーサーが大きく体を屈め、彼女の顔を覗き込んだ。


 数度の呼吸と共に上を仰ぎ、フィアナは漏れるように言葉を紡ぐ。

「――すでに、生を終えようとしているようです」


 空気を引き込むような音を漏らし、アーサーは、傍らに立つジークを見る。

「そのとおりです」

 返った声はジークではなかった。

 補佐するように後ろに立ち、彼と同じ長い耳を持った男。

 彼はその緑色の目に、青ではなく、褐色の葉を映して告げる。

「少し前まで、世界樹は青々と葉を茂らせ、世界の理として立っておられました」

「世界の、理?」

「――そうです。世界樹が司るものは、その名の通り、世界の生と死の営みそのものでした」

アーサーの問いにようやく、フォルセティと彼の視線が合う。


「本来なら人間界での死者を冥界に、冥界での死者は人間界に。世界樹を通じる輪廻こそが、この世界の理でした。

 ですが今、本来でない手段を通じて冥界の者が人間界に運ばれています。根からの供給が失われれば、世界樹とはいえ、枯れることは避けられません」

「――どうすれば」

 フォルセティの視線が、アーサーを外れジークに向かう。


 促されるように、ジークの足が前へと出る。

 かつて巨樹を潤わせた、幹の周りの泉も枯れ果て、落ち葉が厚く埋める堀を、彼は巨樹へと歩み寄った。


 そして確認するように一度両手を幹へと押し当て、祈るように額を寄せる。

 やがて再び天を仰ぎ、右手で印を描きはじめる。

枝葉を広げた巨樹を模した印――『白の世界樹』。


「ジーク!」

 震えるような弱々しい印に、アーサーが思わず彼へと駆け寄っていく。


 ジークの紡ぐ、神代言語で綴られる韻。

 アーサーからすれば意味不明に思える言葉の羅列が終わった時、ジークは静かに、傍らに立つアーサーの手を握っていた。

「アーサー、俺を、握っていてくれ。

 俺が、堕ちてしまわないように」

 そして、彼は一歩を踏み出す。


 ――途端に、彼らの周囲は一変していた。


 視界からは世界樹が消え、一面の闇が広がっていた。

 しかし時折、思い出したように、綿花のような淡い光が、先へと向かい飛び去っていく。

「これは――」


 それはあの日、王宮を飛び出した、自分たちの見た光景。

 信じられないというように、アーサーが大きく周囲を見渡す。

「行こう」

 ジークの声が短く届く。

 そして彼は、友の手を取り歩き始めた。


 靴の底が、ないはずの『大地』で音を立てた。

 あの時には感じられなかった足元の『大地』が、今はこの闇の中に、しっかりと実感を持って感じられた。


「――フィアナは? それにシンフィエトリとかいったか、あの森の番人はどうした」

 先程までそばにいた二人が見られないことに、背中側からアーサーが問う。

「あの二人は、連れていけない」

 ジークの応えは、闇に溶ける。


「フィアナは、魔界の瘴気には耐えられない。それはヴァナヘイムでわかった。

 そして、シンフィエトリ――フォルセティはあの森を長く離れる事はできない」

「どういうことだ」

「俺と同じさ。千年前に世界樹に取り込まれ、仮の体を与えられた。特に『フォルセティ』は番人として生きた時間が長い。人間界の世界樹の影響を受けすぎている」

「仮の――?」

しかしアーサーがそう問いかけようとした時、彼らの視界は不意に開けた。


 懐かしい風、懐かしい情景――、魔界だった。

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