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第9章 第4話   ジークフリート

「――フォルセティ」

 突如として現れた、世界樹の森の番人に、ジークの声が相変わらずの、温度を失った声で届く。


「なぜ、お前がここにいる。そして、なぜ止めた」

「言葉通りです。その歪められた『世界樹』ではすでに『冥界』へと繋がる道を開くことなどできはしない」

「質問に答えろ。なぜお前が今、ここにいる」


 その声にフォルセティは目を閉じて、ゆっくりと首を左右に振った。

「気づいてはおりました。ですが、止めることはできなかった。『白の世界樹』の危篤、『黒の世界樹』の融合、そして――」

「待てよ」

口を挟んだのはアーサーだった。


「話が全く見えてこない。何の話だ。そもそも、貴様は何者だ」


 その声にフォルセティは振り返り、アーサーを見る。

「申し遅れました。私はフォルセティ。世界樹の森の番人です」

「世界樹の森?」

「この世界を支える四本の世界樹。その一本を抱く深い森。私は、そこの番人です」


「――フォルセティ」

ジークの声。

「お前がここにいるということは、アルスターの世界樹にも危機が迫っている、そういうことか?」

「そのとおりです。もはや一刻の猶予もない。

 世界樹と、現在の魔界――冥界をあるべき姿へと戻せるのは、もはや貴方をおいてほかにはおられません」

「魔界――、冥界だと?」

アーサーが声を挟む。


「なぜ、それがジークなんだ」

 声には、明らかに棘が含まれていた。

「魔界の王子は俺だ。ジークにしかできないとは、どういう意味だ」

「――気の毒なお方だ。ご自身が知るすべてが、世界の理だと信じて疑いもしない」

「フォルセティ!」

ジークが、止めるように声をかける。


「あなたがたは冥界の王族などではない」

「やめろ、フォルセティ!」


「偽りの――」

「やめろ!シンフィエトリ!」


「――シンフィ、エトリ?」

 重い沈黙が辺りを支配し、やがてフィアナが、同じ言葉を無意識のように繰り返した。


「こいつの名前はフォルセティだろう。さっきまでお前もそう呼んでいた」

 ようやく言葉を紡いだ、アーサーの声には怒気がはらむ。


「ジーク、お前は何を隠している」

 友の声にも眉をよせ、視線を逸らすだけのジークに対し、

「――覚えて、おられたのですか」

フォルセティの声は、穏やかに響いた。


「覚えていたんじゃない。思い出したんだ」

 ジークの声は、あの温度のない声に戻っている。

「俺はこの世界に来たとき、全ての記憶を失っていた」

「――記憶――」

 アーサーが、あの再会の日を回想するように口に出した。

「記憶を求め、世界樹に登り――、そして俺は全ての記憶を――、『目覚めて』からじゃない、それ以前の古い記憶さえも、自分の中へと取り戻した」

「それでは、今のあなたは――」

「今の俺は紛れもなく、お前が知っているジークフリート――、ジークフリート・ヴォルスングだ」


「――王子――!」

こぼれるような声とともに、フォルセティの膝が床へと落ちる。

「王子?」

アーサーがフォルセティとジークを交互に見る。


「ジーク、どういうことだ」

 やがて荒々しく、ジークの腕を掴もうとしたアーサーの腕は、しかし彼へと届く前に、若草色の男によって制止される。

 神官のような一見華奢な男の手が、信じられない力でアーサーの腕を掴んでいる。

「おやめなさい。あなた方が気安く触れていいようなお方ではない」


 アーサーの体から驚いたように力が抜け、そこでようやく彼の右手は解放される。

「ジークフリート・ヴォルスング。

 魔界の――いいえ、冥界の、正当な王位継承者は、この方です」


誰からも、言葉もないまま時は流れ、やがてアーサーが呟くように口にする。

「ヴォルスング……聞いたことがある」


「たしか千年ほども前か。王家転覆を企てた翼を隠すもの(ウイングドハイド)の、反乱組織の主謀者の名だ」

「そのとおりです。ですが、その前提すら、すべてが逆転していたとしたら?」

「逆転、だと?」

 フォルセティの言葉に、アーサーはわずかに動揺を見せる。

「現在の王家は、王家でない。本来の魔界の王家は別に存在し、現在の王家によって滅ぼされた」

「馬鹿な――」

「全ての理由は、転移魔法です」

「転移魔法?」


「失敗すればどこへ飛ばされるかわからない不自由な魔法。もしその先が人間界で留まらず、冥界までも含まれているとしたら」

「まさか――」

「そして転移魔法を操られるのは高位の魔術師。彼らが魔界の瘴気に耐えうるすべさえも自然と身につけていたとしたら」

アーサーの瞳が大きく揺らぐ。

「――そして冥界には全てを利用し、天上界への報復を企てようとした、悪しき神もいたのです」


「神は、『人間』の飽くなき欲求に目をつけました。そして、長い月日をかけ少しずつ数を増やす人間たちに吹き込んだのです。

 『お前達こそが魔界の王にふさわしい』、と」

「――やめろ」

アーサーは拒絶するように頭を振る。


「そして遂に千年前、神にそそのかされた『人間』たちは王家を襲撃し、滅亡させました。

 ただ一人、幼い王子だけが王弟シンフィエトリによって世界樹に隠され、そして、生き延びられた」


 アーサーは顔を上げ、銀髪の友の姿を見る。

「ジーク、本当なのか」

 うつむき、目を逸らせたままのジークの姿が、アーサーの問いを肯定する。

「それじゃ、俺達が――」

「あなたが知らずにいたのも無理はない。冥界においても世界樹においても、長すぎる月日は、全てを忘却の彼方へ押し流したのです」


「ただ、世界樹で長い眠りにつかれた王子は、今目覚め、こうして種子の力を宿しておられる。世界樹はまだ生きる意思を失ってはおられない」

「――シンフィエトリ」

フォルセティの声を遮るように、ジークの声は鋭く響いた。


「なぜ、お前はフォルセティと名乗った。なぜ最初に俺がお前の元を訪れたとき、俺に真相を話さなかった」

「それが、世界樹との契約でございます。世界樹は私の願いを叶える代償に、私から老いることと、真の名前を持っていかれた」

「俺を、隠したためにか」

「そうです。そして、あなたが最初に私の元を訪れた際には、あなたにはまだ『扉』を開くだけの力がなかった。ですが、今は違う」

「今の、俺の力は――」


「行きましょう。ジークフリート。

 扉の場所――最後の、世界樹の森へ――」

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